迷探偵シャーロットの難事件
CASE1-6 留学の理由
その後、美玲が呼んでくれたらしい教師たちに須藤は連行されていった。理不尽な暴力を振り撒いたのだ。奴はしばらく停学になるだろう。
だが、須藤の言い分は嫌ってほど理解できた。今回はシャーロットのおかげで助かったが、確かにあんな状況――最初から計画的に偵秀が狙われた状況になったら詰みである。もしかすると彼なりに偵秀を心配してくれていた、とは考えすぎだろうか?
「今日はいろいろ疲れた……」
溜息が出る。
「わたしは楽しかったですよ。えへへ、お友達もたくさんできました♪」
隣を歩く金髪美少女は心底そう思っているらしい明るい声で笑った。美玲は新聞部として須藤の処分を見届けると告げて学校に残り、聴取の終わった偵秀とシャーロットは先に下校することになったのだ。
偶然なのか、帰る方向が同じである。
「お前、実はすごいんだな。あの須藤をぶん投げるとか」
「バリツは一番得意ですからね。ホームズ家史上最強って言われていますが、たぶんご先祖様には敵わないと思います」
ご先祖様が小説の通りなら恐らく超えていると思う。
「おかげで助かった。礼を言う。ありがとう」
「おお、ジャパニーズ・アリガトウ。あれ? 日本人はこういう時『ドゥゲーザ』ってものをするんじゃないんですか?」
「しねえよ!? なんで急に外国人ぽくなるんだ!?」
「外国人ですよ?」
「知ってるけど!?」
顔と名前が知れ渡っているこの街で小中学生にしか見えない少女に土下座なんてしたらどうなるか? 考えただけでも恐ろしい。最低でも美玲の耳に入って校内新聞の一面を飾ること間違いなし。
「テーシュウだってすごいと思います!」
そんな想像で顔を青くしていると、唐突にシャーロットが前に出て偵秀を振り向いた。そのまま後ろ歩きをしつつ両腕をバッと広げている。
「俺が?」
偵秀を見るシャーロットの青い瞳はキラッキラと輝いていた。それは最初にあった敵対的な意思でも、昼休みに見た友好的な意思でもない。尊敬の眼差しというものだった。
「わたしは推理力にも自信があったのですが」
「あれでか?」
「テーシュウはわたしより先に全部わかってたじゃないですか。今日はわたしの完敗です」
潔く負けを認めるシャーロット。そういえば推理対決なんてやっていたことを偵秀は今になって思い出す。
あのふざけたような依頼の数々で尊敬されるのは複雑であるが……不思議と、悪い気はしなかった。きっと彼女の『すごさ』を目の当たりにしたからだろう。
シャーロット・ホームズという一人の人間に興味が湧いてきた。
「一つ聞いてもいいか?」
「はい、どうぞ」
「お前、なんで日本に留学して来たんだ?」
推理対決のせいでその辺りのお約束な質問はされていなかった。偵秀の知らない場所では質問攻めに遭っていたのかもしれないが、そうだとしても彼女は面倒がらずに答えてくれると思った。
「真の名探偵になるためです」
「真の名探偵?」
答えてくれたが、意味はよくわからなかった。
シャーロットは足を止め、沈んでいく夕陽を眺める。
「実は、ホームズ家はもう探偵業をやっていないんです。代わりにその才能を生かしてお医者さんになったり弁護士さんになったりしています。わたしのパパも向こうじゃ有名な検事さんです」
今の時代は警察も優秀だ。探偵の入り込む余地はあまりない。そもそも偵秀が特殊なだけで普通の探偵は刑事事件になど関わらない。だいたい浮気調査が九割らしい。儲からないから廃業になることは自然の摂理だ。
「わたしはご先祖様に憧れています。小説でしかお会いできていませんが、ご先祖様のようなカッコイイ探偵になりたいって小さい頃からずっと思っていました」
嬉しそうに瞳をキラキラさせながらシャーロットは言う。今も充分に小さいだろ、と偵秀の脳内でツッコミが思い浮かんだが黙っていることにした。
「そのことをパパに言ったんですけど、残念ながら反対されました」
廃業しているなら当然だろう。
「『お前の推理力じゃ無理だ』と言われて……ムカっとして思わずバリツでぶん投げてしまったのですが」
「お父さん大丈夫か!?」
「その後で条件を出されたんです。『遠く離れた日本からでも名声が届くほどの探偵になってみろ。そうしたら探偵業の復興を許可する』と」
「力技で条件を勝ち取ったのか……なんで日本なんだ?」
「日本にはパパの知り合いがいますし、わたしも何度か日本に来てて日本語がそれなりに喋れましたので」
条件が日本だったから日本語を勉強したのではなく、元々ここまで流暢に喋れるから日本を条件にした。知り合いもいて日本語ペラペラなら家族もとりあえず安心だろう。
「じゃあ、今は知り合いの家にホームステイしてんのか?」
「いえ、ホテルに部屋を借りています」
「なんてセレブな。知り合いはこの街にいるんだろ?」
「そのはずです」
「そのはず?」
シャーロットの言い方が引っ掛かり、偵秀は鸚鵡返しに訊ねた。
「パパの知り合いを一週間以内に見つけること。それが、わたしに最初に出された課題なんです」
どうやら、ただ娘を日本に放り投げたわけではないらしい。
「まあ、人捜しくらいできないと探偵にはなれないな。ていうか、何度も日本に来てるんだろ? 会ったことはないのか?」
「小さい頃に一度だけあるそうですが、まったく覚えてません!」
「お、おう……」
覚えてないことを自信を持って強調されても反応に困る。
「手がかりはこの門田木市に住んでいることと」
シャーロットは鞄を開き、そこから桜色の布を取り出した。
「このハンカチです」
桜の花弁が描かれているハンカチだった。新しくはない。見たところ製造から十年以上は経っていると思われるが、皺もなく保存状態がいい。一度も使われていないのかもしれない。
「他には?」
「これだけです」
偵秀はもう一度ハンカチをよく観察する。手に取って広げてみると『A.M』というイニシャルらしき文字が目に入った。
「なるほど、面白い課題を出すじゃないか、お前のお父さん」
自然と笑みが浮かぶ。今日出会った謎の中だとダントツで面白い。本来は彼女がクリアするべき課題だが、このまま見ているだけというのはつまらないだろう。
「今日助けてくれた礼だ。その人捜し、手伝ってやるよ」
「ホントですか!」
「ああ。だからハンカチの写真撮っていいか?」
「どうぞどうぞ!」
ハンカチの表裏をスマホのカメラで様々な角度から撮影して返すと、シャーロットは飛び上がって喜びを表現した。
「ありがとうございます! えへへ、テーシュウはわたしのワトソンさんですね! あっ、その、えっと……『ドゥゲーザ』した方がいいですか?」
「せんでいい!」
なんか助手にされてしまったが、これから少しは楽しくなりそうな予感に無意識に胸を躍らせる偵秀だった。
だが、須藤の言い分は嫌ってほど理解できた。今回はシャーロットのおかげで助かったが、確かにあんな状況――最初から計画的に偵秀が狙われた状況になったら詰みである。もしかすると彼なりに偵秀を心配してくれていた、とは考えすぎだろうか?
「今日はいろいろ疲れた……」
溜息が出る。
「わたしは楽しかったですよ。えへへ、お友達もたくさんできました♪」
隣を歩く金髪美少女は心底そう思っているらしい明るい声で笑った。美玲は新聞部として須藤の処分を見届けると告げて学校に残り、聴取の終わった偵秀とシャーロットは先に下校することになったのだ。
偶然なのか、帰る方向が同じである。
「お前、実はすごいんだな。あの須藤をぶん投げるとか」
「バリツは一番得意ですからね。ホームズ家史上最強って言われていますが、たぶんご先祖様には敵わないと思います」
ご先祖様が小説の通りなら恐らく超えていると思う。
「おかげで助かった。礼を言う。ありがとう」
「おお、ジャパニーズ・アリガトウ。あれ? 日本人はこういう時『ドゥゲーザ』ってものをするんじゃないんですか?」
「しねえよ!? なんで急に外国人ぽくなるんだ!?」
「外国人ですよ?」
「知ってるけど!?」
顔と名前が知れ渡っているこの街で小中学生にしか見えない少女に土下座なんてしたらどうなるか? 考えただけでも恐ろしい。最低でも美玲の耳に入って校内新聞の一面を飾ること間違いなし。
「テーシュウだってすごいと思います!」
そんな想像で顔を青くしていると、唐突にシャーロットが前に出て偵秀を振り向いた。そのまま後ろ歩きをしつつ両腕をバッと広げている。
「俺が?」
偵秀を見るシャーロットの青い瞳はキラッキラと輝いていた。それは最初にあった敵対的な意思でも、昼休みに見た友好的な意思でもない。尊敬の眼差しというものだった。
「わたしは推理力にも自信があったのですが」
「あれでか?」
「テーシュウはわたしより先に全部わかってたじゃないですか。今日はわたしの完敗です」
潔く負けを認めるシャーロット。そういえば推理対決なんてやっていたことを偵秀は今になって思い出す。
あのふざけたような依頼の数々で尊敬されるのは複雑であるが……不思議と、悪い気はしなかった。きっと彼女の『すごさ』を目の当たりにしたからだろう。
シャーロット・ホームズという一人の人間に興味が湧いてきた。
「一つ聞いてもいいか?」
「はい、どうぞ」
「お前、なんで日本に留学して来たんだ?」
推理対決のせいでその辺りのお約束な質問はされていなかった。偵秀の知らない場所では質問攻めに遭っていたのかもしれないが、そうだとしても彼女は面倒がらずに答えてくれると思った。
「真の名探偵になるためです」
「真の名探偵?」
答えてくれたが、意味はよくわからなかった。
シャーロットは足を止め、沈んでいく夕陽を眺める。
「実は、ホームズ家はもう探偵業をやっていないんです。代わりにその才能を生かしてお医者さんになったり弁護士さんになったりしています。わたしのパパも向こうじゃ有名な検事さんです」
今の時代は警察も優秀だ。探偵の入り込む余地はあまりない。そもそも偵秀が特殊なだけで普通の探偵は刑事事件になど関わらない。だいたい浮気調査が九割らしい。儲からないから廃業になることは自然の摂理だ。
「わたしはご先祖様に憧れています。小説でしかお会いできていませんが、ご先祖様のようなカッコイイ探偵になりたいって小さい頃からずっと思っていました」
嬉しそうに瞳をキラキラさせながらシャーロットは言う。今も充分に小さいだろ、と偵秀の脳内でツッコミが思い浮かんだが黙っていることにした。
「そのことをパパに言ったんですけど、残念ながら反対されました」
廃業しているなら当然だろう。
「『お前の推理力じゃ無理だ』と言われて……ムカっとして思わずバリツでぶん投げてしまったのですが」
「お父さん大丈夫か!?」
「その後で条件を出されたんです。『遠く離れた日本からでも名声が届くほどの探偵になってみろ。そうしたら探偵業の復興を許可する』と」
「力技で条件を勝ち取ったのか……なんで日本なんだ?」
「日本にはパパの知り合いがいますし、わたしも何度か日本に来てて日本語がそれなりに喋れましたので」
条件が日本だったから日本語を勉強したのではなく、元々ここまで流暢に喋れるから日本を条件にした。知り合いもいて日本語ペラペラなら家族もとりあえず安心だろう。
「じゃあ、今は知り合いの家にホームステイしてんのか?」
「いえ、ホテルに部屋を借りています」
「なんてセレブな。知り合いはこの街にいるんだろ?」
「そのはずです」
「そのはず?」
シャーロットの言い方が引っ掛かり、偵秀は鸚鵡返しに訊ねた。
「パパの知り合いを一週間以内に見つけること。それが、わたしに最初に出された課題なんです」
どうやら、ただ娘を日本に放り投げたわけではないらしい。
「まあ、人捜しくらいできないと探偵にはなれないな。ていうか、何度も日本に来てるんだろ? 会ったことはないのか?」
「小さい頃に一度だけあるそうですが、まったく覚えてません!」
「お、おう……」
覚えてないことを自信を持って強調されても反応に困る。
「手がかりはこの門田木市に住んでいることと」
シャーロットは鞄を開き、そこから桜色の布を取り出した。
「このハンカチです」
桜の花弁が描かれているハンカチだった。新しくはない。見たところ製造から十年以上は経っていると思われるが、皺もなく保存状態がいい。一度も使われていないのかもしれない。
「他には?」
「これだけです」
偵秀はもう一度ハンカチをよく観察する。手に取って広げてみると『A.M』というイニシャルらしき文字が目に入った。
「なるほど、面白い課題を出すじゃないか、お前のお父さん」
自然と笑みが浮かぶ。今日出会った謎の中だとダントツで面白い。本来は彼女がクリアするべき課題だが、このまま見ているだけというのはつまらないだろう。
「今日助けてくれた礼だ。その人捜し、手伝ってやるよ」
「ホントですか!」
「ああ。だからハンカチの写真撮っていいか?」
「どうぞどうぞ!」
ハンカチの表裏をスマホのカメラで様々な角度から撮影して返すと、シャーロットは飛び上がって喜びを表現した。
「ありがとうございます! えへへ、テーシュウはわたしのワトソンさんですね! あっ、その、えっと……『ドゥゲーザ』した方がいいですか?」
「せんでいい!」
なんか助手にされてしまったが、これから少しは楽しくなりそうな予感に無意識に胸を躍らせる偵秀だった。
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