公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

商工会議を設立しましょう!(10) スペンサーside

「はぁ……」

 俺は、ため息をつきながらアルドーラ公国の大公である父フィンデル・ド・アルドーラに与えられた一室で、100年間のアルドーラ公国の歴史書と近年、俺が調べた資料を見る。

 たった10年、たった10年でリースノット王国は軍事、経済、教育、福祉と従来の常識の手法では考えられない程の発展と遂げている。
 その事に気が付いたときにはすでに遅かった。
 本来、情報を持ち帰るはずの兵士や商人たちが買収されていた。

 他国から資源を輸入し加工して輸出し、決して技術者を他国へは出そうとはしない。

 圧力をかけようとすれば武力も止む無しという態度で自国の主張を崩そうとはせずに、リースノット王国の方が現在では大国と同程度の国力を持っている。
 それを、決定的に世に知らしめたのは、小国であったリースノット王国が大国ヴァルキリアスと不可侵条約を結んだ事であった。

「はぁ……」

 本日2度目のため息。

 そして――気が付けばいつの間にか、俺の手が震えていた。

一瞬、脳裏に横切った一人の少女――リースノット王国の大貴族、シュトロハイム公爵家の令嬢であるユウティーシア・フォン・シュトロハイム公爵令嬢。

 彼女の姿が脳裏に浮かぶだけで、手に持ったティーカップの震えが止まらない。
 もちろん、体中から冷や汗が浮かんできて歯もカタカタと音を立てる。

「スペンサー様! 大丈夫ですか?」

 すぐに大公である父が俺のために手配してくれた主治医が近寄ってくると俺の手に回復魔法をかけてくれるが、幻想である痛みが癒される事はない。
 それに、俺が勝手に行ったことで大国となったリースノット王国から不平等な条件が付きつけられたのだ。
 その事で、アルドーラ公国は経済的にも治安的にも悪化の一途を辿っている。
 一節によると貴族の6割がリースノット王国もしくはセイレーン連邦と手を結んだという話まで蔓延してる始末。

 すべて……すべて……。

「ユウティーシアと関わったばかりに400年歴史があるアルドーラ公国が消え去るのか……」
「スペンサー様、お戯れを……」
「ああ、すまない。俺の仕出かしたことで、自国が窮地に陥ってしまっているとな。この館に軟禁されてから、もはや数年だ。おれは恐らく、一生ここで……」

 そう、俺の人生はもう詰んでいるのだ。
 ユウティーシア公爵令嬢とかかわったばかりに。
 俺はテーブルの上においてある紅茶が入ったティーカップを震える手で持つと口に含む。
 柔らかな紅茶の味が俺の気持ちを癒して――。

「見つけたの! スペンサー王子見つけたの! ご主人様からの手紙を持ってきたの!」

 目の前に突如、2枚の羽根を持つ見たこともない生き物が現れた。
 その生き物は俺に一枚の手紙を投げつけてきた。
 手紙の裏が偶然にも目に入り、そこに書かれているユウティーシアという名前を見て俺は紅茶を吹きだした。

「な……な……なんだ? お前は! お前は一体何なんだ……?」
「お前? お前は僕の事でちか?」

 俺の前で得体のしれない背中から緑色をした生物? が首を傾げながらテーブルの上に乗せてある、茶葉が入ったティーポットに近づいていく。
 そして、手のひらの上に乗ってしまうほど小さな生物は自分の体の何十倍もの体積がある陶器のティーポットを両手で抱えると中に入っている紅茶を一気飲みしていく。

 どう見ても、どう考えても体に入る量ではない……自分自身の体積の何十倍ものある紅茶を一飲みしていく。

 そのあまりの異常な光景にアルドーラ公国第二王子である俺ですら、表現する言葉が見当たらないほどだ。

「ふうー。もう喉の渇きが何とか癒されたでち! あとは――」

 王子である俺を無視したまま、目の前の生物はお茶請けとして用意されたアルドーラ公国では、貴族がよく好んで食べる菓子を口に入れていく。
 そして一通り食べ終わったと思うと。

「あー……。手紙の返信をもらってくるように言われたでち! すぐよこすでち!」
「返信と言われてもな……お前は何者なんだ?」
「何者? 僕はブラウニーでち!」

 聞いた事がないな。
 ブラウニーという魔物を俺は知らないぞ?

「スペンサー様、あれは……魔法帝国ジールの魔法帝国図書館で見たことがあります。家々の維持を行う妖精と聞いた事があります」
「妖精? そんなのは聞いたことがないが……?」

 俺は目の前で両手を俺の方へ差し出してくる妖精を見ながら、主治医であるベルージュに問いかける。

「はい、私も魔法帝国ジールの魔法帝国図書館の本でしか見たことありませんでしたが……ですが、彼らが仕えるのは上位の精霊かそれに近い物のみと書かれていました……」

 俺は、ベルージュの言葉を聞きながら、体が震える。

「そうだな……あいつは、ユウティーシアはどちらかと言えば悪魔と言った方がしっくり気がするな」
「そうなのですか?」

 俺は、ベルージュの方を見た後に、足元に落ちた手紙を拾いながら手紙の裏に書かれた名前を確認する。
 そこには、ユウティーシアと書かれている。
 手紙の蝋には、貴族であるなら本来使うはずの家紋がない。

「ふむ……」

 手紙の裏を見たあとに、ブラウニーの方へ視線を向ける。
 ブラウニーは「早く手紙を!」と、飛び跳ねながら強請ってくるが、そう簡単に幽閉されている王子が手紙を返せる訳がない。

「どういたしますか?」

 ベルージュが俺に聞いてくるが、判断がつかない。
 そもそも、この手紙には不可解な点が多すぎる。
 リースノット王国の大貴族シュトロハイム公爵家だけではなく貴族が出すなら、蝋で手紙を封する際に蝋には家紋を使うはず。
 それが為されていないという事は、ユウティーシア・フォン・シュトロハイム公爵令嬢としての立場からではなく、ユウティーシア個人で手紙を出したという事になる。

 そうすると、アルドーラ公国としては、その手紙を正式に受理するかどうかと言えば否と言えよう。
 もう一つ問題は、海洋国家ルグニカのミトンという町に在籍してると言う点だ。

 俺が調べた限り、リースノット王国の経済・軍事の根幹を担っている情報はすべてユウティーシアが握っている。
 そのユウティーシアを、リースノット王国が国外に出すことを許すのか? 
 そんなことは絶対にありえないだろう。
 ならば……一体――。
 俺は、飛び跳ねて手紙の返信催促をせがむ妖精を見る。
 妖精……そんな物を使ってまで手紙を届けた理由。

「ベルージュ! 父上に至急、話がしたい。大至急、連絡をとってくれ!」
「ス、スペンラー様! それは!?」

 驚いた表情でベルージュが俺を見てくる。
 軟禁状態であり数年間、貴族達の前に現れなかった俺が、大公と話し合いの場を作るように命令をする。
 それは政治介入を意味する。
 第三者から見れば少なくとそうとられる。
 ただ、この手紙をそのままにしておくのはアルドーラ公国にとって非常にまずいというのが分かる。
 明らかにこの手紙は、正規のルートを通していない。
 そして、リースノット王国からではなく、海洋国家ルグニカのミトンの町からとなっている。
 嘘か真かは知らないが……。

「おい、この手紙の……お前のご主人様は海洋国家ルグニカのミトンの町にいるんだな?」
「……名前は良くわからないでち! でも東にいるでち!」

 東……海洋国家ルグニカのある方だ。
 南ならリースノット王国。
 間違いない。

「ベルージュ、済まないがフィンデル・ド・アルドーラ……我が父に大至急、話し合いをしたいと告げてくれ。どんな手段でもいい」
「どんな手段でもですか?」

 俺はベルージュの言葉にうなずく。
 この手紙は、間違いなくユウティーシア本人から送られて来たものだと俺には分かる。
 妖精という得体のしれない者を寄越したのもそうだ。
 あいつは非常識の塊だ。

 俺の言葉を聞いたベルージュはすぐに部屋を出ていく。
 開いた扉を見ながら俺は一人、考察に耽る。
 この手紙には余裕がないように思えてならない。
 もしかしたら……この手紙にはリースノット王国・セイレーン連邦に対抗する起死回生の一手が含まれているのではないかと。



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