公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

花言葉に感謝を

 ――と、いうことを考えていた時期もありました。

「とても普通の宿屋です…………」

 一部屋、金貨10枚も支払った割りには、木材のクローゼットにテーブルに椅子。
 さらに床は木製で、ベッドもキングサイズではあるけど、普通の宿屋に置かれているべッドを大きくしただけ。
 お風呂はあるけど、魔道具で水が出るような仕組みではなく1階まで降りてカウンターで熱湯をもらい水で薄めて入るだけ。
 一応は、排水口はあるけど……。
 窓を開ける。

「……排水口が外についてる……これ、流したら下に居る人に掛かるよね……」

 はぁー……。
 日本のラブホが、どんなのか私は知らないけど――。
 カラオケとかゲームとかそういうのは期待していなかったけど……。
 もう少しマシな宿屋を期待していた。

「仕方ない」

 私はボヤキながら部屋から出る。
 正直、お風呂に入ってからじゃないと、とてもじゃないけど寝付けない。
 たしかに旅の間なら我慢は出来るけど――。
 できるけど!
 町についたのにお風呂に入れないのは、苦痛でしかない。
 今なら兵士とかに攻撃されたら半殺しにするくらい、無意識に出来るくらい気持ちが苛立っているのが分かる。

「あの、この辺にお風呂屋さんとかないですか?」

 私は1階まで降りてからカウンターに座っている20歳前後の若い男性に話しかける。
 彼は、怪訝そうな表情を浮かべると「お部屋にお風呂があるはずですが?」と、答えてきた。
 いあいあ、部屋のを使ったら外に流れていく仕組みとか、そんなの日本人的感覚な私には使えないから。
 中世のご家庭とかは、使い終わった水とか排水とか色々を窓から捨ててたけど、現代日本人の感覚を持っている私には、それはハードルが高いからという事は言えないわけで――。

「私は、この町に来たのが初めてですので、その町特有の特色を持ったお風呂に入りたいのです」

 ――まぁ、適当に話しを濁す。

「そうですか。それでは市場近くにある大衆風呂などは如何ですか?」
「大衆風呂ですか……」

 うーん。衛生的にどうなんだろう?
 私としては、もう少しお金を出してもいいから――。

「それ以外は、ありませんか? 貴族が入るようなお風呂とか!」
「貴族ですか?」

 カウンター奥に座っている男性の言葉に私は頷く。

「総督府の地下にお風呂があると聞いたことがありますが――」
「わかりました!」

 私は、すぐにお風呂にお風呂じゃなくて、部屋に戻り着替えとタオルと石鹸を手に取ると部屋から出る。
 すると「ユウティーシア様、先ほどから何度もお部屋の扉を開け閉めしているようですが、どうかしたんですか?」と、言いながら寝巻き姿のアクアリードさんとメリッサさんが部屋から出てきた。

「これから、お風呂に行ってくるんです!」
「お風呂ですか――。でも市場は遠いですよ?」
「いえ、総督府のお風呂です!」
「総督府の!?」
「貴族用のお風呂!?」

 私の言葉にアクアリードさんもメリッサさんも顔色を変えた。

「そういえば、アクアリードさんとメリッサさんはお風呂には?」
「体を水で拭いただけです……」
「なるほど……これはお風呂に一緒に行くのとか如何ですか?」
「いいですね!」

 メリッサさんは飛び上がるように私の言葉に賛成してきた。
 アクアリードさんはというと、すぐに部屋に入り「それでは行きましょう!」と、十数秒で弓は持たずに若草色のワンピースだけの姿になって話しかけてきた。

 それから5分後、私達はラーブホテルを出て総督府に向かう。

「私、思ったんですけど最初に町に来た時より、町の雰囲気が明るくなっている気がするのですが?」
「話によるとカーネルが兵士を使って圧政をしていたようです。税金もかなり高かったらしく、大勢の人間が迷惑を被っていたようです。あと少しで奴隷として売り飛ばされる人もいたらしく、カーネルが町から逃げ出したことは、かなり肯定的に受け取られているようです」

 アクアリードさんが憤然とした表情で、私の問いかけに答えてきた。
 そして、その言葉にメリッサさんも同意していることから、二人は相当怒っているのが見て取れる。
 二人とも、エルノの町で冒険者として暮らしてきたのだ。
 怒って当然とも言える。
 でも、私にはその気持ちは分からないけど……。

 しばらく歩いていると、6歳くらいの小さな女の子が私の前方を遮ってきた。
 どうしたのかな? と思っていると女の子は、後ろに隠していた花を私に差し出してきた。
 私は、差し出された花を見ながら貴族と子女として必要な教養。
 花言葉を思い起こす。 

 花の色は青。
 無数の花が連なって咲いていることから、おそらくだけど――。

「カンパニュラかしら?」

 私は、体を屈めながら女の子と目線を合わせながら、やさしく話しかける。

「うん! ギルドマスターのグランカスさんがね! 黒髪、黒目のお姉ちゃんが町を救ってくれたからって言ってたの! お父さんとお母さんが、すごく困ってたけどお姉ちゃんのおかげで皆が助かったって!」
「……そ、そう――。ありがとうね」

 私は右手で花を受け取りながら左手で女の子の頭を撫でる。

「私の名前はユリカ。お姉ちゃんの名前は?」
「私は……」

 一瞬、自分の名前を名乗るかどうか迷ってしまう。
 でも、今更かなと思い直す。

「私の名前は、ユウティーシア・フォン・シュトロハイムよ。ユリカちゃん、お花ありがとうね」

 私の言葉にユリカちゃんは、照れるような表情をすると私から離れていった。
 もちろん手を振りながら――。
 少女に釣られて私も手を振る。

「はぁー……」

 小さく溜息をつく。

「別に私は町を救うためとか、人助けをするためとか、そんな事を考えて総督府に行った訳ではないんだけど……」
「別にいいのではないですか? それにしてもカンパニュラですか」

 横からアクアリードさんが話しかけてきた。

「はい、たしか花言葉は――」
「感謝だっけか?」

 私の言葉を引き継ぐような形で、メリッサさんが横から話に割り込んでくる。

「そうですね。結果的に人助けをする形になってしまったのは、本当に偶然でしたが……」

 誰かが起こした行動で誰かが幸せになることは、それはいいことだと思う。
 そして、それを起こしたのが私自身であるなら尚更。
 ただ、偶然の産物である人の手助けであるなら――。
 それは素直に祝福を受けていいのか考えずにはいられない。



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