公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

母娘(7)




 ――彼が、スペンサーが部屋から出ていったあと、私はベッドの上で横になりつつも、彼の「喧嘩別れしたまま、もう会えなくなった時には、どんなに後悔をしても遅いから。どんなに望んでも――、孝行したいと思っても何も出来ない程、辛いことはない」と、言う言葉を思い出していた。

「――でも……」

 あの人は、私を道具のようにしか見ていない。
 自分の事しか考えていない。
 自分の思いを押し付けてくる。
 だから、私は……。

 どう考えてしまっても悪い方向にしか考えはいかない。
 とても、スペンサーが言っているような気持ちで許せるわけがない。
 だって、あの人が! 私が王家に嫁ぐことを反対してくれさえすれば、もしかしたらお父様も少しは考えてくれたかも知れないから。
 それなのに……。

「はぁ――」

 溜息をつきかけたところで――、「うっ――!?」と、吐き気が襲ってくる。
 ここ最近、よく吐き気が襲ってきて気持ち悪い。
 とくに考え事などをしている時に多く――、気分が良くなるまで我慢するしかなく――、

「はぁはぁはぁ……」

 私は部屋に備え付けられている洗面台前で、肩で息をしながら鏡を見る。
 そこには、疲労感も露わにしている私の姿が映し出されていて、額から滲み出ている汗に前髪が張り付いていた。

 ――私は、ベッドの上に倒れ込む。

「医師から話には聞いていたけど、こんなに悪阻が辛いなんて――」

 ベッドの上で横になりながら、まだ形にはなっていないであろうお腹に手を当てる。
 元々は、男だった私は転生して女として生まれた。
 だけど、本当は他人の記憶を植え付けられただけの存在だったことが分かって――、私は自暴自棄に近い状態になった。
 でも――、彼が――、スペンサーが私を肯定してくれたから私は立ち直ることが出来た。
 それと同時に、私のお腹には彼と私の子供まで居る。
 それは、とても嬉しいことで――、きっと……、この子が無事に生まれてくれたのなら、私は、この世界で初めて生きてきた意味を見出すことが出来る気がする。

「そういえば……」

 あの人も、私と同じ心境だったのかな? と――、ふと思ってしまう。
 お母様が産んでくれたから、今、この場で私は生きていて彼と出会う事も出来て子供まで授かることができた。
 そう思ってしまうと……。

「ダメ、あの人は私のことを王家に嫁がせて利用しようとしたから。いくら私の母親でも許せない事はあるから」

 だけど……。

 私は、スペンサーと約束した。
 母親と仲直りすると――、きちんと事情を説明すると。
 それなのに結局は喧嘩分かれになってしまった。

「……きちんと言わないとダメだよね」

 これから生まれてくる子供の為にも、母親として生きていく為にも――、きちんとケジメはつけないといけない。
 だから――、私は――。

 まだ吐き気はする。
 だけど……。

 私はベッドから立ち上がり部屋の――、両開きの扉を開ける。
 
「ユウティーシア様! お部屋にお戻りください」
「ありがとう、それよりお母様はどこに行ったのか分かるかしら?」
「サクラの間に居ると、前を通った侍女たちが噂しておりましたが――」
「ありがとう」

 一歩踏み出したところで足元がふらつく。

「ユウティーシア様!」

 倒れかけたところを、部屋を守っていた兵士の方が腕で抱き留めてくれた。

「ごめんなさい」
「スペンサー様は、ユウティーシア様の容態がよくなるまでお部屋に居させるようにと言っておりました」
「そうなの?」
「はい。ですのでお部屋にお戻りください」
「ごめんなさいね。それは出来ないの」

 私は壁に手を付きながら一歩一歩進む。
 そんな姿を見かねたのか兵士の人が手を貸してくれる。

「サクラの間まで、ご案内いたします。止めても無駄なようですので――」
「ごめんなさいね」
「――いえ、これも職務ですので――」

 彼の手を借りながら王宮内を歩き続ける。
 そして――、王宮内に色とりどりの花が咲いている庭園に着いた所で、スペンサーと、あの人の言い合いの声が聞こえてきた。
 しばらく聞いていると、どうやらスペンサーがお母様を説き伏せているようで――、それは功を制したのか、お母様は力なく椅子に座ると「私は、娘のためだと言い訳をしながら、まったく別のことを考えていたのね」と自分の気持ちを吐露していて――。

「少し下がっていてもらえるかしら?」
「分かりました」

 兵士の方を下げたあと、私は自分の意見を――、思いを告げるために――、

「お母様……」

 と、小さく言葉を紡いだ。




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