記憶共有的異世界物語

さも_samo

第96話:本当のミス

「...で、仮死状態ってどういう事だ?」

僕が質問を投げる。

安心は出来た。
シュンのあの攻撃でみんな死んだと思っていたものだから、僕は今物凄く安心している。

だが仮死状態ってどういう...?

「あの局面で、私は自分の身を守るので精一杯だった」

「無防備にあの攻撃を喰らってたら遉の私も【消滅】してたわ」

「だけど防御姿勢をとってればみんなを守ることは出来ない」

「だから私の能力で、彼女達を【消した】の」

「ちょっと待て。消した....と言うと【ロストブランク】でか?」

「えぇ」

ミレイ・ノルヴァの発言を飲み込むのに数秒かかった。
つまり...。

「おい、それって皆を消し去ったって事なん」

「私のロストブランクは、望んだパラメーターを0にする能力」

「0になったパラメーターを1に戻せばその結果は全て元に戻る」

「ただね、私が一度0にしたものを1に戻せるのは、能力の【上書き】をする【前】までだけなの」

「つまりこの状態でもう一度【ロストブランク】を使えば皆を戻すことは出来ないと?」

「そういう事。だから今の私は【ロストブランク】を使えないの」

「じゃぁなんですぐに皆を1に戻さないんだ?」

黙る。
ミレイ・ノルヴァが何かを考えてるようで、教会に再び静寂が訪れた。

「戻せないの」

「は?」

「私の【ロストブランク】はパラメーターを0にする能力」

「言い換えればその場からそのものを【消滅】させる能力なの」

「でも、シュンはその【消滅】を、無の空間の【消滅】で上書きした...」

「消滅した【無の空間】が復元されない限り、彼等を生き返らせる事は出来ない」


風が吹いた。
その風は強く、教会の中まで響いた。
ステンドグラスの窓がカタカタと音を立てる。

ヒューッと一通りの音を鳴らし終えた風は、満足げに静寂を持ってきた。

そんな無音の状態が数秒続き僕の思考を停止した脳が再び動き出した時、僕の目に写ったのは下唇を噛み締め涙を流すミレイ・ノルヴァだった。

悔しかったのだろう。
自身の無力さ。神と言う上級生物が人間という下級生物の手のひらの上で転がされ、最終手段を取った全力も空振りどころか被害の出る結果となってしまった。

そんな自分を恨むかのような目つきでただ涙を流すミレイ・ノルヴァ。

僕はこの女神の涙を初めて見た。
心の底からの憎悪が篭ったこの涙を、僕の脳は強く記憶に焼き付けた。

「まぁ、生き返らせる方法自体はこうやって残ってる訳だし...気にすんなっ」

「どうやって?私には【無の空間】の復元なんて出来ないの!一度壊れた物は絶対に元の形を取り戻すことは無い....それは貴方が一番理解してるんじゃない?」

「えぇ!私はいつだって力不足だった。貴方をこの世に存在させてるこの状況に陥った時点でね!」

ミレイ・ノルヴァがNGワードを発した。

今まで彼女がこのワードをずっと言いたかったが、それを心の中でくすぶらせていたという事は僕自身良く分かっていた。

だからこそここで僕が感情的になってはいけない事もよく分かる。

僕が存在しているこの状況。

ミレイ・ノルヴァのミスで、僕はこの世に生まれた。

ミレイ・ノルヴァはその事をずっと悔いていた。

膝を崩し、子供のように泣き叫ぶミレイ・ノルヴァを見てそれを痛感する。
彼女の中に溜まっていた感情が、一度に溢れ返すんだ。

そりゃぁNGワードだって踏む。

が、この時ミレイ・ノルヴァが何か【隠し事】をしている様に感じたのは、僕の勘違いなのだろうか?

僕が生まれることさえ無ければ、シュンが生まれる事も....。
待て。僕は本当にミレイ・ノルヴァのミスで生まれたのか?

聞けばエルフが禁忌を犯して、地球とバーミアとが接触しお互いの世界が【壊れる】のを防ぐために僕と言う架空の存在を作り出し、その情報を与えることでエルフが禁忌を犯す程度で抑えようとしていた訳で、ミレイ・ノルヴァの犯したミスは外部の【誰か】が新しい【預言者】としてエルフに必要以上の情報を与えてしまった事にある訳だ。

そのミスが無ければ、僕は架空の存在で留まって生まれることすら無かっただろう。

でも僕は生まれた。

コレがミレイ・ノルヴァのミス。

この新しい預言者が【シュン】だったとしたら、それは矛盾する。
シュンの時間軸で、僕が生まれるはずが無いのだ。

そうすれば当然シュンヤが生まれる事もなく、シュンヤがウッドソードを編み出す事もない。
もっと言えば、それによってシュンが他の時間軸を破壊して回る必要も無くなるわけだ。

この惨劇は生れず、僕も生れず。この世界に異変が起こる事も無かった。

なのに異変は起こった。起こってしまったのだ。

シュンじゃない【誰か】が、【預言者】だった可能性。

僕の脳が起きる。
物凄い速度で頭の中で色々な仮説が飛び交う。

そして一つの可能性にたどり着いたとき、僕は思わず溜息をついてしまった。

「なぁ、これはあくまで仮説なんだが。この前言ってた新しい【預言者】って、もしかしてミレイ自身なんじゃないか?」

「私...自身?」

服の袖で涙をぬぐいながら、疑問の眼差しを向けるミレイ・ノルヴァ。

この仮説が一番筋が通ってる。
だが。そうだったとすると、僕はとてつもなく残酷で、無慈悲な宿命を背負わされていた事になる。

その過酷さに、思わず2度目のため息が...こぼれた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品