ドリーミング・ガンナー

巫夏希

後編




 目を開けると、そこはいつもの空間――ではなかった。
 病院のような、白を基調とした空間。
 そこに私はいつものように――いや、正確に言えば、制服だったけれど――立っていた。
 いつもと違うポイントと言えば、隣に男が立っているくらいか。

「……まさかほんとうに夢に介入出来るとは思ってもみませんでしたよ」
「なんだ。私を信じていなかったのか。……それはそれとして、お互い自己紹介をしていなかったな。私の名前は秋山朝一あきやまともかず。君の名前は?」
「私は……」

 私は名前を告げた。
 すると秋山さんは頷いて、

「了解。それじゃ私は君のことをアルファと呼ぶことにしよう。そして君はブラボーと私のことを呼びたまえ。いいか?」

 自己紹介した意味はあったんですかね。
 私はそう思ったけれど、

「自己紹介は大事だ。そしてこの空間でコードネームで呼ぶことについてもきちんと理由はあるぞ。それは相手にフルネームを知られないためだ。君はもしかしたらフルネームを知られている可能性もあるかもしれない。だが、逆に知られていない可能性もあるということだ」
「……どういうことですか? その言い方だとまるで無作為に人間を狙っているような……」

 それを聞いて、秋山さんは頷く。

「ご明察。つまりはそういう結論、というわけ。これはまだ確定事項ではないから、あくまでも断定的な言い方になってしまうが、君はあるウイルスに感染してしまった、ということになる。そのウイルスは――」
「『ドリーミングガンナー』」

 第三者の声が聞こえた。
 そして、その第三者は、私が効いたことのある声だった。
 踵を返す。そこに居るのは黒ずくめの男。ピストルを持っている。
 それを見た私は――幾度かあいつに銃で撃たれたことを思い出して、足が震えてしまった。これが武者震い、というものなのだろうか。

「おびえているのかい?」

 男は言った。
 にたりと笑って言った。

「それはそれは怖いだろうねえ。だって毎日のように僕に殺されているのだから。え? なぜ殺しているのか、って。そういえば、過去に君はそう問いかけていたかな? それにお答えしようじゃないか!」

 両手を広げて、彼は言った。
 その刹那。
 秋山さんが銃を即座に構え、銃弾を撃ち放った。
 撃たれた銃弾は、男の頭に命中。いわゆるヘッドショットというやつだった。

「そこで震えていてもらっては困るのだがね」

 秋山さんは私を見てそう冷たく言い放った。

「いいかね。この『ドリーミングガンナー』を殺す方法は一つだけのこされている。それは、君自身があれを殺すことだ」

 そんなことを言われても。
 私に何が出来ると?
 私は、日本で生まれ日本で育った。要するに銃なんて持ったことの無い人間ですよ?
 そんな私に、銃を持ち、撃て、と?
 簡単に言っているけれど、そんなこと出来るわけが――。

「何をくよくよしている! この世界は本来君の夢の世界だ。この言葉の意味が理解できるか? それはつまり、君はこの世界でなら何でも好き放題出来るということだ。そんなパーソナルスペースを奪われて、君は口惜しいとは思わないのか? 悲しいと思わないのか? 奪い返したい、と思わないのか!」
「私は……私は……」
「無駄だよ、私は君でないと殺せない。正確に言えば、パーソナルに言えば、『この世界の持ち主』でなければ……ということになるがね。しかし、その持ち主がそのように悲観してしまっているのならば、もう終わりではないかね?」

 男は言った。
 私はそれに何も言い返せなかった。
 確かにそうかもしれない。
 けれど、私は。
 私は。

「さあ、どうする。アルファ。君は前に進みださないといけないのではないかな? ……それとも、君が前に進みたくない、というのであればそれはそれで止めないが」
「……秋山さん」
「ブラボーと呼べ。どうした」
「私の世界、ということは……考えたものはなんでも生み出されるのですよね?」
「ああ、そうだ。簡単なことだろう?」
「ええ、だったら……」

 もう、決心はついた。
 これがどういう世界であれ、きっと遅かれ早かれ、私はこんな結論を導いていたと思う。
 願いによって生み出されたもの――それはピストルだった。

「ほう……。ワルサーPPか。センスがあるな」

 そんなことを秋山さんは言っていたけれど、私は知らなかった。だって、私が唯一知っている銃の形を思い浮かべただけだっただから。

「……私、決めました」

 そうして、照準を男の心臓に向ける。
 男は笑みを浮かべていた。

「ははは、撃てるはずがない。さっきまで足を震わせていた人間が、人間を狙うなんて芸当、出来るはずが無かろう!」
「煩いぞ、影。お前がどうと言おうと、この世界の持ち主はアルファ……彼女のものだ。さっさと返してもらおうか」

 そして。
 そして。
 そして――。
 私は、ゆっくりとその引き金を、引いた。






 目を覚ますと、そこはカツ丼屋の二階だった。外の景色はすっかり夜になっていたけれど、それ以外は何も変わっていない。

「おはよう、その様子だと無事に『ドリーミングガンナー』は撃破できたようだね?」

 樋川の声を聴いて、私は笑みを浮かべる。

「ドリーミングガンナーは撃破できたよ。それは私も目視で確認した」

 すでに起きていたと思われる秋山さんはそう言ってそそくさと送信装置と受信装置を回収し、立ち上がる。

「もう帰るのですか?」
「用事があるからね。もし何かあったらこのどちらかに電話をするといい。あ、もう一つの名刺は業務提携をしている私の妹だ。妹は探偵をしているからな、もし今回のこと以外でも何かあったら、力になれるかもしれない。まあ、彼女の気まぐれなところが多いけれどね」

 そう言って部屋を後にしようとしていた秋山さんだったが、出るタイミングで踵を返した。

「そうだ。一つだけ教えてあげよう。ドリーミングガンナーはウイルスだと伝えたが……、それは半分正解と訂正しておこう。正解は君の心の状態に比例する、と言っておこうか。君が疲れていると、ドリーミングガンナーはそういうものだ。金縛りだとか、悪夢だとか聞いたことはあるだろう? ドリーミングガンナーはそれに近い状態だ。だからドリーミングガンナーを生み出さない最善の選択は、生活リズムを再考する、かな。それ以上は何も言いようがない。夢を見ない、という考えもあるかもしれないがね」

 そうして今度こそ、秋山さんは姿を消した。






 後日談。
 というよりも今回のエピローグ。
 結局、あれ以降ドリーミングガンナーが出現することは無くなった。せっかくもらった名刺も結局使うことは無かったけれど、まあ、おそらく秋山さんも念のためで私に名刺を渡してくれたのだろう。

「夢はどうだ?」

 時折、樋川が問いかけるけれど、私はいつものように笑顔で答える。

「あれから何の問題も無いよ。苦しんでいたのが嘘みたいね」
「そりゃあ良かった。これから何かあったらすぐに俺に言えよ? ……まあ、俺以外に言えるような人間がいれば話は別だけれど」
「……そうね、考えておくわ」

 これで私の物語は終わり。
 今回の事件を機に、私と樋川の仲がちょっとだけ進展することになったのだけれど――それはまた、別のお話し。



終わり


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