迷探偵シャーロットの難事件

夙多史

CASE4-2 胸糞悪いゲーム

 無論、友人の家になど行くつもりはない。
 手紙で指示された〝太陽の製粉所〟という場所。偵秀の推理が正しければ、そこに犯人はいるかもしれないが、シャーロットの監禁場所にはなり得ない。

 なぜならそこは、営業中のパン屋だからだ。

 太陽は『サン』で製粉は『ミルズ』――つまり、東区にある人気ベーカリーショップ『サンミルズ』を示している。パン屋の名前でよく使われる『サン』は太陽ではなくキリスト教圏で『聖』という意味になるのだが、誘拐犯がそのことを知らなければ勘違いしてもおかしくはない。
 もしくは、知っていてわざとそうしたのか。

 自転車を飛ばして東区へと急ぎ、息も切れ切れに件のベーカリーショップに辿り着く。

「おい!! 来たぞ!! どこにいる!?」

 周囲を見回すが、雨のせいか通行人すら一人もいない。何台かの車が道路を行き来しただけだった。
 意味もなくこんなところに誘い出したとは思えない。誘拐犯本人がいないのであれば、なにか次の指示的な物がどこかに隠されているはずだ。

「……あれか?」

 目についたのは公衆電話だ。別に鳴っているわけではないが、この雨の中でなにかを残すならボックスの中だろうと考えた。携帯電話が普及している今、公衆電話を使う人もほとんどいない。物を隠すには丁度いい。

「あった」

 自宅のポストに放り込まれていた物と同じ封筒が電話帳に挟まっていた。

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 中身の手紙は文章ですらなかった。

「黒い四角と白い四角……中央の長方形はなんだ?」

 暗号に見えるが、モールス信号のようなものではない。偵秀は手紙を横にしたり裏返したり、少し距離を取って観察する。

「待てよ、そういえばこの形は……そうか、全体を一つで見ればいいのか」

 難しく考えすぎていた。四角を四角として扱わず、全てを繋げて一つの記号として考えれば答えは単純だ。

「地図記号――駅だな」

 とはいえ、門田木市の駅は一つではない。大小含めて七つも存在している。問題はこの地図記号がどこを示しているかだが……。

「わざわざ黒白を正方形で分けているのは、複線を表しているのか? 中央の長方形は黒白の四角が十個分だから……門田木駅か」

 駅の地図記号は実際の大きさを参考にして作られる。複線でそれだけ広い駅となると北区の門田木駅の他には存在しない。

「あーくそっ! 戻れっていうのかよ!」

 偵秀の自宅からだと明らかに門田木駅の方が近かった。なんのために『サンミルズ』まで来たのかさっぱりわからない。
 誘拐犯の狙いは偵秀を疲労させることなのだろうか?

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 再び十数分かけて北区へと戻り、問題の駅へと到着する。
 流石に市で最も大きな駅だ。いくら雨が降っていても人が常に往来している。こんな場所に誘拐犯が待っているとは思えない。
 駅に設置されている公衆電話を全て確認してみたが、それらしいものはどこにも隠されていなかった。

「公衆電話じゃないとすれば、今度はどこだ?」

 雨でびしょ濡れになった服が体に貼りついて気持ちが悪い。周りからも奇異の目で見られるし、早いとこ終わらせてほしいものである。

「……どこだ? どこにある?」

 まさか答えが間違っていたのか? 偵秀が深読みしただけで、本当は『サンミルズ』から近い東区の駅だった可能性もある。もしくは、駅の地図記号ですらなかったのか。
 もう一度手紙を確認しようとした時――ズボンのポケットに入れていたスマートフォンが振動していることに気づいた。防水仕様だから雨に濡れても正常に働いてくれる。
 鳩山美玲からだった。

『あ、もしもし偵秀? 朝からずっとシャロちゃんに電話かけてるんだけど全然繋がらないの。なんか知ってる?』

 美玲も異変に気づきかけている。シャーロットが誘拐されたことまでは知らないようだが、事情が事情だ。教えたくても教えるわけにはいかない。

「さあ? 携帯のバッテリーが切れたまま気づかず寝てるんじゃないか?」
『もういい時間だけど……』

 言われ、駅の時計を見ると十時を回っていた。家を出てから一時間半ほど経過している。探し物に夢中で時間感覚がなくなっていた。

『ていうか偵秀もどこにいんのさ? 周りがやがやしてるけど』
「どこだっていいだろ。買い物だよ買い物」

 ぶっきら棒にそう告げるが、美玲はどうも信じていない雰囲気だった。

『駅かな? それっぽいアナウンスが聞こえる。ウチも行くからいつもの噴水のとこで待ってて』
「噴水……そうか! なんで考えなかった! 一番わかりやすいシンボルじゃねえか!」
『え? なにが?』

 門田木市民の駅での待ち合わせ場所は噴水が定番だ。暗黙の了解。書かずともわかる場所。もはやそこになければお手上げだ。

「美玲、助かった」
『お、おうとも。なんなのかよくわかんないけど』

 偵秀は通話を切ろうとし――ふと思い留まった。誘拐されたのはシャーロットだが、美玲に危険が及ばないとは限らない。
 周囲を警戒する。行き交う人々全てが怪しく見えてきたが、これだけは言っておく必要がある。

「いいか美玲、今日はできるだけ家にいろ。外には出るなよ」
『はい? 偵秀それどういう意――』

 今度こそ通話を切ってスマートフォンをポケットに仕舞った。何度かかけ直して来たようだが、偵秀は全て無視した。
 と――

「なんか噴水に封筒っぽいの落ちてたね」
「防水ケースに入れられてたけど、なんだったんだろうな?」

 擦れ違ったカップルの会話を、偵秀は聞き逃さなかった。やはり次の指示は噴水にある。誘拐犯は門田木市に詳しい。ご丁寧に防水ケースまで用意していたとなると、咄嗟の思いつきではないだろう。なかなかに計画的だ。

 急いで噴水に向かう。
 丁度駅の清掃員が噴水の中に落ちていた防水ケースを拾ったところだった。危ない。間一髪だ。
 事情は話せないので適当に誤魔化して防水ケースを受け取った。
 それから雨に濡れない場所まで移動し、中の封筒を開いて手紙を確認する。

【大+㊥+小=8000】

 いい加減にしてほしかった。
 これほど楽しくない謎解きはない。疲労とストレスで偵秀は思わず手紙を叩きつけるところだった。

「ああ、でもこれは簡単だ」

 見ただけで謎が解けたおかげで少し冷静さを取り戻す。次の指定場所は駅からも割と近い。焦って向かうより、少し休憩した方がよさそうだ。
 コンビニでビニール傘と温かいコーヒーを買う。

「服も替えとくか」

 濡れたままの服ではこの先動きづらいので、近くにあった総合ディスカウントショップで安物を購入して着替えた。
 これ以上我武者羅に走り回るのは誘拐犯の思う壺だ。

「たぶんこれ、ただ楽しんでるだけだな」

 偵秀をあちこち駆け回らせることに意味があるとすれば、その間に自宅や知り合いを襲撃することだ。だが美玲は無事なようだし、母親にもSNSでメッセージを飛ばしてしてみたがすぐに返信があった。
 警察には知らせていないので、その尾行の可能性を撒く意味もない。
 なんの武術の訓練も受けていない偵秀を物理的に痛めつけるのに、疲労なんてさせる必要もない。

 ただのゲームだ。
 ただの、胸糞悪いゲームだ。

「行くか」

 次が最後となることを期待して、偵秀は指定場所へと急いだ。

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