公爵令嬢は結婚したくない!
結婚式前日(3)
目を閉じて、彼の髪の毛を指先で梳くとサラサラな彼の短い髪が指の隙間を通り抜けて気持ちいい。
先ほどまで感じていた焦燥感というか不安な気持ちが少しずつ消えていく事を感じながらも、馬車が走ることで規則正しい振動と共に私は幸せって思ってしまう。
瞼を開けると、そこには愛おしい彼が私の膝の上に頭を乗せたまま静かに寝息を立てている。
普段は、私を愛していると言ってくれて守ってくれている大人の男性である彼。
そんな彼が子供のような表情で寝ているのを見ると、胸がギュッ! と、締め付けられるような思いを抱いてしまう。
若干の痛みと、それよりもずっと大きい幸せという気持ち。
形容しがたい幸福な感情が心の底から浮かび上がってくると、自然と目元を緩めてしまう。
彼の髪の毛を指先で弄りながら、彼の頭を撫でる。
「ふふっ……」
思わず幸せに微笑みから声が漏れてしまう。
自分でも、異世界に生まれてから、こんなに幸せになった気持ちを持つ事はなかった。
ううん……、ちがう。
そんな事はない。
逢瀬をしていた時も嬉しかった。
始めて繋がれた時も――。
規則正しい律動と、噛みしめていた幸せ。
それらはしばらく続き――、馬車は静かに王城の城壁をくぐり抜け、しばらく走ったあと静かに停まる。
外を見ると、どうやら王城に到着したみたいで数人の侍女達が馬車の近くに歩み取ってくるのが見えた。
「スペンサー」
彼の耳に吹きかけるように小さく声をかける。
「…………ん?」
身動ぎした彼は、ゆっくりと瞼を開ける。
その時、彼と目が合う。
彼の手が私の頬に添えられて――、ゆっくりと私は彼の顔に――、その唇に――。
「――ん……」
接吻をし――、それと共に咥内を割って入ってくる彼の舌と感じながら、しばらくした後、唇を離す。
「はぁはぁはぁ……、スペンサー。王城に到着したみたいですよ?」
「ありがとうな」
彼は、私の膝から頭を上げると外を見てから、馬車の扉を開けてから外を見る。
「どうやら、御者から少し待って欲しいと言われていたみたいだな」
「――え?」
「まぁ、あれだ」
「あれって……」
そこまで考えたところで、私は「ハッ!」と、したあと……。
カーッ! と、顔が赤くなる。
つまり、私とスペンサーが接吻していたのを御者の人は見ていたと言う事に気が付いてしまったから。
「本当にティアはすぐに顔に出るんだな」
「もう!」
こういう風にしたのはスペンサーなのに!
一人で居た時は感情を制御していたのに、本当にもう……。
私は彼が差し出した手を取る。
そのあとは、馬車から降りるのをエスコートしてもらい、踏み台を降りたあと周りを見渡す。
そこには――。
「フィンデル大公様……」
「父上、どうしてここに――」
「少し気になってしまってな。さて――、堅苦しい事は良いと言いたいところだが……」
「いえ、大公様。礼節というのは大事ですので」
「そうであるな」
周りには侍女も近衛騎士も控えている。
そんな中で砕けた様子を見せるのは結婚前なら尚更――、よくはないと思う。
フィンデル大公様と共に付いていった場所は、執務室ではなく豪奢な扉の前――。
扉には金色の稲穂のレリーフが書かれている。
「父上、ここは――」
「うむ。私の祖母に当たるティア・ド・アルドーラの部屋になる」
その言葉に、私は先ほどまで幸せいっぱいだった気持ちに冷や水を浴びせられるような感じを覚えてしまう。
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