公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

継承権を失った男(3) スペンサーside




 俺は、そっと横で寝ているティアの頭を撫でる。
 すると、彼女は安心したような表情を見せて俺にすり寄ってきた。
 そんな彼女を見て胸が締め付けられるような感覚を覚えると共に大事にしたいと心の底から思う。
 最初の出会いは最悪だったが、今では言葉では言い表せないほど大事な存在。
 そんな彼女の悲しむ姿を見たくはない。

「さすがにな……」

 俺は思わず、彼女の母親と会った時のことを考えてしまう。



 ――アルドーラ公国王城の貴賓室。

「スペンサー様、こちらは――」
「分かっている」

 俺は、他国からの来賓が滞在している貴賓室の前に来ていた。
 そこには、リースノット王国から来たシュトロハイム公爵家の夫人であるエレンシア・フォン・シュトロハイムが滞在している。
 彼女は、シュトロハイム公爵家の夫人であると共に、ユウティーシアの母親。
 そんな彼女と話す為に俺は扉をノックする。

「はい」
「スペンサーと言います。少し、宜しいでしょうか?」
「スペンサー?」

 疑問を含んだ声が扉越しに聞こえてくるが、すぐに「どうぞ」という声が聞こえてきた。
 貴賓室に入ると、彼女はベッドに腰を下ろしており、

「こんな姿でごめんなさいね。エレンシア・フォン・シュトロハイムです。何か御用でも?」

 一目で俺は『あまりにもユウティーシアとは似ていない』と、思ってしまっていた。
 顔立ちも、髪の色も目の色もだ。
 ユウティーシアは、黒い眼に黒く漆黒なのに母親であるエレンシアという女性は、白銀の髪に赤い瞳であったから。

「いえ、お食事をされてはいらないと伺ったもので」
「……主治医の方ですか?」

 話をしている中、ようやく俺に興味が出たのか俺を彼女は見てきた。
 元・王族だと言ってもいいが……、何となくだが――、それは言わない方がいいと直感し主治医で通す事にする。
 一応、軍務経験もあるから、それなりの医療知識も持っていることが幸いした。

「はい」
「そう、お食事は少し頂いているわ」

 彼女の言葉に俺はテーブルの上に置かれている食事へと視線を向けるが殆ど手は付けられてはいない。

「お体の具合が悪いようでしたら……」

 彼女は、大事なティアの母親。
 何かあれば、目を覚ました時にティアが悲しむ。
 なるべく食事を摂って頂きたいものだが……。

「大丈夫よ? それより、スペンサーって……、娘を以前に誘拐した人物の名前に似ているわね」

 その言葉に――、思わず息を呑みそうになったが、俺は何とか踏みとどまる。

「そうですか。彼とは何か?」
「今日の謁見の間での出来事は知っているかしら?」
「伺っております」

 俺としても、聞いていて腸が煮えくりかえる思いに駆られるほどの出来事。
 たぶん、その場に俺が居たのなら、バルザック・フォン・シュトロハイム公爵の代わりに俺がルガードを殺していただろう。
 彼女も娘を思って同じ思いで自分を許せないでいるのかも知れないな。

「そう……、本当に娘は――」

 彼女は、そこで言葉を切る。
 そして、

「本当に娘は失敗作だわ」

 耳を疑うような言葉を――、俺はユウティーシアの母親の口から直接聞いた。




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