公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

雨音の日に(14)




 ――パン! 

「……ユ、ユウティーシア?」

 スペンサー王子が、慌てた様子で私の名前を呟いてくる。
 私は一瞬の間を置いてから自分が何をしたのか理解してしまった。

 腕を握ってきた彼の手を叩いてしまって。
 
「……ご、ごめんなさい――」

 私は震える左手を右腕に添える。
 どんな顔をしていいのか分からない。
 彼は、気分転換でいいと言ってくれていた――、だけど……。

「すまなかった。君が男たちに暴行されたことを知っていると言うのに無遠慮すぎた」
「……」

 スペンサー王子が頭を下げてくる。
 
「ごめんなさい。私……、怖いの……」

 自分から触る時は、覚悟が出来ているから。
 でも、いきなり殿方から触れられるのは怖くて怖くて仕方なくて体が震えて頭の中が真っ白になってしまう。

「本当にすまなかった」

 彼は、頭を上げようとしない。
 王位継承権が剥奪されたと言っても外交に携わっている以上、スペンサー王子には王家の者としての務めがあるし立場もある。

「頭を上げてください。別に、私はスペンサー王子の事が嫌いという訳ではありませんので……」
「そうか……」

 私の目を見てくる彼の瞳は、どこか憐憫の色合いを含んでいるように思えた。
 正直、そんな目で見てほしくない。
 私は哀れんで欲しいわけじゃない。
 
「スペンサー王子、会談のお時間が――」
「分かっている」

 彼は、小さく溜息をつくとガーランドさんを供だって部屋から出ていってしまう。
 
「ユウティーシア様、向かいましょう」

 そんな去っていく彼の後ろ姿を見ていると、エリンの右手を握ってくる。
 
「――でも……」

 今の精神状態の私が会談に同席していいのか? と、思ってしまう。

「ユウティーシア様?」
「……わ、私……、邪魔にならないかしら?」
「何をおっしゃるのですか?」
「だって……、きっと――」
「きっと?」

 彼女の問いかけに私は、ハッ! として、エリンさんの瞳を見てしまう。
 まっすぐに私を見てきている彼女は、何を思っているのか分からないけど……、私が何かを話すのを待っているように思えてならない。

 それは――、彼に……。
 ううん。そんなことない。
 私は、そんな思いを抱くはずがないから。

「少し待っていてもらえるかしら?」

彼女は何も言わず頷く。
私はそんな彼女に微笑み返し何度も深呼吸をする。

 私が見てきた知識、それは地球人の知識であり私を構成している物。
 今まで何度も見てきた。
 何度も反復してきた。
 今までも上手くやれてきた。

 ――本当に?
 ――本当に上手くやれてきたの?

「――え?」
「どうかされましたか?」
「大丈夫よ、馬車で疲れたのかしら?」

 ――何……?
 一瞬、私が私じゃないみたいな感覚があったけれど……。

「スペンサー王子のあとを追いましょう」

 良く分からない。
 何故か分からないけど、深く自分自身のことを考えたらいけない気がした。



 エリンさんに案内されて向かった先ではスペンサー王子が待っていてくれた。
おそらく私とエリンさんだけで入るのは問題があると判断したからかもしれない。

「大丈夫か?」

 柔和な表情で心配してくる彼に私も作り笑いで「はい」と、短く答える。

「カーランド、エリンは部屋の前で待機を――」
「かしこまりました」
「ハッ」

 ――扉が開く。
 室内に入ると、大きなテーブルが置かれておりテーブルには10人ほどの――、身なりから高い身分の人達が座っているのが見えた。

「これは、スペンサー様。今回は調停に立って頂き真に――」

 白髪の多い細見の男性は、すぐに立ち上がるとスペンサー王子に向かってきようとするけど。

「まずは、挨拶だ。それぞれ席についたままで構わない。カルード伯爵も、ご機嫌伺いをする必要はない」

 どうやら、最初に話かけてきたのは貴族だったみたい。
 彼は一瞬だけ眉間に皺を寄せていたけど、すぐに笑顔になり視線を私に向けてくる。

「スペンサー様。彼女は? 今回は、国の政策の話し合いの場を伺っていましたが?」
「レイリトン子爵、彼女はアルドーラ公国において最重要人物だ」
「最重要人物……」

 殆ど頭に毛が生えていない小太りの男性がレイリトン子爵のよう。
 彼は、ジロジロと私を値踏みするように見てくる。

「スペンサー様。それは、先々代ティア王妃様のドレスと見受けられますが……」

 おそらく見た目からして最も年を召している男性。
 顔にはいくつも皺が刻まれている。

「さすがはエルミア伯爵。慧眼恐れいります」
「それはよろしいのですが、何と言うか――、アルドーラ公国王妃様の……、それも国の色を象徴するドレスを――」
「――ま、まさか!」

 バン! とテーブルを叩いて立ち上がったのは神経質そうな表情をした男性。

「その者……、いえ――、その……、何と言うか、どこかの貴族のご令嬢なのですか?」
「そのとおりだ」
「何と言う事だ……」
「アルデイア侯爵、彼女に失礼だぞ?」
「失礼も何も――」

 アルデイア侯爵が、周囲の貴族たちに向けて目くばりをしているのを私だけでなくスペンサー王子も見ていた。
 もしかしたら、彼らは事前に何らかの話をしていたのかも知れない。

「まずは、落ち着こうではないか?」

 スペンサー王子の言葉に貴族の方たちは、仕方なさそうに椅子へと座りなおす。
 上座にはスペンサー王子が座り、その隣に椅子が運ばれてきて私が座ることになった。

 何というか……、見学という感じではないような気がするのだけど?

 

 

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