公爵令嬢は結婚したくない!
彼の好み
思ったよりも婚約式に時間が掛かってしまった結果、リーズロッテ様の計らいで賓客室を用意してもらう事になった。
そして、ディナーは城内で摂ることになり。
王族の方々――、そして両親と共に顔を会わせての食事会。
アプリコット先生にマナーなどを厳しく教えて貰っていた事もあり、失敗せずに食事を続ける事が出来ている。
「それにしても今日は目出度いものだ」
「そうですね」
若干、苦笑いをしているお父様と、笑みを浮かべているフィンデル大公。
その理由は、もうお察しの通り。
つまり――、始めての子供は、アルドーラ公国の王位継承権を持つ事になるから。
公爵家の後継ぎが居ない当主であるお父様にとって、相手からどんなに譲歩を引き出しても、割り切れない物があるのかも知れない。
「ところでユウティーシアは、子供の名前は決めているのか?」
「いえ、まだ決めてはいません」
まだ妊娠初期の段階だと言うのに、すでに子供の名前が出ているのは少しばかり驚いてしまう。
一応、回復魔法がある世界だから無事に産まれる可能性は地球で出産するより遥かに高いけど……それでもね……。
「ふむ……」
私の答えにフィンデル大公は微笑む。
「あの、大公様」
「義父でよい」
「それでは……、お義父様。まだ、子供の性別も決まっておりません。今の時点で、子供の名前を決めるのは時期尚早かと」
「そうだの……」
「そうですよ、フィンデル大公。女児だった場合には、こちらの後継ぎにするのですから」
「何!? 約束と違うぞ!?」
「アルドーラ公国では男児が王位としては望まれるかと――。我がシュトロハイム公爵家では、女児でも問題はありませんので」
「ううむ……」
さすがは中世。
男女の扱いが異なるのは仕方ないのかも知れない。
過去の地球でも王位継承権は男児が持つことが最優先されていたし……。
「仕方ないのう」
小さく溜息交じりにフィンデル大公は頷く。
彼も、王位をしばらく維持するだけならレイネシア様だけで良いと思っているのだろう。
何故なら、アルドーラ公国で必要なのは王家を存続させる為の血筋なのだから。
その為には次世代に王位を継がせることが出来る男児が望ましく下手に女児に王位継承権を与えてしまうと世継ぎ問題が起きてしまうと計算したのかも知れない。
「――では、その方向で」
してやったりと謂う表情をお父様が見せる。
本当に大人げない。
でも、これが貴族としての考えで立ち回りなのかも知れない。
「それでは、名前を考えておかなければならないな」
そう呟くお父様。
完全に娘が生まれると考えてしまっているようで――。
しばらくお父様が思案していると、お父様が、私やお母様の方を見てくる。
すると――、すぐに顔色を変えて視線を逸らした。
「ほんとに男は――」
隣に座っているお母様は、小さな声で続けて「こんな場所にまで貴族政治を持ち込まなくてもいいものを――」と、呟く。
それでも隣に座っていた私に辛うじて届く程度の声量から、お母様は意見を言うつもりはないみたい。
その辺は夫の考えに対して意見を述べて面子を潰さないという子女としては当たり前の嗜み故なのかも知れない。
食事を摂ったあとは、用意された賓客室に通される。
備え付けの――、何十坪もありそうな大きな浴室で湯浴みをした後は、侍女であるエリンの指示で身体のマッサージをしてもらい香油を髪の毛に塗ってもらう。
「ユウティーシア様、それではお休みなさいませ」
「ありがとう、エリン」
彼女と、傍付の人たちが部屋から出て行ったあと――、ベッドの上で横になる。
「今日は、色々とあって疲れた……」
婚姻式は、結納式だと思っていた。
だから貴族同士を目の前でされて本当に疲れてしまった。
ずっと見ているだけで良かったなら良いんだけど――、時折、私とスペンサーに話を振ってくるから余計な事を言わないようにと気を張らざるを得なかったから。
――コンコン
「はい? エリン?」
「俺だ」
「スペンサー? どうかしたの? 早く入ってくれば?」
私の承諾を待っていたのか、扉が開き彼が室内に入ってくる。
「どうかしたの? 何時もなら、すぐに部屋に入ってくるのに」
「さすがに結婚式を控えている令嬢の部屋に無断で入る訳にはいかないからな。一応、体裁というのもある」
「もう子供も出来ているのに?」
「それはソレ、これはコレだ」
「ふふっ。へんなところで貴方は律儀なのよね」
「もう湯浴みは済ませの?」
「いや、これからだ。本当なら城内の浴場を使うつもりだったんだが――、城内の浴場は、広くて落ち着かないからな」
「それなら、この部屋の浴室を使ったらどう?」
「そうだな」
彼にお風呂を勧めたあとは、私は彼が浴室から出てくるまで待つ。
しばらくすると、彼はバスローブ一枚で浴室から出てくるとベッドに上がってくる。
「随分と早いのね」
「そうだな」
私は、彼の髪の毛に手を伸ばす。
すでに彼の髪は乾き始めていて、男の人は髪を乾くのが早くていいなと思ってしまう。
腰まで髪を伸ばしている私とか、風の魔法で乾かしてもそれなりの時間が掛かるし、手入れも最近は大変。
以前は――、精神核との接続が切れる前は、毛先が割れるような事はなかったのに、最近は手入れをしないと朝起きるとすごい事になっている。
ここ最近は、髪の毛をバッサリと切ろうと思っていたりする。
だけど……、貴族の女が髪の毛を切るのは好ましいとは思われない。
それに女の魔力は髪に宿るって迷信もあるし……。
「ねえ」
「どうかしたのか?」
「スペンサーは、私が髪の毛を切るって言ったらどうする?」
私の問いかけに彼はジッと私を見てくると、「何かあったのか?」と聞いてくるけど、私は頭を左右に振って否定する。
「ううん、何でもないの」
「そうか。俺は、ティアの夜空のような煌めく長くて黒い髪が好きだ。だけど、ティアが髪を切りたいと思うなら――」
「ううん。違うの! スペンサーは、どんな髪型が好きなのかな? って、思っただけだから」
「そうなのか?」
私の答えに彼は――、そう呟くと何度か頷く。
「うん。私も、いまの髪は気にいっているから」
「そうか」
彼は、いまの私の髪型を気に言っているみたいなので切る必要はなさそう。
問題は手入れが大変ってことだけど……、その辺はエリン達に頑張ってもらお。
「それじゃ寝るか」
彼が先にベッドに横になると腕を伸ばしてくる。
これは……。
腕枕というやつですね!
私は、彼の腕の上に頭を置いて彼に抱き着く。
こうしていると愛おしい彼に抱かれているような感覚を覚えてしまう。
それに――、彼の匂いもよく分かる。
今日は、疲れたけどよく眠れそう。
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