公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

揺れ動く心

 カラカラと走る荷車の上で、お手製の手下げカバンや帽子が潰れないように横になりつつ仰向けになり荷車を引いているアレクの後ろ姿を見る。・
 エイリカ村を出て、すでに30分近くが経過しているけど、ミトンの町の姿は影も形も見えない。

「ねえ? アレク。ミトンの町はどのくらいで到着するの?」
「そうだな。5時間くらいだな」
「――そ、そうなの……」

 思ったよりすごい時間がかかる。
 おトイレとかどうしよう……。
 それと往復で10時間掛るってことは、お買いものをして戻ってきたら深夜を過ぎてしまうんじゃ?

「ねえ? もしかして夜も歩くの?」
「いや、歩かない。ミトンの町で一泊して明日、帰る」

 良かった……。
 これで夜も歩くという事をしなくてもよさそう。
 私は、しばらく荷車の上で呆けていると道が悪くなってきたのか体を突きあげるような衝撃が増えてくる。

「アレク、まって! すとっぷ!」
「――ん?」

 アレクは私の言葉を聞いた後に足を止めてくれた。
 そして私の方へ振り向くと。

「どうかしたのか?」と、聞いてきた。
 私は、荷車から下りて地面の上に立つ。
 まだ、体感では3時間くらい時間がかかりそうだけど、荷車に乗り続けていたら酔ってしまいそう。

「アレクばかりに負担を掛けさせられないから歩こうと思って!」

 嘘も方便。
 でも私の言葉を聞いたアレクは嬉しそうな表情を見せてくる。
 そして私の頭を撫でてきた。

「もう! 子供扱いしないでよね!」
「悪いな」

 私だって立派な女性。
 子供だって産めるし、そういう扱いをされるとこそばゆい。
 それに、男性にそういう扱いをされるのは何か嫌!

「もう、知らない!」

 私は、子供扱いされた事に何だかイラッとしてしまい、八つ当たりしてしまった。
 本当はそんな風には言いたくないのに。

 仕方無く私は、アレクから少し距離を置いて歩く事にする。
 だって、アレクと喧嘩はしたくないから少し心を落ち着かせる時間が必要。

「ティア、そんなに離れて歩いていると何かあったら困るぞ?」
「大丈夫だもん!」

 私は断固として、アレクには近づかない方針を貫くことにする。
 足手まといにならないし! 子供じゃなし!
 あと3時間くらいでミトンの町に到着すると思うし。

 …………

 ……

 ――2時間が経過した。
 あと、町まで1時間くらい? 体感だけど……。
 慣れない長時間の徒歩で足の裏が痛い。
 汗も出てきているし、もうへとへと。

「大丈夫か?」
「……」

 荷車を引いているのにアレクはとても元気そう。
 私とか返事する力も、もう残ってないのに……。
 目の前が一瞬掠れたところで、私はその場で転んでしまう。

「ティア! ティア! ティア!」

 何度も私を呼ぶ声が聞こえてくる。
 そして冷たい水が喉を潤す。
 私はゆっくりと目を開けていくと、目の前にはアップされたアレクの顔があった。
 意識がはっきりとしてきた所で、ようやく私は自分の置かれた状況を理解する。
 たぶん、私は熱中症か何かで倒れたのかもしれない。
 そこで私はふと首を傾げる。
 自然と熱中症という単語が頭の中に浮かんできたけど、どういう意味かは分からない。
 でも、アレクは意識を失った私に口移しで水を飲ませてくれたんだと思う。

「アレク、ありがとう」
「お、おう」

 アレクが、驚いた表情で私を見てくるけど、どうかしたのかな?
 それにしても――私は自分の唇と右手人差し指でなぞっていく。

 また、キスされちゃた。
 でも前みたく嫌な感じはしない。
 どっちかと言えば……。
 私は頭をぶんぶんと振る。
 もう、私は何を今考えていたの? もっとしてほしいとか思うなんて! そんなのは駄目でしょうに。
 私は、抱きあげられたままだったこともあり。

「アレク、もう大丈夫だから」
「分かった。無理はするなよ?」

 アレクが心配した顔で私を見てくるけど、私だって人に迷惑をかけたままじゃ終わらないから! 
 地面に右足を下ろした後、もう片方の足を下ろそうとしたところで左足から鈍い痛みを感じる。

「痛っ!?」

 私は左足を庇った形で辛うじて立っていたけど、よろけてしまう。
 そして転ぶところでアレクの逞しい右腕が背中から私を支えてくれた。

「あっ……」

 私はそれだけ言うと顔を真っ赤に染める。
 虚栄を張ったのに、私は自分自身すら守れていない。
 やっぱり一人で暮らしていくのはきついのかな……。

「ティアは、ミトンの町まで荷車に乗って休んでいてくれ」 
「……はい」

 私はアレクの言葉に素直に頷く。
 やっぱり本格的に初級魔法しか使えなくても魔法は使えるようになっておいた方がいいかもしれないです。
 そして1時間後、ようやく町の輪郭が見えてきた。



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