迷探偵シャーロットの難事件

夙多史

CASE2-4 引っ手繰りの容疑者

 まだ開店前らしく、喫茶店内はがらんとしていた。被害者と容疑者三人だけが奥の目立たないテーブル席に集められている。

「おい刑事さん、いつまで待たせ――って、お前は杜家偵秀!?」
「はぁ!? 引っ手繰りくらいでなんで探偵が出てくるのよ!?」
「わ、私は引っ手繰り犯じゃないですよ!? ホントですよ!?」

 容疑者は黒の革ジャンを着た長髪の青年、紺のスーツ姿をしたOL風の女性、中学生と思しき学生服の少女の三人である。偵秀を見ただけであからさまに動揺しているところは三人とも怪しい。

「こちらが被害者の土井梅子さんであります」
「あんたが噂の探偵だね? ならさっさと犯人を教えな! やれ教えな! ほら教えな!」

 被害者は気の強そうなお婆さんだった。怒鳴り声には精力が満ち溢れており、腰が曲がっているものの、寧ろそれは猛獣が飛びかかる一歩手前のような気がしてならない。これなら引っ手繰り犯を追いかけて捕まえたことも納得できそうだった。
 と、シャーロットが感嘆の溜息を漏らした。

「ふわぁ、テーシュウって有名なんですね」
「ローカルだとそれなりにな」

 全国だと事件を誰がどう解決したかなんてまず報道されない。偵秀の存在もひっくるめて『警察』という括りだ。だから正直に言うと、偵秀はシャーロットの目標は本人の実力を差し引いても不可能に近いと考えている。
 だが当人はそんな現実など全く見えていないようで、とたたたた、と被害者たちに駆け寄っていった。

「わたしは? わたしのことはご存じないですか?」

 期待に瞳をキラッキラさせて自分で自分を指差す金髪外人美少女に、被害者たちは怪訝そうに眉を顰めた。

「なんだこの外人のガキは?」
「わたしはシャーロット・ホ――」
「杜家偵秀の助手かしら?」
「いえ、助手は寧ろテーシュウの方でし――」
「どうでもいいので私が犯人じゃないことを証明してください!」
「どうでもいい!?」
「ここは子供が来るとこじゃないよ! さっさと帰んな! やれ帰んな! ほら帰んな!」
「はうぅ……」

 容赦なく打ちのめされたシャーロットは目に見えて落胆していた。肩を落とし、とぼとぼと戻ってくるその姿はなんとも憐れだが、偵秀からもツッコミを入れておく。

「いや、お前のこと知ってる奴がいたら驚きなんてもんじゃないからな?」

 いるとすれば例の『知り合い』くらいだろう。
 落ち込んだおかげでシャーロットが静かになったので、交代で偵秀が四人の前に立つ。

「ではまずお三方のお名前とご職業、土井さんに捕まった時になにをしていたのかお話し願えますか?」

 杜家偵秀には多少のネームバリューがあるためか、容疑者の三人は顔を見合わせてから順番に口を開いた。

「俺は楠大輝くすのきだいき。今はフリーターで、ミュージックスタジオでバイトしてる。深夜のバイトが終わって家に帰ってる時にそこの婆さんに捕まったんだ」
時田佳織ときたかおりよ。駅前の携帯ショップでOLをしているわ。会社に向かってたのに、もう完全に遅刻じゃないの」
「私は中野逸美なかのいつみです。わ、私も学校に遅刻しそうで走ってたところでした」

 この時点で不自然な点はない。事件についての疑問点をここから詰めていく。

「ありがとうございます。まず確認なのですが、引っ手繰られた土井さんのバッグはこの中の誰かが持っていた、というわけではないのですね?」
「ふん、バッグならすぐ取り返したよ! あたしが追いかけたから犯人がビビッて落としちまったのさ!」

 土井さんが鼻息を鳴らした。そうなると窃盗未遂。最も確実な証拠が犯人の手にないとなると、多少面倒になってくる。もっとも、そんな証拠をぶら下げたままなら偵秀は呼ばれなかったはずだ。

「土井さんは犯人を見ているのでしょう? なぜこの三人を捕まえたのですか?」
「あたしだってちゃんと見えてりゃ犯人だけ捕まえてたよ! こけた時に眼鏡をなくさなけりゃね! 髪が長くて黒っぽい服だったことしか覚えてないよ!」
「それでこの三人を?」

 楠大輝が黒の革ジャン。時田佳織が紺のスーツ。中野逸見が黒の学生服。三人とも髪を長く伸ばしているため特徴は一致する。

「そうさね! 交差点の角を曲がったところまでは見えたんだよ! 追いかけたらその三人が同じ方向に走ってたからとっ捕まえたのさ!」

 どうでもいいが、土井さんの声はいちいち大きくて顔を顰めそうになる。本気の怒鳴り声を聞いたのなら犯人も驚いてバッグを落としたって不思議はない。 

「土井さんの眼鏡なら歩道に落ちていたのを鑑識さんが見つけているであります」
「あったのかい!? ならさっさと返しな! やれ返しな! ほら返しな!」
「わひゃっ!?」

 土井さんが水戸部刑事に飛びかかった。胸倉を掴まれてぐわんぐわんと揺らされた水戸部刑事は目を回しつつ必死に説得しようと試みる。

「だ、ダメであります! 一応証拠品ですし、レンズが割れていて危ないであります!」
「あんたらあたしのバッグも盗ってったね!? 警察なら他人の物盗ってもいいって言うのかい!?」
「ち、違うであります! ううぅ、シュウくん、助けてほしいでありますぅ……」

 敵わなかった。涙目になって偵秀に救助を求めてくる。だが偵秀もこんな山姥のごとくパワフルなお婆さんに絡まれたくはない。SОSは聞こえなかったことにして近くにいた鑑識官に問う。

「その眼鏡を見せてもらってもいいですか?」

 鑑識官は頷き、すぐに証拠品袋に入った眼鏡を持って来てくれた。
 水戸部刑事が言っていた通り眼鏡のレンズは見事に砕けており、フレームもぐにゃりとへしゃげている。落とした後に強い力で押し潰されたのだろう。このまま返したらそれはそれで怒鳴られそうである。

「バッグも押収していますよね? 指紋は?」
「被害者のモノだけでした」

 となると、犯人は指紋がつかないように手袋かなにかをしていたということになる。が、容疑者は三人とも素手だ。

「それでは一人ずつ別室で事情聴取させていただきます。あと念のため持ち物検査も」
「は? なんにも盗られてねえんだろ? だったら持ち物は別にいいじゃねえか」

 楠大輝があからさまに嫌そうな顔をした。

「ですから、念のためです。手荷物の中に手がかりがあるかもしれませんので。それとも、見られたらマズイ物でも入っているのでしょうか?」
「い、いや、大丈夫だ」
「では楠さんからお願いします」

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