公爵令嬢は結婚したくない!
お家騒動(10)
「そう……、なのですか……」
何とも言えない気持ちで私は呟くことしかできない。
「あ、あの! スペンサー……さん……」
先ほどは、何とか意を決して彼の名前を呼び捨てに出来たけど……、やっぱり誰かの名前の後に敬称をつけずに声に出すことは難しい。
「やっぱり難しいか?」
「はい……」
私の意図を汲み取ってくれたのかスペンサー王子は、仕方ないなと言った表情で語ってくる。
「それなら、【さん】付けで構わない」
「ありがとうございます」
「――いや、元々は俺から願い出た事だから気にしなくていい。それより、いま言いかけたのは何かあったのか?」
「はい。レイネシア様とフィンデル大公様には、きちんと話しておいた方がいいのではないのですか? 誤解されたままだと、これからの事も困りますので――」
「……そう……だな……」
歯切れ悪く答えてくるスペンサー王子に、私は首を傾げてしまう。
ただ……、スペンサー王子は何かを考えているかのように唇を噛んで目を閉じてしまう。
そして目を開けた時には、私を真っ直ぐに見てきた。
「ティア。君は意中の男などいるのか?」
「――え?」
どうして、いきなり――、そんな話になるのか……。
私が、殿方のことを好きになるわけがないはずなのに――。
そもそも前世の私は男だったわけで。
「わかりません」
殿方は、好きではありませんと伝えようとしたけど、口から出てきた言葉は彼に伝えようとして考えていた内容とはまったく異なるもので。
「わからない?」
私の答えに彼は、疑問を返してくる。
誰だって、私の提示した回答に首を傾げてしまうと思う。
――でも……、私自身――、自分が殿方についてどう思っているのか――、どういう考えで接したらいいのか……、それが分からない。
「はい。本当は殿方が怖いのです」
魔力が無くなり、自らの身を守ることすら出来なくなった時――。
私は男性に襲われ何の抵抗も出来なかった。
だから、男の人が怖い。
――でも……。
「それは……、エルノの町で襲われた時のことか?」
彼の言葉に私は小さく頷く。
いま思い出しても体が震える。
莫大な魔力があった時には、元は同姓であった男性は怖くは無かった。
むしろ、元は男だったから女性よりも気軽に話すことができた。
だけど……、いまは――。
「そうか……。もっと早くに助けることが出来ればよかったんだがな」
「スペンサーさんは代わりましたよね」
「そうか?」
「はい」
彼は、私のことを友人のように常に気にかけてくれている。
「だって……、スペンサーさんは最初に出会った時は、国のためという名目で私に危害を加えてでも連れ去ろうとしましたよね?」
「……それは、本当に申し訳ないと思っている」
彼が、謝罪の意味も込めて頭を下げてくる。
そんな様子の彼を見て私も思ってしまう。
「ほら、自分の過去の過ちを認めて謝罪をするところなんて、以前からは想像も出来ません。――ですから、スペンサーさんは――、すごく変わられたと思います」
「そうだろうか?」
「はい」
「そう言ってくれると救われる」
彼は、ホッと一息ついたあとに笑顔を私に向けてくる。
「ティア。君もすごく変わったと思う」
「――え?」
「最初に出会った時の君は、どこか誰かの為にならないといけないという私と同じ雰囲気を感じたものだ」
「そう……、ですか?」
「ああ、まるで自分の居場所が無いから必死に作ろうとしているように見えた。強くはあったが――、本当に危うく見えたのだ」
「そうですか……」
何となくだけど、彼の言葉はストンと私の胸の内に降りてきた。
たぶん、異世界から転生してきた私には、元々――、居場所が無いと自分でも薄々気が付いていたのかも知れない。
あくまでも私という存在を構成しているのは、地球で生きていた時の記憶なのだから。
そこまで考えたところで、私は何となく理解してしまう。
どうして、生まれ変わった時に前世の記憶を忘れてしまうのか。
きっと前世の記憶が――、今生の世界に転生した時に自らの立ち位置を――、価値観を狂わせてしまう。
だから、人は転生した時に前世の記憶を引き継がない。
たぶん、そういうことなのかもしれない、
「そんなに悲しい顔をするな」
彼が、私の手をやさしく握ってくると共に声をかけてくる。
「これで拭くといい」
彼から渡されたハンカチを見て、ようやく自分が泣いていることに気が付いてしまう。
本当に……、何時から私はこんなに弱くなってしまったのか……。
「ありがとうございます」
「ティア。君が男を怖いというのは重々承知している。そして――、その事についても理解した」
「はい」
「だから……、俺に君を一生、守らせては貰えないだろうか?」
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