公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

束の間の日々(2)




 会談が無いという事で――。
 今日、お昼頃まで彼に抱きしめられていた。

「ユウティーシア様?」
「は、はい!?」

 そんな事を思い出していると、突然に声をかけられた私は手に持っていたティーカップを落としそうになるけど何とか踏みとどまる。

「エリン。どうかしたのかしら?」
「――いえ。お食事に手をつけていらっしゃられないようでしたので、お体の具合が悪いのかと思いまして――」
「――そ、そんな事ないわよ!」

 私は慌てて首を振りながら、自室のテーブルの上に用意されているスープを口にする。
 じゃがいもをベースとした冷水スープが火照っていた体に染みわたる。
 
「おいしい」
「それは良かったです。最近のユウティーシア様は、殆ど食事に関しましてご興味が無さそうでしたので」

 エリンさんは本当に心配そうな表情で私に語り掛けてくる。
 そういえば、食事が美味しいと思ったのは何時以降だろう。
 殆ど、食事を義務感と言うか生きるために摂取しているということが普通だったかも知れない。

「スペンサー様のおかげかも知れませんね」
「ええっと……」

 私は目を泳がせる。
 
「もしかして、昨日の夜からの――」
「はい、伺っておりました」
 
 やはり、私の嬌声が聞こえていたらしい。
 羞恥心から顔が火照ってくるのが分かる。

「やっぱり、情事の際には部屋から離れてもらうことはできないの?」

 出来ればお願いしたいんだけど……。

「男女の営みの時が一番の隙ができますので」
「そうね……」

 疲れてしまったら寝るからね。
 そうなると、襲撃者から身を守る術もないわけだし……。

「それにしてもスペンサーは、慌てて出ていったけど――、どこに行ったのかしら?」
「王城と伺っていますが――」
「そう」

 リースノット王国との間の話し合いの可能性が高い。
 あとは、内乱を起こした貴族との会合か……。
 色々と考えてしまうことが多いけれど、あまり政治に女の私が口を出すのは彼――、スペンサーの顔を潰す事になってしまうから余計なことはしない方がいい。

「今日は、如何なさいますか?」
「そうね。魔法の勉強をしようかしら」

 私は、部屋に備え付けられている棚の上に置いてある魔法書へ一瞬視線を向けた。



 魔法書は、基本的に日本語で書かれている。
 そして、日本語というのは――、この世界アガルタにおいて神代文明時代の文字として理解されていて漢字を読める人間は極端に少ない。

 アガルタの世界は基本的に、精神物質という物で作られている。
 そして精神物質は長い時間をかけて大気に溶け込む。 
 その大気に溶け込んだ精神物質は、精神波と呼ばれ世界に様々な事象を引き起こす為の物である。
 精神波に干渉する術は二つ。

 一つは、現代の魔法師達が魔法陣を空中に展開すると同時に魔法詠唱を唱える。
 そして、精神波にある一定の方向性を与える事で、精神波に干渉し世界の構成を組みかえた後、魔法展開が可能になる。

 そして――、もう一つは明確な魔法展開イメージと、それに付随して起きる結果をイメージしながら漢字を脳裏に浮かべながら魔法を展開する行為。

 どちらも発生する結果は同じなのだけれど、幾つもの工程を組み込んでいる魔法陣を空中に展開していく現代魔法の方が魔力消費は多い。
 つまり余分な部分が多いのだ。

 一応は、通常の上級魔法師並みに今の魔力量でも魔法は使えるようにはなると書かれている。
 だけど問題は、以前のように強大な魔力を背景にした超絶な攻撃魔法が使えないということ。
 あくまでも一般の上級魔法師程度の力しか、今の私にはない。

 ――それでも……。

 以前のような魔力は欲しいとは思えない。
 だって……、誰かを不幸にして一緒に彼と暮らせなくなるのは死ぬほど嫌だから。




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