ゼロ魔力の劣等種族

じんむ

第十七話 真相


 目の前には木製ながら重量感のある両面開きの扉がある。
 気付けば走っていたせいか、あるいは学院長との謁見というだけあってか心臓が波打つ。目の痛みは今は無い。後は満を持してこの扉を開くまでだ。
 呼吸を整え、金属の取っ手で二度扉を叩く。

「クロヤ・シラヌイです」
「入れ」

 学院長は女らしい。凛々しい声が扉の向こうから聞こえたので扉を開く。

「君が噂の弥国人だな」

 外の明かりから差し込むガラス張りの壁を背に鋭い視線が飛ばされる。
 漏れ出るオーラのようなものからはこの人間が相当の実力者だという事を窺える。

「噂になっているかは知りませんが、確かに弥国人です」
「だろうな。わざわざ黒髪にする物好きは西洋にはいないだろう」
「でしょうね」

 答え、武器召喚アスラ=テドアで不如帰を顕現させる。同時にヒイラギの能力も解放した。

「やはり君に……」

 学院長が何やら呟くが気にしない。俺はこの女に問い詰めなくてはならない事がある。

「学院長、これに見覚えあるんじゃないですか?」

 間合いを詰め、ポケットに常に潜ませていた学院の紋章が刻まれているプレートを見せる。
 返答によってはこの手でこの女は始末する。復讐、それが俺の一番の目的だったから。勿論、ヒイラギ自身に危害を加えたあの女も復讐対象だが。

「まぁそう怖い顔するなクロヤ・シラヌイ」
「知ってるんですか? これについて」
「ああ」

 俺の質問に肯定すると、学院長は目を閉じると話し始める。

「君が不敬にもこの場で剣を抜くのも無理は無いだろう。何せそのプレートはルミエルとは別のもう一つの私の組織、【シャドウ】の証だからな」

 この女があれの親玉か。
 不如帰を突きつけようとすると、不意に凄まじい圧が俺の全身を包み込む。

「まぁ待て」

 学院長の眼差しが俺を射すくめたのだ。
 鋭利なそれと声は、俺に一切の動きを制限する。それ程までに凄まじい威圧だった。

「まずは一つ、謝罪させてもらいたい。弥国の神子みこについての件だ」

 神子とは未来を見通す力を持つ者の事……ヒイラギの事だ。その力が故に天皇の相談役として天皇とほとんど変わらない地位を神子家は持っている。
 やはりこの女はヒイラギについて知っていたのか。

「……謝罪だと? まさか殺してごめんなさいと言うんじゃないだろうな?」
「半分正解だ」
「なんだと?」

 問うと、学院長は話し始める。

「まずシャドウについて説明せねばなるまい。シャドウとは裏の仕事を遂行する組織、いわゆる王直属の隠密部隊だ」
「隠密部隊……」
「【ルミエル】は他国へのけん制と共に平和の象徴的存在で、簡単に言えばお飾りだ。無論、お飾りとは言え実力は国随一の集団だ。護衛やら紛争制圧やら、表立った仕事がある。そして【シャドウ】は端的に示すと実働部隊、主に暗殺や諜報活動、国に仇なす組織の破壊活動等を裏の任務を遂行する血の多い組織だ。それだけに実力はルミエルと同等。いや上と言ってもいいかもしれない。何せルミエルよりは圧倒的に戦闘の機会が多いからな」
「要するに、あんたが組織にヒイラギを殺させたって事でいいんだな」

 ルミエルだとかシャドウだとかそんな事はどうでもいい。大事なのは誰が殺し、殺させたのかだ。
 圧を押しのけ、刃を突きつけるが、学院長は特に動じた様子もなく口を開く。

「それは違う。神子に手を下したのは私の判断ではなく、シャドウを裏切った人間だ」
「どういう事だ?」
「我々シャドウの仕事は神子の保護だった。だが、裏切り者の手によりそれを阻まれ、挙句には神子を喪失する結果になってしまった。そしてそのプレート……シャドウの証は裏切り者の持っていた物だ」

 放たれた事実に愕然とする。頭が真っ白になりそうになったが、なんとか押しとどまり思考を回転させ言葉を絞り出す。

「保護、とはどういう事だ?」
「詳しくはまだ話せないが、ある組織が神子を狙っていた。我々シャドウはその事を察知し神子の保護に向かったんだ」
「おい待て、あの時お前たちは都への移動中襲ってきたじゃないか。それが保護だと?」
「だから勧告したはずだ。神子を置いていけば危害は加えないと」

 俺の疑問に、学院長は悪びれた様子もなく答えた。
 同時に言いようのない怒りが腹の底から沸き上がると、同時にまた目が痛み出した。
 だが堪え、問いかける。

「なんだよ、それ。いきなり現れた得体のしれない連中に、俺達が神子を差し出すとでも思ったのかお前らは?」
「ああ。まさか魔法相手に抵抗してくるとは思わなかったよ」
「弥国人が忠義厚いと連中だと知らないわけじゃなかっただろう?」
「そうだったのか。劣等種族の事などさして興味は無いからな」
「お前……」

 このまま不如帰で貫いてやろうかと考えるが、押し留める。どうにも学院長の言葉には偽りが無い気がしたからだ。だとすればここで殺すのはただの殺人だ。

 あの時、俺が倒れ動けない時、ヒイラギを斬った女が逃げ去ったのは別の所からの声が聞こえたからだ。そしてその声はどうにも俺と言葉を交わした襲撃者の声に似ていた気がする。ともすればあの時、あの声が言っていた「奴」とはヒイラギの事では無くあの女という事だ。それは暗に裏切り者の追跡をしていたことを示していると言える。

 それに、俺はこうして生きている。ヒイラギが俺の心の一部になった後もしばらく俺は動けないでいた。だが誰かに探されている気配はまったく無かった。だがそれはヒイラギが死に、任務の遂行が不可能と悟り、同時に裏切り者が現れそちらの方に意識が向かざるを得なかったからとも言える。
 加えて、後で知ったが他の護衛も傷は負いつつも生きていたらしい。

「いや、煽るような物言いをしてすまない。魔法を使えないだけで弥国人は体術に優れいているからな。実のところ、私たちも先ほど言った組織に手を焼かされ参っている所なんだ。つい熱くなってしまった」
「いや……」

 校長の言葉に不如帰を収め、ヒイラギの能力もまた鎮めた。同時に目の痛みも消えた。

「一つ質問をさせてもらってもいいかシラヌイ」
「……はい」
「君のその眼はもしかして神子の能力なのではないか?」
「ええ、そうです」

 ヒイラギと俺に何があったのかを伝えると、学院長は興味深そうに顎をさする。

「なるほど……。つまり神子は生きていると」
「心に縛られ離れられず、好きな時に誰かと話す事も出来ない。これが生きているかと言われれば答えかねますがね」
「ああ、すまない。だが神子の能力は存在するんだな?」
「まぁ、そうですね」

 学院長は「そうか」と呟くと、一瞬、口角を上げた気がした。あるいは少し顔が下が向いたからそう見えただけかもしれない。
 そんな事より、俺は聞かないといけない事がある。

「俺からも少しいいですか?」
「ああ」
「その裏切り者は今どこに?」
「今は王国の監獄島の奥深くに幽閉されている事だろう。我々も裏切りを野放しにするほど甘くはない」

 なるほど、俺が手を下すまでも無かったっていうわけだ……。

「教えてくれてありがとうございます」
「待て」

 礼を言い部屋を出ようとすると、学院長の声に引き留められるので立ち止まる。

「真実を知った今、君はどうするつもりだ?」

 おおよそ俺の目的も理解しての発言だろう。
 目的を喪失した今、この学院にいる意味はなくなった。

「私は君の実力を買っている。先ほどの試合は見事なものだった。入学選抜上位のフラミィ・エネルケイアを能力も無しに体術で打ち負かすなんていうのは前代未聞だ」

 あの戦いは学院長に見られていたらしい。
 にしてもフラミィは上位だったのか。道理であれだけ強かったわけだ。

「知っての通り、ここは実力のある者は誰であろうと歓迎する。是非とも、君には学院に残ってもらいたい」
「さて、どうしましょうかね」

 また一から流浪の旅に出て己を鍛錬するのもありかもしれない。あるいは……。

「一応言っておくが、監獄島に忍び込むつもりならよせ? 先見の能力があったとしても君に攻略できるような場所ではない」
「……忠告ありがとございます。流石の俺もそこまで馬鹿じゃありませんよ」

 それだけ言うと、今度こそ俺は学院長室を後にした。

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