公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

女同士の戦い(1)




「――そう……」

 私の言葉に、目の前の女性は小さく呟くとかぶりを振り――、「それは、貴女が地球という小さな世界の常識しか持たないからでしょう?」と、語り掛けてくる。

「それは……」

 たしかに私の持つ知識は、地球の科学力を下地にしている。
 だから、それ以上の文明が進んだ世界の科学力があるのなら、否定されるかも知れない。

 ――だけど、

「――それなら、貴女は――、その勇者というのを助けることが出来ると確信しているという事なの?」

 私の言葉に、彼女は首肯してくる。
 つまり、タイムパラドックスをどうにかする方法を既に見つけているということ。
 
「でも、それを達成する為には私の中に存在する精神核が必要なのよね?」
「ええ、そうよ。だから――、私は地球に行かないといけない。円環の女神に彼らが作り上げた精神核を渡さなければいけない。その代償が――」
「勇者を召喚する前の世界へ転移出来るということなの?」
「そうよ」
「……一つ聞きたいわ」
「…………もうすぐ消えるのだから、答えてあげてもいいわ。何なのかしら?」
「もし、仮に――、貴女が、その勇者を召喚する前に時間転移出来たとして、それが成功した場合、どういう問題が起きるの?」
「そうね。この世界――、アガルタが消滅することになるわ」
「――なっ!?」

 あまりにも簡単に答えてきた答え。
 ただ、そこには重大すぎる問題が存在していて――。

「貴女……、いま自分が何を言ったのか理解して……いる……の? それに、自分自身も消えるのよね? そんな事が……」
「許されるのか? と言いたいのかしら?」

 目の前の――、銀髪の女は微笑む。
 私の動揺を見ながら愚かしいとばかりに――。

「そもそも、この世界は勇者様が作られた世界なのよ?」
「――え?」
「だから、勇者様が存在しないのなら――、あの方が救われるのなら……、この世界は犠牲になって当然でしょう?」
「貴女、正気で言っているの?」
「当たり前よ。元々、この世界は私がユウティーシア・ド・ローランドとして生きてきた時代の人間が浅慮に引き起こした事から出来た物だもの。本来は、存在していたらいけないの! ――それに……、それが円環の女神の望みでもあるのだから」
「円環の女神って一体――」
「星の魂の循環機構を管理している思考体――、概念と言えばいいのかしら? ――でも、消える貴女には関係ないわよね?」

 その言葉に、私は頭を左右に振る。
 否定の意味を込めて――。

「理解は出来たわ。どうして――、貴女は、世界アガルタの人間を嫌悪しているのかと言う事も何となくだけど……」
「――ふふっ、きっと貴女は勘違いしているわ。この世界の本来の世界と生物の在り方を――」
「そうかも知れないわね」

 私は、この世界について知らない事が多すぎる。
 だけど、一つだけ分かったことがある。
 目の前の女は、この世界を消そうとしていることを――。
 そして――、その中には私が愛しているスペンサーも含まれているということも。

 ――だから。

「――なら」
「ユウティーシア・ド・ローランド。私は、貴女の考えには賛同できないわ。好きな人が居て、その人の為に、何かをしてあげたいという気持ちは痛いほど分かる……、だけど! その人の為に誰かを犠牲にするのもやむなしを考えているのなら――」

 スペンサーは国を何とか良くしようと頑張っていた。
 それは自国の国民の為を思って。
 決して、自分自身の為なんかじゃない。

「――そう。残念ね……まぁ、あなたは消える定めなのだから、無駄にこれ以上――、口論をしても仕方ないのだけれど……」
「私は、消えないわ! だって! スペンサーが待っているのだから! それにお腹には、子供もいるから! ――ッ!?」

 唐突に殺意とも呼べる苛立ちを含んだ視線が私に向けられてくる。

「ほんっと! 気に入らわないわね。私が、手に入れたかった! 欲しかった! 愛の結晶を手に入れて目の前で見せられて――、それを自慢げに語られて本当にムカつく!」
「だから無理やりにでも表に出てきたの?」
「ええ、そうよ。この苛立ちは、やっぱり――」

 答えてきた女が手を振り上げる。
 それと共に、空間上に鏡が作り出されて――、スペンサーやエレンシアお母様の姿が映る。
 ――ただ、二人とも額から血を流していて――。

「いいわね、その表情――」
「何をしたの? 何をしようとしているの?」
「偽物の分際で、私を苛立たせたから――、それに……、私の邪魔をしようとしたから――、スペンサーとエレンシアには死んでもらおうと思っているの」

 鏡に映し出されている二人が、不可視な何かに吹き飛ばされ床を転がっていく。

「やめて!」
「いいわ、その表情――、人形はそうではないと――。――でも、許さない!」
「――っ!」

 言葉では相手は止まらない。

 ――なら、どうすればいい? 

 そんなのは決まっている!

 私は、彼女との距離を詰める。
 そして――、女性の悲鳴と共にユウティーシア・ド・ローランドがよろめいた後、床に座り込んだ。
 彼女は、何が起きたのか理解出来ていないのか、私が叩いた頬に手を当てながら、ゆっくりと回りを見渡して顔を上げてくる。
 その赤い瞳は、私を見つけて――、何が起きたのかを理解して――、

「――わ、私を……、私の頬を引っ叩いたの? 偽物の分際で……?」

 私は、彼女を頬を引っ叩いた右手を左手で押さえながら痺れる感覚を押し殺す。

「私の! 私の男に手を出すのは絶対に許さないんだからっ!」

  



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