リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広仙戯

●21 幕間バカンス 3








「ふぅーはははははははははぁっ! すまんすまん! つい勢いがつきすぎてしまった!」

 アシュリーさんと一緒に海から上がってきたユリウス君は、相変わらずの調子で笑い声を上げ、両手を腰に当てて胸を張った。言葉と行動がまるで一致しておらず、どう見ても心から謝罪しているとは思えない態度である。

 海水を吸ってぺったんこになったストロベリーブロンドの髪を両手で掻き上げ、ぎゅっ、と水を絞る。そして、水に落ちた犬がそうするようにブルルルルッと首を振って水気を飛ばしてから、

「まぁ許せ! 余に悪気はない! なにせアシュリーがやっと穴蔵から這い出てきたのだ! どうしてこれを喜ばずにいられよう!」

 まさしく〝尊大不遜〟が人の形をとったかのような振る舞いである。

 そんなユリウス君の水着は、これまで見た中でも一番小さなものだった。ハヌと同じく幼くて小柄なのもあるが、それを度外視してもなお、彼の水着は布地面積が少なすぎる。

 そう、いわゆる〝ブーメランパンツ〟と呼ばれる水着だ。

 ユリウス君のフォトン・ブラッドに合わせてサンライトイエローの水着は、しかしラメ加工でもされているのか何故かキラキラと輝いていた。正直、派手すぎて目にうるさい。

「ユリウス、あなたという人は……!」

 全身これずぶ濡れ状態のアシュリーさんが、低く抑えた声で唸る。さっきの飛び込みのせいでサングラスもなくしてしまったらしい。素の瑠璃色の双眸が恨みがましげにユリウス君を睨んでいる。

 あまりに乱暴な勢いで海水に突っ込んだからだろう。きちんとセットされていた赤金色の髪も大いに乱れ、ざんばら髪になっていた。

「まったく、私は海に入る気などなかったというのに……!」

 ブチブチと文句を垂れながら、アシュリーさんは髪の乱れを両手で撫でつける。身につけていたラッシュガードは防水素材であったようだけど、さすがに全身すっぽり水に浸かってしまってはどうしようもない。むしろ肌との隙間に入り込んだ水によって吸着され、アシュリーさんの体のラインをピッタリと浮き上がらせてしまっていた。

「何だ、余はちゃんと謝ったではないか。許せ、アシュリー」

 あっけらかんとしたユリウス君はシュタッと片手を上げ、実に軽い調子でアシュリーさんの恨み言を笑い飛ばす。

 しかし、怒り心頭に発する状態のアシュリーさんはこれに激発した。

「謝れば何をしてもよいということにはならないでしょう! もう子供ではないのですからいい加減自制を学びなさい!」

 口角泡を飛ばす勢いで怒鳴られ、ユリウス君が『お、おおう……!』と身構える。流石にここまで怒られるとは思っていなかったらしい。表情に困惑の成分が混じり始めた。

 一回怒鳴りつけることによって多少の鬱憤が晴れたのか、アシュリーさんは、はぁ、と溜息を一つ。

「これだから私は出てきたくなかったのです。今はとにかく体を休める好機だというのに、皆して海で遊ぶなど愚の骨頂……とは言い過ぎですが、気持ちが緩みすぎなのです。だというのにヴィクトリア様どころかカレル様まで遊興にふけるなんて……!」

 小さな声で愚痴をこぼしつつ、ラッシュガードのファスナーに手をかけ、下ろし始めた。水で濡れて気持ち悪かったのだろう。ラッシュガードの前を開くと、アシュリーさんは濡れそぼった上着をごく自然な動きで脱ぎ始めた。

 斯くして露わになったのは、ラッシュガードと同じオレンジ色の水着。

 トップスは確かチューブトップというもので、肩紐のないタイプだ。胸の中央あたりで生地が捻れ、どこか『メビウスの輪』を思わせる形状をしている。ボトムスは平均的な、サイドにリボンのついたショーツタイプ。

 こう言っては何だが、隠していた割にはごく普通の水着である。

 ただ、何というか――アシュリーさんにしてはチューブトップの幅が狭いというか、やけに露出が多い気はするけれど。

 というか、個人的にはアシュリーさんならワンピースタイプかと勝手に思っていたので、これはこれでなかなか意外なデザインではある。

「……? ベオウルフ、何か?」

 なんだかんだで珍しいものを目にしたせいだろう。僕は無意識にアシュリーさんのことをじっと見つめていたらしい。こちらの視線に気付いたアシュリーさんがふと怪訝そうな顔をして、

「――~ッ……!?」

 すぐさま、己の失態に気付いたらしい。手の中で絞ろうとしていたラッシュガードで慌てて胸元を隠し、真っ赤な顔で叫ぶ。

「――な、何を見ているのですかあなたは!? いやらしい目でこちらを見ないでください!」

「え、ええっ!?」

 ――いや、そこでラッシュガードを脱ぎ始めたのはアシュリーさん自身の判断なのでは!?

 とは思うのだけど、それをストレートに指摘するとむしろアシュリーさんが可哀想な気がしてきて、僕は言葉に詰まってしまう。

 けれど、そんな気遣いなど僕の従姉妹がするはずもなく。

「――あらあら? あらあらあらあらぁ? なによアシュリー、アンタもなかなかいい感じの水着を着ちゃってるじゃなーい? ふーん? 前から思ってたけどアンタって意外と大胆よねぇ? そのあたり考慮されて、そんな派手な感じの水着が支給されたんじゃないのぉ?」

 ニヤニヤと笑う小悪魔(フリム)が途端にアシュリーさんをいじりに走った。目を細めて口元を手で半隠しにしている所作は、本当にいやらしいの一言に尽きる。

 フリムのからかいに、しかし真面目なアシュリーさんは必死になって反論する。

「お、おかしなことを言わないでください! 色が派手なのは私のフォトン・ブラッドを参考にしているだけで、この色は私の人格によるものではありません! デザインもそうです!」

「ふーん、へぇー、そうなんだー」

 棒読みで相槌を打つフリムは、そうやって一生懸命になるアシュリーさんの姿こそが甘露であるかのようだ。いじめっ子のオーラが半端ない。

「わ、私にはそもそも自前の水着があったのです! それなのに何故かストレージから消えていて、ですから本当は部屋に籠っていたかったのですが、ヴィクトリア団長が直々にお誘いに来てくださったから仕方なく――!」

 耳の先から鎖骨のあたりまで真っ赤に染まったアシュリーさんは、もうほとんど涙目だった。いつもは強気で怜悧なアシュリーさんだけど、服を着てない度合いに比例して精神的な防御力も落ちているのだろうか。まるで小さな女の子のようだ。

 というか、ここまでくると主観的にも客観的にも完全にイジメである。

「あの、フリム、もうそのあたりで……」

「えー? こんなに弱弱しいアシュリーなんてちょっと珍しいんだけど……ま、仕方ないわね。やりすぎて後で根に持たれても鬱陶しいし、このぐらいにしてやろうかしら」

 僕の制止でフリムが矛を収めたのを好機と見てか、ヴィリーさんやゼルダさんもアシュリーさんに助け舟を出してくれた。

 ヴィリーさんは慌てふためくアシュリーさんに歩み寄り、

「もう……体調がすぐれないからと聞いていたのだけど、本当はそういうことだったのね。嘘なんてつかなくともよかったのに。悪い子ね、アシュリー」

 優しくアシュリーさんの手からラッシュガードを取り上げると、広げて水を切り、彼女の肩にかけてあげるヴィリーさん。そのまま自然な動きで、慈しむようにアシュリーさんの頭を撫で始めた。

「ヴィ、ヴィクトリア様……!? い、いえ、私はそんな……た、体調がすぐれなかったのは本当です! 嘘をついたつもりはなかったのですが……いえ、その、申し訳ありません……あ、あの、ところでヴィクトリア様……? その、お気持ちは嬉しいのですが、ひ、人目が……っ……」

 傍から見ていると、ペットを可愛がる飼い主がごとく、ヴィリーさんはアシュリーさんの頭をなでなでしていた。最初は己の失言に気付いて謝罪していたアシュリーさんだったけど、ヴィリーさんがなかなか手を止めようとしないので、最終的にはさっきとは別の理由で顔を真っ赤にして恥ずかしがる始末であった。

「はいはい、申し訳ないでありますですよーベオさん。今のアシュリーは団長閣下と副団長閣下の肌色にやられちゃったり、そもそもエクスプロールが想定外すぎる状況になっちゃってたりで、わりと神経参っちゃってるみたいなのでありますですよー。普段は大人しくて賢い子なんでありますけれどねー」

 なははははー、と能天気に笑うゼルダさんは、けれど身内のことだからか何気にすごい勢いでアシュリーさんを貶めつつフォローを入れる。

「また少し休めば回復するでありますから、ここは自分達に任せてベオさん達は気兼ねなく遊びに行っちゃってくださいであります」

「え、で、でも……」

 流石にこのままお暇するのはどうなのか、と思うのだが……そんな僕にゼルダさんはさっと身を寄せ、小声で囁いた。

「……正直なところ、ベオさん達がいらっしゃらない方がアシュリーの立ち直りも早いと思うのですよ。御存じの通りほら、アシュリーは見栄っ張りなところがありますですから。身内だけで囲った方が、情緒不安定の回復も早いのでありますです」

「…………」

 耳朶をくすぐるような変な言葉遣いに、なるほど、と納得してしまう。初対面の頃から心に鎧を着こんでいるようなアシュリーさんだ。『蒼き紅炎の騎士団』の幹部としての面子もあるだろう。

 ふとあちらへ視線を向けると、先程アシュリーさんにタックルしたユリウス君が彼女に近付き「おおう大丈夫かアシュリー、安心しろ、お前の水着姿はとても素晴らしい。余はグッときた」とフォローになっているようで傷口に塩を塗り込むようなことを言っていた。無論、地味にショックを受けたような顔をするアシュリーさん。

 ――こういう時って、仲間のみんなに慰められた方がやっぱりいいよね……

 もし自分がアシュリーさんだったら、そっちの方が嬉しいと思うし――と考え、

「……わかりました。じゃあ、僕達は外しますね。ヴィリーさん達に後でよろしく伝えてください」

 僕は小声でゼルダさんにそう囁き返した。するとゼルダさんは、にこっ、と日向ぼっこしている猫みたいな笑顔を浮かべる。

「了解でありますです。お心遣い感謝なのですよ、ベオさん」

 色鮮やかなペルシャンブルーの瞳が、剽軽に片目を閉じてウィンクした。

 急接近してきた時と同じ素早さでゼルダさんが離れると、今度は僕が、隣にいたフリムに身を寄せて耳打ちをする。

「えっと、ゼルダさんが今の内に僕達はどこかに行った方がいい、って。その方がアシュリーさんも立ち直りが早くだろうだろうから、って」

「ふんふん」

 端的に情報を伝えた僕に対し、フリムは親族故の気安さで頷く。それから体の向きを変え、ちょいちょい、と手招き。

「――?」

 次はフリムが耳打ちする番らしい、と察した僕は耳を寄せる。

「……ハルト、それはいいんだけど。アンタさ……大丈夫なわけ?」

「? 何が?」

 意味不明な問いに、思わず素で聞き返してしまった。すると、フリムはややの間を置いてから、

「……いや、だってさっき、ゼルダさんがアンタにピッタリ体をくっつけてたじゃない? アンタって確か、小竜姫以外との女の子とのスキンシップはダメだったはずでしょ? なのに割と平気な顔してるみたいだから……本当に大丈夫なの、と思ったんだけど」

「……あ……」

 言われてから初めて気が付いた。

 そう言われてみれば確かにそうだ。あんなに小声なのに、それでも何を言っているか聞こえる距離だったのである。しかも僕も彼女も水着同士。お互いの肌がこれ以上ないほどくっついていたに違いない。

 なのに、今の今までなんとも思ってなかったのは、彼女が超高速の戦闘機動を誉(ほまれ)とする〝疾風迅雷(ストーム・ライダー)〟である所以(ゆえん)だろうか。

 あまりの迅速さ、あまりの早業、そして軽業に、僕は接触していることにすら気付かなかったのだ。これが戦闘中であれば、僕はゼルダさんのエストックの一刺しを心臓に受け、天国へ強制送還されていたかもしれない。

 ――否、それは〝かもしれない〟ではなく。

「――あっ!? ちょっ、ハルト!?」

 余計なことなど、いっそ言ってくれなければよかったのに。

 フリムのおかげで、ついさっきまで女性と肌を触れ合わせていたことを自覚した僕は、一瞬にして茹でタコと化してしまった。

 ――どちらかと言うと、猫にじゃれつかれていたような感覚だったのに……!

 脳裏にゼルダさんの水着姿がフラッシュバックする。デニム地のロックなデザインがつつむのは、スピードファイターらしく、豊満の真逆――すらりとした肢体。スレンダーな四肢が、しなやかさを感じさせる綺麗な曲線を描いていた。さながら豹のごとく、高速で動くことだけを最優先にしたような形状。

 けれど思い出してみると、そんな戦闘的かつ先鋭的な肉体であっても女性は女性。当たり前だけど柔らかいところはしっかり柔らかくて、ほのかに皮膚に残る感触と温もりが――

「あ、も、だめ……」

 くらり、と眩暈がきた。僕は前後不覚に陥り、そのまま膝から崩れ落ち

 なかった。

 ぽよん、と体の前に大きくて弾力のあるものが現れ、僕はそれに抱き付く形で転倒を免れたのである。

「大丈夫ですか、ラグさん?」

 弾力性があって、どこかヒンヤリとした感触の向こうからロゼさんの声。目を開けると、僕を受け止めたのが膨らみ切ったイルカの浮き袋だということがわかった。

 自分が受け止めたら余計に僕にダメージを与えると思ったのだろう。ロゼさんは上手く間にイルカの浮き袋を挟んで、色々な意味で衝撃を緩和してくれていた。

「ふむ……少しは慣れてきたのかと思うたが、思い過ごしだったようじゃの……」

 はぁ、と下方からはハヌの溜息。どうやら先のゼルダさんとのやりとりは、みんなにバッチリ目撃されてしまっていたらしい。

「うう……ごめん……」

 自分の不甲斐なさに悲しくなりつつ謝ると、

「いえ、あれだけゼルダさんと接近して、自覚した後も気絶していないのですから、僅かとは言え前進しています。落ち込まないでください」

 ロゼさんが淡々と、しかし優しい言葉をかけてくれた。これにはハヌも軽く手を打ち鳴らし、

「おお、言われてみれば確かにそうじゃ。そう考えると、大した進歩ではないか、ラト。よかったのう」

 僕と一緒にお風呂に入るという野望に一歩近付いたおかげか、やけに嬉しそうにハヌは笑う。

「あ、ありがとう……?」

 果たしてお礼を言う筋合いなのかどうかはわからないが、一応褒めてはもらえているようなので謝礼を口にしておく。

「まったくもー、アンタの女の子への免疫のなさはちょっとした病気レベルよね。アタシと一緒に育ったのに、どうしてこうなっちゃたのかしら?」

「…………」

 むしろ怖い姉貴分と一緒に育ったからじゃないかな、と思ったけど口には出さないでおく。

「ほらハルト、歩ける? 手ぇ貸そっか?」

 とはいえ、この理不尽な自称〝お姉ちゃん〟はこういう時だけは妙に優しかったりもする。だから僕は遠慮なくその好意に甘えることにした。

「うん、ありがとう、フリム……」

 こうして僕はフリムの肩と、イルカの浮き袋に挟まれ支えられつつ、その場を離れた。

 なお、ハヌお待ちかねのレジャータイムが始まったのは、僕が泳げるほど回復してからである。






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