リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広仙戯

●24 ゲームスタート 1






 ハヌから謝るなとは言われていたけど、やっぱり謝らないわけにはいかなかった。

「ごめんなさい」

 朝食の場で、僕は開口一番そう言って頭を深く下げた。

 当然ながら、既に席に着いていたフリムとロゼさんは無言。

 仕方のないことだと思う。

 昨日の今日で、いきなりコテージのリビングにやって来た僕が、自分でも言うのもなんだけど堂々とした足取りでノッシノッシとやってきて、いきなり謝罪したのである。

 何事か、と二人なら思うはずだ。

 だから、二人が何か反応するよりも早く、僕は顔を上げた。

 ロゼさんも、フリムも、無表情のまま固まって、こっちを見ている。

 その様子を確認してから、僕は口を大きく開いて、はっきりと言う。

「僕、これからはもっと頑張るから。今よりもずっと、ずっと強くなるから。危ない目に遭わない為に、どんな相手でも簡単に勝てるぐらいの剣士になるから。だから……だから、そのためにフリムの力も、ロゼさんの力も、これからもたくさん貸してください。たくさんたくさん、僕を助けてください。お願いします」

 言い切ってから、再び頭を深々と下げる。

 沈黙。

 物音一つ立たない静寂が場に満ちて、無情に時間が経過していく。

 重い静寂に耐えきれなくなってゆっくりと頭を上げると、テーブルを挟んで向かい合っているフリムとロゼさんが、何故だか互いの顔を見合わせていた。

 やがて、どちらからともなく、うん、と頷き合う。

「――ちょうどよかったわ、ハルト。アタシ達からもアンタに言いことがあったのよ」

「はい。是非ともラグさんに聞いてもらわなければならない話があります」

 二人はそう言うと、テーブルに両手をついて立ち上がった。木製の椅子がガタタッと音を立て、二人の頭の位置が一気に上昇する。

 僕の緊張感が一気にレッドゾーンへと突入した。

 昨日ハヌに言われた通り、二人に謝った後、素直な気持ちを告白しようと僕は心に決めていた。そこまではよかった。

 けど、この緊迫感に満ちた反応は予想外というか――ぶっちゃけ、決意を表明した後のことなどまるで考えていなかったのである。

 ――ど、どうしよう、話ってなんだろう……!? も、もしかしてもう僕に愛想が尽きたとか……!? そ、それでクラスタから脱退するとか言われたらどうしよう……!?

 内心ではめちゃくちゃ焦りながらも、表情だけは変えずに固唾を呑む、ゴクン、という嚥下の音がやけに大きく聞こえた。

 フリムとロゼさんがこちらに歩み寄ってくる。ムスッとした顔のフリムに、いつもの無表情なロゼさん。どちらも目がやや赤く、昨晩流した涙の量が推して知れる。

「昨日、アタシ達話し合ったのよ。色々と」

「ええ、私達の今後について、意見交換をさせていただきました」

 心臓がバクバク鳴っている僕に、二人は淡々と語りかけてくる。

 ――わ、私達の今後!? 話し合って意見交換!? ま、まさか本当にクラスタ脱退の話じゃ……!?

 ただでさえ高基準だった緊張感が、さらにうなぎ登りしていく。心の隅に生じた不安が凄まじい勢いで膨張して、僕の胸の大半を占めた。

 もしかしなくても、またハヌと〝二人ぼっち〟に戻っちゃうのか――と暗澹たる気分に落ちようとしていた僕に、びしっ、とフリムの人差し指が突きつけられた。

「――アタシは決めたわよ、ハルト。支援術式なしのアンタを世界最強の剣士にする、ってね。この前や今回みたいに支援術式が使えない状況でも、アンタを誰にも負けないエクスプローラーに仕立て上げてみせるわ。もちろんアタシの用意した武器防具でね」

「……えっ……?」

 まるで想定外の言葉がかけられて、一瞬だけ虚を突かれる。

 その隙にロゼさんが語を継いだ。すっ、と足を進めて間合いを殺し、

「私もです。ラグさんを支援術式なしでも立派に戦える、武術家に育て上げると決めました。ですので、これまで以上に厳しく修行を重ねてもらいます。もう遠慮はしません。泣き言も聞きません。血反吐を吐こうが弱音を吐こうが必ず強くなってもらいます」

「え、え、え、えっ……?」

 恬淡と、けれど妙に早口で紡がれる内容に僕は目を白黒させて、腰を引くしかない。

 が、僕が一歩下がると、フリムもロゼさんも一歩前へ出て距離を詰めてくるではないか。

「アタシも気兼ねなんかしないわ。ハルトが望むが望むまいがどんどん機能を追加してやるから。使いこなせないなんて絶対に言わせないわよ。何があろうと確実に使いこなしてもらうから。ウダウダ文句言う暇があったらマニュアル読み込んでもらうわよ。暗唱できるぐらい徹底的にね。それでも覚えられないっていうなら、直接その体に叩き込んであげるから覚悟しなさい」

 不敵な笑みを浮かべたフリムが手を伸ばし、僕のパジャマの胸元を掴む。おかげでこれ以上後ろに下がることが出来なくなってしまった。

「へっ……? え、えっと……? あ、あの、ちょっと、二人とも落ち着い」

「うっさい黙れ」

「お静かに」

 何か抗弁しようとしたところ、フリムどころかロゼさんにまで強い語気で舌先を潰されてしまった。

 ――ち、違う……これは……これは何か、思っていたのと何か違うぞ……!?

 混乱する頭で必死に思考を回転させようとするけど、状況が前代未聞すぎてまるで意味がない。ただ一つだけわかるのは、自分がとんでもない〝地雷〟を踏んでしまったことだけ。

 フリムがいっそ蠱惑的な笑みを僕に近付け、流し目を送る。

「そういう意味では、さっきはよく言ったものねハルト。ええそうよ、お姉ちゃん、とってもとーっても素晴らしい宣言だったと思うわ。立派な心がけね。それに、きちんと頭を下げてお願いしたんだもの。これはお姉ちゃんとしては聞かないわけにはいかないわ。つまり、ハルトが言いたいのはこういうことでしょ? 【僕をもっと強くしてください】――って、そういう意味よね? 間違ってないわよね?」

「え、いや、あの――」

 両手を挙げ、掌を広げて壁を作る僕だけど、そんなものに意味などまったくない。

 グイグイと押し入ってくるフリムの背中から、ロゼさんの猛攻が始まる。琥珀の瞳が僕を真っ直ぐ射貫き、

「たくさん力を貸してください、たくさん助けてください、とラグさんは仰いました。いえ、仰ってくださいましたね。勿論ですとも。私もフリムさんも覚悟を決めました。もはや出し惜しみはしません。全身全霊をかけて、あなたを強者へと改ぞ――育て上げてみせます。どうかご安心ください。ラグさんの望み通り、三分間以外でも世界最強の剣士にしてみせましょう」

 ――いま〝改造〟って言いかけましたよね!? 言いかけて誤魔化しましたよね!?

 と心の中で絶叫するけれど、目の前にいるフリムとロゼさんの放つ迫力は並大抵のものではなく、僕は無形の手に喉を絞められたかのごとく声が出せない。

 フリムはロゼさんに目配せしつつ、

「そうそう。昨日ハルトの話を聞いてから、ロゼさんと二人で話し合ったのよねー。アタシ達、今までアンタの支援術式を重視しすぎていたっていうか、尊重しすぎていたっていうか。頼りにしすぎていたんじゃないか、って。ほら、いくら普段は弱いアンタでも、いざとなったら〝アブソリュート・スクエア〟があるから大丈夫――なんて、心のどこかで思い込んでいたみたいなのよ。多分、無意識的に。でも、それじゃあダメだってことに気付いたのよね、アタシ達」

 アイコンタクトを受け取ったロゼさんは頷き、

「ええ。先日のロムニック・バグリーといい、今回のハウエル・ロバーツといい、ラグさんの支援術式を封じる策を講じてくる相手が二人も現れました。思うに、そういった手合いはこれからも増え続けていくことでしょう。SBならともかく、生きた人間と敵対する場合、相手がラグさんの〝アブソリュート・スクエア〟を封じにかかるのは、やって当然の対策です。これからはそういったシチュエーションでの戦いも自然と多くなっていくことでしょう。となれば、いつまでも支援術式頼りというわけにはいきません」

 一緒にあちらで泣いてきます――と言っていたロゼさんだったけど、泣くだけではなく、そんな綿密な打ち合わせをフリムとしていただなんて。夢にも思わなかった。

「わかるハルト? 体調もそうだけど、それ以外でもアンタは〝アブソリュート・スクエア〟をそうそう使えなくなるし、その上で戦っていかなくちゃならないのよ。その、お祖父ちゃんが残したりアタシがメンテした装備がなけりゃ中の下のエクスプローラーでしかない、アンタの実力だけで」

「というよりも、これまでは考えが甘すぎました。ラグさんだけではなく、私やフリムさんもそうです。戦いの中に生きるエクスプローラーでありながら、今日までの私達はあまりにも楽観が過ぎました。畢竟(ひっきょう)、死と紙一重の世界にいるのです。小さな瑕疵から刹那で死が飛び込んでくる、油断も隙もない生活をしているのです。いくら大きな力があるとはいえ、足元を疎かにすればそこから掬われるのは必定。尖った部分をさらに伸ばすのは上策ではありますが、かといってそこらに空いている〝穴〟を塞がずに放置するのは下策です」

 二人の話を聞いている内に、僕は気付く。

 一見、フリムは笑っているし、ロゼさんの声も静かだ。だけど――実際のところ、フリムは心から笑っているわけではないし、ロゼさんも落ち着いているわけではない――と。

 表層的な態度では推し量れない、二人の『芯』の部分から滲み出る空気が、彼女たちが【ガチ】であることを示していた。

 だって二人とも――目が据わっている。

「だから、アタシは決めたの。アンタがどんだけ弱くても、絶対に勝てる武器を作るって。でもって、どんな奴がどんな手を使ってもアンタを殺せないぐらい、頑丈な防具を開発してみせるって」

「そして、私も決めました。例えラグさんが武器を失い、鎧を奪われようとも、徒手空拳で敵を倒し、必ず生き残る術を与えようと。目指すべきは〝常勝〟ではなく、〝不敗〟。どのような戦場からも生還するための生存術を、きっとあなたの身に刻んでみせると」

 声のトーンを低めて決意表明するフリムとロゼさん。

 二人の話を要約すると、即ち――僕自身がどんな雑魚であろうとも、武器と防具、そして身につけた技術だけで『必ず敵を倒して生還する戦士』を作り上げてみせる……と、そういうことになるのだろうか?

 空恐ろしい話だった。

 フリムとロゼさんは再度、互いの顔を見合わせ、同時に頷き合う。そこでいかなる合意が果たされたのかなど、僕にわかろうはずもない。

「というわけで、ハルト。覚悟はいいわね?」

「どうかラグさん、お覚悟を」

 僕の返事を聞くこともなく、二人は宣言する。

 ぐい、とフリムの手に喉元を引っ張られて、よろめき歩き、僕は二人の間に挟まれる形になった。

 左右からロゼさんとフリムの顔が近付き、僕の両耳に二人の吐息が届く。

 ほぼ同時に耳打ちされた。

「アタシの技術力でアンタを最強の剣士にしてあげる」

「私の指導であなたを決して負けない戦士にしてみせます」

 そして、甘く優しい声で、二人は言った。



「金輪際、容赦しないから」

「手加減は、当然なしです」



 思うに、毎度のことながら、僕は地雷を踏むどころか、思いっきり全力で踏み抜いてしまったらしい。

 虎の尾を踏む、というのはまさにこういう状況を指すのだろう。

 僕の無謀な行動は結果として、どうやら二人の『鬼』を目覚めさせてしまったらしい。

 後悔先に立たず、とはよく言ったものだ。

 今日を境にフリムの武装開発はより盛んとなり、ロゼさんのつけてくれる修行は激化の一途を辿ることとなる。

 だが、一体誰を恨もうか。

 この地獄を呼び寄せたのは、他ならぬ僕自身なのだから。

 自業自得と、言わば言え。

 身から出た錆と、笑わば笑え。

 その通りだ。

 だけど、一つだけ安心できるというか、確信できることがある。

 それは――



 途中で死ぬことさえなければ、僕は遠からず、世界最強に限りなく近い男になれるだろう――ということだった。



 そのあまりの恐ろしさに、僕はこのあとすぐ気を失った。






※いつもたくさんの「いいね」とコメント、ありがとうございます。    
 執筆の励みになっております。

「リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

  • ノベルバユーザー185904

    +(0゚・ω・) + wktk!!

    0
コメントを書く