迷探偵シャーロットの難事件

夙多史

CASE-END エピローグ

 門田木市立総合病院。
 何気に結構な重体だったらしい偵秀は、救急車で搬送されて即手術となった。貫通していなかった銃弾を摘出したり、折れたり罅の入った骨を治療したりと病院はてんやわんやだったようだ。

 意識を取り戻したのは、それから三日後のことだ。
 我ながらよく生きていたと感動した。
 母親にはこってりと絞られた。海外出張している父親も急いで戻って来ているようなので、やはり同じように無茶したことを怒られるのだろう。
 今日は美玲と水戸部刑事が見舞いに来てくれた。

「馬鹿だよ偵秀は。ホント馬鹿。こっそり警察に連絡しとけばよかったじゃん」

 怪我人の頭に容赦なくチョップを下す美玲。

「それはちょっと後悔してる」

 葛本とシャーロットの居場所が判明した時に通報しておけば、偵秀がこれほどの大怪我を負わなくて済んだのかもしれない。
 ただ、あの時は制限時間を指定されて焦っていた。意外と頭の回る葛本だ。それが狙いだったのかもしれない。

「葛本容疑者は無事に逮捕されたであります。誘拐だけでなく、今回のことで殺人未遂も罪状に追加されたでありますね」

 となれば、かなり長い間の刑務所暮らしになるだろう。釈放されたらまた偵秀を狙って来そうなので、できれば無期懲役にしてもらいたいところではある。

「シュウくんほどではありませんが、葛本容疑者もだいぶコテンパンにされていたであります。門田木署の上層部ではそういう武力的な面でシャーロット氏にも注目しているそうでありますよ」
「本ッ当に頼りになるよな、門田木署」
「ま、まあ、そうでもありますな」
「照れんな! 皮肉だ!」
「あはは、シャロちゃんってばどんどん名探偵から遠ざかってるにゃー」

 本当にこのまま武闘家として大成しそうである。なにせ訓練された警察官でも敵わない元プロボクサーを一方的に叩き潰したのだ。

「そうだ。そのシャーロットは今どうしてるんだ? 課題はクリアできたのか?」
「ああ、そのことでありますが――」

 水戸部刑事がなにか伝えようとしたその時だった。

「ホワット!? す、すすすすみませんお部屋間違えました!? あれ? あれれ? おかしいですね。テーシュウの病室はどこですか?」

 病室の外からポンコツ臭のするやかましい声が響いてきた。院内で騒ぐものだから看護師に注意されている。丁度、偵秀の病室の真ん前だった。

「悪い、美玲。俺はこの通り動けないから呼んできてくれ」
「はいよー、任された」

 美玲は冗談ぽく敬礼すると、すたたたたっと病室のドアへと駆けて行った。ここが個室でなければそれも充分な迷惑行為である。
 美玲に連れられてやってきたシャーロットは、偵秀の顔を見るなりぱぁあああああっと花咲くような笑顔になった。

「テーシュウ! 目が覚めたんですね! よかったです! ううぅ、もうずっと目覚めないんじゃないかと心配してたんですよ!」

 久々に飼い主に会った仔犬のごとく偵秀に飛びかかりそうになったシャーロットを、三戸部刑事が間一髪で捕まえてくれた。
 美玲が口の前で人差し指を立てる。

「シャロちゃん、しー」
「ハッ! そうでした。病院では静かに、でした」

 ついさっき注意されたばかりなのにもう忘れていたようである。

「静かに……静かに……」

 シャーロットはそう呟きながらそーっと偵秀のベッドに近づくと、バッグから和風な包み紙が施された箱を取り出した。

「はい、テーシュウ。これ、お見舞いのヨウカンです」
「ああ、そこは果物とかじゃないんだな」

 偵秀的には果物より羊羹の方が好きなので全然オーケーである。ちなみにそこの二人は情報以外なにも持って来てくれなかった。今思い出したように明後日の方向を向いている。初めてシャーロットが常識的に見えた瞬間だった。

「梅子さんがおススメの和菓子屋さんを教えてくれたんです。そこのヨウカンが超難事件級に美味しくて、甘々で口の中で蕩けてほっぺが落ちちゃうかと思いました。ヨウカンが……おいしくて…………じゅるり」
「あとで一緒に食べような」

 前言撤回。自分が差し入れた食べ物を物欲しそうに見詰めてヨダレまで垂らす姿のどこに常識があるというのか。
 それはそれとして――

「その様子だと、課題はクリアできたみたいだな」

 シャーロットは『梅子さん』と口にした。あれから和菓子屋を教えてもらえるほど何度も土井さんと連絡を取っていたのだろう。

「あ、はい! おかげさまでイギリスに帰らなくてよくなりました!」
「誰だったんだ?」
 問うと、シャーロットではなく水戸部刑事が控え目に手を挙げた。
「その、自分の祖母であります。父方の」
「あっ」

 偵秀は思わず変な声を漏らした。ハンカチのことを知っていて、水戸部刑事が見て気づくほど近いデザインを持っていた時点で疑うべきだった。水戸部刑事の祖母の名前は水戸部綾子――『AYAKO』『MITOBE』で『A.M』のイニシャルにも合致する。

「十年前、日本に来たシャーロット氏の父上と自分の祖母がなにかの事件に巻き込まれたことで知り合ったそうであります」
「……気づくべきだった。なにやってたんだ、俺」
「まあまあ、普通わかんないって」

 偵秀や美玲のこともあって『身近にはいない』という思い込みも働いていた。不覚である。葛本の件が吹き飛ぶくらい偵秀にはこちらの方がショックだった。
 悔しいが、結果的にクリアはしたのだからよしとするべきだろう。

「じゃあ、今は水戸部の実家にホームステイしてるのか?」
「イエス! でも朝ごはんはテーシュウの家で食べています!」
「なんでだよ!?」

 そこはホームステイ先で食べればいいのに……これからもしばらく騒がしい朝が続くと考えるだけで頭が痛い。

「あっ、そういえばパパはテーシュウのこと知ってたみたいです」
「だろうな」
「おや? 驚かないね。いつから気づいてたの?」
「綾子婆ちゃんが例の知り合いだったって知った時。まあ、今だな」

 偵秀は短く息を吐く。まったくシャーロットの父親はとんだ食わせ者だ。こんなポンコツの娘がいるとは到底思えない。

「知り合いが綾子婆ちゃんなら、この課題はシャーロットが水戸部の身内――つまり俺や芳姉と知り合わなければまずクリアできない仕様になるだろ」
「むむむ、言われてみれば……難事件です」
「シャーロット氏がシュウくんのクラスに留学したのは偶然じゃなかった、ということでありますね」

 一体どこまで推測していたのかわからないが、少なくとも課題のクリアまでは視野の範囲内だったと思われる。

「あとパパがテーシュウにお礼を言っていました。『娘を救ってくれてありがとう。今後とも娘をよろしく頼む』だそうです」
「え? なにそれ。俺が探偵としてこのポンコツを鍛えろってこと?」
「ポンコツって言わないでください!?」
「うわーお、それは勉強教えるより難しそうだにゃー」
「失礼ですねミレイさん!?」
「大丈夫であります、シャーロット氏。自分もシュウくんにポンコツ呼ばわりされていましたが、無事に夢が叶って刑事になっているであります」
「それが人類史上最大の謎なんだよな」
「酷いであります!?」

 偵秀の冗談に全員が軽く笑った。もっとも半分ほど冗談ではなかったのだが……。

「テーシュウ」

 すると、シャーロットがベッドに体を預けて偵秀の顔を覗き込んできた。

「そういうわけですので、これからもよろしくお願いしますね♪」

 にぱっ、と。
 無邪気な笑顔を浮かべる。そんな楽しそうな笑顔を向けられると拒否などとてもじゃないができやしない。

 静かな日常は諦め、もう少しこの迷探偵に付き合うのも悪くないと思い始めた偵秀だった。

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