公爵令嬢は結婚したくない!
記憶と思いと(9)
カベル海将様は、私が答えると馬の手綱を強く握る。
馬は力強くエルノの町へと駆けるけど……、私の気持ちの中にあったのは――。
「大丈夫か?」
「…………え?」
「もうすぐ町だ。そこまで行ったら、まずはミトンの町へ戻れるように馬車の用意をさせる。だから安心していい」
安心? 何を……。
彼は何を言っているの?
「カベル海将様。どうかなされたのですか?」
考えが纏まらない中、別の人の声が聞こえてきた。
「ダンジョンの方で問題が起きた。すぐに町の兵士を集めろ。それと騎士団にも通達を出しておけ。敵はドラゴンクラスだ」
「――は、はっ!」
緊張した声が聞こえてくる。
その人は、別の大勢の人に命令をしていた。
私は、その様子を茫然と見ていて……。
「ユウティーシア、大丈夫か?」
「……」
「ユウティーシア!」
「は、はい……。えっと……、私……」
「しっかりしろ!」
何を言っているのだろう?
私は、この通りしっかりとしているのに……。
それなのに、どうして――、そんな目で私を見るの?
考えが纏まらないまま馬から降ろされた。
いつの間にかカベル海将様のお屋敷に着いていたみたいで。
「マルスはいるか?」
「はい。カベル様、どうかされましたか?」
「ユウティーシア嬢を頼む」
「どうかなされたのですか?」
「人の死を見て処理が出来ずにパニックになっている。俺は、これから騎士団と兵団の指揮がある。ユウティーシア嬢の対応を頼む」
「わかりました」
彼は、短くマルスさんと今後の方針を話すと私を残して馬に跨ると屋敷の敷地を出ていった。
「ユウティーシア様、お部屋まで案内致します。すこしお休みになられた方がいいでしょうから」
「あの……、マルスさん。ダンジョンで……、人がいっぱい……、カベル海将様が……」
言いたい事はいっぱいあるのに、上手く言葉が……、思考が纏まらない。
だって、あんなに人が死んだ場面を見たのは――。
途中まで考えたところで、私は息苦しくなってその場に蹲る。
「ハァハァハァ。人があんなにいっぱい死んで――、私、何もできなくて……」
「失礼致します」
マルスさんの声が聞こえてくると同時に、私の意識は闇の中に呑み込まれた。
――暖かい。
ゆっくりと意識が覚醒していくのが分かる。
「ここは……」
瞼を開けると、そこはカベル海将様の屋敷内で、私に宛がわれた一室であった。
部屋の中を見渡すと一人のメイドさんが外へ通じる扉の前で立っている。
どうして、私はカベル海将様のお部屋にいるのだろう?
ああ、そうだった。
私は魔力欠乏症に掛かっていてそれで……。
ベッドから抜け出そうとすると、メイドさんが近寄ってくる。
「ユウティーシア様。しばらくは安静にされていた方がいいとの事です」
「安静?」
私は首を傾げてしまう。
そんな私の様子を見てメイドさんは得心いった表情をする。
「少しお待ちください。家令を呼んで参りますので」
「――え? あ、はい」
一体、何が起きたのか分からないけど、メイドさんの言った通りしばらくベッドの上で座ったまま待っているとマルスさんが室内に入ってくると壁に置かれていた椅子を手に持つと私の傍に椅子を置いた後に座った。
「ユウティーシア様、どこか体に痛いところはありますか?」
彼が、どうして私にそんな事を聞いてくるのか分からない。
だけど、その表情からは私の身を案じてくれている気持ちは伝わってくる。
「はい。どこも痛くはありません」
「そうですか。戦場で取った杵柄も少しは役に立ちましたね」
「戦場? 杵柄? あ、あの! わ、私は、どうして寝ているのでしょうか?」
「どうしてとは?」
「私、熱を出してからずっと寝ていたのですか?」
「熱? ああ、魔力欠乏症ですね」
「はい。私の体調を聞いてきたのは、そのことですよね?」
「…………そうですね。体調はどうですか?」
「はい。熱はもう無いです。それより、カベル海将様はどちらに?」
一応、王位簒奪レースの事についてカベル海将様からは色好い返事を頂けたので、ミトンの町に帰る前に一度会って挨拶をしておきたいのだけれども……。
「カベル様は、少しお屋敷を留守にしております。カベル様より、ミトンの町までお送りするように命令を受けておりますので、体調が良いのでしたらすぐにでも――」
帰る時に挨拶をしないのは礼儀に反するのではないのか? と心の中で思ってしまう。
でも、カベル海将様がそれでいいと言うなら無理をして会う必要もないかも知れない。
「分かりました。それでは帰りの護衛の方はメリッサさんとアクアリードさんですね」
「…………」
「マルスさん?」
私の言葉に彼が浮かない表情を浮かべている。
何かを隠しているようなそんな表情。
「お帰りの際には、女騎士を付けますのでしばらくお待ちください」
「は、はい」
良くは分からなかったけど、絞り出すような声でマルスさんはそれだけを言うと部屋から出ていった。
それから10分ほど経過したことだろうか?
扉が数度ノックされて部屋に入ってきたのは青い髪をポニテールに纏めた、これまた青い瞳が特徴の美しい女性であった。
身長は170センチほどあると思う。
白銀の鎧に、腰には青い剣を帯剣している。
隣に立っているマルスさんの存在が霞むほどの存在感を放っていた。
「マルスさん、彼女は?」
「はい。この者はレオナと言います。これでもエルノ領では、もっとも強い騎士となります」
目の前に立っている女性を私は見上げる。
すると女性は私を強く睨みつけてくるとマルスさんの方へ視線を向けていた。
「この箱入り娘をエルノの町まで護衛するのですか? いまエルノの町がどういう状況になっているのか知らないわけでもないのに魔法騎士の私を戦線から外すのはどういうことです?」
「カベル様からの指示だ」
マルスさんの言葉に気分を害したのかも知れない。
舌打ちしたあと、彼女は部屋から出ていった。
「申し訳ありません。彼女も悪気があったわけでは……」
「いえ。そんな……」
「ご用意はすでに済んでおりますので立てますか?」
「はい」
私はマルスさんの手を借りてベッドから立ち上がる。
彼に手を引かれて外へ出るとホール前にはアルドーラ公国が用意してくれた馬車が停まっていた。
急かされるように馬車に乗せられるとゆっくりと走り始める。
「御姫様は呑気ですね」
馬車の中で一緒に座っていた女騎士のレオナさんの開口一回目の言葉がそれだった。
「どういうことですか?」
「外を見てみれば分かると思いますが?」
走る馬車の外を見ると通りには何十人もの人が引っ越しの準備をするかのように帆馬車に荷物を積んだりしている姿が目に入った。
「あの人達は……」
「下々の生活には興味はありませんか?」
「さっきから何なのですか? 言いたいことがあるのならハッキリと言ってくださればいいではないですか!」
「この状況を見て何も分からないとは、話に聞いていたのとずいぶんと違うようですね」
「どういうことですか?」
彼女が、どうして私にここまで絡んでくるのか?
その意味も理由も分からない。
だから、つい苛立ちを覚えてしまう。
「何も聞かされていないとは……。ダンジョンから出た魔物が攻めてくるのですよ。貴女に何かあれば不味いということでカベル様の命令で貴方をエルノの町まで護衛するのが私の仕事なんです」
「――え?」
ダンジョンから魔物が攻めてきた?
そんな話を私はまったく聞いていない。
でも、そのことでどうして私が彼女にここまで憎まれないといけないのか……。
「ほんとにすごいですね。やっぱり公爵家令嬢というのは下々の者が、何人死のうと気にしないのですか?」
「何人もって……」
私の言葉に彼女は大きく溜息をつく。
「撤退する貴女をブレスから庇って死んだメリッサとアクアリードの事ですよ」
「――え?」
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