黒剣の魔王

ニムル

第19話/覚醒2

『あの男の言っていたことは真実だったというのに、人間のその人を疑う姿勢には、全く理解を示すことが出来ないな。そのような点ではお前も愚鈍で無知なあの一般市民たちと変わらないではないか。元老院達ともな』

 金属魔法『終末日ヤリヨフレ』によって全身を切り裂かれズタボロになってしまった。

 何がプライドだろうか。結局私は勇者という銘の上に胡座をかく人間だったということだろうか。

 負けたくない。

ーいや、お前は負けるー

 悔しい。

ーどんなに想いがあろうともお前では奴に適わないー

 脳内に流れ始めた自分の言葉に返答する存在に気づいた。しかし、それがなんだと言うのだろう。

 その存在は私の発する希望に対して、すべてマイナスに返す。

 ただの前哨戦のはずだった。王国国民のための遊戯であり、こんな思いをしてまで戦う意味などなかったはずだ。

 魔王は十分に強いし、それこそ一人で一国を破壊できるくらいの強さだろう。なにせ一人で異世界の幾多の神たちをその身に宿しているのだから。

 そんな存在の勝つためとわざわざのこのこと王国から派遣され、そして魔王の側へ寝返った私のことをまずつぶそうとした元老院が消そうとしたというこの事実。王に黙って独断で動いたであろうこの所業に私は軽く引いてしまった。

 たとえもうやられる直前とはいえ何を考えているのだろうか。思考がまとまらずまともなことを考えられない。

 その時、また唐突に頭の中で声が響いた。

ーもうおわりか。情けないなー

 うるさいわよ、何なのよあんた。

ーはあ、ここまでされてまだわからんのかー

 一体あなたはなんなの? 言っていることの意味がわからないわ! 言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!!

ーまだわからないのか……まあいいだろう。いずれ私のこともわかる、あの男についていけばー

 は!? あの男!? ちゃんと説明しなさいよ!

ー今はそんなことを説明している時間はない。お前が負けてしまうと私のマナがリムラに回収されてしまうからなー

 あんた一体何なの……?

ーリルカ・アルウニス、それが私の名だ。さあ、話が長くなってしまった。だがお前なら勝てる。さあ立ち向かえ、目の前に立ちはだかる敵に。私はお前が勝ち続けるために力を貸そうー

 そう言い残すと奴の気配は消えてしまった。

『いつまでそのように呆けているつもりだ?』

 表情の見えないフードの人形が近づいてきている。

 リムラを抑えていた手はいつの間にか開いてしまっていたようだ。

 ……終わった。確実に勝てると自分の力を過信しすぎたが故に負けてしまった。屈辱だ。人形に負けるなんて。

人形だからと侮って痛い目見て、弟にかっこ悪いところを見せることになった挙句、幻聴まで聞こえてしまうとは。私の人生は一体何なんだろう。いったいどこから狂ってしまったのだろう。

 私は……

『ほう、レヴェナントの意思がまだ残っていたとは。使用者の意に反することになろうとも勝つために動く悪辣な呪いの剣。精神世界でもその効能は健在か。さすがは執着の勇者の剣というべきか。まったく恐ろしいものだ、古の遺産どもというのは。同じ遺産であっても恐ろしく感じるよ』

 何をつぶやいているのだろうか。私は何もしていないのに、レヴェナントがどうかしたというのだろうか。

 ふと俯いていた顔をあげてみる。

 ……!?

 どういうことなのだろうか、私の腰に下がっていたはずのレヴェナントが人形ののど元に切っ先を向けて浮いていた。

 意味がわからない。何がどうしてこうなったのだろうか。唖然としている私を横目にリムラは続ける。

『使用者にこれ以上戦う意思は残っていないというのにリルカめ、執念の勇者は死してなお【憂鬱ワルプルギス】を憎むか。それだけの力があるというのなら次代にその力を託す方法でも考えるべきだったな、こんな無力なものに剣を託すことになるとは』

 そうだ……私は無力だ。何もできない。私の存在価値はどこにもなかった。

 勇者に選出されて以来、実の親からは敬いの態度で接され、仲の良かった友人たちにも特別な存在に無礼なまねはできないからと離れていった。

 唯一信頼してくれていた弟は「お姉ちゃんは強いから! 僕の自慢のお姉ちゃんなのです!」といった。私の存在価値は勇者であること。強者であること。

 故にそうでなくなってしまった私には存在価値はないのだ。

「なにしてるの、ステラ!」

「逃げろ! このままではやられてしまう!」

 ふと父親と母親の声が聞こえた気がした。いつも自分に遠慮して近づかなくなった人たち。もう手放されたと思っていた。もう愛はないのだと思っていた。それなのに今、なぜ私のことを助けようとしたのだろうか?

 私のことを捨てたと思っていた人たちが私のことを応援している。

「お姉ちゃんっ! 勝って! お姉ちゃんはみんなの希望なんだ、誇りなんだよ! お姉ちゃんのことはわかってるよ、自分がみんなに見捨てられたと思ってるんでしょ? それは思い違いだよ! みんなお姉ちゃんが頑張る姿を見て、人を救おうと努力するところを見てたから邪魔しないためにお姉ちゃんから距離を置いたんだ! お姉ちゃん、負けちゃだめだよ!」

 私は一体何を……何を……

 私はまだこのことすべてを理解したわけじゃない。まだ自分が居座るべきところ、存在してもよいところは見つかっていない。

 ただそれでも、いま私のことを求めてくれている人間がいるのなら、今だけは、今回だけはここを心のよりどころにしてもよいだろうか。

『茶番はもう終わりか? そろそろ終わらせてもらうぞ』

「……黙れ、消すぞ?」

 それならば、それで本当に良いのなら、私は……

「アルケシテン式剣術、参の型【破壊デストロイ】」

『な……!?』

 私は、この信頼ばしょで負けるわけにはいかない!

 気が付くと私はレヴェナントを片手に、見たことも聞いたこともない剣術をつぶやいてリムラを消し炭にしていた。

 精神を消耗しきった私は、そこで気を失ってしまった。

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