ひとりよがりの勇者

Haseyan

第五話 生無き兵団

 命を失ったはずの亡霊たちが、吸血鬼に引き入られ平原を走る。一部腐敗した箇所まで存在する彼らが、人間とは思えない咆哮をあげていた。それは正しく地獄のような光景だ。
 いくら相対することに慣れているテュールだとしても、本能的な恐怖は抑えきれない。だが、問題はない。恐怖は捨てるものでは無く、克服するものなのだから。

「全く、自殺行為だぞ……! 包囲されるのが分かっていないのか?」

 まだ開戦前だというのに、単独の部隊で特攻を仕掛けてきたのだ。陣形を整えている途中であるとはいえ、彼らに攻撃できる戦力は数万単位で存在する。いくら『魔神』であっても無傷では済まない。
 文字通りの自殺行為だった。

「……くそ、間に合わない」

 尤もそれも、全体から見た戦況の話。テュールからしてみれば、虚を突かれて攻撃されたことに変わりはない。悪態を付きつつも即座に異能の発動のため魔力を練り上げるが、僅かに間に合わない。
 だが、ここで下がる訳にもいかなかった。身一つで迎撃することを覚悟し、練り上げた魔力を純粋な魔法のために使おうとして、

「──てぇ!」

 テュールに迫るアイザックの部隊に、横合いから矢の雨が降り注いだ。最も近くにいた部隊が独断で援護してくれたのだろう。先頭のアイザックに只の弓が通用するはずがないが、背後の死体は違う。
 そもそも回避という概念も無い彼らはまともに攻撃を受け、明らかに減速していた。いくら命が無くとも、物理的に歩行不可能な傷を受ければ機能を停止するのだ。足の筋肉を傷つけられれば、進軍速度が落ちるのも当たり前だった。

「ありがたい」

 再び魔力を異能の発動のために割く。大きな時間稼ぎとは言えないが、十分すぎるほどだった。アイザックが迫る。軍勢がテュールに飛びかかる直前──戦場が白く輝いた。

「本当に、面倒なことをしてくれる」

 本当に一瞬だけ。瞬き一回の間も無い、僅かな閃光が戦場を通り過ぎる。そして、それが過ぎ去った後、テュールの周りに現れたのは鋼鉄の兵士たちだった。

 機械兵。古代魔法帝国の遺跡の防衛システムにも時折見られる生無き兵士。一般的に考古学者の間で知られているそれよりは、僅かに姿形に違いがあるが基本的には同一のものである。
 それを召喚、操ることが“軍王”の『勇者』テュールの異能だ。その数はおよそ八千程度か。

「何のつもりかは知らないが、遠慮はしない」

 死無き亡者の軍勢。生無き鋼鉄の兵団。お互いに人の形を持っただけの、人では無い軍隊だ。これこそがアイザックとテュールが唯一軍隊を真正面から殲滅できる『魔神』と『勇者』と言われる所以だった。
 特にアイザックの異能は生身で相手するにはあまりに厄介すぎる。死体を操る異能ということは、彼に倒された戦力はそのままアイザックの配下として寝返ることになってしまう。
 そこに血を操り、血で力を増すヴァンパイアの異能も合わされば、戦えば戦うほど強くなる不死身の軍勢と化すだろう。

 だが、テュールなら。テュールの操る機械兵にはそもそも生が存在しない。生きていないのなら死ぬことも無い。いくら破壊されようともアイザックの糧になることは無いのだ。この相性からテュールが戦場に派遣されるのは、決まってアイザックの姿が確認された時だった。

「いくぞ、いい加減に決着を付けてやる……!」

 もう何度も見てきた血と鉄がぶつかり合う光景。長きに渡り痛み分けで終わり続けてきた戦いを今回こそは終わらすべく、テュールは機械兵たちへ指示を送った。




 ☆ ☆ ☆ ☆




 最も戦力を集中させた南門。その一角に展開していたのは、冒険者ギルドを通じてかき集められた冒険者の集団だった。金銭目当てに国からの依頼を受諾して集まった彼らは言わば傭兵と同じだ。
 冒険者と言ってもその本質は危険地帯で働く何でも屋のようなもの。こうして大規模な戦場なら正規軍と肩を並べることだってある。

 尤も、金で集まっただけ、実力もピンきり、そもそも信用し切れない。戦術的な連携を王国軍と取れるはずも無く、専ら求められるのは独立遊軍として戦場をかき乱す役割だった。
 ついでに敵の将軍首にでも多額の賞金を懸けておけば、後は勝手に働いてくれる。冒険者側もそれを知っていて参戦しているのだ。

 そんな集団の中にエリアスたちの姿もひっそりと。

「……なんか、西門の方が騒がしくない?」

 耳をぴくぴくと動かしながら、訝しげに呟いたのはソラだ。彼女の言葉通り向かって左側、西門の方向から怒声などが僅かながらも響き渡ってきていた。残念ながら冒険者が配置されたのは南門の前でも東寄りの場所であるため、それ以上に正確な情報は伝わってこない。

「テュールがアイザックと殺り合ってる、たぶん」

「心配ですか?」

「別に。あいつは一番信用できるからな。だから情報を共有するのはあいつにしたわけで。そう簡単に死なないって」

 強がりでも、嘘と言っているわけでも無い。テュールは強いが、それ以上に頭が回る。馬鹿なエリアスとは大違いだ。自分の立場を理解している以上、そう簡単に命を落とすような下手はしない。
 そう口にしている間も西へ視線は向けられたままだったが、指摘されることは無かった。言葉にしなくとも仲間の気遣いに感謝して、ふと顔を上げた先には同じく複雑な表情をした青年が一人。

「どうしたんだよ、レオン?」

「……俺は」

「レオン?」

 エリアスと同じ方向を向き、小さく零す姿は言葉にし難いものがあった。誰かへの心配、なのだろうか。或いは怒りか、過去への悔いか。どれも的中しているようで、外れている気もする。

「おーい! レオン! どうしたんだ!?」

「っ!? ブ、ブライアンお前は本当に力を入れ過ぎだ!」

 それ以上にかける言葉も見つからず、躊躇うエリアス。そんな彼女を差し置いてレオンの背中を叩いたのはドワーフのブライアンだった。
 気持ちの良い音が響き渡り、周囲の冒険者などが反射的に視線を向け。そして悶絶するレオンに気づくと憐みの視線を投げかける。馬鹿力のブライアンの一撃は手加減していてもかなりの衝撃だろう。
 そもそも彼に手加減する考えがあるか、その望みは薄い。

「そうやってる方が楽しいだろう!」

「だからってな……」

「──昔のことはどうにもできないって言ったのはお前だ! 暗い顔するんじゃない」

「……っ!」

 その言葉にレオンが見せた苦しげな表情。それはほんの数秒にも満たない間に隠れてしまう。だが、その後現れた顔つきは、いつもの力強いレオンのそれだった。

「ああ、そうだ。そうだな。過去のことは無くせない……ただその責任を取るために俺はここにいるんだから」

「おうよ!」

 よく分からないがレオンとブライアンはかなり長い付き合いらしい。今のパーティーも元々はレオンとブライアン、ソラとセレナのそれぞれのコンビが合併し、最後にエリアスが加わった形であるそうだ。
 きっと彼ら二人の間でしか分からないものだって存在する。

「もうすぐ、始まりますかね」

「緊張してるの?」

「集団での戦いはこの間みたいに経験はありますが、ここまで大きな戦場は初めてですから。そればかり・・・・・に集中できませんし」

 こうして冒険者として戦場に紛れ込んでいるのは、一番近づく方法としてこれがベストだったからだ。ひっそりと戦場を観察しようとしたところで、咄嗟に飛び込もうものなら王国、連邦の双方から襲われかねない。

「ああ、テュールは絶対に信用できる。仮に教会の内通者がいるとしたら“予言者”か……」

「なんじゃ、なんじゃ。“予言者”がどうした?」

「ん? そりゃ一番あや……」

 そこまで口にしたところで言葉が途切れた。何かひどくおかしなものを見つけて、目の前の初老の男性を凝視する。男性、ギルド本部所属の獣人族クフンも不思議そうに首をかしげていて、

「は、あ!? お前この間の……ってどこまで聞いて……!?」

「ほとんど聞いておらんわ。この間の仕事で悪目立ちしてたやつを見つけたんで、ちょっと声をかけただけじゃよ」

 思わず声を上げるエリアスに、クフンは疲れたように否定して見せた。以前参加した王国領地に侵入した魔族の盗賊団の討伐。その時、冒険者ギルド本部から派遣されてきたまとめ役が彼だった。

「殲滅せよと煽り状況を悪化させたうえ、敵の頭領に挑む。それで捕まれば援軍を寄越せと、あれだけ好き勝手していた連中を忘れるわけなかろうが」

 ただの冒険者の身分であるエリアスをクフンが覚えていたことは意外だ。そんな考えが表情に透けて見えていたのだろう。ため息交じりに答えられる。
 言葉にされてみると確かに問題行動だらけである。妙に納得のしてしまう口ぶりだった。

「その節はどうも、ご迷惑を……」

「頭まで下げんでいい。冒険者らしいと言えばらしいからのう」

 慌てて頭を下げようとするレオンを制止して、クフンはそのまま立ち去ろうとしてしまう。突然現れ、突然去っていく姿に何も言葉が見つからない一同。そんな中、クフンは最後に少しだけ立ち止まる。

「まあ、こういうのもおかしな話じゃが。武運をな」

「ちょっとそれってどういう意味なの?」

「さあのう。わしは他の知り合いにも声をかけてくる」

 今度こそ背中を向ける狐人族。本当に挨拶をするためだけだったのか。どこか納得のいかないモヤモヤを持て余してしまって。

「全軍、前進する! 冒険者も飛び出し過ぎないように進め!」

「始まった……!」

 それを吹き飛ばすように号令がかかる。両国の命運を握る戦いの初日が、本格的に始まろうとしていた。

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