ゼロ魔力の劣等種族

じんむ

第二十四話 奇怪な魔法


「今日は取り巻きの二人はいないのかリーダーさん」

 問うと、リーダーの男は口角を吊り上げつつ言う。

「あの時はそんな奴らもいたなァ……。だが生憎今はいねェ」
「って頃は今は独り身でリーダーでもなんでも無いって事か」」
「ああ。一応名乗っておいてやるが、オレの名はカルロス・ハイドフェルト」
「ハイドフェルト……」

 どこかの企業だったか、よく聞く名前だ。でも生憎西洋の事情には疎いから何だったかまでは思い出せない。

「テメェはクロヤ・シラヌイって言うんだったな?」
「覚えてくれてるとは光栄だ」

 名乗った覚えはないが、恐らくアナウンスを聞いたのだろう。

「それで、俺に何か用かハイドフェルト」
「おいおい、この状況でそれを聞くのかシラヌイ」
「愚問だったな」

 刃を天上に仰がせ、不動之備へと移る。
 同時にヒイラギの力も顕現させた。
 敗北してもなお刃を向ける人間は二通りいる。一つは自らの力量を把握していないただの馬鹿者。もう一つは何らかの対抗手段を得て復讐リベンジするためにやってきた強者だ。

 先制はハイドフェルトだった。てっきり魔法術式で応戦してくるかと思ったが、飛翔。厳かな大斧を叩き込んできた。
 不如帰が重い一撃を流すと、地面が砕け砂埃が舞う。
 時を移さず第二撃。煙が裂かれると扇状に鉄塊が閃く。不如帰を入れ込み迎え撃つが、身体ごと幾らか飛ばされてしまった。手には痺れ。

 凄まじい破壊力だった。あんなのをまともに受ければ一発で胴体が真っ二つになるだろう。前の時に比べて威力が段違いだ。入学式からまだそこまで時間が経っていないはずだが、シビアに鍛えてもここまでたたき上げられるとは思えない。あるいは魔力補強マギアブーストを駆使すればここまで強くなるのだろうか。

「どうしたァ、シラヌイ!」

 ハイドフェルトが吠えると、疾走し、距離を詰めにかかる。
 魔法を行使しようとすればヒイラギの眼で対応できる。ならば、俺はあくまで体術の波を読み、隙を突くまで。
 不動之備をとると、既に間合いまでやって来ていたハイドフェルトにより、頭上から大斧が振り下ろされる。不如帰で流すと、残響が森に木霊し、火花を散らした。
 なおも続く大ぶりの猛攻。だがスピードがあっても威力に極振りされた体術の波はやはり読みやすい。
 二撃三撃と受け、四撃目で刃を翻し、大斧を弾く。重い一撃でも力の入れ方を変えれば球を打つのと変わらない。

「んなッ……!」

 ハイドフェルトの瞳孔が開く。
 守勢から一転、不如帰を高速で振るうと、相手も対応してくる。
 だが、一度波を読まれて打ち合えば、確実にこちらに軍配が上がる。
 ハイドフェルトもそれを悟ったのか、わざと俺の斬撃を雑に受けると、威力を利用し後方へと間合いを開いた。

 フラミィの時みたいに大型魔法を放たれると厄介だ。すかさず距離を詰めようとすると、ヒイラギの眼が妙な光景を映し出す。
 追撃をやめ、後方へ躍すると、魔法術式も無しに鋭い岩が次々と降り注ぎ大地を貫く。あのまま突っ込んでいたらあれの餌食だった。

 しかし降り注ぐ岩の勢いはとどまらない。超高速で大地を穿うがち距離を詰めてくるので、俺は逃走を余儀なくされる。
 あらかじめ岩の到達地点をヒイラギの眼で確認しながら出ないと避けきれない程速かった。

「ちょこまかと逃げやがって! でもいつまで持つかなァ!」

 ハイドフェルトが叫ぶので目をやると、この岩の雨の正体が分かった。
 これは奴の腕だ。
 ハイドフェルトが天に掲げる腕は一つの岩石の幹となり、そこから枝状に分岐したのが、先ほどから襲ってくる岩の雨だ。これも魔法なのだろうか? だとすればなんとも奇怪な魔法だ。

 だが逃げ回ってばかりではこちらの体力が持たない。かといってこう開けた場所だと相手もこちらを狙いやすい。せめて懐に入ることが出来れば一撃で急所を狙いに行けるが、ここじゃ近づけそうにない。だったらまずは場所を変える事からだ。

 足を止めると、好機とばかりに無数の鋭い岩が襲い来る。
 だがそれは少し先の光景。俺はすかさず後方へ飛躍すると、森の中へと身を投じる。遅れて、もといた位置に大量の岩が突き刺さっていた。

「チィッ、待ちやがれ!!」

 枝岩のうち一本が俺の心臓へ殺到。だがヒイラギの眼であらかじめ分かっていたので難なく避け、疾走。距離を開け、木の陰に隠れる。

「頼むぞヒイラギ」

 いつもより力を込め、ヒイラギの眼で森の中を視ると、普段は五秒~十秒先だが、およそ一分先までの景色が見える。予知できる最長の時間だ。
 ハイドフェルトがどう動くのか、どの木が砕かれ、砕かれないかを目視し、頭に叩き込む。
 確実に見つからない最善ルートを割り出すと、早速動き始める。
 同時に、眼で見た通りの木が岩によって破壊された。

「いるのは分かってるんだぜシラヌイよォ! とっとと出てきやがれ!」

 怒号をが聞こえるが、見つからずに懐に到達するには奴の姿はぎりぎりまで見る事ができない。
 音を立てないよう静かに木を縫いながら疾走する。弥国に伝わる静かな移動を可能とする体術、無風之歩むふうのあゆみだが、覚えておいてよかった。
 音を立ててこちらの動きが悟られれば、未来は変わりかねないからな。

 背後で木が倒される。枝を踏み鳴らす音がハイドフェルトの場所を示した。
 木陰から躍り出ると、すぐ側にはハイドフェルトの横顔。

「テ、テメェ、どこから……!」
「悪いけど眠ってもらうぞ」

 不如帰を滑らすと、ハイドフェルトに横薙ぎの斬撃をお見舞いし、加えて袈裟に刃を閃かす。
 肉が裂けた感触はないが、ハイドフェルトの動きが確かに止まった。だが同時に頬に微かな痛みを感じる。
 視界の端には一本の枝岩。
 どうやら間際で枝岩の一本に俺を貫かせようとしたらしい。細くても鋭ければ、急所を捉えるだけで致命傷を与える。危なかった。
 だが、それはやがて砂となりそれは崩れ去ると、がたいのいい身体が地面に突っ伏す。
 倒れ伏すハイドフェルトの右腕は元の形状に戻っていた。

 ピクリとも動かないので死んでないだろうなと心配になり、脈を測ると、それは杞憂で済んだ。
 同時、外套を被った何者かが空から飛んでくるので、跳ね、不如帰を構える。

「待て待て私は敵ではないぞシラヌイ! 倒された生徒はこちらが回収する手はずになっているのだ!」

 手をこちらに向けそう言うのは、剣術演習のマックス先生だった。

「傷はつかないとは言え、この森の中で眠らせたまま放置すれば何が起きるか分からないからな」
「なるほど、そう言う事でしたか」

 確かに、傷はつかないとは言え、人が触れる事はできる。悪知恵の働く奴なら落書きの一つでもするかもしれない。
 不如帰を収めると、マックス先生がハイドフェルトから腕輪を外し投げてくる。

「折角だからとっておきたまえ。まぁ六十グラムしか無いようだがな」
「ありがとうございます」

 一応入賞はは狙っているので有り難く頂戴するとする。ハイドフェルトの魔鉱石を顕現させ、俺の腕輪に加算した。

「では頑張り給えよクロヤ・シラヌイ!」

 マックス先生はニカッと笑いハイドフェルトを担ぐと、空へと飛翔した。
 さて、時間までは魔物を探すとしよう。

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