迷探偵シャーロットの難事件

夙多史

CASE2-6 事件解決?

 被害者と容疑者の全員が控室に集うまで一分もかからなかった。

「犯人がわかっただと?」
「こんなあっさり……嘘でしょ? 警察でも難しそうだったのよ?」
「わ、私は違いますよ! 違いますからね!」

 容疑者の三人は過剰にビクついている。杜家偵秀に自分が犯人だと指名されては、たとえ無実だったとしても一度は逮捕されることになると悟っているからだ。当然、偵秀は無実の人間を犯人呼ばわりすることはないが――

「どいつが犯人なんだい! とっちめてやるからさっさと犯人を教えな! やれ教えな! ほら教えな!」
「とっちめちゃダメであります!?」

 興奮して今にも襲いかかりそうな土井さんの前で、果たして犯人を晒してもいいのだろうか? 今は水戸部刑事が必死に抑えてくれているが、もうその人はいっそ檻にでも入れてほしい偵秀だった。
 ただ、ここは推理の場。無理にでも冷静さを装って言葉を紡ぐ。

「落ち着いてください。土井さんのバッグを引っ手繰ろうとした犯人は、やはりあなた方三人の中の一人で間違いありません」
「待って。バッグから犯人の指紋は出なかったって聞いたわよ。手袋的ななにかを持っていた人が犯人なんじゃないの?」

 口を挟んできたのは時田佳織だった。

「手袋は誰も持っていませんでしたが、手袋の代わりになる物なんていくらでもありますよ」
「代わりになる物……?」

 中野逸美が眉を寄せた。そう、と頷いて偵秀は続ける。

「手袋の代わりになり、誰が持っていても不自然ではないもの。そう、例えば――」

「ハンカチですね!」

 馬鹿みたいに明るい声が偵秀の言葉を遮った。
 自信満々のドヤ顔を浮かべたシャーロット・ホームズである。

「ハンカチを手にあてて物に触れば指紋はつきません。つまり犯人はハンカチを持っていた中野さん、あなたです!」
「ひえっ!? ちちちち違いますよぉ!?」
「ふふふ、言い逃れはできませんよ。決定的な証拠です」
「なわけあるか!?」

 ゴッ!
 偵秀の振り下ろした手刀がシャーロットの脳天に直撃した。

「痛いです、テーシュウ」

 涙目で頭を押さえて振り向くシャーロットに偵秀は怒鳴る。

「ハンカチなら時田さんも持ってるから! てかハンカチを手に被せただけじゃ引っ手繰りなんて強行な窃盗を行えるわけないだろうが!」
「ち、違います。わたしが言いたかったのはアレです! えっと、ハンカチで指紋を拭いたんです!」
「追いかけてきた土井さんに驚いてバッグを落とすような犯人にそんな余裕はねえよ!」

 ある意味予想通りのポンコツ推理の炸裂に頭がズキズキと痛み始める偵秀だった。どうしてそんななにも考えていないような推理を堂々と口にできるのか偵秀にはわからない。

「ぐぬぬ……あ、わかりました! 今度こそわかりました!」

 論破されたシャーロットは数秒ほど唸っていたが、やがてなにかに気がついたように楠大輝を見た。

「楠さん」
「な、なんだ?」
「男性なのにそんなに髪が長いなんておかしいです! それはウィッグですね! ウィッグを手に巻きつけて手袋代わりにしたら指紋は残りません!」
「はぁ!? ふざけんな誰がカツラだ!?」
「取ってみればわかります!」
「痛でででででででででやめろこのクソガキ!?」
「取れない……ボンドでくっつけてますね!」
「なわけあるか!?」

 ゴッ!
 テーシュウチョップ・リターンズ。

「だから痛いです、テーシュウ」

 やはり涙目で振り返るシャーロット。偵秀は帰りに頭痛薬でも買おうかと真剣に悩みながらシャーロットの間違いを訂正する。

「犯人は髪が長いって土井さん言ってただろ! 仮にお前のポンコツな推理通りだとすれば犯人の髪は短くなるだろうが! だいたいそんなもん使ったら指紋よりいろいろ残るぞ!」
「なのになにも残っていない……つまり、難事件?」
「お前もう黙れ!? ちょっとこいつ下がらせてくれない!?」

 偵秀はぶーぶー文句を言うシャーロットを警官に頼んで強制的に下がらせた。これ以上引っ掻き回されては頭以上に胃が痛くなりそうだった。
 すーはーと深呼吸して冷静さを取り戻す。

「犯人はビニール袋に手を入れてゴムで固定してたんだ。そうでしょう――時田さん?」
「――ッ!?」

 犯人として名を呼ばれた時田佳織が驚愕に目を見開いた。その瞬間、獣のように吼えた土井さんが暴れ狂いそうだったが、そこはどうにか水戸部刑事と警官数人で抑えてくれた。寧ろそれだけの人数でかからないと抑え切れなかった。

「な、なんでそうなるのよ!? たまたま手袋代わりになる物を持ってたからって犯人にされちゃ堪らないわ!?」

 当然のように時田佳織は否定する。認めないなら追い詰めるしかない。偵秀は鑑識官に指示を出す。

「ビニール袋の内側の指紋を調べてください。物を掴んだような跡が残っているはずです」
「の、残ってるわよ。指紋をつけたくない大事な物を触る時とかによくやってるから」
「なら、靴の裏を見せてください」
「靴の裏?」

 意味がわからず問い返してくる時田佳織。鑑識官に言われて右側のローヒールから脱いでいく様子を、偵秀は確信を持って眺めながら推理を続ける。

「土井さんの眼鏡は思いっ切りへしゃげていました。誰かに踏まれたのでしょう。転んだ拍子に眼鏡が外れ、それを犯人が踏んだのだとすれば――」

 ローヒールが裏返る。

「あなたの靴の裏に、レンズの破片が刺さっているのではないですか?」

 そこには推理通り、眼鏡のレンズと思われる極小の透明な破片が突き刺さっていた。

「――ッ!?」

 時田佳織が絶句する。その反応がもう犯人の証拠である。

「よ、よく気づいたでありますね」
「時田さんが歩くとなにかが擦れる小さな音がしていました。かなり集中していないと気づかないほどの」

 踏まれた眼鏡がなければ、それがレンズの破片だと思いつきはしなかっただろう。

「そ、そう! 思い出したわ! ここに来る前に割れたガラスを踏んじゃったのよ!」
「それはどこでですか?」
「えーと、どこだったかしらねー……」

 なんとも白々しい態度である。思い出したのではなかったのか。

「そもそも土井さんの眼鏡はプラスチックレンズです。ガラスではないですし、眼鏡用かどうかも調べたらわかります」

 その言葉がトドメとなった。

「……お金がなかったのよ」

 ガクッと崩れ落ちた時田佳織は、死にかけの魚みたいに口をパクパクさせて犯行を認めた。

「そうよお金よ! 行きつけのホストクラブでケイくんにプレゼントを買わなきゃいけないのに! 本気で狙ってるのにこのままじゃ他の娘に取られちゃうじゃない!」

 理由が最低だった。
 と、土井さんを抑えていた警官たちから悲鳴が上がった。

「そんなことのためにあたしのバッグを引っ手繰ったのかい!」

 水戸部刑事を含めた数人の警官たちを薙ぎ払い、八十三歳のパワフルお婆さんがついに判明した犯人へと迫る。

「男が欲しけりゃ物で釣るんじゃないよ! 実力で誘惑するんだね! あたしが逆ナンのやり方を教えてやるからさっさと表に出な! やれ出な! ほら出な!」
「ええッ!?」

 土井さんは時田佳織の腕を強引に引っ張って控室から出て行った。

「ちょっと土井さん!? その人一応窃盗未遂犯でありますよ!? だ、誰か付き添ってあげてください!?」

 水戸部刑事の指示で警官が三人ほど土井さんと時田佳織を追いかけていった。
 すると室内はまるで嵐が過ぎ去ったかのような静寂に包まれる。さっきまで吼えていた人がいなくなったからだ。代わりに外から男性の悲鳴が轟いたが、偵秀はもう聞こえないことにした。

「ううぅ、またテーシュウに負けてしまいました……」
「悔しがるのはもうちょっといい勝負してからにしろよ」

 がくりと項垂れるシャーロット。項垂れたいのは偵秀も同じである。異常に疲れた。下手すると昨日の喧嘩より疲労感が半端ない。

 だが、まだ終わりではない。
 明かさねばならないことが残っている。

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