公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

記憶喪失

 ――潮の香りが鼻腔をくすぐる。
 私は、ゆっくりと瞼をあけていく。
 水が押し寄せる音が私の鼓膜を振るわせる。
 一体……何が……。
 喉がカラカラで声が出ない。
 体を動かそうにも力が入らず着ている衣類が水を吸っているようで体温を奪い続けている。
 そんな時、子供達の声が聞こえてきた。

「兄貴! こっちだよ! こっち!」
「どこだ?」

 子供に連れられて海岸沿いに面した森の中から現れたのは20歳にも満たない青年。
 その青年は手を子供に引っ張られながら森の中から姿を現した。
 私は、男性を見てそこで――意識を失った。



 私がエイリカという村に流れ着いてからすでに一週間が経過していた。
 海岸線で倒れていた私を村の子供達が偶然見つけてくれたらしい。
 貝拾いをしに来たと言っていたから、こなかったらもしかしたら私は死んでいたかも知れないとエイリカ村の村長さんに言われた。
 嵐の夜の翌日に私は、海岸の浜で倒れていたらしいから私が乗った船が沈没でもしたのではないのか? と村長さんは言っていた。

 私は、村長さんの話を聞きながら「そうですか……」としか答えることは出来なかった。
 なにせ、私には嵐の前の記憶が一切無いから。

「ティアちゃん! そろそろアレクが戻ってくるからご飯の用意をしましょう」
「はい!」

 私は、アレクさんのお母さんのエイダさんの声に返事をしながら木綿のワンピースの上からエプロンをつけると台所に立ち料理を手伝い始めた。
 記憶が無くても料理が出来るのは体が覚えているから?
 もしかしたら、私は料理人だったのかもしれないのかな?
 新しい料理法を探して海洋国家向きの船に乗ったとか?
 うーん。
 夢がありそうです。
 それと私の名前と出身地だけは分かった。
 身分証が洋服のポケットに入っていたから。
 私の名前はティア・フラットで騎士爵の末女と言う事だから、ほとんど平民と変わらない扱いみたい。
 それと、出身地はリースノット王国。
 エイリカの村の人達が、衛星都市スメラギに税を納めにいった時によく噂をされている国らしい。
 何でもとんでない絶世の美人で才女が将来王妃になるとか国中から期待されているとか、国の運営に幼い頃から関わっていたとか……そんな在りえない空想のお伽噺みたいなのが噂されているらしい。

 私にはあまりに別世界すぎて縁の無い話だから関係ないけど。
 アレクが獲ってきた魚の鱗を包丁で削ぎ落してから、内臓を取り出し井戸から汲んできた水で洗う。
 そして3枚に下ろしてから皮を剥ぎ一口の大きさに切って木製のお皿の上に飾りつけていく。
 次に頭部分を水の中に入れたあと薪の火で水を沸騰させながら出汁を取っていく。

「いつ見ても、動きに淀みが無いわね。どう? うちの息子の所に嫁がない?」
「えっと……私なんかにはもったいないですよ」

 私はエイダさんの言葉を聞きながらもアレクの事を思い出す。
 海岸で私を拾ったアレクは実家に連れ帰り3日間寝ずに看病してくれたらしい。
 不審人物であり、他人をそこまでして看病できるのは素直にすごいと思うし尊敬できる。
 だからこそ、私みたいに得体の知れない人間を家族として受け入れるのは良くないと思うし、出来れば早めに村から出ていきたいとは思っている。
 でも、先立つ物がないためしばらくは、エイリカ村で逗留してお金を稼ぐ必要があり、内緒を最近始めた。
 私は料理が出来たあと、アレクが戻るまで細い枝や蔓などを使い手下げ袋と帽子を作り始める。
 魔法が使えればお金はすぐ溜まるらしいけど、エイリカ村の教会に置かれていた魔力判定機では、私の魔力はまったく無いと判断されてしまったので、こうしてチマチマと物を作って一週間後にスメラギにアレクが税を納めにいくというので一緒に着いて行ってお金にするしか方法がない。

「ティア! 今戻ったぞ!」

 アレクは家に入ってくるなり私に近づいてくる。
 そして私の手を握り締めようとしてくるけど――。
 私は思わず、体を強張らせてしまう。

「す、すまない……」
「ううん。私のほうこそ……ごめんね」

 私は、アレクの謝罪を聞きながらも、男性に近寄られると何故かしらないけどどうしても体が強張ってしまう事に戸惑いを覚えてしまう。
 アレクのお母さんでありエイダさんに、もしかしたら私は過去に男性に酷い暴力を受けたかも知れないと言われた。
 そう言われてしまうと、そんな気がしないでもなかったようなー。
 とか思ったり思わなかったりするわけで。

「はいはい、ティアちゃん。アレクが戻ってきたからご飯にしましょう」
「はい、用意しますね!」

 私は、台所にいき木の器にお吸い物を注いでから、木のお皿に盛りつけたお刺身と魚から作ったお醤油を用意する。
 そして居間のテーブルに並べていく。
 最後に、畑で取れたサラダを乗せた所でアレクが畑仕事で汚れた服を着替えて戻ってきた。

「今日も見た事のない料理だな!」
「そうよ、ティアちゃんは色々な料理を知っているみたいよ? 貴方もそろそろいい年なんだから結婚しないとダメよ?」
「分かっているよ!」

 私は、アレクとエイダさんの会話を聞きながらこういう雰囲気もいいなと感じていた。
 でもそれと同時にどこか疎外感もあった。
 それが何なのか良く分からないけど……。

「それでは、いただきます」

 私は、いつものように食事を始める作法を一人呟いた。





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