公爵令嬢は結婚したくない!
記憶と思いと(8)
「な、なんなのだ……、アレは……」
カベル海将様が茫然と呟いている。
他の冒険者はすでに動きだしており、機械の化け物に向けて空中に魔法陣を展開する者や武器を構えて近づいていくものがいる。
私は、それらの様子を遠くから眺めていた。
その機械の化け物は、私が知る限り一番近いフォルムで言うなら蜘蛛に近い。
八本の足を動かしながら頭の部分の複眼は赤く光っていて周囲を観察しているようにすら見える。
「……それにしても……」
ダンジョンの入り口からは距離があるのに何て巨大なの? と心の中で思ってしまう。
接近職であろう冒険者が近づいていくことで、その機械の化け物の大きさが分かる。
体高が5メートル以上。
体の長さに至っては、大型バスの2台分……、20以上はある。
「あんな大きさの化け物がどうやって外に出たのかしら?」
ダンジョン入り口の方へと視界を向ける。
「入り口が……、破壊されている!?」
「何!?」
グランカスさんが反応し、ダンジョン入り口の方を見ると。
「馬鹿な……、ダンジョン入り口は壊せないはず……」
「――え? でも、コルクさんの攻撃で壊していました」
「あれは入り口前の防壁だけだ。ダンジョン内は別の理で動いているんだ。だから入り口も内部の理と、この世界の理の境界線を維持している物だから普通は壊せない」
「普通は……」
そういえば、私の水魔法でもダンジョン入り口は壊せなかった記憶がある。
――と、なると!?
「グランカスさん、マズイです。そのダンジョンを破壊して外に出てくるほどの化け物ということは――」
最後まで言い切るまでに、カッ! っと擬音で聞こえてくるほどの光が辺りを包み込み遅れて爆発と悲鳴が聞こえてきた。
そして爆風があとから押し寄せてくる。
身体強化魔法を常時発動出来ていない私の体力は村娘よりも劣るために、強い風で吹き飛ばされてしまう。
「ユウティーシア!」
空中に投げ出された私の腕をカベル海将様が掴むと、力強く引っ張ったあと胸元に抱きかかえ地面に横になった……、と思う。
光で視力を一時的に失った私は、何が起きたのか分からないままカベル海将様の胸元に抱きかかえられたまま地面に伏せる。
しばらくし視力が戻ってきたところで……。
「これは、とんでないな……」
「カベル、生きているか?」
「ああ、だが……、これは……」
二人が言葉にならない声で、要領を得ない話をしているけれど――。
それもそのはず。
「嘘でしょう……」
煙が晴れた視界には無数の冒険者の肉片が散乱していたから。
それを見た瞬間、私は自分の口元を両手で覆った。
「うそ、嘘でしょう。何なの? これは一体何なの?」
冒険者ギルド内で見ていた冒険者達が、人々が一瞬で――。
今までだって……、何度も戦いの場に身を置いてきたことはあったけれど……、こんな光景は見たことがない。
「落ち着け! 取り乱してもどうにもならない!」
カベル海将様が私の両手を抑えつけながら話しかけてくるけど、どうして彼がそんなに必死に私に話かけてくるのか分からない。
そもそも、私が取り乱している?
何を言って……。
「こういう場面に出くわしたのは初めてなのか。これは参ったな……」
グランカスさんが苦笑しているのが見えるけど、彼は何を言っているの?
それに、さっきからやけに息苦しいし騒々しい。
気が付けばカベル海将様が私の口に手を当てていた。
それと同時に、彼の手の隙間から悲鳴が――。
「……あ――、わ、私……」
「ようやく落ち着いたか」
カベル海将様は、ホッとした表情を見せると右手一本で抑えつけていた私の両腕を開放してくれ地面に倒れたままの私に手を差し伸べてくる。
彼の手を取って立ち上がろうとしたけど……。
「腰が抜けたのか」
「――え?」
足に力が入らなくて立てない私を見てグランカスさんは話しかけてきた。
彼の言う通り、足に力が入らなくて立てない。
「仕方ない。グランカス! 一旦、撤退だ! ここまで、陣形を崩されたらどうにもならん」
「分かっている!」
カベル海将様は、私を抱きかかえる。
所謂、御姫様抱っこというもの。
彼は、私と一緒に馬に乗るとエルノの町の方へと馬を走らせる。
「カベル海将様! 冒険者の方々は!」
「いまは、それどころじゃない! 撤退指揮はグランカスに任せておけ。あいつも元はSランク冒険者だ! 死ぬことはないだろ」
さっきまで居たダンジョン前の陣地は完全に爆風で吹き飛んでいて影も形もない。
「一体何が……」
「詳しいことは分からん。だが、とりあえずお前をここから無事に返すことが最重要問題だ」
「ですけど……」
「アレが何なのか分からない以上、撤退するしか方法がない。それに死んだ冒険者の数もせいぜい20人から30人程度だ。ドラゴンを相手にしたと思えば少ないくらいだ。それに、戦場にお前が居たら撤退すら出来ないからな」
「はい……」
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