ゼロ魔力の劣等種族

じんむ

第三十二話 安寧の時


 ふと桃のような甘い香りが鼻腔をくすぐる。
 一体何の匂いだろうかと目を空けると、すぐ横には眠る女の子。
 流れる黒髪は艶やかに頬を滑り、整った顔立ちだがその寝顔には僅かなあどけなさも見え隠れしている。俺の幼馴染であり弥国の神子、ヒイラギだった。

「ってなんでいるんだよ!?」

 まどろみから意識の覚醒と共に、身体が跳ね起きる。
 すかさずベッドから離れると、ヒイラギが眠たそうに神子の装束の袖で眼をこすりながら微笑を湛える。

「あ、クロヤだ~、クロヤがいるよ~」

 ふらりふらりとヒイラギがこちらによって来ると、俺に倒れ込んでくる。

「ちょっ」
「本当にクロヤだ~えへへ」

 寝起きなのと身体が万全じゃないせいでこちらまで倒れてしまった。自然身体が密着しヒイラギの温度が身体中に伝わってくる。

「お、おいヒイラギ、早く目を覚ませ」
「目は覚めたよ~だ。クロヤ分補給補給~」
「そんな汚いもの補給すると毒だぞ。離れろ」
「あ、また言ってる。自分をそんなに卑下しちゃだめだよ?」
「じゃあ傷に触るから離れてくれ。頼む」

 実際本当の事だった。マドマンとの戦いによって筋肉は損傷、骨も何本か折れていた。それに併せて妙に心臓が鼓動するせいで身体中に血液が回り感覚が敏感になってる気がする。

「えーどうしよっかなぁ」

 からかう様な口ぶりはヒイラギのいたずらめいた笑みが脳裏に浮かぶ。
 このままでは持たないのでどうしたものかと思案していると、ふと扉を叩く音があった。

「入るぜクロヤ」

 勢いよく扉が開け放たれると、そこにはどこか懐かしさすら感じる二人の姿――フラミィとエクレの姿があった。

「な……っ」

 エクレが何を思ったのか、短く言葉を放ち硬直する。
 そうだな、もし俺がエクレとしてこの光景を客観的視点から見れば……うん、まぁまず誤解するだろうな。

「待て、別にそういうんじゃ……」
「おいおいクロヤよぉ」

 誤解を解くため口を開こうとするが、にやけ面のフラミィによって遮られた。

「死んでるんじゃないか心配してたけど全然元気そうじゃねーか。悪いなぁ、邪魔しちまったみたいで」 
「おい待て違う。誤解だ誤解」
「……変態」
「おいエクレまで誤解するな!」

 絶望の淵に立たされていると、ヒイラギが不思議そうに尋ねてくる。

「この二人は?」

 そう言えばヒイラギにはこの二人について話してなかったか。

「まぁなんていうか、学院でできた知り合いっていうか……まぁ、友達か」

 いざ言葉にするとどうにもむずがゆさを感じ、語気がすぼまる。
 それでもヒイラギは納得したらしく、顔を輝かせ「そうなんだ!」と二人の元へと駆け寄っていく。ようやく解放されてほっとした。

「私はクロヤの幼馴染のヒイラギ。クロヤがいつもお世話になっています」

 ヒイラギが丁寧にお辞儀すると、フラミィが嬉々として口を開く。

「おお、あんたがヒイラギか! クロヤにだいたい聞いてるぜ。俺の名前はフラミィ。んで、こっちがエクレ」

 フラミィの紹介を受けエクレが軽くお辞儀する。

「雑談のところ悪いが、少し時間をもらえるかシラヌイ」

 ふと、エクレの背後から人影が現れる。
 見れば、学院長が廊下の方で立っていた。相変わらず威厳からにじみ出る圧力はすさまじい。
 学院の最高責任者に呼ばれては行かないわけにはいかないだろう。
 立ち上がると、ヒイラギたちに断りを入れて部屋を出た。

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