ひとりよがりの勇者

Haseyan

第十七話 ミカンセイ

 最早、嘘のように活動を停止した機械兵を押し退けながら廊下を進んでいく。意識の無い人間は重たいと言うが、それが人を模した鉄の塊だとより増していた。道を埋めるように大量の機械兵が鎮座する光景はそれだけで圧巻の一言で、

「ほんとこれ、セレナが止めれなかったら全滅してたな」

「あまり、笑えないね……」

 籠城していた部屋を離れ、出口に向かって足を進めていっても、見えるのは鉄の人形ばかり。四桁の大台に乗っていても不思議ではなかった。さすがにこの数を相手しては、それこそ軍隊でもない限りは物量で押しきられてしまうだろう。
 あと一歩で全滅だった事実を叩きつけられ、今さらになって背筋が冷える思いだった。

「ったく……戦うのって怖いんだな……」

「何か言ったか!?」

「ブライアンは一々声がでかいんだよ! 気にするな」

 昔は戦うことなど怖くはなかった。歪んだものでも、相手を殺す大義名分はあったから。何時命を落としてしまっても、それで構わないと思っていたから。
 だが、こうして生きることの楽しさを知ってしまったせいか、死ぬことが恐ろしくなってしまった。武器を突きつけられて体が震えるなんて感覚は初めてだ。

 それが悪い感情だとは、決して認めたくはないけれど。

「いえ、私が失敗していても全滅はしなかったと思いますよ」

 顔色も良くなってきたセレナが、機械兵を跨ぎながら静かに溢した。その言葉にレオンが訝しげに顔を向ける。

「どういうことだ? さすがにこの数を相手していたら耐えきれる自信はない」

「……確かに私は遺跡探索の経験がありました。こうやってコンピューターを通じて、防衛システムを乗っ取ったこともあります。でも、いや、だからこそ、今回は違和感があって……」

 きっと彼女自信も確信は無いのだろう。僅かに目を伏せて、すぐに顔をあげた。

「明らかに、逃げ道を用意されてたんです。あんなに早く停止できたのもそのためでして。そもそもこの遺跡の防衛設備は私たちを追い出しこそすれ、殺す気はなかったんではないのかと」

「殺す気はなかった……?」

「はい。ですが、本来なら所詮は機械。遥か昔に作られた道具に、そのような命令が組み込まれているとは考えにくい。なら、何処かで細かい命令をしていた人間がいるはずで……」

 つまり裏で糸を引いていた人物がいると。その言葉に五人は顔を見合わせて頷く。そして妙な気配を感じて視線を正面へ。そこに佇むのは、正確には浮かんでいるのは、一人しかいなかった。

「いやー突然防衛システムが停止したから何事かと見に……」

「やっぱりお前か」

 わかりきっていた黒幕は言葉を切って、困ったように曖昧な笑みを浮かべるのだった。




 ☆ ☆ ☆ ☆




「ふははは! バレてしまってはしかた……ちょ、だから魔法はダメだって!?」

「バレるも何も、怪しさしかなかったよな?」

 エリアスが魔法陣を一つばかり浮かべて、電撃を構えるだけで無力化は完了だ。両腕を掲げ、降参の体勢を作った幽霊に大きく溜め息を付く。
 あまりに怪しすぎて逆に冤罪なのでは、などと思ってもいたが、何の捻りもなく犯人だったとは。何もかもすっ飛ばして、呆れしか沸き上がってこなかった。

「全く『アカシックレコーダー』も何をしてくれるんだか。僕にこんな面倒な案件を押し付けてくれちゃって」

「それは話していいことなのか?」

「だって、もう僕の任務は失敗してるし? そもそも君たちをここに案内した『アカシックレコーダー』が悪いわけだし?」

「その『アカシックレコーダー』が何か、俺様たちは知らないんだけどな!」

 拗ねたように座り込んでいた幽霊が、ブライアンの言葉に固まった。みるみるうちに元から青白く発光している体の、顔に当たる部分がさらに真っ青に染まっていって、

「へ、は? 『アカシックレコーダー』を知らない……? ごめん忘れてくれな、ひぃっ!?」

「全部、吐けよ。な? 俺も拷問とかは好きじゃないから」

 もう一つ魔法陣を追加して、笑顔で脅す。自他ともに迫力の無い容姿なこと請け合いだが、さすがに武器を一緒に見せれば脅せはするらしい。

「それに黙っていても仕方ないですよ? 先程一緒にデーターベースからいくつかの資料をコピーさせていただきました。あなたが黙っていても、私たちが確信に近づくのは時間の問題です」

「……はあ、ほんと。久しぶりに起こされたらこれなんて、嫌になるよ」

 セレナの一押しが聞いたのか、幽霊は自虐的に薄い笑みを浮かべた。ポツポツとその口から語られ始める。

「『アカシックレコーダー』。かつて僕たちの創造主が作り上げた最高傑作の一つにして、”世界の安全装置”。そのうちの一体、知恵と情報の保管庫だ。『魔神』のモデルになった兵器と言えばわかるだろう?」

「世界の安全装置……なんか物騒な話だね」

「実際、物騒さ。彼女たちが稼働しているってことは、既にこの世界は一度失敗している。そして二度目の失敗は全てを台無しにしちゃうからね」

 世界の安全装置。『魔神』のモデル。間違いない、今エリアスは酷く重大な事実に対面している。それも想像とは違った形で。

「本当はこの研究所も保険なんだよ? 万が一彼女ともう一人が失敗したときに、残された人類に情報を与えるための最後の保険。だけど、まだ二人は稼働してる。だから人類がこの情報を得るのは早すぎるんだ」

「それで俺たちを追い出そうとしてた、と。つまりそういうことなのか?」

「うん、そうそう。だからと言って殺すわけにもいかないからね。まあ、失敗しちゃったわけだけど」

 レオンに答えて、そのままエリアスを一瞥すると、幽霊は肩を竦めた。確かに信じがたい情報で、それは重大な事実だ。しかし、エリアスたちに世界がどうとか興味はない。そんなスケールが大きすぎることは、その最高傑作とやらに任せればいいだろう。
 目的を見失うべきではない。エリアスたちの目的は戦争の終結と、教会の陰謀を止めることなのだから。

「まあ、なら安心しろ。俺たちの目的は『宝玉』の情報だけだ。『魔神』のモデルってのは気になるけど、世界がどうとかに興味は……」

「──それは違うだろう? 君が、他でもない君が。この情報に至ってしまった。真実を知る鍵を得てしまった。それは僕たちの完璧な計画に綻びが生まれた瞬間だ。この事実は、後に結末を変えかねない」

 唐突に幽霊の雰囲気が変わる。これまでのふざけたような道化のような態度が消え去り、ただ淡々と無表情で語り出す。
 その迫力に呑まれ、言葉を返すことができない。ただ目を見開いて黙ってしまう一同には興味無さげに、エリアスだけを見つめていた。

「まっ、忘れてくーれよ! 確かに今の君たちに必要な情報じゃないからね」

「……今ので忘れろとか、無理があるっての」

 瞬間的に元の軽薄な態度に戻る。そこには先程の雰囲気は微塵も垣間見れず、だからこそ、この幽霊の本性に底が見えなかった。

「さて、じゃあ帰った帰った。もう資料は手元にあるんだろう? 僕に聞かなくてもそれを読めば良い。これから増えてくる他の空き巣を殲滅する準備をしないと」

「……なあ、お前はずっとここにいるのか?」

 話は終わりだとばかりに、立ち去ろうとする幽霊の背中に思わず声をかけてしまう。ここには誰もいない。彼以外には誰も。
 ただ一つ、施設を守り通すという目的のためだけに、視界に入った人々を殺し続ける。彼は永遠に独りぼっちで、空しい殺戮を繰り返すのだろう。そう思うと、勝手に言葉が漏れてしまっていて。

「うん、そうだよ? それが僕に植え付けられた機構だからね。創造主の命に従って働くだけさ。それが僕の信念で、僕の運命だから」

「ち、違う。俺だって変われた。これまで人生なんて辛いことしかないと思ってたけど、でも今は楽しいんだ。だから、お前だって……」

「もう一度、言うよ」

 背中を向けたままに幽霊が言葉を溢した。妙に力強い響きで、まるで子供に言い聞かせるような声質で言い放った。

「それは違うだろう? 君は変われてなんかいない。僕と同じだ。自分の意思なんて無くて、ただ在るべき時まで稼働して、そして定められた運命を終えるだけ。変われたなんて、それは酷い勘違いだよ」

 表情は伺えない。だが、その言葉はあまりにも悪意に満ちていて。エリアスの脳裏を何時までもぐるぐると回り続けていた。




 ☆ ☆ ☆ ☆




「少し怪しかったけど、これなら日暮れまでに都市につけそうだ」

 夕暮れの光に照らされる平原を、エリアスたちは踏みしめていた。遠くに目を凝らせば、うっすらと人々の反映が見えてきている。ギリギリだが、今晩は柔らかいベッドに横になることができるだろう。

「……珍しいね。まだ気にしてるの?」

「気にしてねえよ、ただの変態幽霊の戯れ言だし」

 心配げに顔を覗き込んでくるソラからそっと眼を逸らし、吐き捨てた。そうだ、口にした通りただの戯れ言だ。そう切り捨てることはいくらでもできる。
 そのはずなのに、どうしてだろう。あの悪意に満ちた言葉を。何処かで否定できないのは。

「違うだろ、俺は……」

 否定できないというのは、変われていないことを認めるということだ。変われていないというのは、レオンたちに救われたはずなのに、エリアスの根本は腐ったままだということだ。
 それはレオンへの。ソラ、セレナ、ブライアンへの侮辱だ。絶対に認めるわけにはいかないのに。

「気にしないでください。エリアスさんはしっかり変われています。昔は傷つけるだけだったのに、あなたの言葉は私の肩の荷を下ろしてくれた。変わっていないなら、そんなことできるわけがありませんから」

「そうか、そうだよ……な」

 微笑を浮かべるセレナは、確かにどこか吹っ切れた様子だった。その笑みに救われる思いになる。他でもない仲間たちが、エリアスを肯定してくれる。それだけで、もう十分だ。

「さて、宿についた今回の資料をしっかり読み込んでみましょう。『宝玉』に関するデータもありました。教会への対抗策はきっと作れます」

「それもいいけど、まずは美味しいものでも食べに行かないか? ずっと働き詰めじゃ疲れもとれない」

 少なくともエリアスたちは前を向いている。確かな目的をもって、まっすぐに進めている。それだけは確かなのだ。

 ならば何も恐れる必要はない。エリアスは奪ってきた数だけ、救わなくてはいけない。それでエリアスの罪を少しでも償うことができるのなら、迷いはしない。
 仲間たちの背中に向かって、青髪の少女はそう決意するのだった。

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