公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

契約の代償(2)




「……ほ、本当の娘?」
「何を言っているんだ?」

 エレンシアと、スペンサーは戸惑いの表情を私に向けてくる。
 二人とも私と繋がりがあるというのに、こちらの言葉の意味を理解できないなんて本当に愚かしい。

「エレンシア、貴女とは16年前に契約を交わしたはずよ?」
「契約だと!?」

 スペンサーの視線が、私からエレンシアに向かう。
 ただ――、エレンシアは事情を理解していないようで――。

「何を言っているの?」

 混乱しているのか質問をしてくる。
 本当に、メディデータというのは愚かな生き物。
 約束をしたことを、たった10数年で忘れてしまうなんて。

「忘れたのかしら? 貴女は、公爵家に嫁ぐことが出来たけど、子供を授かることが出来なかった。だから、立場が危うくなっていた――、だから私が力を貸して子供が生まれるようにした。きちんと約束をしたでしょう?」
「――え? それって……」

 ようやく思い出したのかエレンシアの瞳が大きく見開かれる。
 本当に愚鈍な種族よね。
 
「貴女は、子供を――、娘を授かることが出来た。王家からも多大な恩恵を受けたはずよ? それどころか、この体の記憶によりリースノット王国は大きく版図を広げ強国として土台を築きあげたわよね?」
「――で、でも! あれは、夢の中の……」
「夢の中での約束でも、あれは立派な契約よ。本当は、私が表に出てくることは避けたかったのだけれど、出来損ないの代用品が主人格を持つのは問題だから――」
「出来損ない?」

 私の言葉に反応したのはスペンサー。

「ええ、出来損ないよ。だって、私の本来の名前はユウティーシア・ド・リースノット。100年前に、この世界アガルタで生きていた者だもの。言わばスペンサー、貴方とは遠縁であっても血が繋がっているのよ? そんなことにも、あの子は気が付かないなんて本当に――」

 私は自嘲気味に微笑み。

「どこまでも、愚かで自分が生きていて居ていいなんて思ってしまうなんて――、ただの代用品で物にしか過ぎないのに悲しいくらい無知な子よね」
「――だ、代用品だと!?」
「ええ、そうよ――、それよりも――」

 私は苛立ちを露わにして近づいてくるスペンサーに向けて手を払う。
 それと同時に空間上の多重魔法陣が展開し魔法が発動する。

「――なっ!」

 目の前の男が、石畳の上に崩れ落ちる。

「……う、うごけない……」
「スペンサー、貴方に用はないの」

 重力魔法で、スペンサーの動きを制限したあと、私はエレンシアの方へと視線を向け――、

「エレンシア、契約通りとは行かないけれど、もう時間がないの。この体は、約束通り貰っていくわね」
「娘を――、娘を返して……」

 その言葉に私は深く溜息をつくと共に重力操作魔法で地場を反転。
 エレンシアの体を上空へ浮遊させたあと――、すぐに重力魔法を解除。
 重力に沿って落下したエレンシアの体は石畳に叩きつけられる。
 その際に、何本か骨が折れる音が聞こえてきたが、そんなのはどうでもいい。

「娘を返して? 貴女は、馬鹿なのかしら? その娘を――、あの子を出来損ないと言っていたのは誰なのかしら? 貴女は、権力と権勢を手に入れることが出来たんじゃないの? ――なら、私は対価として、この体を貰い受けるのが契約の代償よね?」
「貴女が、私の本当の娘なんて信じない」
「何を言っているのかしら? この白銀の髪――、そしてルビーを模した紅玉のような瞳。どこをどう見てもエレンシア、貴方の娘としての特徴を備えているわ」
「……でも――」
「ティア!」

 エレンシアの心が折れかけた所で、男の声が聞こえてくる。
 本来よりも30倍近い重力魔法で体を縛っているというのに、まだ話せるなんて驚嘆に値する。
 
「そう、そういえば……、白色魔宝石で魔力を強化していたのよね。まったく貴重な精神核を利用して作るなんて本当に愚かなんだから」
「ユウティーシア・ド・リースノット! 君は、一体……、一体――、ティアの何なんだ!」
「ここまで話してもまだ分からないの? 私は、ユウティーシア・フォン・シュトロハイムの主人格であり、ユウティーシア・ド・リースノットを前世に持つ者よ?」
「主人格だと?」
「だから言ったでしょう? スペンサー、貴方と愛を囁き合っていたのは、代用品。異世界の知識の結晶である人間の記憶媒体との接続が切れた時にだけ存在している不安定な代替品なのよ」
「そ、それじゃ――、ティアは……」
「彼女は、もう出てくることはないわ。だって、あの子は、もう必要ないもの」

 私は、ハッキリと告げる。
 そもそも世界の精神波を消費する為だけに作られたメディデータに、ここまで説明するだけでも、かなりの配慮と言える。
 
「ふざけるな……」

 その場から立ち去ろうとした所で、呻き声に近い声が辺りに木霊する。
 それは――、

「無駄な事はしない方がいいわよ? メディデータの魔力の器では私の力を相殺する事なんて出来ないのだから」
「言っていることの半分も理解できない。――だが! ここで、ティアと別れたら二度と会えなくなる気がする……だから――」

 30倍の重力で、石畳に張り付けられていた男が――、スペンサーが必死に足掻きながら立ち上がろうとしてくる。
 信じられない。
 メディデータが世界を満たす精神波を消耗する為に作られた存在としても、私の重力魔法は神代文明の前の――、世界が完全だった時の召喚魔法の副産物で――、それは本当の魔法で――、それに抗うことなんて無理なはずなのに……。

「いい加減に――」
「ティア!」

 必死に、またも名前を叫ぶ男。
 無駄だと何度も言っているのに、なんて愚かな――。
 
「もういい。せっかく、あの子が目を掛けたメディデータだから手を出さずに穏便に去ろうとして挙げたのに――」

 不可解すぎる現象は根絶やしにしておかないと。
 そうしないと、あの人に会えなくなる。
  
「天と地よ」

 ――短い……、たった、それだけの詠唱で魔法が完成する。

 左手をスペンサーの方へと向け重力制御魔法ブラックホールを発動しようとしたところで、立ち眩みを覚える。

「これは――ッ!?」

 

 

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