ゼロ魔力の劣等種族

じんむ

第二十二話 新人戦開幕


 ヒイラギが桜木の下で笑顔でこちらに手を振っている。
 俺も応じ近づこうと少し歩み寄った瞬間、世界は灰色に染まり、ヒイラギが笑顔のまま固まった。
 同時、内臓が持ち上げられる不快な感覚と共に景色が崩れゆく。
 桜木もヒイラギも瓦屋根も灯篭も池も、全て黒に沈んでいく。
 俺も同様にして沈むと、また桜木の下にヒイラギがいた。
 再度近づこうと歩み始めると、またしても世界が灰色に染まり、ヒイラギが笑顔のまま固まる。
 内臓が持ち上げられると、俺含むすべてがまた闇に沈んでいく。
 その繰り返しに捕らわれた俺は、とうとうヒイラギの元にたどり着く事は無かった。

「……ッ!!」

 突如襲い来る目の激痛に、身体が跳ねると、エクレの焦燥した声が聞こえる。

「クロヤ……!」
「はぁ……っ、はぁ……っ、エクレか……」

 何故だか呼吸がしづらい。全身に不快な水分が制服の布と共にまとわりついている。心拍数の上昇も感じられ、右目も痛む。
 そういえばここ数日、時々右目が痛む事がある。一体これはなんだ? 目と言えば碧眼だが、ヒイラギの力に何か代償でもあったのだろうか? でも始めて能力を認知して水辺で確かめた時、光っていたのは確か左目だったはず。だとすれば別の要因か? でも思い当たる事が無い。

 しばらく目を閉じ、指で押さえていると、不意に痛みがさざ波のように引いた。
 顔を上げ目を開ければ、心配そうにこちらを覗き込むエクレの顔がある。隅々まではっきりと視認できる事から、視力の低下は無さそうだ。

「クロヤうなされてた。大丈夫?」
「あ、ああ」

 うなされてたって事は俺は今まで寝ていたのか。そういえば嫌な夢を見ていた気もする。

「ごめん。さっきはやりすぎた……かも」
「ん?」

 エクレが気まずそうに目を泳がせる。
 そう言えばそもそも俺はなんで土の上で寝てたんだっけか。
 思い出そうと視線を動かすと、エクレの控えめな胸元で止まり、全て合点がいった。

「い、いやいやいや、俺の方こそごめん、なんかその……揉んで……」

 自分のしてしまった事の愚かしさに、ついつい語気も弱まり自然と顔が明後日の方向へ向く。

「べ、別にいい……」
「え?」

 聞き返すとエクレが頬を染め目を回しながらわちゃわちゃしだす。

「そ、そういう意味じゃない! いいって言うのは、さっきのは許すっていう意味で……」
「えと、知ってるけど、本当に許してくれるのか?」

 再度問うと、何故かエクレは一層顔を紅くし押し黙る。

「エクレ?」

 名前を呼ぶと、エクレはハッとした表情をして立ち上がるとそっぽを向く。

「な、なんでもない。私が許すって言ったんだから、クロヤは素直に受け入れればいい」

 本当にいいのか疑問だが、また言って怒らせてはいけないのでとりあえず受け入れる事にする。

「もう夕方だから帰らないと」

 エクレが言うので空を見てみると、空はあかね色に染まりつつあった。
 同じく空を見上げているエクレの背中を見ると、先ほどの打ち合いの事を思い出す。
 エクレは恐らく天才肌だ。
 一回目の打ち合いは完全に劫火之備ごうかのそなえに気圧され敗北したが、二回目でエクレは俺の体制を崩させ、少しの間とは言え形勢を逆転させた。それはつまり劫火之備を一回受けただけでその一部を読み取ったという事だ。

 刀を扱う者なら分かるが、通常、不動之備ふどうのそなえだとか劫火之備という刀剣術を理解するには一年はかかる。それも毎日その刀剣術を受けて初めて成せる事だ。
 にも拘わらず、エクレはたった一度受けただけで不完全とは言え一部を読み取って見せた。割合で言えば既に一割はゆうに理解しているだろう。一割を理解するには単純計算でも常人なら一か月はかかる。

 でも、あの時エクレと打ち合って感じたあの違和感のような感覚はどうにも拭いきれない。勿論、たった一回受けただけで、多少なりとも対応をしてくるなんていうのは予想外だった。そのせいで妙な気配を感じたのもあるだろう。

 だが何というか、それ以外にも何かがある、そんな気がする。
 もっと根本的な根深い所に、俺の本能に語り掛けてくるような、焦燥を感じさせるような何かがエクレには宿っていた気がするのだ。
 ただ、その正体は何なのかは残念ながら分からない。あるいはただの気のせいという可能性もある。
 だから、とりあえず今は頭の隅に置いておこう。
 新人戦まで俺のやる事は決まっている。エクレをフラミィに勝てるように。それが今の俺の役割だ。


 ♢ ♢ ♢

 エクレと練習を始めてから気付けば一週間たっていた。
 遂に新人戦当日だ。
 先ほど配られた、新人戦の際に必要という腕輪が気になりつつ、辺りを見回してみる。
 大よそ百数十人はいるだろうか。一年生の大半は出場するようで、裏山入口前には多くの生徒でごった返していた。
 俺はその中からフラミィを探し出し、話しかける。

「ようフラミィ」
「おっ、クロヤじゃねーか」

 目的はエクレといつも練習していた地点にフラミィが来るように仕向ける事だ。フラミィの事はだいたいエクレに聞いたし、俺自身も多少知った仲だから恐らく成功するだろう。

「フラミィは誰かと組んだりするのか?」

 徒党を組んでいるらしい生徒を見つつ尋ねると、フラミィは肩をすくめる。

「まさか。群れて行動するなんざ俺のポリシーにはあわないね」
「だろうと思ったよ」

 無いとは思っていたが、これでもし誰かと組んでいたのなら、どうにかフラミィを一人にさせなきゃならないので、多少手間取る事になっただろう。

「そういうクロヤはどうなんだよ? 言っとくが、俺と組もうって誘いなら流石のクロヤでもお断りだぜ」
「それこそまさかだよ。俺もフラミィと同じだ。ただ、誘いっていう点に関してはその通りだけど」
「へぇ?」

 フラミィの目には興味の色が示される。とりあえず聞く意思はあるらしい。

「俺とちょっと遊んでみないか?」
「遊ぶだって?」

 確か腕輪には地図機能があったはず。
 配布された腕輪にはいくつかおうとつがあったのでいじると、不意に光の壁が現れ裏山の地図を映し出した。

「四時半くらいにここに来てほしいんだ」

 緑色の地図の中でも、薄い緑になっている地点を指さす。

「けっこう拓けた場所だな……。で、なんでまた?」
「簡単だよ。終了時間は五時。その三十分前にここで落ち合って、俺と集まった魔鉱石の取り合いでもしないか? って話だ。」
「ほう」

 フラミィは吟味するかのように目を細めると、やがて口を開く。

「罠という可能性は?」
「罠を仕掛けられるような地形じゃない。複数の待ち伏せであれ、何か小細工を仕掛けるであれ、遠くから見たら一発で分かるだろうよ」
「なるほど。じゃあクロヤが楽して稼ごうとしてる可能性も考えられるんじゃねーか?」
「そんなせこい事をしない、と言いたいところだけどそうだな。魔鉱石がフラミィと同等かそれ以上の場合だけ勝負をするって事でどうだ? もしあまりに俺の方が少ないようなら全力で撤退すればいい。俺も全力で撤退するフラミィに追いつく自信は塵一粒も無いよ」

 言い終えると、フラミィは少し考える素振りを見せるが、やがて頷く。

「よし、その勝負乗った。でもちゃんと生きとけよ? 俺と戦う前にくたばられちゃ張り合いがない」
「当然そのつもりだ」

 さて、とりあえずフラミィの説得には成功した。エクレも言っていた通り、やはりフラミィは勝負事がけっこう好きらしい。一つ間違えれば最下位になりかねないバクチだというのに受けるとは、肝っ玉の大きさには感服させられる。

 ただ、フラミィには悪いが俺はこの約束を反故にする。手出しはしないが、戦うのはエクレだ。故にフラミィとの賭けは俺との間には成立しない。
 もしどちらかが勝てば、魔鉱石を移動して一方が凄まじい量を得て間違いなく優勝になるだろうが、この際それは仕方がない。別に優勝じゃなくてもポイントはそれなりに貰えるからな。俺は大人しく準優勝あたりでも狙わさせてもらおう。

『開始十分前にになりました。新人戦に挑む生徒は、裏山第五演習所前、転移術式の組まれた魔方陣に集まってください。定時になり次第各地点にランダムで演習場内に転送します』

 不意に女性の音響魔法アナウンスの声が聞こえると、足元に幾何学が現れ、青白い光を放つ。
 どうやらここら辺一帯は魔方陣の中だったらしい。
 少し離れたところにいるエクレに目配せすると、小さく頷きを返してくる。エクレにはあらかじめどう動くかは伝えてある。念のために約束の十分くらい前には例の場所で落ち合う予定だ。

 やがて定刻になると、景色が歪み、気付いたら自然の中にいた。
 新人戦が始まる。


コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品