ゼロ魔力の劣等種族
第八話 対話
寮生会議が終わると自由時間となったので、生徒達は学院内見学だとか腹ごしらえだとか、各々自らの目的を果たすために会議室から出ていく。
俺もまたその波に乗り、かといってやる事も無いので部屋に戻ろうとしていると、ふと誰かが制服の裾を引っ張る。
「クロヤ」
「あれ、どうしたエクレ?」
振り返れば、真っすぐとエクレの澄んだ瞳がこちらを見ていた。
あまりに綺麗なそれに思わず見入っていると、やがて目線は俺の下の方へと向けられる。
追ってみると、エクレの白雪のような色を帯びた手がポケットを指さした。
「それ」
「それ、とは」
「そこに入ってる銀のプレート見せて」
銀のプレートと言えば恐らくあれの事だろう。さっき取り出した時に見られていたのかもしれない。
とは言え別に隠す物でもない。そもそも俺もこれが何か分かってないし、もしかたらエクレが何か知ってるかもしれない。
「これがどうかしたか?」
取り出すと、エクレはすっと鉄板を受け取りまじまじと観察する。
「似てる」
「似てる?」
聞き返すと、エクレは肯定のを意を込めてなのか小さく頷く。
「クロヤもルミエル知ってるでしょ? さっき話してた」
「ああ、王直属の近衛守護部隊だったか」
「そう。この銀色のプレートはルミエルの一員の証のプレートに似てる」
なるほど。道理でこの学院の紋章が刻まれてるわけだ。ただ似てるという言い方は引っかかる。
「でも似てるって事は違うんだよな?」
聞くと、エクレはコクリと頷き説明してくれる。
「形、刻まれた四神の紋章は一致してる。でも色が違う。ルミエルの証は金色」
「メッキがはがれて色が剥げたっていう可能性は?」
「無い。ルミエルの証は純金って聞く。それにもしそれが偽りだったとしても、剥げてこんな光沢は出ない。恐らくそれは白金かあるいはそれに類する鉱物」
「ほう……」
ルミエルの証じゃない、か。
「それはどこで手に入れたの?」
「いやまぁ、道端で拾った」
「ほんと?」
「ほんと」
実際本当だった。弥国に居た時に道端に落ちてたから拾ったまでだ。
「……そう」
目を若干伏せるエクレは何故かは分からないがどこか悲し気に見えた。
「にしてもよくルミエルの事知ってるな。俺なんか今話を聞かされて初めて知ったよ。ルミエルに証があるとか、それが純金だとか。やっぱり目指してるだけあるな」
なんとなく気まずかったので適当な話題を振ってみると、エクレはゆっくり頷く。
「お姉様がルミエルに所属してたから」
「へぇ、そうなのか。エクレのお姉さん凄いんだな」
つまりこの学院で5000ポイント溜めたわけだ。優秀以外の何者でもないだろう。
「……でも今は行方不明」
ふと、呟かれた言葉に身が固まるのを感じた。どうやら余計状況を悪化させたらしい。
エクレは物憂げな目を流し窓の外へと向ける。
「なんていうか、ごめん」
「クロヤは悪くない。じゃあ、そろそろ私は行く」
それだけ言うと、エクレは廊下の向こうへと歩いていってしまった。その小さな背中はなんとも弱々しく儚げに見える。
やがてその背中が見えなくなったので、とりあえず俺も自分の部屋に帰る事にした。
♢ ♢ ♢
ふと、目を開けるとそこは何度も見た事のある景色だった。
屋根瓦の家に縁側、その庭には池があり灯篭があり、桜が立っている。懐かしい故郷の風景の一端だ。
「クロヤ」
声が聞こえたので振り返ると、白と紅の儀礼服に身を包んだ黒髪を腰まで湛えた女の子が立っていた。
「ヒイラギか」
言うと、ヒイラギは何故か可笑しそうに口元を隠し笑う。
「ふふ、ここには私しかいないよ?」
「そう言えば……いや待て、俺もいるよな?」
「もう、そうだけど」
まだ抜けきらないのか、ヒイラギはどこか楽しげな感じが滲み出ている。そこまで可笑しかったか?
疑問を抱いていると、ヒイラギがとりあえず座ろうかと桜の木の下に行くので、俺もまたその後をついていく。桜の木の下は俺たちが話をする時に座る低位置になりつつあった。
「しかし、いつ来てもここは変わらないな」
隣同士、桜の木の下で座ると、ふとそんな言葉が口をつく。
「そりゃだって、クロヤ心の中だもん。仕方ないよね」
「どういう意味だよそれ」
「別に~」
ヒイラギはどこかからかうような口調だ。まぁ確かに俺の心の中っていうのはだいたいあってるんだろうけど、ああいう言い方されるとこう、お前はいつまで経っても成長していないなとか暗に指摘されてるみたいでなんだかな……。
「にしてもあれから一年、だよね」
不意に放たれたヒイラギの声は重みを帯びている。
おおよそ一年前、ヒイラギは何者かによって襲われ、殺されかけた。いや、殺されたと言っても差し支えないだろう。一年前のあの日、何者かに斬られ、消えそうになった魂の一部をヒイラギはその場にいた俺の心の中に移すことによって繋ぎとめたのだ。だから俺とヒイラギはこうして心の中で対話することが出来ている。
 と言っても、いつでもできるわけではなく眠ったらたまにという具合だけど。
何故襲われたのか、理由は定かではない。ただ恐らくヒイラギの持つ特殊な能力が関係しているのだと思う。弥国人で魔力を唯一有し、さらに未来をも透視する事ができる能力が。もっとも、後者の能力はまだ不完全ではあったのだが。
「本当にすまなかった」
過去の記憶をたどればやはり後悔に満たされる。俺がもっと強ければ、ヒイラギはこんな状態にならずに済んだはずなのだ。
「もう、だからクロヤは悪くないって言ってるでしょ?」
申し訳なさでいっぱいになっていると、ヒイラギは心なしか尖った声音で諭してくる。
「でも……」
「あーあー。私はもう何言っても聞かないよー」
俺の声を遮りヒイラギは聞かない意思を示す。
恐らく気を遣ってくれているのだろう。やれやれ、男が女に気を遣わせてどうするんだか。
「そうだよな。それよりヒイラギ、あの銀のプレートあるだろ?」
「うん」
ルミエルの証と色違いのあのプレート、あれはヒイラギを斬った人間が落としたものだ。だからこそ俺はエクストーレ学院へと入学した。真実を知り復讐を遂げるために。
「俺の思った通り、やっぱり学院と関係があるらしいんだ」
あれがルミエルの証である金のプレートと色違いだという事を説明すると、ヒイラギはどこかすっきりしない表情を見せる。
「どうした?」
「ううん、でもクロヤ、無理してないかなって」
「俺が?」
「私のためにクロヤが色々と調べてくれるのは嬉しい。でも、それでもし無茶してクロヤが危ない目に遭うのは、嫌かなって」
確かにそうかもしれない。俺が無茶をして身を朽ち果てればヒイラギも存在できなくなる。
「そうだな、無茶はしない」
「絶対だよ?」
「おう」
それだけ伝えると、景色が少しずつ歪み始める。そろそろ時間らしい。
「そういえば、クロヤの学校生活についてあまり聞けてなかったね」
「まぁでも、まだ入学したてだしな」
「それもそっか。でも次会うときは絶対に聞かせてね」
「別にそんなの聞いても仕方ないと思うけど……まぁ、分かったよ」
「またね、クロヤ」
「またな、ヒイラギ」
最後にお互い別れの言葉を交わすと、そのまま意識は闇へと遠のいていった。
俺もまたその波に乗り、かといってやる事も無いので部屋に戻ろうとしていると、ふと誰かが制服の裾を引っ張る。
「クロヤ」
「あれ、どうしたエクレ?」
振り返れば、真っすぐとエクレの澄んだ瞳がこちらを見ていた。
あまりに綺麗なそれに思わず見入っていると、やがて目線は俺の下の方へと向けられる。
追ってみると、エクレの白雪のような色を帯びた手がポケットを指さした。
「それ」
「それ、とは」
「そこに入ってる銀のプレート見せて」
銀のプレートと言えば恐らくあれの事だろう。さっき取り出した時に見られていたのかもしれない。
とは言え別に隠す物でもない。そもそも俺もこれが何か分かってないし、もしかたらエクレが何か知ってるかもしれない。
「これがどうかしたか?」
取り出すと、エクレはすっと鉄板を受け取りまじまじと観察する。
「似てる」
「似てる?」
聞き返すと、エクレは肯定のを意を込めてなのか小さく頷く。
「クロヤもルミエル知ってるでしょ? さっき話してた」
「ああ、王直属の近衛守護部隊だったか」
「そう。この銀色のプレートはルミエルの一員の証のプレートに似てる」
なるほど。道理でこの学院の紋章が刻まれてるわけだ。ただ似てるという言い方は引っかかる。
「でも似てるって事は違うんだよな?」
聞くと、エクレはコクリと頷き説明してくれる。
「形、刻まれた四神の紋章は一致してる。でも色が違う。ルミエルの証は金色」
「メッキがはがれて色が剥げたっていう可能性は?」
「無い。ルミエルの証は純金って聞く。それにもしそれが偽りだったとしても、剥げてこんな光沢は出ない。恐らくそれは白金かあるいはそれに類する鉱物」
「ほう……」
ルミエルの証じゃない、か。
「それはどこで手に入れたの?」
「いやまぁ、道端で拾った」
「ほんと?」
「ほんと」
実際本当だった。弥国に居た時に道端に落ちてたから拾ったまでだ。
「……そう」
目を若干伏せるエクレは何故かは分からないがどこか悲し気に見えた。
「にしてもよくルミエルの事知ってるな。俺なんか今話を聞かされて初めて知ったよ。ルミエルに証があるとか、それが純金だとか。やっぱり目指してるだけあるな」
なんとなく気まずかったので適当な話題を振ってみると、エクレはゆっくり頷く。
「お姉様がルミエルに所属してたから」
「へぇ、そうなのか。エクレのお姉さん凄いんだな」
つまりこの学院で5000ポイント溜めたわけだ。優秀以外の何者でもないだろう。
「……でも今は行方不明」
ふと、呟かれた言葉に身が固まるのを感じた。どうやら余計状況を悪化させたらしい。
エクレは物憂げな目を流し窓の外へと向ける。
「なんていうか、ごめん」
「クロヤは悪くない。じゃあ、そろそろ私は行く」
それだけ言うと、エクレは廊下の向こうへと歩いていってしまった。その小さな背中はなんとも弱々しく儚げに見える。
やがてその背中が見えなくなったので、とりあえず俺も自分の部屋に帰る事にした。
♢ ♢ ♢
ふと、目を開けるとそこは何度も見た事のある景色だった。
屋根瓦の家に縁側、その庭には池があり灯篭があり、桜が立っている。懐かしい故郷の風景の一端だ。
「クロヤ」
声が聞こえたので振り返ると、白と紅の儀礼服に身を包んだ黒髪を腰まで湛えた女の子が立っていた。
「ヒイラギか」
言うと、ヒイラギは何故か可笑しそうに口元を隠し笑う。
「ふふ、ここには私しかいないよ?」
「そう言えば……いや待て、俺もいるよな?」
「もう、そうだけど」
まだ抜けきらないのか、ヒイラギはどこか楽しげな感じが滲み出ている。そこまで可笑しかったか?
疑問を抱いていると、ヒイラギがとりあえず座ろうかと桜の木の下に行くので、俺もまたその後をついていく。桜の木の下は俺たちが話をする時に座る低位置になりつつあった。
「しかし、いつ来てもここは変わらないな」
隣同士、桜の木の下で座ると、ふとそんな言葉が口をつく。
「そりゃだって、クロヤ心の中だもん。仕方ないよね」
「どういう意味だよそれ」
「別に~」
ヒイラギはどこかからかうような口調だ。まぁ確かに俺の心の中っていうのはだいたいあってるんだろうけど、ああいう言い方されるとこう、お前はいつまで経っても成長していないなとか暗に指摘されてるみたいでなんだかな……。
「にしてもあれから一年、だよね」
不意に放たれたヒイラギの声は重みを帯びている。
おおよそ一年前、ヒイラギは何者かによって襲われ、殺されかけた。いや、殺されたと言っても差し支えないだろう。一年前のあの日、何者かに斬られ、消えそうになった魂の一部をヒイラギはその場にいた俺の心の中に移すことによって繋ぎとめたのだ。だから俺とヒイラギはこうして心の中で対話することが出来ている。
 と言っても、いつでもできるわけではなく眠ったらたまにという具合だけど。
何故襲われたのか、理由は定かではない。ただ恐らくヒイラギの持つ特殊な能力が関係しているのだと思う。弥国人で魔力を唯一有し、さらに未来をも透視する事ができる能力が。もっとも、後者の能力はまだ不完全ではあったのだが。
「本当にすまなかった」
過去の記憶をたどればやはり後悔に満たされる。俺がもっと強ければ、ヒイラギはこんな状態にならずに済んだはずなのだ。
「もう、だからクロヤは悪くないって言ってるでしょ?」
申し訳なさでいっぱいになっていると、ヒイラギは心なしか尖った声音で諭してくる。
「でも……」
「あーあー。私はもう何言っても聞かないよー」
俺の声を遮りヒイラギは聞かない意思を示す。
恐らく気を遣ってくれているのだろう。やれやれ、男が女に気を遣わせてどうするんだか。
「そうだよな。それよりヒイラギ、あの銀のプレートあるだろ?」
「うん」
ルミエルの証と色違いのあのプレート、あれはヒイラギを斬った人間が落としたものだ。だからこそ俺はエクストーレ学院へと入学した。真実を知り復讐を遂げるために。
「俺の思った通り、やっぱり学院と関係があるらしいんだ」
あれがルミエルの証である金のプレートと色違いだという事を説明すると、ヒイラギはどこかすっきりしない表情を見せる。
「どうした?」
「ううん、でもクロヤ、無理してないかなって」
「俺が?」
「私のためにクロヤが色々と調べてくれるのは嬉しい。でも、それでもし無茶してクロヤが危ない目に遭うのは、嫌かなって」
確かにそうかもしれない。俺が無茶をして身を朽ち果てればヒイラギも存在できなくなる。
「そうだな、無茶はしない」
「絶対だよ?」
「おう」
それだけ伝えると、景色が少しずつ歪み始める。そろそろ時間らしい。
「そういえば、クロヤの学校生活についてあまり聞けてなかったね」
「まぁでも、まだ入学したてだしな」
「それもそっか。でも次会うときは絶対に聞かせてね」
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