リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広仙戯

●25 乱戦 3







 乱戦は続いてる。

 そこかしこで『黒』と『白』に分かれた『蒼き紅炎の騎士団』メンバーが相食むように争っていた。

 武器と武器がぶつかり合い、色とりどりの術式が発動し、使い慣れない『マジック』が飛び交う。

 特に『マジック』は局所的な戦局を激変させるに足る力を持つ。『フリーズ』を受けた相手は一分間も身動きできず、ひたすら攻撃を受けるしかない。『ウォール』を使った者は、『ハック』を受けるまでは一分間の無敵状態になり、どんな攻撃をも恐れずに突っ込むことが出来る。

 事前に演習をしておいたのが功を奏した――と言うべきか否か。

 彼らは、もし『フリーズ』で停止された味方が出た場合は複数で護衛に入り、敵チームに『ウォール』を使った者がいれば示し合わせて『ハック』を放つ――『白』も『黒』もそうやって一進一退の攻防を繰り広げていた。

 ただ若干『黒』が優勢となり、『白』が圧されているように見えるのは、間違いなくカレルさんがいるが故だろう。

 言うまでもなく『白』チームの筆頭――というか、精神的支柱はヴィリーさんである。だが残念なことに彼女はアシュリーさんとの一騎打ちに夢中になってしまっている。いや、あるいはカレルさんとアシュリーさんによって【そうなるよう示し合わされた結果】、ヴィリーさんは戦場の一角に足止めされているのかもしれない。

 だって、冷静に考えればアシュリーさんの言動は明らかにおかしい。彼女なら敬愛するヴィリーさんの地雷がどこにあるのかぐらい、十分に知悉しているはずだ。なのに、アシュリーさんは不用意な発言でヴィリーさんの怒りを買った。

 もし、あれがわざとだったとしたら――

 いや、今は言うまい。

 とにもかくにも、ヴィリーさんは『白』チームの指揮をかなぐり捨て、個人的な戦闘に集中してしまった。クラスタリーダーという意味では同じ立場の僕がここにいるが、当然ながら互換性などないに等しい。僕の号令で『NPK』メンバーが動いてくれるとは到底思えないし、そもそも僕にコマンダー適性はないのだ。

 一方、『黒』チームのカレルさんはコマンダー兼ランサーの熟練者(ベテラン)だ。指揮してよし、自分で戦ってよしのまさしく文武両道。『一頭の羊に率いられた百頭の狼の群れは、一頭の狼に率いられた羊の群れに敗れる』なんて言葉があるけれど、司令官の質はそれほど重要な要素(ファクター)なのである。

 カレルさんの采配は的確だ。ヴィリーさんにはアシュリーさんを、ユリウス君にはゼルダさんをぶつけ、ほぼ完全に押さえ込んでしまっている。その結果、趨勢は『黒』チームへと傾き、『白』チームは少しずつ包囲されつつあった。

 とはいえ、ロゼさんやフリムが僕を標的にしていたのは、おそらくカレルさんの指示ではあるまい。彼女らは自発的に僕を狙って行動したはずだ。だが、それだってカレルさんの想定の内であろうこと間違いない。確証はないが、確信はある。カレルさんなら絶対、そこまで計算に入れて動くはずだ――と。

 そう、ここまでは『黒』チームが優勢の流れだ。

 いや、【だった】。

 忘れていたわけではあるまい。

 だが、どうしようもなかったのだろう、きっと。

 どんな状況をも一撃でひっくり返してしまう『切り札ジョーカー』が、『白』チームにはいたのだ。

 無論、僕ではない。

 ハヌである。

 それは、僕がフリムとロゼさんからの猛攻をいなし、彼女の元へ馳せ参じようとしていた時に起こった。

『黒』チームに包囲されている『白』チームの陣、その中央に位置する小さな人影から、突如、凄まじい勢いでスミレ色の光輝が迸ったのだ。

『――!?』

 間違いなくその場にいる全員が度肝を抜かれた。

 発生したスミレ色の輝きは瞬く間に膨張し、巨大なアイコンを描きながら巨大化していく。

 かつて浮遊都市フロートライズの危機を救ったそのアイコンを知らぬ者など、ここにはいまい。

 ハヌの極大術式――その恐るべき破壊力を、誰もが知っていた。

 だからこそ、一瞬にして全てが瓦解した。

「――使える者は『ウォール』を使え! それ以外のものは即刻退避だ! 【小竜姫が暴れるぞ】!」

 即座に飛ぶカレルさんの鋭い指示。よく透る声が戦場に響き渡り、今回ばかりは『黒』も『白』も関係なく彼の言葉に従った。

 そう、ゲームが始まってからまだ五分も経っていない。ハヌの極大術式が長い詠唱の果てに発動するものだということは、既に『ヴォルクリング・サーカス事件』で彼らも知るところだ。だというのに、こんな風にいきなり起動したということは、これがハヌの〝SEAL〟にインストールされている無詠唱の術式――即ち〈エアリッパー〉であることは明白だ。

 余談だが、本来ならアイコンの図形からそうとわかるはずなのだが、ハヌの場合、肝心のアイコンが巨大すぎて、人間の目ではその形状が正常に理解できないのである。

 戦場のあちこちから口々に『ウォール』と叫ぶ声が上がる。一方、既に『マジック』を使用してクールタイムに入っていた人達は持ち場を捨てて逃げ惑った。

 完成しかけていた『黒』の包囲網が乱れ、同時に『白』の防御陣も雪崩を打って崩壊した。

 もはや敵も味方も関係なかった。先日の『恐怖の大王』事件で、ハヌの術力の底知れなさは周知されている。ひとたびハヌの術式が発動すれば、目の前にある一切合切が暴風に巻き込まれ、無慈悲に壊滅するのだ。

「逃げろぉおおおおおおおおおおおッッ!?」「待って待ってちょっと待ってぇぇぇぇ!?」「やべぇええええええええええええ!!」「冗談きつすぎるぜ小竜姫さァ――――――――ンッッ!!」

 どう足掻いても逃げ切れない場所にいる『NPK』メンバーが次々に悲痛な叫びを上げていく。中には観念して両手を組み、神に祈りを捧げている人までいた。

 流石は陰で『破壊神(ジ・デストロイヤー)』なんて異名をつけられているだけあるハヌである。術式一つでここまでの混乱を生じさせるだなんて。

 だが――僕は足を止めず、そのままハヌに向かって宙を駆け続けた。何故なら、【ハヌが術式を発動させる気がないことを知っているからだ】。

「――ラトっ!」

 少し前から僕の接近に気付いていたのだろう。あまりにも巨大な術式アイコンを維持したまま――というか未だに現在進行形で膨張を続けている……?――のハヌが、喜色満面の顔を上げて僕を呼んだ。

 そう、術式アイコンを出現させておきながらいつまで経っても発動させようとしないハヌのこの行動は、あくまで示威行為(デモンストレーション)なのだ。これは昨日、僕達『BVJ(ブルリッシュ・ヴァイオレット・ジョーカーズ)』の中で打ち合わせした戦術プランの一つで、味方を巻き込みかねないハヌの強大過ぎる術力を、効果的に運用するためのハッタリ――つまりは『ブラフ』なのである。

 ――ちょっと、いや、かなり予想以上の効果が出ているけどね……!

 正直こんなにも激しい勢いで『NPK』陣営が崩れるとは思わなかった――と頭の隅で考えつつ、僕は急降下。ハヌの術式アイコンの光をすり抜け、彼女のもとへ。

 ハヌとの距離が近付くに合わせて身体にかかっている支援術式のプロセスを一部パージ。強化係数を下げて、風圧でハヌのちっちゃな体を吹き飛ばしたりしないよう気を付ける。

「――お待たせ、ハヌっ!」

 着地と同時にコンバットブーツの靴底を滑らせて、ハヌを背中で守る位置に立つ。念のため、黒玄〈リディル〉と白虎〈フロッティ〉を構え、どこから何が来てもいいように構えた。

「待たせすぎじゃ、ばかもの。どこで道草を喰っておった」

 くふ、と笑ったハヌは、けれども台詞とは裏腹にとても嬉しそうに言う。

 だから僕も肩越しに振り向くと、ちょっと笑って謝った。

「うん、ごめん。元気な二人の〝お姉さん〟がなかなか離してくれなくて」

 僕の言う〝お姉さん〟というのがフリムとロゼさんであることは、もはや言うまでもあるまい。ハヌは、はっ、と鼻で笑い飛ばし、

「そういうことであれば仕方ないの。あやつらも妾達の身内じゃ。生半可な相手ではないのはわかっておる。よかろう、妾を待たせたことは不問にしてやるぞ、ラト」

 こんな状況だと言うのに、クスクスとハヌが楽しげにするものだから、僕もつられて調子に乗ってしまう。

「えーと……ははーっ、ありがたき幸せにござりまする……って、あれ? なんだか変な言葉になっちゃった……?」

 ちょっとかっこよく返そうとして失敗してしまい、ハヌがまた目尻を下げる。

「しまらぬのう、ラト。戦いでもその調子では困るぞ?」

 こればかりは僕もしっかりと頷き返す。

「うん、大丈夫。任せて。前にハヌが言っていたでしょ? 僕達二人が揃えば――」

「――うむ。【無敵】じゃ。恐れるものなど何もないぞ、ラト」

 ハヌが頷いたのを皮切りに、彼女が出現させていた術式アイコンが消失する。常人のそれと同じプロセスで弾けて消えるのだが、サイズが大きすぎてその過程が目に見えて確認できた。術式のアイコンが消失する時、中央の一点に穴が空き、そこから外側へ向かって光が弾けながら消えていくのである。

「色々と予定が狂っちゃったけど、ハヌはこれからどうしたらいいと思う?」

 なおも周囲を警戒しつつ、僕はハヌに問う。事前に考えていた戦略プランは軒並み無駄になった。今はとにかく目の前のことに対処するしかないが、かといって大局的な視点を失っては迷走するだけである。

 状況を俯瞰するという点において、ハヌは僕よりも優れている。まだ幼いのに戦場を見通し、正しい選択が出来る子なのだ、彼女は。

「……ふむ。ひとまず、『黒』も『白』も双方ともに時間が必要であろう。この混乱した状態で無理を通してもどうにもならぬ。先程もラトが妾のもとへ来やすいように、と思うてハッタリをきかせてみたのじゃが……正直、ここまでとは思わなんだ……」

 どうやらハヌも僕と同じ感想だったらしい。

 既に術式アイコンを消した以上、カレルさん達『黒』チームも、僕らの所属する『白』チームの面々もさっきの行為がブラフだったことには気付いているはずだ。若干名、地面にへたり込んだまま呆然としている人も見て取れるけれど……

「ラト、これは一体どういうことじゃ? ……もしやあやつら、妾が本気で敵味方関係なく吹き飛ばすとでも思っておったのか? ……さように妾は見境のない奴と、そう思われているということか?」

 ものすごく不思議そうに小首を傾げるハヌに、まさか『まぁ、そういうのは日頃の行い次第じゃないかな……』などと告げられるわけもなく。

「え、えと……そ、それぐらいハヌの演技が迫真だったんじゃ、ない、かな、と……」

 僕はあらぬ方向に視線を逸らしつつ、曖昧模糊な言い方で誤魔化すしかなかった。

「ふむ……さようか……」

 ちょっと納得いかない風なハヌだけど、他に得心のいく答えも思いつかないのだろう。

「……であれば仕方ないが……なんじゃ、ヴィリーとカレルのやつばらめ、手下の鍛え方が足りぬのではないか? この程度でおたつくとは、肝の小さい奴らじゃ」

「…………」

 こちらへ歩いてくる巨大な象に対し、進路上の小動物や蟻などの小虫が逃げ惑ったとして、一体何を責められようか。

「まぁよい。ともかく一時休戦となったのは重畳じゃ。ラト、いつもの隠蔽の術じゃ。あれで身を隠し、一度この場を離れるぞ」

 ハヌの判断は的確だ。これ以上ここで戦っても、戦略的には何の意味もない。ひとまず退避して、態勢を立て直してから改めて戦うのが最善である。

「了解、じゃあ術式を発動させるね」

 まずは〝SEAL〟とルーターの接続ポートの内、フリムとロゼさんに繋がっているものを一時封鎖する。それから隠蔽の術式〈カメレオンカモフラージュ〉、〈アコースティックキャンセラ〉、〈タイムズフレグランス〉を発動。これで周囲の五感から僕とハヌは切り離され――

「逃がしはしない、残念ながらな」

「「――!?」」

 ハヌの言霊みたいに直接頭の中に響くような声で宣言したのは、離れた場所にいるカレルさんだった。

 弾かれたように振り返ると、彼は既に隠蔽術式が発動して姿を消しているはずの僕達を、真っ直ぐ強い視線で見据えていた。

 ――まさか、僕達のことが見えている……!? もしかして一号さんと同じ魔眼か天眼を……!?

 正直、カレルさんならどんな隠し玉を持っていても不思議ではないと思える。実は鬼人の末裔だった――そんなことを言われてもすぐに受け入れてしまえるほどには、彼は底知れない人なのだ。

 カレルさんは愛用のハルバードの石突を地面に落とし、柄を両手で握って直立させていた。その顔と槍にはルビーレッドの光が幾何学模様が描いており、〝SEAL〟を励起させていることが見て取れる。

「既にこの場は【掌握】した。――アシュリー、ゼルダ! 〝領域〟に入れ!」

 カレルさんの鋭い指示が飛んだ途端、どこからともなくアシュリーさんとゼルダさんが現れた。彼女らが先程まで戦っていたヴィリーさんとユリウス君はどうしたのか。先程と比べて戦闘服のあちこちがボロボロになった〝カルテット・サード〟の二人は、僕から見てそれぞれ時計の針で言うところの二時と十時の位置に立ち、得物を構える。なお、カレルさんがいるのは、十二時方向のさらに奥側だ。

 カレルさんの言葉の意味も、アシュリーさんとゼルダさんが駆け付けた理由もわからない。

 だが、間違いなくろくでもないことが起こる――そんな確信めいた嫌な予感だけがあった。

 次の瞬間、その予感は現実のものとなった。

 カレルさんの〝SEAL〟が一際強く輝き、周囲一帯を紅玉色の光輝が照らし出す。



「〈ユグドラシル・フヴェルゲルミル〉」



 厳かに唱えられた起動音声(コール)は、しかしまるで聞き覚えのないもの。

 なおかつ、その効果はまるで予想だにしないものだった。

 足元の地面に突然、網の目のような真っ赤な模様が浮かび上がる。

「――っ!?」

 僕やハヌを中心として、半径十メルトル程度の範囲に葉脈がごときルビーレッドの幾何学模様が出現したかと思えば、さらにはそこから真っ赤な霧が噴き出したのだ。

 煙のような霧、いや蒸気? ――違う、これは【冷気】だ!

「――ハヌっ!」

「ラトっ!」

 咄嗟の判断で背後を振り返ると、言葉を交わすまでもなくハヌが僕に飛びついてきた。僕は〈リディル〉と〈フロッティ〉の光刃を収納しつつ、そのまま小柄な体を抱き上げ〈シリーウォーク〉を発動。地面から噴射する紅の凍気から逃げるため、慌てて空中を駆け上がる。

 地面に忽然と現れたカレルさんのフォトン・ブラッドと同じ色の網の目は、冷気の触手を伸ばし、僕達を絡めとろうと――はしてこなかった。

「……?」

 てっきり僕達を氷漬けにするための攻撃だと思ったのだが、その予想は外れていた。

 動きがあったのは、僕らの足元ではなく、大きな模様の外縁部。カレルさんよりもさらに向こう側にある模様の縁から、真紅の凍霧が勢いよく噴き上がり、みるみる内に大きく膨れ上がっていく。赤い雲がごときそれが高さを増し、十メルトルをも越える壁が出来上がると、さらに角度を変え、今度は頭上を閉じるように噴霧は成長していく。

 数秒後には、僕達は赤い冷気で構築されたドーム状の空間に閉じ込められていた。

「なんじゃ、これは……?」

 僕にお姫様抱っこされたハヌが、頭上を見上げて呆然と呟く。

 その途端だった。

 いきなり〈シリーウォーク〉の足場が消え失せた。

「――えっ……!?」

 薄紫の力場の上に靴底を載せて空中に立っていた僕は、ガクン、ととっかかりを失って落下する。幸い、そこまで高い位置まで昇っていなかったおかげで着地に問題はなかった。

 未だじんわりと赤い冷気を吐き出す地面に降り立ちながら、愕然とする。

「な、なんで……!?」

 自分の〝SEAL〟からキャンセルのコマンドを出した記憶もなければ、そんなログも残っていない。

 さらに言えば、いつの間にか僕の身体にかかっていた隠蔽術式と支援術式もまた、溶けるようにプロセスが消失していた。

「むっ……?」

 僕の腕の中のハヌが短く唸った。見ると、彼女は正天霊符の扇子を手にしているのだが、通常なら術力を込められていることを示すインジケーターにスミレ色の光が灯っているはずなのに、それが消えている。

 同時、自動防御モードで周囲に浮いていた正天霊符の護符水晶が、一つの例外もなく地に落ちた。ゴトゴトと音を立て、地面に転がる。

 この現象から、僕は一つの解を導き出した。

 ――これって……まさか、術力制限フィールド……!?

 最悪の予想に戦慄が走る。思い出すだに怖気を覚えるその名称は、かつて僕やハヌを地獄に突き落とした古代人の悪辣な罠。その名の通り、術力の行使が制限され、一定以上の術式が発動できなくなる空間のことだ。

 ――いや、でもまさか……! あれは原理が不明で、遺跡(レリクス)内部でもどこで発生するか未だ解明できていないはずなのに……!?

 思わず目の前の現実を否定したくなるが、しかし目の前の現象は変わらない。

 試しに身体強化の支援術式〈ストレングス〉、〈ラピッド〉、〈プロテクション〉を一つずつ発動させてみた。起動エラーなし、正常にプロセスは処理され、僕の身体能力はそれぞれ二倍に強化される。が――

「……!」

 消えた。さっきの起動が嘘だったかのように、三個の支援術式のプロセスが同時に消失した。

 有り得ない。信じられない。ヘラクレスと戦った第二〇〇層のセキュリティルームでさえ、ハヌの術式はともかく、僕の支援術式なら発動できたのに。

 ――まさか、カレルさん……本当に術力制限フィールドを再現したんじゃ……!?

「君がいま想像している通りだ、と言っておこう。ラグ君――いや、〝勇者ベオウルフ〟」

 まるで僕の心を見透かしたように、カレルさんの声が紅のドーム内に響いた。驚いて振り向くと、カレルさんは槍を直立させたまま僕の視線を受け止め、頷きを一つ。

 敢えて僕を『ラグ君』ではなく『勇者ベオウルフ』と呼び直したカレルさんは、それによって味方同士だったことと決別したようだった。ひどく険しい表情で、しかし口の端をやや皮肉げに吊り上げる。

「驚いてくれたのなら作戦は成功だな。ああ、当然だが完全に遺跡の術力制限フィールドを再現したわけではない。これはその亜種だ。だが、効果のほどはいま体験している通り。この空間に囚われた者は一切の術力の行使を禁止される。例外はない。ここにいる俺自身もまた、その一人だからな」

「な……!?」

 正々堂々と正直に話すカレルさんに、僕は別の意味で驚愕する。

 今のカレルさんの解説は、敵に塩を送るようなものだ。戦いにおいては愚行とされる行為である。だが、カレルさんが何も考えずにそんな馬鹿なことをするわけがない。

 理由がある。

 ――そう、カレルさんは確信しているに違いないのだ。

 もはや【僕らがこの空間のことを知っても問題などない】――と。

「ベオウルフ、小竜姫、聡い君達ならこれ以上の説明はいらないだろう。残念ながら、この空間を維持するために俺自身は動けないが――」

 カレルさんは視線を動かし、直前でこのドームの中へ飛び込んできたアシュリーさんとゼルダさんをそれぞれ一瞥する。

「ここには我がナイツの誇る精鋭が二人もいる。この術力制限……いや、【術力禁止空間】ではいかなる術式も使用は不可能。支援術式で身体強化することもできず、生身で戦うしかない。――これが何を意味するのか、わからない君達ではないはずだ」

「……!」

 外界と隔離された閉鎖空間。術式が使用できない中、双剣の達人であるアシュリーさんと、凄まじい身体能力の持ち主であるゼルダさんが相手。しかも僕はともかくハヌは正天霊符以外にはろくな武装もない。

 ――まずい、これはまず過ぎる……!

 完全に詰んだ状況に、ドッ、と全身の毛穴から脂汗が噴き出した。

 術力が使えない以上、アシュリーさんの〝サー・ベイリン〟もせっかくの能力を発揮できないが、それでも彼女の剣技は洒落にならない。先程のヴィリーさんとの戦いでも言っていたが、アシュリーさんの腕前はそれこそ剣号を授与されていてもおかしくないほどなのだ。

 かてて加えてゼルダさんのスピード。支援術式の強化もないのに、おそらく素の僕の百倍以上は素早く動ける。下手をすれば、スピードだけならヴィリーさん以上かもしれないレベルだ。

 そんな二人を相手に、僕はハヌを守りながら戦わなければならない。

 まるで勝ち目が見えないどころか、わずかでも場を保たせる自信すらない。間違いなく、二人がかりで来られたら僕とハヌは一瞬でHPを全損させられてしまうだろう。

「――しかし、それにしても、これがゲームでよかったとつくづく思わされるな」

 ふと表情を和らげて、カレルさんが出し抜けに軽い声を出した。

「……えっ?」

 いきなりの落差に驚いて思わず声が出た。

 どこか緊張感の抜けた表情をしたカレルさんは、深みのある翡翠色の瞳で僕の視線を受け止める。そして、心の底からそう思っているかのようにこう述懐した。

「これが実戦ではなく、あくまでゲームという形式だったのはまさに僥倖と言う他ない。なにせ――ぶっつけ本番ではなく、【こうして本物の君達を相手に今日まで講じてきた対抗策を実際に試せるのだからな】」

「――っ!?」

 語気を強めたカレルさんの言葉を皮切りに、アシュリーさんとゼルダさんが同時に動いた。左右に分かれ、僕達を挟み撃ちにできる位置へと移動する。

 詰まる所、ずっと前からカレルさんは想定していたのだろう。僕とハヌ、さらにはロゼさんやフリムを加えたクラスタ『BVJ(ブルリッシュ・ヴァイオレット・ジョーカーズ)』が、何がしかの理由で彼ら『蒼き紅炎の騎士団ノーブル・プロミネンス・ナイツ』に敵対する可能性を。

 だから、その時に備えていくつもの手立てを講じていた。特に僕の〝アブソリュート・スクエア〟や、ハヌの極大術式に。いや、あるいはロゼさんやフリムに関しても、何がしかの対抗措置を用意しているのかもしれない。

「チェックメイトですよ、ベオウルフ。副団長の策に抜け道など存在しません。私としては潔く降参(リザイン)することをオススメします。そうすれば、無駄に怪我をすることもありませんよ」

 僕達の前方に立ちはだかったアシュリーさんが冷然と告げる。彼女の立ち位置は、僕ら二人とカレルさんを結ぶ線上にある。こちらを追い詰めるのと同時に、カレルさんを護衛する壁にもなっているのだ。

「あーダメであります、そういうアシュリーの言うことは聞かない方がいいでありますですよー、ベオさん。どうせ降参なんてしたら『戦いもせずに降参するとは、あなたそれでも勇者と呼ばれる人間ですか!』とかなんとか言って怒るに決まっているのでありますですから」

 持ち前の敏速性で僕達の背後を取ったゼルダさんが、戦場に似つかわしくない声音で混ぜっ返す。が、そちらへ視線を向けると、口元は笑んでいても目までは笑っていない。まさしく、獲物を前に舌なめずりする野獣の顔だ。

 しかし遺憾ながら、ゼルダさんの言葉には同意しかない。

 ここでの降参はあり得ない。自分で言うのもなんだが、僕とハヌはおそらく『白』チームでも最強戦力の一角だ。降参はもちろんのこと、ここで失格になってしまったら、チェスで言えばクイーンとルークとビショップをまとめて失うようなものである。

 その時点で『白』チームの負けはほぼ確定してしまう。

 そんなわけにはいかない。

 これはゲーム。

 たかがゲームだが、されどゲームだ。

 所詮はただのゲームといえど、この戦いはエイジャが僕と契約を結ぶための手続きの一環だというのだ。もし僕がゲームに負けたら、僕自身だけならともかく、仲間であるハヌやロゼさん、フリム達にも何が起こるかわかったものではない。

 易々と負けるわけにはいかないのだ。

「……ラト、妾を降ろせ。このままではまともに戦えまい」

 状況を見て取ったハヌが、僕の耳元に唇を寄せて囁いた。

「うん……でも、」

「安心せい、妾は大丈夫じゃ。試したいことがある」

 やや躊躇いつつ頷いた僕に、くふ、と笑ってハヌは請け負う。

「……わかった」

 僕はお姫様抱っこしていたハヌを、赤い冷気を立ち上らせる地面に降ろした。両腕が空くと、握りっぱなしだった〈リディル〉と〈フロッティ〉に実体剣を装填する。柄しかない黒玄と白虎に深紫の光が収束し、フリムの手でメンテナンスされた金属の刀身が現れた。全体が鏡のように磨き上げられ、すっかり新品同然となっている。

 僕は双剣を構えつつアシュリーさん、そしてその向こうにいるカレルさんへと向き直り、

「――降参はしません。負けもしません。僕達は、勝ちに行きます」

 真っ正面から堂々と言い放った。

「――――」

 すぐそこにいるアシュリーさんの目がやや見開き、それから少し嬉しげに細まった。

 そうだ。術力と術式が封じられたからと言って、自分より実力が上の剣士に囲まれたからと言って、もはや諦めるような僕ではない。

 臆病で弱くて情けない自分とはさよならするのだ。

 それに、こんな逆境なんてもう何度も乗り越えてきた。

 しかも今はハヌと一緒にいるのだ。

 観念する理由なんてどこにもない。

 今度だってきっと、いや絶対に、少ない勝ち目を拾い集めてこの窮地を脱してみせる。

「――いいでしょう、ベオウルフ。あなたの覚悟は受け取りました。あなたのように成長の早い剣士であれば、一日も経てば別人のように変化している可能性は十分にあります。加減も油断もしません。私達の全身全霊をもって、あなたを斬り伏せます。いいですね、ゼルダ!」

「がってん承知の助であります!」

 瑠璃色の双眸を好戦的に尖らせたアシュリーさんの声に、ゼルダさんが調子よく応じる。

 途端、二人の体から猛烈な戦意が迸った。

 前方のアシュリーさん、後方のゼルダさんから、肌がビリビリするほどの闘争心を感じる。

 術力が封じられている今、どちらの〝SEAL〟もまるで励起せず、見た目の変化は全くない。だがもし術力が行使できる状況であれば、二人のフォトン・ブラッドが目を灼くほどの輝きを放っていたこと想像に難くない。

 ――来る……!

 緊張感が高まる。空気が帯電する。見えない導火線に火が点いたような感覚。

 地を蹴る音が同時に二つ。

 僕はハヌを信じて、目の前のアシュリーさんだけに意識を集中する。

「――ッ!!」

 次の瞬間、甲高い金属音がドーム内の空気を引き裂いた。

 乱戦は続く。





いつもお読みいただき、ありがとうございます。

今回が今年最後の更新となります。

今年も大変お世話になりました。

来年もまたリワフロをよろしくお願いします。

余談ですが、今年の12/31のコミックマーケット最終日に、友人のサークルスペースのお手伝いに参加します。

「西そー18b 玩楽屋」です。

前回の夏コミで無料配布したペーパーの余りを持って行きますので、もしよかったら帰りに寄ってみてやってください。

ご希望の方にはペーパーにサインをしております。

余りですので、なくなってしまったらごめんなさい。

どうぞよろしくお願いします。


それでは皆様、よいお年を!




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コメント

  • Kouki

    更新お疲れ様です、昼寝しようとして目を閉じたら、通知がなって飛び起きた。

    1
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