公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

婚姻式(5)




 スペンサーと貴族街で買い物をしてから3日ほどが経過し――、婚姻式の支度で忙しい彼は大半を城で過ごす形になってしまっている。
 そんな中で、私は各国の貴族紋章を覚えることに全力を尽くしていた。
 羊皮紙を手に何冊もある本を見ながらエリンが注いだ紅茶を口にする。

「ふぁ――」

 思わず眠気が襲ってくる。
 やっぱり眠い……。
 以前は、集中が続いたのに耐えられないくらいの睡魔が――、

「ユウティーシア様、主治医の方から無理は禁物と言われておりますので」

 欠伸を噛みしめながら――、文字に目を通そうとした所でエリンが話しかけてくる。
 ここ数日、私が無理をしないようにとスペンサーに言われたらしく早い段階で休みを取らせてきようとする。

「――でも……」

 基本的に私は、草薙雄哉という人間の記憶を利用しているに過ぎない。
 つまり本人ではないけれど、記憶を持っているから地球人としての知識を持っているだけで――、本当の意味での地球人ではない。
 なので、周りからは天才とか思われているけれど。実際はそんな事はまったくない。
 むしろ新しい事を覚える為には何度も繰り返して復習しないといけないので、出来が悪いとすら言える。
 
 ――なので、貴族の紋章とか当主などを覚える為には、それなりの勉学を積まないといけない。
 だから、時間がない。

「ユウティーシア様、すでに紋章官の手配は済んでおりますので、ご無理はなさいませんように。まずは御子の事を大事にしてください」
「そうね……」

 エリンの言っていることは正しい。
 正しいけど……、私だって彼の役に立ちたい。
 でも……、私は――。

「エリンには迷惑を掛けてばかりね」
「私は、ユウティーシア様の侍女長を任命されましたので、迷惑だなんてそんな――」
「侍女長?」
「はい。ユウティーシア様の身分は、アルドーラ公国の準王族という形になりますので、ユウティーシア様には、その身分にあった護衛や傍使えが付くことになりますので……」
「それで侍女長と言う事になったの?」
「大変、光栄なことです。お父様やお母様も喜んでおりますので迷惑だなんて思わないでください」
「そうなの? そういえば……、エリンのご両親は――」
「アルドーラ公国の王家から準男爵の位を頂いております。このたび、ユウティーシア様の侍女長となったことで、実家は男爵の位へとなりました」
「そうなのね」
「はい。侍女長ですので、それなりの身分が必要とされますので。それでは、少しはお休みくださいませ」

 彼女の言葉に従うように私はベッドに横になる。
 すると身体は睡魔を欲していたのだろう。
 すぐに瞼が降りてくる。
 あっと言う間に思考は微睡み意識は闇に落ちた。



 それから数日の間、ドレスや宝飾品が届き忙しい日々を過ごした。
 そして婚姻日。
 湯浴みを行い新品のドレスの着付け、ネックレスやイヤリングを確認していた所で部屋の扉が何度かノックされる。

「はい。どうぞ」

 私の仕度の指示を侍女たちに出していた彼女が扉を見て声をかけたところで室内に帯剣の女性が入ってくる。
 彼女は、スペンサーが興した公爵家の衛兵。
 現在は、私の護衛の一人。
 全員で10人いるらしいけど、まだ全員と顔を合わせたことはない。


「ユウティーシア様。シュトロハイム公爵様とご婦人様がお越しになられました」

 室内に入ってくるなり用件を告げてくる。

「お父様とお母様が?」
「はい。現在は応接室にてお待ちしております」
「わかったわ。エリン」
「すぐにご用意致しましょう」

 淡い春をイメージした若草色のドレスに合わせた色合いの金とイエローサファイアで作られたネックレスとイヤリングを身に着けたあと、応接室に向かう。

 ――コンコン

「失礼致します」

 扉を開けると、応接室のソファーにはお父様とお母様が座っていて――、二人とも正装をしている。
 王城に向かう際の服装そのまま。
 
 ……あとは。

「久しぶりだな、ティア」

 まず話しかけてきたのはお父様。

「ご機嫌麗しく」
「随分と他人行儀だな」
「そんなことありません。えっと……」

 だって――、お父様は私の事が嫌いだと思っていたから……、気軽に話そうとしても何て話していいのか分からない。
 それよりも……。

「あの、どうしてリースノット王国の……陛下が……」
「久しぶりだな。ユウティーシア・フォン・シュトロハイム」
「おひさしゅうございます。それよりも陛下がどうして――」
「お前には多大な迷惑もかけた。今回は、大切な婚姻式でもあるから――、成立する前に謝罪をするために来たのだ」
「そうでしたか……」

 正直、リースノット王国が私にかけた迷惑は謝罪だけでは済まないのだけれど……。






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