記憶共有的異世界物語

さも_samo

第70話:死者

「すごい単純シンプルな条件だ....。ヴァレン家の全員。全ての神々と能力を全て明かせ」

マヨイ・ヴァレンの風格にはミレイ・ノルヴァに似た冷たく恐ろしいものがあるが、この時の僕は何故か冷静だった。

理解できない冷静....。

もうこれで何度目だろうか?

もはやそれを【現象】として理解したほうが早そうな気がしてきた。

「ノルヴァ家全体は僕自身知らないが、少なくとも僕等の仲間の顔と能力はもう知ってるんだろ?そんなの不平等じゃないか」

「貴方は分家だから....ってのもあるけど、一番戦力になりそうだしねぇ....いいわ。その条件飲んであげる」

マヨイ・ヴァレンからの思わぬ評価に一瞬ドキリと来た。
彼女の思考が本当に読めない。

彼女は何を持って【一番戦力】と言ったのだろうか?

「まぁ、ぶっちゃけ言ってしまえばミレイちゃんの信用を勝ち取るのが第一だから、無理難題言われない限りは飲むつもりだったんだけどね」

そう言うマヨイ・ヴァレンの顔は柔らかく大らかで、ついさっきまで命のやり取りをしていた相手とは到底思えなかった。

そしてマヨイ・ヴァレンはヴィクセンを呼び寄せた。

「ヴァレン家の人間に伝えなさい...。『久しぶりに【卓】を開くから集まれ』ってね」

「承知しました」

ヴィクセンの喋り方は、慣れない方言を使うかの様にぎこちなかった。
やはりあの語尾が無いと安定しないのだろうか?

ヴィクセンは移の文字を作り、それをホバーの様に扱って何処かに行ってしまった。

「まぁこんなところかしらね、そうそう....仲間が殺されたって話だけど、生き返らせてあげようか?」

マヨイ・ヴァレンの突然の提案に、やはり僕は意表を突かれた。
彼女の突然発する一言に僕は翻弄される。

紙の上のボール。

その表現が適切だろうか?
僕は本当にこの女神に転がされっぱなしだ。

「人を生き返らせるなんて事が....可能なのか?」

「えぇ。人間程度の生物なら生き返らせることが出来るわ」

奈恵やトウ、冬弥の顔が明るくなる。

ナエラが生き返れば奈恵はさぞ喜ぶだろう。
なにせ記憶共有体が生き返るワケだ。
それは純粋に自分の強さを上げることにもつながるし、バーミアに来てからの悩みが解決されることにもダイレクトにつながる。

トウや冬弥もバリッシュさんの心が折れるあの様を見届けてしまったクチだ。
あんな光景を見せられて何も考えていない訳ではなかろう。

馬場さんが生き返ればもしかしたらバリッシュさんも戻ってきてくれるかも知れない。

だが....。

「すまん。お断りだ」

僕の発言に再び辺りの空気が凍る。
グリシアがニヤリと笑い空間に消えていった。

彼女が何を思ってニヤリと笑ったのかは分からない。
しかし、彼女のニヤケが僕の考えを肯定してくれている様な気がして、僕は無性に安心感を覚えた。

「何を考えてるんだ俊介!分かってるのか?ナエラと馬場さんが帰ってくるんだぞ?」

トウが理解できないと言わんばかりの表情で僕に迫ってきた。
そうだ...これが正しい反応だ。

でも今に関しては違うとだけ断言できる。

「あぁ...分かってるさ....よぉおおおおく分かってる。でもな、ナエラと馬場さんが帰って来たところで、状況は変わらない。それどこか【悪化】しちまうんだよ」

「悪化...?」

「ナエラの最後の言葉は『死にたくない』だった。その感情を奈恵が直接受け取ってるんだからよっぽど死にたく無かったんだろうよ」

「バリッシュさんに関してもそうだ。自分のドッペルゲンガーが死んだだけで折れるほど彼の心はもろくない。じゃぁなんで折れたと思う?馬場さんが何か強い【信念】を持っていたからだ。」

一度だけ聞いた事がある。
彼の夢の話。

本人は老人の戯言なんて笑い話にしていたが、それはあくまで表面的な、仮面的な笑いだったのだろう。

記憶を共有しているからこそ、意図せず信念が伝わるって事も十分にある。

それが簡単に壊されたからバリッシュさんは絶望したのだ。

「彼等を生き返らせた場合、その信念や、死にたくないって言う強い感情はパワーになるか?いや、違う。それは寧ろ一度死んだことに対する【恐怖を増大させるパワー】になってしまう」

「このタイミングで背負うものが増えるのは困るんだよ」

ゴスッ....と鋭い音が辺りに響いた。
頬に熱い感覚がジワジワ現れた。

手を頬にやると、そこには血が付着していた。

ハァ...ハァ....と息を切らす冬弥。

「ふっざけんな!お前は自分の目的...【エルフの禁忌の書】を見つけ出せればそれでいいのか?失ったモノを取り戻さずに目的を達成して....それで本当にいいのか?」

冬弥が激昂していた。
その顔には若干涙の様なものが浮かんでいたが、ハァ...ハァ...と深くなっていく彼の呼吸を見て、冬弥がどれほど激昂しているかがよく分かった。

気付くと涙が出ていた。
ボロボロ地面に落ちる自分の涙を見て、僕は自分の中で何かが【外れる】感覚を味わった。

数秒の沈黙が走る...。

その沈黙の間、僕の中で何かが僕を蝕む感覚を味わった。

「僕だって生き返ってほしいさ!」

「僕だって....生き返って....欲しいさ」

頬に流れた涙が傷口に触れ、涙の染みる痛みが僕の気持ちを揺らがせる。
僕が絶対に崩してはいけないと思っていた【源】が。音を立てて崩れるのを感じる。

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