『愛してるゲーム』に負けたらキスするなんて先輩のバカ!

みりん

5 「すきですっ!」

 美しい宇宙の映像が終わり、ドーム内の照明が点灯する。

 めくるめく空の旅に感動してほうけていると、先輩があたしを見て少し微笑むと、

「面白かったね」

 と小首を傾げた。きゅん。今日初めて笑った!

「はい! 最高でした!」

「小説の参考にはなりそう?」

「はい! 来てよかったです! ご協力ありがとうございます!」

「そっか。なら良かった。じゃあ、帰ろっか」

「え、あ、はい。そうですね!」

 先輩は立ち上がると、出口に向かって歩き始める。あたしも慌てて立ち上がり、先輩のあとを小走りに追った。借りていた上着を返し、先輩の後ろをついて歩く。

 そっか。そうだよね。プラネタリウムを見に来たんだから、それが終わったら、今日の取材はもう終わりだよね。どうしよう!? 別れ際に告白するって決めておしゃれして来たけど、心の準備は全然間に合ってないよ!

「あの、せっかくですし、科学館の他のフロアも見てまわりません?」

 呼びかけると、先輩は申し訳なさそうな顔になって、

「ごめん。この後用事があるんだ。もしどうしても見たいなら、後は一人で回ってもらえるかな?」

 と拝まれた。

「あ、なら良いです。見たいところは回れましたから。予定があるなら、急ぎましょう!」

 あたしは小走りでエレベーターへと急ぎながら、どきどきと緊張する心をなだめていた。わーん。もういよいよ言わなきゃ。今日言えなかったら、絶対いつまでたっても言えないし! とにかく告白しないと始まらないって瑠美ちゃん言ってたし!

♡ ♡ ♡

 ついに、駅まで着いちゃった!

「全部のフロア見て回れなくてごめんね。じゃあ、また大学で」

 先輩は詫びると、ICカードの入った定期入れをお尻のポケットから取り出した。

「あ、あの! ちょっと待ってくだしゃい!」

 やだ噛んだ! どうしよう。呼び止めたは良いけど、緊張してうまくしゃべれないよう。耳が熱い。絶対赤面してるってば。先輩の顔、見れない!

「なに? ごめん、俺急いでるから」

 先輩の焦ったような声。足が半分改札の方を向いてしまう。

「すきですっ!」

 先輩の動きが止まる。あたしは先輩の真っ白なスキニージーンズの裾から覗く紺色のキャンバスシューズの辺りを見ながら、次の言葉を絞り出す。

「最初は、金髪だし、怖い人かと思ったけど、部会とか一緒に授業受けたりとかしてるうちに、先輩のいじわるだけど優しい一面とか知って、それで、すきになりました! 良かったらあたしと付き合って下さい!」

 言った!

 言っちゃったよう。もう後には引けない。でも、大丈夫だよね? あたし、可愛くなったよね? 前の地味なあたしだったら無理でも、今日はちゃんと可愛くしてるから、だから女の子として見てくれるよね?

 あたしはばくばくと鳴る心臓を抑えながら、先輩の次の言葉を待った。

 100年経ったかと思える数秒が過ぎて、先輩はようやく口を開いた。

「――ごめん。俺、彼女いるんだ」

 え?

 思わず顔を上げると、辛そうに眉を歪ませた奏多先輩と目が合った。

「だから、今梨花とは付き合えない。ごめんな」

 え?

 先輩、彼女いたんだ……。知らなかった。じゃあ、ほっぺにチューしたのはなんで? ただからかってただけ? 取材に協力してくれたのは、ただ優しいだけ? 彼女いるのに、他の女の子とこんなデートスポットに来るなんて……。

 ううん。先輩は映画の後のスタバで、彼氏がいるテニサーの女友達と遊びに行っても良いってはっきり言ってた。てことは、その逆で先輩に彼女がいても、それは関係ないってことだったんだ。

 あたし、分かってたはずじゃん。

 だから、これはデートじゃなくて、取材に協力してくれてるだけだって。何度も言い聞かせてたはずじゃん。なのに、口ではそう言いながらも、本心では期待してたんだ。先輩もあたしのこと想ってくれてるって。女の子らしい可愛い格好して、あたしから告白さえすれば、きっと全部うまく行くって。

 だから、先輩に彼女がいるなんてこと、微塵も思いつかなかった。

 全部、ばかで男の人の免疫ないあたしの、勝手な勘違いだったんだ。

「愛してるゲーム」なんて、合コン遊びにのぼせ上がった、ただのあたしの、馬鹿な勘違い。恥ずかしい!

「ごめん、梨花。ごめんな? 大丈夫か?」

 先輩の声に我に返る。

「いえ! いいんです。大丈夫です! あたし、大丈夫です! 全然気にしてません!」

 慌てて言ったら、言葉とは裏腹に、涙が頬にこぼれた。

 やだ。慌てて俯く。

「平気です……さあ! 先輩、急いでるんでしたよね! 早く行って下さい! それと、今言ったこと忘れて下さい! 次会ったときは、今のなかったことにして、今まで通り普通に先輩後輩しましょうね!」

「わ、ちょっと」

 あたしは両手で先輩の背中を押して改札に押し込む。先輩は改札を抜けると、一度心配そうにこっちを振り向いたあと、笑顔で手を振るあたしを確認して、申し訳なさそうに去っていった。

 先輩の姿が雑踏に紛れ、完全に見えなくなったとたん、あたしは力が抜けて足から崩れ落ちた。人通りの多い改札の前でへたり込むなんて、普段なら絶対に出来ないけど、今は通り過ぎる人の面白がる目も全然気にならなかった。

 ただ、悲しい。

 あたしは、溢れ出る涙を止めることができず、子供みたいに泣いてしまった。

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