リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広仙戯

●24 ゲームスタート 2





 結局のところ、エイジャの言う〝本番〟が始まったのは、僕達が浮遊大島に上陸してから三日目のことだった。



 僕達は今、大島の中央に広がる都市エリア――の廃墟群にいる。

 かつては大いに賑わったであろう、高層ビルの立ち並ぶ島の中心部。だが今となっては住む人もなく、どの建物も風雨に晒され、とうの昔に朽ち果てている。

 どこか、以前にも転移させられた仮想空間――〝ミドガルド〟にも似ていて、既視感を伴う光景だった。

 あそこもこんな風に、かつては街だった場所が長い年月を経て自然に還り、森や湖と融合したかのごとき土地だったな――と思い出す。

 ただこの都市は、どうやら廃れてからそこまで月日が経っていないらしく、植物の緑や水の青などはほとんど見当たらない。

 見渡す限り、グレーの濃淡に占められた、いかにも廃墟めいた風景である。

 名も知れぬ、死んだ都市――

 どうやらここが、〝本番〟の舞台であるようだった。

「私達が北側ということは、【敵】は南側にいるのでしょうか?」

 早くも戦場の空気が嗅ぎつけたのか、ロゼさんが唐突に物騒な疑問を口にした。当然、既に彼女だけでなく、この場にいる全員が戦闘装備である。

「んー、多分そうなんじゃない? 地図見たら南の方にも大きな浜辺があったみたいだし、あのクソ連中はあっちでバカンスしてたんじゃないかしら」

 ごく自然に口汚い言葉を使ってフリムが肯定する。言われてみれば、と脳内に島の地図を投影してみると、確かに大島の南方にも、僕達が貸切にしていた浜辺と同じぐらいの海岸線が描かれていた。

「のう、ラト。思うのじゃが、ここから妾の術で島の半分を吹き飛ばせば、この勝負はすぐに片がつくのではないか?」

「うーん……それはいい考えのような、ちょっと過激すぎるような……」

 ゲームのルール的にはどうなんだろう? と思うぐらいにはそろそろハヌの過激発言に慣れつつある僕である。

「でも、新たなメッセージには『戦場はこの浮遊島全体』とあったのだし、そうとも限らないんじゃないかしら? どこから敵が来ても対応できるようにしておくべきだわ。それにしても、私達は『白』のチームなのかしら? それとも『黒』のチーム?」

 少し離れた場所に立っている――僕達から見て右側、数メルトル――ヴィリーさんが、こちらの会話に入ってきた。

「やはり正義のナイツとしては、『白』がお好みといったところですか、団長?」

 妙なことを気にするヴィリーさんに、その隣のカレルさんがシニカルな笑みを浮かべて問う。無論、ヴィリーさんがどう答えるのかわかった上での問いだ。

「そんなの当たり前じゃない。『黒』は当然あちらであるべきよ」

 僕達の前では、柔らかくて優しい雰囲気を纏っていることの多いヴィリーさんだけど、長い付き合いのせいか、カレルさんと話すときだけは妙に子供っぽくなる。ツーン、と音が聞こえてきそうな塩対応に、さらに隣に立つアシュリーさんが冷静に突っ込んだ。

「お言葉ですがヴィクトリア団長、この際チームの色はどうでもよいかと」

 戦闘前だからか、薄氷のごとく冷たく尖ったアシュリーさんの声に、そのまた隣のゼルダさんがネイビーブルーの頭をぶんぶんと縦に振る。

「ですです。白でも黒でも、さっさと決めて白黒つけるでありますですよ。……あ、今自分すごく上手いこと言ったでありますよねっ? ねっ? ねっ? アシュリーっ!」

「こんな時に駄洒落はお止めなさい、ゼルダ。一体どこの親父ですか」

「おやっ――ひ、ひひひひどくないですかぁアシュリぃぃぃっ!? じ、自分なりに緊張をほぐそうと思っただけでありますのにぃぃぃぃっ!」

「戦闘前ですよ、静かにして集中力を高めなさい。見なさい、あのユリウスですらああして……」

「…………ああして、立ったまま、居眠りしてるでありますね……?」

「……………………叩きっ、起こしなさい……ッッッ!!!」

 何だかひどい流れを見てしまった気がする。

 エクスプローラー業界のトップクラスタでも、意外とこういうやりとりをするものなのだなぁ――なんて考えていると、ふとジェクトさんの姿がないことに気付いた。

 ――あれ? あんなに目立つ人なのに……

 新進気鋭のクラスタ『蒼き紅炎の騎士団ノーブル・プロミネンス・ナイツ』の幹部、〝カルテット・サード〟が一人――ジェクトさん。その異名の〝漆黒騎士リベルタス・エクエス〟が示す通り、他のメンバーが〝剣嬢ヴィリー〟のシンボルカラーとも言える〝蒼〟を基調とした制服を着ているのに対し、彼一人だけが何故か、漆黒の戦闘コートを身に纏っているのだ。

 クラスタ名でそれを名乗っている僕が言うのも何だけど、あの人はきっと、『NPK』における〝ジョーカー〟なのだろうと思う。雰囲気的にも、実力的にも。だからこそ異名に『自由の女神リベルタス』なんて名詞が混じっているのだ、多分。

 しかも、彼のファーストネームはそれなりに有名だが、不思議とファミリーネームは誰も知らない。もしかしたら上司であるヴィリーさんやカレルさんなら知っているかもしれないけれど、一応は部外者である僕がそれを聞くというのもおかしな話だ。ちょっと気になるけど、気になる程度で質問するわけにもいくまい。

 そんな異分子とも言えるジェクトさんが、これから大一番だというのに姿を見せていない。この前の三体同時ゲートキーパー戦でも活躍した実力者だと言うのに。

 まさかサボタージュではあるまい。こんな状況だ。元の場所に戻れるか否かの瀬戸際だというのに、そんな無責任なことが出来ようはずもないし、そもそもヴィリーさんやカレルさん、特にアシュリーさんが許すとも思えない。

 ――ということは、何か理由があって身を隠している、とか? あ、もしかして昨日のミーティングでは公開されなかったカレルさんの秘密の作戦があるとか? それとも、僕が聞き忘れてしまったいただけ、とか……?

 自分の記憶に自信がなくて急に不安になってくるけど、まさか今になって誰かに聞くわけにもいかない。

 エイジャが指定したゲームスタートの時間はきっちり正午。〝SEAL〟の時計を確認すると、あと数分しかない。これから始まるであろう戦いの前に、余計な話をしてみんなの集中力を削ぐのは、クラスタリーダーとしてはあまりよろしくない振る舞いだ。

 ――まずい、どうしよう……な、なんとか自分の力だけで思い出さなきゃ……!

 焦った僕は、我ながら自慢と言うか何と言うか、特技の高速思考を発動。

 昨日(さくじつ)の記憶を一斉に掘り起こしにかかった。



 ■



 知っての通り僕達は上陸一日目を、海辺でたっぷり遊ぶことに費やした。

 謎の空間に囚われたこの状況では無駄に足掻いても意味がないと悟っていたし、浮遊群島で受けた試練の疲れを癒やす束の間の休息、という目的もあった。

 が、二日目には既にエイジャから〝本番〟のルールが配布されていたため、前日までのレジャー気分はどこかへと弾け飛び、僕達『BVJ(ブルリッシュ・ヴァイオレット・ジョーカーズ)』とヴィリーさん達『蒼き紅炎の騎士団ノーブル・プロミネンス・ナイツ』の面々は、朝から合同ミーティングを開くことになったのである。

 言わずもがな、エイジャが通達してきたルールはどう見ても単純明快。であるが故に、いくつもの『抜け道』が存在する可能性がある。それらを一つ一つ精査し、エイジャに確認をとることによって少しでもリスクを減らそうというのが、このミーティングの趣旨であった。

 確認事項のリストアップは、ルールが届いた直後からカレルさんが筆頭となり、『蒼き紅炎の騎士団ノーブル・プロミネンス・ナイツ』の幹部メンバーによって行われていたらしい。そしてミーティングが始まった途端、参加者全員の〝SEAL〟にその一覧が配られた。

 この時点で、僕はいささか以上に恥ずかしくなった。昨晩の僕といえば、フリムやロゼさん、ハヌに怒られたり諭されたり宥められたりして、自分のことで手一杯だったのである。ルールの精査をしないといけないとは思っていたが、問題点のリストアップにまでは頭が回っていなかった。

 しかし考えてみれば、これは危険を生業とするエクスプローラーとしては『やって当然』のことである。

 呼吸するようにその『エクスプローラーとして当然のこと』を行うカレルさん達には、畏敬の念を抱くのと同時に、引け目すら感じてしまう僕なのだった。

 とはいえ、である。

 そんな僕でも役に立てることがあった。

 それは――『エイジャから質問の回答を得る』という役目である。

 というのも、ミーティングの序盤に情報共有の時間が設けられ、僕達はエイジャが現れて以降、ずっと断絶していた相互伝達を行ったのだけれど――

 ――そもそも、この状況は一体何なのか?

 ――発端はどこにあり、何をどうすれば解決するのか?

 といった『NPK』側からの疑問が当然ながら噴き上がり、僕はやはり、エイジャとした会話の内容を説明せざるを得なかったのである。

 考えてみれば、ヴィリーさん達からすると『開かずの階層』の特別セキュリティルームに足を踏み入れた途端、ハウエル一味や僕達とは隔離され、碌な説明もなくこの浮遊群島へと強制転移させられたのだ。

 しかもそこでは、エイジャの用意した謎の試練付きである。

 一体全体、何がどうなっているのか――少なくとも元凶の一端を担っている僕には、その説明責任があるように思えた。

 故に、僕はエイジャとの対話の内容を『NPK』メンバーにも共有した。

 どうやら今回の件は、エイジャと名乗るルナティック・バベルの統括プログラム〝アウルゲルミル〟が、この僕ラグディスハルトと契約するために始めたことらしい――と。そういった内容を、極力こちらが被害者である風に聞こえるよう、僕は彼らに語った。

 後でハヌやフリムから『なにもあそこまで詳しく話さなくてもいいのに』と軽く怒られたけど、僕の場合、下手に嘘をつくとすぐに馬脚を現す羽目になるだろうから、こういうことは最初から素直に言っておいた方がいいと思ったのだ。

 というわけで、どういった意図なのかまではわからないが、とにかくエイジャの目的は僕と契約することであり、既に現時点で彼はこちらを『マイマスター』と呼称までしていることを、僕は包み隠さず開示した。

 すると、

『そういうことであれば、そのラグ君の立場を使わない手はないな』

 と、不敵な笑みを浮かべて言ったのは誰あろう、カレルさんである。

『この配布されたルールの後部にある通り、どうやらこのゲームマスターは随分な気分屋らしい。なにせゲームの根幹たるルール表に〝気が向いたものには返信するかもしれない。しない時はしない〟などと書くような人物だ。であれば、一番返信率が高そうな人間から質問を送るのが、最善の策であるはずだ』

 むしろ、最後尾に『返信がない場合は、答えは基本的に〝否〟だと思ってもらってよし』などと書いてある時点で、エイジャがそうそう質問に応答しないだろうことは予想に難くなかった。

 実際、僕やハヌの前にはメッセージであったり、アプリを通した通信などで頻繁にその人柄や顔を出しているエイジャだけど、聞くところによると他の人のところには全く現れていないらしい。石碑や壁画といったヒントメッセージの際も、敢えてなのか、事務的かつ機械的な文面だけが並び、彼のパーソナリティを匂わせる部分はほぼなかったという。

 明らかに、僕だけがエイジャに贔屓されている。

 良くも悪くも。

 悪くも、というのはフリムやロゼさん、ヴィリーさん達が他の浮遊小島で受けた試練の内容を聞いたからだ。

 結論から言うと、僕や鬼人の三兄弟――いや、今となってはもう【兄妹】と書くべきか?――が戦った『根の国の女王イザナミ』のようなフロアマスターは、他の人の前には現れなかったらしい。

 フリムとロゼさんは幸いにも、僕とハヌと同じようにコンビで同じ島に飛ばされ、そこでやはりハウエル一味の〝探検者狩りレッドラム〟の連中と鉢合わせになったという。

 そこではフロアマスターどころかゲートキーパーも存在しない代わりに、とある『アイテム集め』をさせられたのだそうだ。言い方は軽いが、一種のオリエンテーリングのようだった、とはフリムの談である。ちなみに細かい部分は割愛して結果だけを言えば、早い者勝ち勝負で当然フリムとロゼさん達が勝利した。と言っても、先にアイテムを集め終わったのではなく、相手側がいやらしい妨害をしてきたから――主にフリムの――頭に血が上って、容赦なくボコッてしまった結果の圧勝だったそうだけれど。

 とにもかくにも、ヴィリーさんとゼルダさん、カレルさんとジェクトさん、アシュリーさんとユリウス君といったペアの話を聞いても、僕とハヌのような大事にはなっていない。少なくとも、手遅れになったら島が崩壊する、なんて話に比べたら全く以て平和的な試練ばかりだったのである。

 これは偶然だろうか? たまたま運悪く、僕とハヌ、そしてハウエルとヤザエモンだけが外れくじを引いてしまったと、そういうことなのだろうか?

 ――いいや、そんなはずがない。

 絶対に【わざと】だ。

 確証はないが確信がある。

 エイジャならきっとそうするに決まっている――と。

 閑話休題。

 とにもかくにも、エイジャが僕を特別視しているのは確かだ。

 であればカレルさんの言う通り、それを逆手に取るのはむしろ定石である。戦術とは即ち『敵の嫌がることをすること』であり、今の状況を考慮すればエイジャは敵と呼んで然るべきであり、最も有効だと思う手を遠慮なく打っていくことは当然至極のことだった。

 というわけで、僕はミーティングで確認事項が確定する度に、例の『Lコンシェルジュ』という名のアプリを介してエイジャに質問を送った。

 予想通り、返信は早かった。打てば響くような速度でエイジャは回答を返し、僕達の打ち合わせは実にテンポよく進んだ。

 例えば、ルールにある『マジック』についての質問。

 Q・事前に『マジック』を練習する時間はもらえるのか?

 A・否。効果は説明した。条件は白チーム黒チーム双方同じ。本番が始まってから実践で使い方を覚えよ。

 Q・『ウォール』を使ってないプレイヤーに『ハック』を使うと『ウォール使用不可状態』となるとあるが、これを何かしらの手段で打ち消すことは可能か?

 A・否。打ち消す手段はない。効果時間が切れるまで、そのプレイヤーは『ウォール』を使うことは出来ない。

 Q・ならば『ウォール使用不可状態』で『ウォール』を使用してしまった場合、どうなるのか?

 A・『マジック』が発動しないためMPは消耗せず、『クールタイム』も発生しない。

 Q・既に『フリーズ』を受けて動けなくなっているプレイヤーに、さらに『フリーズ』を重ね掛けすることは可能か?

 A・不可能。『フリーズ』の上書き、および効果時間延長はなく、『マジック』の使用者はMPを失い、『クールタイム』が発生する。

 Q・ということは『ハック』による『ウォール使用不可状態』も同様か?

 A・同様。『ハック』の上書き、および効果時間延長はなく、『マジック』の使用者はMPを失い、『クールタイム』が発生する。

 ――といった、およそ考え得るパターンを想定し、その全てをエイジャに確認した。

 その結果、一つの結論が出る。

『つまりこのゲームは〝団結力〟――〝チームワーク〟が重要と言うことね。個々人の力ではなく、集団としてどれだけ有機的に動けるか……それが肝要になるわ』

 そう断じたのはヴィリーさんである。

 ゲームの鍵となるのは、やはりプレイヤーがそれぞれ使用できる『マジック』だろう。

 特殊な仕様の『サルベージ』を除けば、索敵の『サーチ』、敵硬直の『フリーズ』、無敵防御の『ウォール』、無敵破壊予防の『ハック』、どれも一律で効果時間が一分、消費MPが一、なおかつ発生するクールタイムが三分となる。

 プレイヤーそれぞれのMPは最大で10だから、一人につき最低でも10回まで『マジック』が使用できる。

 だが効果時間一分に対し、『クールタイム』は三分。

 つまり、どうしても二分以上は『マジック』の効果がなく、そして使用できない無防備な時間が発生してしまう。

 そこを埋めるのが仲間の『マジック』だ。例え一人が『フリーズ』で硬直させられても、『ウォール』を使った仲間が守護すればいい。また攻撃面においても同様で、一人が『ハック』を使い、もう一人が『フリーズ』を使用すれば、敵プレイヤーをほぼ完全に無力化できる。

 味方との連携――それこそが、ゲームの目的である『勝利すること』へと繋がる方程式なのだ。

『そうと決まれば、もう遊んでいる暇はないわね。訓練よ、あなた達』

 そのヴィリーさんの鶴の一声で、二日目の午後は〝本番〟に向けての集団訓練と相成った。

 無論、ゲームが始まっていない状態では『マジック』は使えない。それは先述のエイジャとした問答の通りだ。

 しかし、仮想訓練なら問題ない。ルールブックにある通り、どうせ実践でも『マジック』の名称を口に出して唱えなければならないのだ。ならば『マジック』を声に出し、効果が出たという前提で訓練を行えばいい。

 なんと用意周到なことに、カレルさんとアシュリーさんの手によって訓練用のアプリが作成されていた。きっと、昨晩の内に結論を出して準備していたのだろう。即席なりの出来ではあったけれど、たった半日の訓練なのだ。少しでも実戦の感覚が得られるのなら十分だった。

 斯くして、僕達『BVJ(ブルリッシュ・ヴァイオレット・ジョーカーズ)』と『蒼き紅炎の騎士団ノーブル・プロミネンス・ナイツ』は〝本番〟に向けて『マジック』込みの戦闘訓練を開始した。

 確認するべきはフォーメーションと『マジック』の連携だ。敵の行動を予測し、それに応じた対策を瞬時に打てるよう体に覚えさせる。

 エイジャの返答には『本番が始まってから実践で使い方を覚えよ』とあったが、それでは遅すぎる。これから戦うのはハウエルら『探検者狩りレッドラム』なのだ。どんなルール外の卑怯な手を使ってくるかもわからない。出来る限り、ルールに則した方法で瞬殺するのが望ましかった。

 また、相手の出方を分析、予測するのも重要だ。

 あちらはおそらく、クラスタの頭であるヴィリーさんやカレルさん、そして僕やハヌを最優先で狙ってくるだろう。

 その中でも、特に僕を。

 これは逆転の発想だ。カレルさん曰く、

『もし俺が君達の敵側に回ったのなら、間違いなく〝勇者ベオウルフ〟――君をいの一番に叩く。君の支援術式による〝アブソリュート・スクエア〟は、一度発動してしまえば止めることはまず不可能だ。動きが速すぎて『フリーズ』や『ハック』は当てられず、『ウォール』の無敵効果も一分しか保たない。極端な話、君一人で敵チームを全滅させることも不可能ではないだろう。それだけに、俺ならどんな手を使ってでも真っ先に、そして確実に君をしとめる。それは〝追い剥ぎハイウェイマン〟――ハウエル・ロバーツも同じだろう。特に一度、君に敗北しているとあればなおさらだ』

 とのことで、当然ながらハヌの極大術式やヴィリーさんの蒼炎も厄介ではあるが、何より僕のスピードが最大の脅威なのだという。

 然もありなん。自分で言うのも何だが、いったん〝アブソリュート・スクエア〟で一〇二四倍の強化係数を得た僕を止められるものなんて、そうは存在するまい。ロゼさんの持つゲートキーパー〝ハーキュリーズ〟や、かつての神器〝融合(ユニオン)〟で竜人形態となっていたシグロス・シュバインベルグであれば、あるいは可能かもしれないが――逆に言えば、それだけの怪物でもなければ僕の〝アブソリュート・スクエア〟に敵うものはまずあり得ない。

 とはいえ、そんな〝アブソリュート・スクエア〟にも弱点がある。誰に言われるまでもなく、これは僕自身が一番よくわかっていることだ。

 初動、である。

 恥ずかしながら稀にテンションが上がって口走ってしまう「三分間だけなら、僕は世界最強の剣士だ」という発言の通り、支援術式の効果時間である三分間だけなら、僕はとんでもない猛威を振るうことが出来る。

 が、逆にそれ以外の時間においては僕はただの剣士、中の下がいいところのエクスプローラーでしかない。

 そんな僕が『世界最強の剣士』に〝成る〟ためには段階的に支援術式を使い、強化係数を二倍、四倍、八倍……と順を追ってギアを上げていくことがほぼ必須となる。偶に〈ストレングス〉、〈ラピッド〉、〈プロテクション〉を一気に十個ずつ発動させて瞬時に〝アブソリュート・スクエア〟になることもあるけれど、あんなのは追い詰められた挙げ句の曲芸でしかない。僕としては暗闇の中で針の穴に糸を通すような所業に近く、出来ればやりたくない手法だ。何故なら、ちょっとでも肉体の制御をしくじれば、即死レベルの事故へと繋がること必至なのだから。まさしく綱渡りの一発芸である。

 よって、敵はその〝起き上がり〟のタイミングを狙ってくると見るべきだ。少なくとも強化係数が百二十四倍に上がるまでは僕の実力――というか性能は、並から上のエクスプローラーレベルでしかない。ヴィリーさんやカレルさんに匹敵するクラスのエクスプローラーであれば、その気になれば一瞬で潰せるレベルである。例えばかつて『NPK』に所属し僕を〝ぼっちハンサー君〟と嘲ったニエベスが、ヴィリーさんに鞘込めの剣で殴り飛ばされ、一撃で昏倒させられたように。

 というわけで、僕達『BVJ』はまず初動を潰されないための対策を練らなくてはならなかった。先述したように敵プレイヤーチームが『フリーズ』や『ハック』を畳み掛けてきたら、僕は一気に無力化されてしまう。腐心するべきは、一人にならないことだ。一対多の構図になれば、『マジック』の物量に押し流されて間違いなく制圧される。逆に、多対多であれば活路が見出せる。

 僕とハヌ、そしてロゼさんとフリムの四人は、色々な状況を想定し『こういう時はこう』、『こうなった時はこう』という風に、いくつもの連携パターンを考案し、それを実際に練習してみた。

 が――言っては何だが、元々からして連携の〝れ〟の字もない僕達である。普段から個々の力が突出し過ぎて『四人で戦う』というよりも『四人【が】戦う』という感じの僕達『BVJ』なだけに、戦術に『マジック』を加えた連携をすぐにものにする、なんてことは到底無理な話だった。

 しかし、自分達が上手く連携出来ないことなんて、僕達はとうの昔に知っている。そう、上手く出来ないなら出来ないなりに、やりようはあるのだ。

 本来であれば細かく、そして計算尽くの連携を組むことが理想ではある。が、大きな石と大きな石とで石垣を作ることはまず不可能だ。互いの形が綺麗に整っていればそんなことも出来るのだろうけれど、悲しいかな、僕達はトゲトゲでギザギザの『切り札ジョーカーズ』なのである。

 結局のところ、『マジック』を交えた連携行動は最低限必要なものだけに絞り、最終的に僕達は採用した三つのパターンを集中して練習することになった。もちろん万全を期すなら、そこに『NPK』の人達も絡めた連携も考えるべきなのだろうけれど、僕達の不器用さを考えれば逆効果になることは必至である。そういった意味でも、僕達はどこまでも『特殊部隊(ジョーカーズ)』なのであった。

 斯くして、浮遊大島上陸二日目は実地的な訓練に終始された。

 その日の夕方にはエイジャから全員の〝SEAL〟にメッセージが届き、〝本番〟の開始が翌日の正午であることがアナウンスされた。

 彼の言っていた『少々曖昧だけれどバカンスの期間は、参加者全員の体力と気力が完全に回復するまで』という条件が満たされたのであろう。つまり、僕があれだけダメージを与えたハウエルですらも、完全に回復しきったということだ。

 またあの頑丈な奴と戦うことになるのか――とも思ったけれど、不思議と不安はなかった。

 前回は僕一人で、まさに孤軍奮闘としか言いようのない状況だったけど、今度はハヌもいるし、ロゼさんだってフリムだっている。

 さらに言えば、支援術式の使用を制限されずに戦うことができるのだ。

 負ける気がまるでしなかった。

 もちろん、身体強化(フィジカル・エンハンス)の支援術式は体に負担がかかるし、使用限界時間は三分どころか一分もないかもしれない。だけど、それが何だというのだ。

 僕には、こんなにも頼りになる仲間がいる。

 みんなと一緒なら百人力、いや、千人力と言っても過言ではない。

 相手が『探検者狩りレッドラム』の集団だろうが知ったことか。

 次も勝利を収め、必ずやみんなと一緒に元の場所へと戻ってみせる。

 そう、誰一人欠けることなく――!

 この日、連携の練習中にハヌの正天霊符を誤ってぶつけられたりロゼさんの鎖に巻き込まれて殴打されたりフリムの吹っ飛ばした土砂を全身に浴びたりした僕は、それでもなお、そう心に誓ったのだった。



 ――それにしたって、僕達の連携の下手くそ加減は本当どうにかならないものだろうか……?



 ■



 昨日の記憶の再生を終えた僕は、改めて愕然となった。

「…………」

 どうしよう、どれだけ記憶を探ってもジェクトさんがこの場にいない理由が全然出てこない。

 ――あれ? おかしいな、でもみんな普通にしてるし、誰もジェクトさんがいないことを気にしてないし、もしかして僕だけ仲間外れにされてる……!?

「どうした、ラト? 何を焦っておる?」

「えっ!?」

 内心の焦りが無意識に態度に出ていたのか、隣に立っていたハヌから心配されてしまった。

 僕は慌てて笑顔を作り、

「いやあの、焦っているというか、そんな大したことじゃないんだけど……」

「なんじゃ、厠か? 全く……じゃから先程、妾と一緒に行くかと聞いたであろうに」

「ち、違うよっ、そっちじゃないよっ」

 思いも寄らないことを言われたので、思わずむきになって言い返してしまった。すると、ハヌはキョトンと小首を傾げ、

「そっちでなければ、どっちだと言うのじゃ?」

「あっ、いや、だから、それはその、何と言うか……」

 まさか、さっきから『NPK』のジェクトさんの姿が見えなくて気になっているんだけど、でもヴィリーさんやカレルさんが考えた秘密の作戦があるのかもしれなくて、質問してみたいけど後もう少しでゲームが始まってしまうし、余計な話をして途中でブツ切りになって微妙な感じで戦いに入るのも何だか嫌だから、意味もなくソワソワしていただけ――なんて言おうものなら、多分その間にゲームが始まってしまう。

 だから、僕はとりあえず適当に誤魔化すことにした。

「だ、大丈夫、だいじょうぶ、そんな大したことじゃないし、多分すぐに答えがわかることだと思うし、心配してもらうほどのことじゃないから……ええと、ありがとね、ハヌ」

 気にしてくれたことに対してお礼を言うと、ハヌにはそれで十分だったのか、くふ、と笑ってくれた。

「うむ、妾はラトの唯一無二の親友じゃからの。いつでもおぬしのことを気にしておるぞ」

 にっこにこー、と上機嫌に笑顔を浮かべるハヌは、どう見てもこれから戦場へ赴く雰囲気ではない。まぁ、そのあたりはいつものことと言えば、いつものことなのだけど。

 と、そんな下らないやりとりをしている内にゲームの開始時間がきてしまったらしい。



『やぁ諸君、集まっているね。そろそろ時間だ』



 突如、頭の中に直接声が響いたかと思えば、大空に巨大なARスクリーンが出現し、そこにエイジャの顔が映し出された。

『――!?』

 この場にいるほとんどの人間が息を呑む気配がした。誰もこんな派手な登場をするとは思いもしなかったのだ。

 なにせ、朽ちた高層ビルよりも高い位置に現れたARスクリーンの大きさが尋常ではない。これだけ離れていても巨大に見えるのだ。長辺はキロトル単位であるのではなかろうか。

「…………」

 あまりのことに呆然となり、言葉もない。

 空一面に広がるエイジャの美貌は、そのスケールから僕に、ハヌの極大術式のアイコンを思い出させた。と言っても、流石にあれほどの大きさはないのだけど。



『聞くまでもないことだけれど、ルールにはしっかり目を通してくれたかな? いくつか寄せられた質問にも、オレなりに誠意を込めて答えたつもりさ。ちなみに、後になってから文句をつけられても対応はしかねるので、そこのところは悪しからず了解しておいて欲しい』



 顔のサイズが大きくなろうが、やはりエイジャはエイジャであった。彼が元凶だというのに、無駄に茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせるあたりが、何やら無性に腹立たしい。



『さて、基本ルールは既に先行公開しているけれど、実を言うとあれが全てではないんだな、これが。察しのいいプレイヤーならとっくに気付いていると思うけど、このゲームにはさらにいくつかのルールが【必要】なんだ』



 言われて初めて気が付いた。

 エイジャから〝SEAL〟に配布されたメッセージを確認すると、確かに書いてある。最後の方に『以上が基本ルールとなる』――と。



『まず、事前に連絡した通り、プレイエリアはこの周囲にある全ての領域だ。君達が現在いる中央の本島だけでなく、予選でも使用した小島も範囲内となる』



 ARスクリーンに映るエイジャの姿が小さくなり、代わりに僕達のいる浮遊群島の地図がクローズアップされた。中央に巨大な本島、その周囲を衛星のように囲む三十近い小島。その全てが長大な橋で繋がっているため、どこかバクテリアの拡大図か何かのように見える。



『それ以外の場所へ出たら失格だが、まぁここは空中。他に行きようがないからね。まぁ永遠の空に吸い込まれて死にたいというのなら止めはしないが、それはさておき。プレイエリアが広すぎると、出るんだ。逃げ回ったり、隠れ続けたりするプレイヤーがね。そう、必ず現れる。そうなると序盤は問題なくても終盤でゲームの進行が滞るため、その対策ルールも必要となる』



 ふふっ、とエイジャが妖艶に微笑む。まるで、こんなことを何度も経験してきたかのように、あるいは、お前達のすることなどお見通しだと言わんばかりに。



『君達は一人一人監視されている。よって、いつまで経ってもゲームに参加しようとしない者には、ペナルティを与えよう。その名も〝ブルーフリーズ〟。通常のフリーズとは違って、なんと十分間もの硬直が課せられる。もちろんサーチの対象にもなるからね、硬直している間に見つけられて攻撃されれば、それで終わりになってしまうよ』



 あは、と心から楽しそうに笑って、エイジャは続ける。



『ああ、そうだね。ゲームに参加しようとしない者、というものの定義が必要だね。では、細かい時間を決めよう。三十分以上、敵プレイヤーと対峙しない、マジックを使わない、武器を持たない、以上のどれか一つでも条件を満たした場合に〝ブルーフリーズ〟は発動する。以降、たとえ十分の硬直が解けようとも、条件を満たし続ける限り、これは三十分ごとに発動する。それでも構わない、というのであれば延々と逃げ続けるのもいいだろうね』



 どうせできやしないけれど、という声が続けて聞こえたような気がした。口にこそ出していないが、エイジャの白々しい笑顔が言外にそう言っていた。



『そうそう、時間だ。当たり前だけれど、始まりがあれば終わりがある。世の必然だね。もちろんこの楽しいゲームにだって終わりがある。全プレイヤーが死亡した時はもちろんだけれど、流石にそれは殺伐に過ぎるだろうね。だから、時間制限にしよう。そう――』



 ここでエイジャは視線を右上に向け、やや考え込んだ。事前に決めていなかったのか、とは誰もが思ったことであろう。



『――六時間、もあれば十分かな? その頃にはもう夕飯の時間だからね。腹が減っては戦はできぬ、だったかな? 人間はそういう生き物だから仕方ないね。ちょうど今が正午だ。【お遊び】が終わるにはちょうどいい時間だろうさ』



 いま思い付きで適当に決めた、という感じのエイジャに、しかし僕達に抗弁する権利などない。全ては彼の掌の上だ。ゲームマスターであるエイジャこそがルールであり、それがどんなものであれ、僕達は受け入れてプレイするしかないのである。



『ということで、君達には十八時まで大いにゲームを楽しんでもらおうと思う。言うまでもないが、楽しみ方は人それぞれだ。思い思いの方法で素敵な時間を満喫して欲しい。それでは、オレが〝ゲームスタート〟と宣言すれば、その瞬間から本番開始としよう。ああ、そうそう――』



 そこで、またしてもエイジャは思い出したように片目を瞑って見せ、クスリと笑った。



『――肝心なことを忘れていたね。チーム分けだ。相手が敵か味方かは、頭の上に表示されるアイコンを見れば識別できるようになっているから、そこを注意深く見てくれるといい。ちなみに』



 そこでもったいぶるように舌を止めたエイジャは、実際に僕達の姿が見えているのかどうか、空に浮かぶARスクリーンの映像のくせに、わざとらしく島の全景を見渡すふりをした。

 次いで、あは、と可愛らしく笑ってから、会心の一言を放つ。



『【チーム分けはアトランダムだ】。さぁ、ゲームスタート』



「……………………えっ……?」

 信じがたい台詞に、思わず声が出た。

 いや、ちょっと待って欲しい。

 いま、空中に浮かぶ映像の彼は何と言ったのだろうか?

 ――チーム分けは、アトランダム……?

 いやいや待て待て、大いに待て。

 違うだろう。それはおかしいだろう。

 だってこのゲームは――【僕達とハウエル一味の対決】ではなかったのか?

「……なんじゃと?」

 僕に遅れて、ハヌが疑問の声を上げた。やはりそうだ。ハヌも僕と同じことを思っていたに違いない。いいや、それはきっとロゼさんやフリム、そしてヴィリーさんやカレルさんだって同じはずだ。

 ここにいる僕達は全員同じチーム――それが大前提だったはずだ。昨日のミーティングだって、それを根幹として行われた。だから僕達は仲間同士で連携の練習までしたのである。

 それなのに――

 一拍置いて、堰を切ったかのように『蒼き紅炎の騎士団ノーブル・プロミネンス・ナイツ』の人達もざわめき始めた。

 何だ今のは、一体どういう意味だ、もしかして――と。

 だが、無情にも既にエイジャの口から『ゲームスタート』という開始宣言が放たれてしまった。

 突然、この場にいる全員の頭の上に、ピコン、と掌サイズの四角いアイコンが浮かび上がった。

『――!?』

 皆が愕然とする中、アイコンはピカピカと点滅を始めた。白、黒、白、黒、と一定のタイミングで色が変わるのを繰り返す。

 胸の中に一気に広がる不安。どっ、と全身の毛穴が開いて脂汗が滲む感覚。

 ――まさか、まさか、まさかまさかまさかまさかまさか……!?

 点滅の間隔が短くなっていく。徐々に速度を上げていく。

 まるでランダムに止まるスロットを回されているような気分。否、きっとそのものだ。一人一人の頭の上にそれが出現したということは、個人ごとに判定があり、結果が一律でないことを意味しているわけで。

「――――」

 誰もが頭上のアイコンを凝視して微動だにしない。真実、僕は呼吸すら忘れていた。

 四角いアイコンが点滅していたのは、時間にして数秒ほど。だけど、結末を見守る僕達の感覚では数十秒にも感じられた。

 やがて、終わりは唐突に訪れる。

 全員の頭の上のアイコンが各々『白』と『黒』に分かたれ、停止した。

 チーム分けが決定した瞬間である。

 この時、空気が固体になったのかと思うほどの緊張が走った。

 一瞬の静寂。

 僕の視界に映るのは――『白』。

 すぐさま視線を振って仲間の色を確認する。

 ハヌ――『白』。

 ロゼさん――『黒』。

 フリム――『黒』。

「――~ッ……!?」

 四人もいて、全員が同じチームだったらほとんど奇跡だ――頭の冷静な部分が言う。だけど、そうじゃない部分のすがるような祈りが、目の前の現実に否定されるのは、やはりどうしようもなく苦痛だった。

 見ると、ハヌもロゼさんもフリムも、揃って困惑の表情を浮かべ、互いの顔を見合わせている。あまりに予想外過ぎる展開に絶句し、行動しあぐねているのだ。

 僕だってそうだ。不幸中の幸いと言っていいのかわからないが、とにかくハヌだけは僕と同じ『白』チーム。けれど――『黒』チームのロゼさんとフリムとは、本当に敵同士として争わなければならないのか? そんな馬鹿な。いくらゲームとは言え、嫌すぎるにも程がある。

 ――やられた……! こんなところに落とし穴があっただなんて……!

 エイジャの、ひいてはルナティック・バベルのどす黒い悪意を理解したつもりでいたけれど、やはりそんなものは思い込みでしかなかったらしい。

 よもやルール外の部分で、こんな嫌らしい仕掛けが用意されていただなんて――!

 罠に気付かなかった己の不明に歯噛みしながらも、何かこの決定を覆す手があるんじゃないかと思考を回転させようとした、その時だった。



「『黒』チームの者は私の声を聞け! これはあくまでゲームだ! 実戦ではない! レクリエーションの一種だと思え!」



 よく透る強い声が響いた。

 声の主は、『NPK』副団長のカレルさん。

 その頭上には、黒の四角アイコンが。

 彼ははっきりとした滑舌と力強い声音によって、愕然とする一同の手綱を一手に握る。



「誰が敵になろうとも気にするな! 所詮はただのゲームだ!」



 有無を言わせない迫力は、あるいはカレルさんのコマンダーとしてのスキルなのだろうか。耳朶を震わせる声には不思議な力があって、心理的障壁をあっさり越えて頭の芯まで直接染み込んでくるかのようだった。

 実際、カレルさんの言葉を聞いた皆の表情から迷いが晴れ、瞬時に冷静さが取り戻されていく。

 その途端だった。



「――我が『黒』チームの最優先目標は〝勇者ベオウルフ〟! どんな手を使ってもいい! 絶対に彼を【止めろ】ッ!!」



 電撃のように下された号令に、一瞬だけ従いそうになった。〝勇者ベオウルフ〟とは、自分のことだったというのに。

「――え……?」

 人の心を落ち着かせるような口調から、突然の早口による命令。思わず指示通りに動きかけて、だけどその標的は他ならぬ僕自身――その緩急について行けず、思考が空転して僕はフリーズしてしまう。

 刹那。

「――ラトッッ!!」

「ッ!?」

 ハヌの鋭い声に意識を引っぱたかれ、僕は我を取り戻した。

 次の瞬間、いくつものことが同時に起こった。

 カレルさんの指令によって無数の〝SEAL〟が一斉に励起する。『NPK』メンバーの『黒』チーム、そのフォトン・ブラッドの煌き。間欠泉のごとく一挙に衝き上がる戦意。色とりどりのどこか万華鏡じみた光景。

 その中に混じる、ピュアパープルとマラカイトグリーンの輝き。

 合わせて、金管の束で作ったドアベルが連続して鳴るような音。鉄琴を連打するかのごとき金属音。宙と地面を奔るのは、蒼銀と紅銀の鎖。

「サティレイダーユニゾン! ツイン・ディカプル・マキシマム・チャージッ!」

 ものすごく早口なフリムのコマンドボイス。白銀のロッドと漆黒の戦闘ブーツから盛大に噴き上がる紫色のフォトン・ブラッド。



「――怯むな、かかれッ!」



 カレルさんの念押しの命令が、『黒』チームの背中を勢いよく叩く。

 この瞬間、停滞という名の堤(つつみ)がバランスパズルのごとく崩壊した。



『ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――ッッッ!!!』



 激しく爆発する鬨の声ウォークライ

 その中に混じるのは、

「申し訳ありませんラグさん、本気でいきます」

「いっくわよハルトォォォォ――――――――ッッ!!」

 まさかのロゼさんとフリムの、容赦も慈悲も一切感じられない声であった。

「え――ちょっ、まっ、ぇええええええええええええええぇっ!?」

 ガラリと変化する状況について行けない僕に、しかし敵となってしまった『黒』チームはもはや問答無用。武器を手に怒濤と化して襲いかかってくる。

 中天に座した太陽の光が躍りかかって来る人の群れに遮られ、巨大な影が差した。

『フリーズ!』『ハック!』『フリーズ!』『ハック!』『ハック!』『ハック!』『フリーズ!』『ハック!』『フリーズ!』『フリーズ!』『フリーズ!』

 いくつもの『フリーズ』と『ハック』が一斉に発動される。

 僕の目に映るのは色彩豊かな閃光。どうやらプレイヤー各々の『マジック』もまた、本人のフォトン・ブラッドの色を踏襲するらしい。

「――――」

 転瞬、僕の集中力が爆発した。

 高速思考、戦闘演算。主観的な時が止まる。

 雨のように降り注ぐ『フリーズ』と『ハック』。これではたとえ『ウォール』を発動させたところで意味はなく、このままでは動きを止められた僕は八方からタコ殴りにあい、失格となる。

 流石はカレルさんと言わざるを得ない。即断と速攻。僕には真似できない割り切りの良さだ。

 だが、僕にだって意地がある。ゲーム開始そうそう簡単にやられてなるものか。そうさ、僕は支援術式使いエンハンサー。自分や仲間の身を守るのは専門分野なのだから――!

「――ハヌッ!」

 すぐ傍にいるハヌの名を呼びつつ、僕は己の〝SEAL〟の出力スロットに術式を装填。発動させるのは身体強化(フィジカル・エンハンス)の支援術式――ではなく、

「〈スキュータム〉ッ!」

 十五個の防楯術式を同時に発動させた。だが、これは身を守るためではない。『マジック』によって放たれる光線が術式シールドで防げるかどうかは未知の領域だ。故に――

「――はっ!」

 薄紫の六角形のシールドを展開するのは、僕に躍りかかってくるフリムやロゼさん、『NPK』のメンバーそれぞれの【足元】。

 我知らず両腕を振り上げ、精密操作によってバラバラの座標に発生させた〈スキュータム〉を勢いそのまま持ち上げる。

「――でやぁあぁっ!」

『――!?』

 突如、自分達の足の下に広がった薄紫のフィールドに仰天した彼ら彼女らは、けれど抵抗する間もなく【ひっくり返される】。

 僕に『マジック』の光線を放とうとしていた全員が、フライパンの上で跳ねる炒め物のごとく、あるいはバナナの皮を踏んだコメディアンのごとく転倒した。地面だろうか空中だろうが関係なく。

「――っ……!?」

「うっきゃあっ!?」

 ロゼさんの鋭い呼気、フリムの短い悲鳴が聞こえ、さらには『NPK』メンバーの驚きの声が続く。

 体勢を完全に崩された『黒』チームの放った光線があらぬ方向へ逸れて、てんでバラバラの方向へと散っていく。仕様により、いま『マジック』を使った人達には三分間の『クールタイム』が課せられるはずだ。

 ――よし、第一波は凌いだ! これならハヌを抱き上げて離脱を

「甘いな、ラグ君」

「ッ!?」

 背後――思いも寄らぬ方角から有り得ない声が聞こえてきて、僕の背筋に電流が走った。

 ――カレルさん!? なんで!?

 ついさっき向こうで号令をかけていたはずのカレルさんが、瞬間移動としか思えないスピードで僕の後ろへと回っていたのだ。

 あまりにも信じ難く、思わず振り返ろうとした瞬間、

「ぐぁっ――!?」

 まるで気配を感じさせず後方に現れたカレルさんの腕が首に回され、僕は喉を極められながら体を持ち上げられた。

 ――そんな、どうやって僕の後ろに!? いや、そんなことよりこの状態はまずい……!

 首を絞められて苦しいのもあるが、僕は少しでも抵抗するために両足をジタバタと振る。そのまま支援術式〈シリーウォーク〉で大気を壁にして、真上へ駆け上がることでカレルさんの拘束を無理矢理振り解こうと思ったのだ。

 しかし。

「――『黒』チーム総員、俺ごとベオウルフを狙え! 躊躇うな! これは命令だ!」

 ――なっ……!?

 僕を後ろから掴まえたカレルさんが大声でとんでもないことを言った。

 ――そんな、まさか自分を囮に……!?

 信じられない。カレルさんはコマンダーだ。『白』と『黒』のチーム分けがランダムで決まったとは言え、それでも彼がリーダー格であることに変わりはない。もしカレルさんが失格になれば、『黒』チームがただの烏合の衆になる可能性だって――

「言ったはずだ、ラグ君。君が敵になったのなら、どんな手を使ってでも真っ先に、そして確実に君をしとめる――と。今がその時だ」

 僕の動揺を見抜いてか、耳元でカレルさんが囁く。その声の硬さが、彼の覚悟の硬さそのものだった。

 どんな手を使ってでも――そう、司令官である己自身を犠牲にしてでも僕を止めると、カレルさんは決意していたのだ。

「――~ッ……!?」

 予想だにしていなかった展開に愕然とする僕へ、『黒』チームの第二陣が迫る。

 なんと、その中にはアシュリーさんやゼルダさんの姿まで混じっているではないか。二人とも頭上には黒く染まった四角いアイコンが浮かんでいる。

「遠慮はしませんよ、ベオウルフ」

「ごめんなさいですよベオさぁーんっ!」

 得物を携え高速で駆け寄って来るアシュリーさんは冷徹に、ゼルダさんはちょっとだけ楽しそうに口元を緩めながら、けれど二人とも目が本気(マジ)だ。

 オレンジと藍色の煌めきが迸り、双曲剣と直刺剣が振りかぶられる。二人の唇が開き『フリーズ』ないし『ハック』がコールされる、その刹那。

 スミレ色の流星が閃いた。

「「――!?」」

 二人の顔が驚愕に染まり、発せられかけていた『マジック』が中断される。それどころか僕に向かって直進してきていたアシュリーさんとゼルダさんは、申し合わせたかのごとく同時に片足を上げると、なんとお互いを蹴り合った。戦闘ブーツの靴底同士が激突し、二人は弾かれたように左右へ吹っ飛ぶ。

 咄嗟の判断で二人が飛び退いた空間を、スミレ色に輝く五本の光の矢が豪風と共に貫いた。

「……小竜姫ですか」

「い、今のは割と危なかったでありますよー!」

 雑な回避運動の反動を体のバネだけで吸収して着地した〝カルテット・サード〟の二人は、スミレ色の流星――即ちハヌの正天霊符の護符水晶による攻撃に息を呑む。

 ――ハヌっ……!

 親友のここぞというタイミングでの援護に、喜びが爆発した瞬間、



「よそ見をしていると首が落ちるわよ?」



 グラスに氷を落とすような、美しくて恐ろしい響きが耳孔に突き刺さった。

 ヴィリーさんの声と共に、首の後ろをひやりとした空気が奔る。冷気を伴ってカレルさんの胸と僕のうなじの間――とても細い隙間を通ったのは、おそらくは剣の刀身。

 僕のうなじスレスレを突き抜けた剣気を感じた瞬間、

 ――あ、死んだ?

 僕はただ、純粋にそれだけを思った。

 首筋を冷たく撫でるのは、もはや死神の鎌そのもの。この冷たい気配がそっと数セントル動けば、僕の首は【ことり】と落ちる――そんな未来が幻視されたし、事実そうだった。

 圧倒的な〝死〟を前に、恐怖も後悔もなかった。死の直前にはこれまで生きてきた記憶が走馬灯のように見えると言うけど、それすらも見えなかった。

 自分はもうすぐ死ぬ――その厳然たる事実が目の前に突きつけられたし、それはそのまま僕の魂へと刻み込まれた。

 だから。

「…………?」

 生きている――まだ。

 そう気付いた時には不思議な気分だった。生まれ変わったような、第二の人生がいま始まったかのような、なんとも言えない感じがあった。まるで世界が輝いているかのような。

 そして気が付けば、僕の首を絞めるカレルさんの拘束が解かれていた。足もいつの間にか地面に着いてる。

「……たとえゲームとは言え、直属の部下の首を本気で狙いますか、団長?」

 半ば呆れたような声に振り返れば、そこにはヴィリーさんの剣を両腕の籠手(ガントレット)で受け止めるカレルさんの姿が。エーテリニウム製の刃は金属製の籠手にわずかだか沈んでおり、ヴィリーさんの斬撃が本気のそれだったことが如実にわかる。

「あら、おかしなことを言うわね、カレルレン。【遊びだからよ】、決まっているじゃない。嫌々する仕事じゃないのよ? 遊びのゲームに本気にならなくて、いつ本気になると言うのかしら?」

 部下に容赦なく刃を向けた――というか本気で首を落としにかかったヴィリーさんの頭上には、『白』のアイコン。

 ――よ、よかった、味方だったんだ、ヴィリーさん……!

 今更になって全身の毛穴から、どっ、と脂汗が噴き出した。

 今のは本気でヤバかった。本当に死んだかと思ったし、さっきの感覚は『観念した』とか『諦めた』とかそんな次元ではなかった。肉体より先に精神が死を受け入れた――そうとしか言えない状態だった。

 斬られてもいないのにそう思わせた、ヴィリーさんの凄まじい剣気。〝剣号〟を持つということはこれほどのことなのかと、心胆寒からしめる経験だった。

「――総員! 『白』チームは私の声を聞きなさい! 全力を挙げて〝勇者ベオウルフ〟を守るわよ! 今が『黒』チームの鋭気をくじく絶好の機会! ここで流れを決めるのよ!」

 突如、ヴィリーさんの清冽な声が高らかに響いた。カレルさんのそれとは違って高音で、それだけによく広がる声だ。大気に染み渡るように、凜と鳴り渡る。

『――はっ!』

 タイミングを計ったわけでもなかろうに、『NPK』メンバー『白』チームが一斉に応じた。ヴィリーさんの号令によって魂に火を点けられたかのごとく、俄然僕を守護するための陣形を組み始める。

「――引くな、『黒』チーム! このまま押し込め!」

 機先を潰された形の『黒』チームの面々に、しかしカレルさんの強気の指示が飛ぶ。

「やらせるわけにはいかないわ! 『白』チーム、早速だけれどここが正念場よ!」

 対するヴィリーさんも敢然と戦う姿勢を貫く。

 斯くして、僕達『BVJ(ブルリッシュ・ヴァイオレット・ジョーカーズ)』と『蒼き紅炎の騎士団ノーブル・プロミネンス・ナイツ』の合同クラスタは、エイジャの悪巧みによって真っ二つに分かたれてしまった。

 二分した『白』と『黒』のチームは、最大の危険分子にして戦力たる僕――〝勇者ベオウルフ〟を巡って対立する構図を瞬時に作り上げる。

 だがエイジャ渾身のゲーム〝本番〟は、まだ始まったばかり。

 風雲急を告げる序盤から、波瀾万丈の舞台の幕は切って落とされたのであった。







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コメント

  • ノベルバユーザー290039

    エイジャなら、主人公チーム以外全員敵をやるかと思ってた。
    ひとまずそこまで鬼畜ではなかったかと安心

    1
  • Kouki

    通知来て飛んできたww
    更新お疲れ様です!

    2
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