黒剣の魔王

ニムル

第38話/闇の中で光る扉

 ……結局私は何も出来なかった。

 あの巨人と銀が戦っているのをただ見ていることしか出来ず、座り込んでしまっていたような私がほんとに勇者であるものか。

 私は勇者として生を受け、修行をし、仲間と共に魔王を討伐する為に魔王の洞窟へと旅に出た。

 歴代最弱の勇者と歴代最弱の魔王の戦い。そのスケールの低さに世間は一切沸くことはなく、私はともかくとしてアルバには肩身の狭い思いをさせたかもしれない。

 魔王についたのも、自分の必要とされる場所が欲しかったからだし、アルバに格好悪いところを見せたくなかったから。

 自分のことを慕って必死に付いてきてくれる弟が、胸を張ってかっこいい、すごいと言えるような姉になること。それが私の中での小さな目標だった。

 この間の試合で強くなれたと思ったのに、私はまだまだ弱い。

 力はあっても、なにかに怖気付いてしまって動くことが出来ない。

 私は昔からそうだった。

 人の目ばかりを気にして、出来ることでもできないふりをし、できないことでもできるふりをして誤魔化した。

 そんなずる賢い私でも、勇者だからという理由で期待をしてくれていた周囲の人たちの、私が最弱の勇者と知った時のあの蔑むような目が忘れられなかった。

 それも、この間の試合で自分の勘違いだったと思うことが出来た。

 ……だったら、だったら何が今の私の足を地面に括りつけて動かさせないのだろう。

 精神的敗北による恐怖。理由がそれだけだったのなら、まだ納得できたのかもしれない。

 しかし、私自身がそれを否定した。

 恐怖で足が動かなくとも、私は魔王に立ち向かったじゃないか。

 魔王よりも弱いあんな奴を、なんであそこまで恐れたんだ……わからない。

 私は、自分のことがわからない。


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「ちっ、『竜爪』!」

「忘れるなよ? こっちは常に2体なんだ。片方に攻撃しようともう片方が反撃するというのは先程から分かっているだろう?」

 本当ならば、こいつにも王国でやったようにマグマをかけて終わりなのだが、生憎こいつは空を飛んでいる。

 そんな相手に地面に向かって落ちていくあの魔法を撃つには、相手より高い位置に飛ばなくてはならないが、相手より高い位置に飛ぶという行為はあからさまな攻撃準備であり、確実に何らかの対策を取られるだろう。

 魔法自体の待機時間も微小ながらあるため、魔力を現象に置換している時に攻撃されてしまったら一溜りもない。

「2体いるのは厄介だな……」

 大型魔法が撃てず、中型小型の魔法は全て防がれるかよけられるで対処されてしまう。

 そんな状況だと、使えるものが付与魔法と魔導ぐらいしかないじゃないか……

 使えないわけじゃないし、むしろ率先して使うのだけれども、それだけで奴に適うとはなかなか思わない。

むしばめ、黒剣!」

 黒剣ヘルヘイムの基本属性は死と腐食の2属性だが、神に死という概念はなく、神がこの世から消えるのは消滅という現象だ。

 縦に振った剣の通った軌跡上のハスターのローブが腐食するが、ローブは腐ったところからすぐに自己再生を始めた。

「おいおいどうした? さっきから俺に攻撃が届いてないぞ?」

『……』

 片やうるさくぺちゃくちゃと話すハスターと、片やじっとこちらを見て黙り込む異形ハスター

 ……気持ち悪いな、特に黙ってる方。生き物のような動きをするが、所詮は人形。黒剣の死の属性を発動させても異形ハスターが消滅することは無かった。

「なんだよ、聞いてたより弱いな、お前。まぁいいや。ここはボスに早く一人前と認めてもらう為に黒剣を頂くとしよう」

 本当に死に際なのか、ハスターの動きがものすごくスローモーションに見える。

 ……あぁ、俺死ぬのか?

 いいだろう、それも。自分が招いたミスだ。

 自分が調子に乗った結果が、大型魔法のみに威力が偏り全員を道ずれにすることしか出来ないという最悪のケース。

 それを防げたなら、みんな逃げることが出来るだろう。

 とにかく、今のうちにみんな、はやく……


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 ……ここは、精神世界?



 相も変わらず真っ暗だな、おい。




 死の間際に走馬灯でも見ているのだろうか。




『さぁ、問おう』




 どこかから聞き覚えのある声が聴こえる。




『お前はもう1度、皆を守る覚悟があるか?』




 ……あぁ。命があるのなら何度でも守るだろう。




 それが俺の償いだ。




 ……かつて失敗した俺の。




『……ほらね? こいつならこう言うって言ったでしょ?』

『ああ、そうだな。ならば、彼を呼んでこなくては』

『ボク、あいつ嫌いなんだけどなぁ』

『そ、そんなこと言っちゃダメですよぅ!』

『……分からないではないんじゃがの……』

『猿までそのような戯れ言を……』




 朦朧とする意識の中で、俺の中にいる神、英雄達の声が聴こえた。




『しかたないね、じゃあ開くよ? 僕どうなったって知らないんだから』




 唐突に目の前に現れた巨大なそのドアは、この真っ暗な世界で開けられることがなくては見えることは無かっただろう。




『さぁ、奥に進みなよマスター




 その声に促されるまま、俺は扉の方向へと歩いていった。

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