公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

過去からの碑文(1)




 花の香で目を覚ますと――、室内に配置されていたテーブルにはサンドイッチなどが、用意されていた。

「ユウティーシア様、お目覚めになられましたか?」
「ええ」

 軽食の用意をしてくれていたのはエリンさんで――、傍らには……、あの人の姿はない。

「スペンサー様より、軽い物を用意するようにと指示されましたので、サンドイッチをご用意しました。お召し上がりになられますか?」
「そうね」

 エリンさんが用意した下着を着たあとはドレスを着付けてもらいテーブル席に座り、紅茶とサンドイッチを頂く。
 
「エリンさん」
「何でしょうか? ――あと、エリンとお呼びください。ユウティーシア様」
「そう、エリン。スペンサーは……?」
「王城の方へと出向いております」
「そう……」

 エリンさんの言葉に、私は昨日――、意識を失う前にフィンデル大公が発していた言葉を思い出す。
 今日まで謁見は延期するという言葉。
 昨日は、スペンサーに色々と聞く心の余裕はなかった。
 だから、今日はどういう話を謁見の間でするかは私には想像もつかない。

「私も王城に向かった方がいいかしら?」
「本日は、館からは出ないようにと――、スペンサー様より言われております」
「そうなの?」
「はい。詳しい政情は分かりませんが、スペンサー様はユウティーシア様に体を休めておいて欲しいとのお考えです」
「そうなのね」

 本当に、あの人は優しい。
 
 ――でも……。
 
 あの人たちがいる限りリースノット王国との対話は難しいと思う。
 その事だけが私は気がかりでもあった。

「ユウティーシア様、少し外にお出になられませんか?」
「外?」
「はい。スペンサー様に宛がわれているお屋敷は元々は、リースノット王国から100年前に嫁いで来られたティア・ド・リースノット様が監修されましたので、建築方式としてはアルドーラ公国よりもリースノット王国に近いと言われておりますので」
「そうね……」

 部屋に篭っているだけでは、余計なことを考えてしまい気が滅入ってしまう。
 それなら、屋敷から出て――、屋敷の庭を散策したほうがいいかも知れない。

 サンドイッチの量としては一人前の半分ほどを食べたあと、エリンさんを共だって屋敷から出て邸宅内の庭を散策する。

 いくつかの花の園を見ていると、花壇などの配置の仕方に親近感を覚えてしまう。

「ユウティーシア様、どうかなされましたか?」
「――いえ」

 気が付けば、一つの石碑の前で私は足を止めていた。

「この石碑は……」
「それは、100年前にリースノット王国とアルドーラ公国との友好の為に嫁いで来られた王妃様が残された石碑になります」
「100年前の王妃ということは……、ティア・ド・リースノットでいいのよね?」
「はい。そのように伺っております。――ですが、書かれている文字は神代文字ではない文字で書かれており、誰にも読めてはいないのです」

 エリンさんの言葉を聞きながら、私は石碑に書かれている文字に目を通していく。
 それは、神代文字とされた日本語――、つまり……、漢字を含む日本語ではなく……。

「これは、ローマ字?」

 石碑に刻まれている文字は、こちらの世界では存在しない――、ローマ字が刻み込まれていて……。

「ユウティーシア様?」

 語り掛けてくるエリンさんの言葉が遠くに聞こえる。
 それもそのはずで……。
 石碑の――、一番上の部分――、そこには石碑を作った人の名前が、ローマ字で刻み込まれていた。

「どういうことなの……」

 そこには――。
 ユウティーシア・フォン・シュトロハイムが、此処に碑文を残すと――。
 私の名前が刻まれていた。





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