ひとりよがりの勇者

Haseyan

第十六話 例え終わりが見えぬとも

 仲間たちが、次々と迫ってくる機械兵たちを粉砕していく。近頃急速に連携が上手くなっていった青髪の少女も含め、お互いがお互いを助け合うように終わりの見えない戦いへ望んでいく。
 それを、助けなければいけないとは思う。今のセレナにできる最善の行動とはそれなのだ。だが、そうだというのに。セレナの二本の足はまともに動こうとしない。せめて魔法による援護をしようとしても、雑念の入り混じる思考は魔力の顕現を妨害していた。

 あの日、夢を失った時から強くあろうとした。それがオリバーに託された願いだったから。そのために冷静沈着な完璧な存在であろうとした。それがオリバーへの報いだったから。

 だが、そんなことセレナには無理だったのだ。例えば以前、エリアスが敵の手に落ちたとき、合理的な判断に基づいてエリアスを見捨てるように進言した。たった一人のために全滅することだけは避けなければならなかったのだから。
 でも、心の中ではその選択を受け入れられなかった。必死に自分を騙して、口先では冷血を振る舞ってもどこかで罪悪感がセレナの偽りの冷静さを削ってしまっていた。その結果、敵の罠に気づかず、他の冒険者の助けが無ければそれこそ全滅もあり得ただろう。

 セレナは半端者だ。完璧を装い、その選択に納得ができず、それでも口先では押し通し、そして自滅していく。所詮は他者から受け継いだだけの信念。只の義務感だけでこれまで戦ってきたセレナは強くなどない。
 どこまでも弱虫な一人の女性に過ぎないのだ。

 だが、エリアスたちはそんなセレナに文句一つ垂れることは無かった。これだけ迷惑をかけたのに。もっと昔から澄まし顔をしながら、小さなミスを繰り返してきたというのに。
 そして彼らはこうとも言った。迷惑をかけても構わないのだと。完璧な人間になどセレナは、否、誰もがなることはできないのだから。

「なら、私は……」

 きっとセレナは完璧な結果を残すことなんてできない。でも、仲間にもっと頼ることが許されるのだと言うなら。
 ダメな人間なりに、足掻いてみようと。そう思えた。




 ☆ ☆ ☆ ☆




 小さな発破音が、怒声が、そして鉄と鉄のぶつかり合う音が、耳障りなほどに響き渡る。次々とドアの消し飛んだ部屋の入り口から雪崩れ込んでくる命亡き兵士たち。
 例えその身を砕きただの金属片へと姿を変えようと、全く同じ姿をした機械兵がそれを踏み越えエリアスたちに殺到した。

 それは最早、鉄の洪水だ。一体一体はそれほど脅威ではない。だが、下手に命中すれば、一撃で致命傷になりかねない魔力の弾丸を連射する大軍勢でもある。極限の集中力を要する彼らとの戦いに終わりが見えないのは、徐々にそして順当にエリアスたちの気力を奪い尽していた。

「クソッタレ、一体どこから湧いてきてるんだよ!?」

「イヤになっちゃうね……っと! どこかで今も大量生産してるとか?」

「怖いこと言うのは止めてくれ。そしたらジリ貧もいいところだ……!」

 ブライアンが入口の真正面に陣取り、彼を抜けた機械兵をソラとレオンが。そして致命的な弾丸をエリアスが魔力で編んだ盾で受け止める。そんな役割分担でどうにか籠城戦は安定していた。
 こうして軽口を叩く程度に余裕があるのもその証拠だ。全員が気力と体力の両方を上手く配分できるほどに戦い慣れているのも大きい。このまま変化が無ければ、一刻ほども耐え続けることは可能だろう。

 ──だが、それで終わらなければ?

 時計の針が一周しても、廊下は鉄の兵士で埋め尽くされているかもしれない。二周しても変わらないかもしれない。三週、四週、五週。もしかしたらソラの言葉通り、永遠に敵の数は減らないのかもしれない。
 あり得ないとは、誰にも断言できなかった。ここは古代魔法帝国の遺跡。現代では及びもつかない圧倒的技術力の結晶、その研究機関だ。半永久的に戦力が補充されてもおかしくはない。

 心のどこかに残るそんな最悪のビジョンの前には、歴戦の冒険者たちも秒単位で精神が抉られていく感覚を隠し切れはしなかった。

「どうする? もし強行突破するなら早めがいいと思うぞ! 俺様があいつらを吹き飛ばせるうちにな!」

「いや、いくらブライアンでも無理だ! 隙間無く廊下を埋め尽くされたらもうどうしようもない!」

 ブライアンの戦鎚が機械兵を捉え、壁に叩き付ける。そのまま地面に落ちると横倒しになり、手に装備されていたライフルはあらぬ方向に吹き飛んで行った。それでも損傷の生まれた関節をぎこちなく動かし、素手でブライアンに再び肉薄。
 しかし、ブライアンには届かない。もう一度、空中で戦鎚に叩き落された機械兵は、今度こそ偽りの生を終えて機能を停止する。後に残った金属の残骸を見送る余裕も無く、次なる機械兵へとブライアンは向き直った。

「だがこのままどっちが先に倒れるか、体力比べはちときついぞ!」

「他に方法が無いんだからやるしかねえだろうが! 気合で持たせろ! 出来なかったら死ぬだけだ!」

 どうしても焦りが生まれ、ようやく慣れだしたはずの守りの魔法にも精細さが欠けていく。せめて、丸一日でも構わない。この絶望的な戦いに終わりが見えさえすれば、後は耐え続ければよいのに。
 耐え続けるか、強行突破するのか。迷っていては剣筋だって鈍る。そう誰もが考えていたからこそ、彼女の声は正に暗闇に差した光だった。

「この部屋のコンピューターから防衛システムにどうにかアクセスしてみます! どの程度、時間がかかるかはわかりませんが……」

 振り返らなくとも声の主は一人しかあり得ない。セレナだ。恐怖に震える体では、彼女はとても戦えないだろう。しかし、他のことなら、今のセレナにしかできないことはいくらでもある。

「よくわからねえけど、こいつらを止められるんだな!? 好きなだけ時間かけろ! 丸一日かけてもいい!」

「あたしたちの意見も聞いてほしかったんだけどなぁ……! まあ、やってみせるよ!」

 迷惑をかけても構わないと言ったのはエリアスたちの方だ。なら、どうにか立ち上がってくれたセレナに報いなければならない。エリアスは散々迷惑をかける側だったのだから、たまには掛けられるのも悪くないだろう。

「『雷槍』!」

「エリアス、あまり攻撃に魔力を使うと……」

「大丈夫だっての。この体の魔力量にも段々と慣れてきた。それにまあ……少しは前衛のお前らも楽になるだろうし……」

 最後は小声で言ったつもりだったのだが、苦笑するレオンとブライアン、ニヤニヤ笑みを浮かべるソラを見る限り、しっかりと聞き取ったらしい。仲間のために自分の消耗を増やすなんてこと、つい数ヵ月までには考えられなかったのに。

 決して恥じることではないと分かってはいるが、どうにもむず痒くて、照れ隠しのように雷で編んだ槍を機械兵に叩き込む。

「照れ隠しにしては物騒だな!!」

「そういうんじゃない! くそ、次の危なかったときに防御してやらねえぞ!?」

「ガハハハ! 全部任せるからな!」

 そして本当に直撃コースの弾丸へ、何の備えもなく突撃するブライアンに目を見開く。本当にエリアスが魔法の盾を顕現させなければ、それだけで右肩が使い物にならなくなっただろうに。

「どいつもこいつも……」

 一つのミスが即命取りになる極限の状況で、エリアスも自覚なく口角がつり上がった。相手がただ人を模しただけの機械であるため、破壊することに一切躊躇いが無いこともあるだろう。
 それでも、不謹慎ながら戦うことを楽しいと思ったのは久しぶりだった。無言で、かつ素早く意思の疎通を行う。その度に自分が一人ではないのだと、実感できる。

 今なら、レオンたちと一緒なら、負ける気がまるでしない。決して人前では口にはできない高揚が、限界を越えてエリアスの集中力を高めていた。

「ここの扉……妙に厳重だと思っていましたが、やっぱり高位の役職の人物が使っていた部屋……なら、パスワードを抜き出してしまえば……!」

 セレナが興奮気味で叫ぶ。それと巨大な爆発音が響いたのは同時だった。断続的に響くその爆音はつい数時間前に聞いたばかりの、つまり爆撃の音だ。
 前回と違い、一撃で壁が粉砕されることはない。だが、何度も何度もしつこく放たれる破壊に、ついにドアの左右の壁がひび割れだして。

「みんな下がれぇ──!!」

 レオンの指示を聞くまでもなく、前衛の三人が飛び下がる。そんな彼らを追うように、爆散した壁の欠片が弾丸のごとき早さで放たれた。

「くそっ!」

 咄嗟にエリアスが消費度外視で、全員を覆うように魔力の壁を発現。しかしそれも、壁の破片と、続く弾幕で一瞬にして光の塵となって消え去ってしまった。
 土埃の晴れた先に見えるのは、通行の妨げになっていた壁を取り去り、情け容赦なく進軍してくる鉄の意思無き兵士たち。先程までは小さな出入り口から、精々二体ずつが限度だった。だからこそ、軍隊規模の兵士を相手にどうにか持久戦に持ち込めていたのだ。

 しかし、こうなってしまっては、今度こそ同時に数十体の敵を相手取らなくてはならない。自我など無いはずの機械兵たちが、まるで勝利を確信して雄叫びをあげるように、駆動音を放ちながら駆け出した。

「一ヶ所に集まれ! エリアスはセレナの防御を最優先! とにかくセレナがあいつらを止めるまで耐えるんだ!」

 指示通りにセレナを囲うように、何重にも半透明の盾を顕現させる。流れ弾がいつ飛んでくるかわからない以上、作業で無防備になるセレナにはこれでも防御が足りないぐらいだ。しかし、エリアスの魔力にも同時に処理できる魔法の数にも限度と言うものがある。
 それはただでさえ厳しくなった前衛のレオンたちの防御を捨てることに他ならなかった。

「二体が抜けた!」

「エリアスの嬢ちゃんッ!」

「やるしかねえか──!」

 レオンたちをすり抜けた二体の機械兵が、エリアスに肉薄する。乱戦では射線が通らないと判断したのか、その手に持つのはライフルではなく金属製の槍だ。

 それに短杖から雷の刃を生やして応戦する。これ以上、他の魔法は扱えない。セレナの防御だけでエリアスの処理能力は限界だった。

 先を走る機械兵の刺突を右に一歩ずれることで回避。突き出された腕に一閃しようとして、もう一体が横合いから槍を振り上げたのを見ると、すぐさま逆方向へ体を転がす。
 すぐ目の前に落ちてきた矛先に冷や汗をかきながら、受け身を取ってすかさず起き上がった。機械兵が追撃してくる。回避。カウンターを狙う、が相変わらずもう一体の機械兵がその好機を潰しにきていた。

「はぁっ……ほんとに、全然体力が持たねえ……!」

 もう今さら未練なんて無い。しかし、『勇者』の力があったときならば、この程度一瞬で終わらせられたというのに。そう思わずにはいられない。
 何より、今の少女の体は刃をぶつけ合う戦いでは、とても体力が持ちやしなかった。小柄な体はリーチの短さを促進し、思い描く動きよりもワンテンポ以上遅れてしか、体は言うことを聞かない。

 だからと言って、このままでは次々と機械兵が室内を埋め尽くすだろう。じり貧なのは誰の目にも明白で。

「ぁ……いや、また私を……」

 唯一の希望であるセレナを一瞥する。しかし、そこに居たのは恐怖に唇を震わせ、作業を止める一人のか弱い女性が一人。一体、何が彼女をここまで怯えさせるのだろうか。
 強固な守りに覆われ、ただ一人安全な場所にいるはずなのに。まるで過去と今を重ね合わせるように、セレナは震えていた。

 否、考えるまでもないか。彼女は冷徹に振る舞おうとしても、その根っこは心優しい人物で、そして皆が思うよりも弱い人物だ。
 セレナは死ぬことを恐れてるのではない。仲間が傷付くことを恐れているが、それは彼女の恐怖の本質ではない。

 ──セレナは一人、取り残されることに恐怖を抱いているのだ。

 なんて身勝手なのだろう。守ってもらっているくせに、ひとりぼっちにしないでくれと泣き喚く。それはあまりに身勝手な願いだ。

 身勝手であまりにも人間らしい、当たり前の欲求だ。

「ひとりぼっちが嫌で何が悪い!」

 ほんの一瞬。手足に魔力を流し込み、強化された肉体が限界を越えた機動を発揮する。機械兵の切り払いから腰を落とすことで逃れ、続くもう片割れの一撃へ、離れるのではなく足元へ転がり込んだ。

 背中を僅かに矛先が掠めていく。鋭い痛みを気合いで圧し殺し、背後へ回り込んだエリアスはすぐさま雷の刃を構え、

「少なくとも俺は二度と願い下げだ!」

 物理的な刃を存在しない。だが、熱量によって鋼鉄でできたはずの体を、確かに切り裂いて見せた。

「さっき言っただろ! 丸一日でも持たせてやる。こんなところで死ぬつもりなんてあるかってんだ。だから、のんびり落ち着いて、作業に戻れ!」

 か弱い体を無理に魔力でドーピングしたことにより、全身の骨が軋みをあげる。思わず歪みそうになる表情を、どうにか不敵に笑わせた。
 いくら体が少女のものに変わろうと、エリアスは男、のつもりだ。少しぐらい見栄を張って格好つけても許されるだろう。

 相方を倒されたことに怒りを覚えた、訳ではないだろうが、もう一体の機械兵が肉薄してくる気配に再び構える。セレナの様子はこれ以上、伺う気はない。
 一瞥する余裕さえもう残されていないし、わざわざ確認せずとも立ち直ってくれると、それぐらいの信頼ならとっくに抱いていた。

「エリィ!?」

「悪いけど、後ろにいてやることがもう無いからな!」

 ソラに群がっていた機械兵の一体に一閃。その姿にソラは目を見開きつつも、タイミングを合わせるように刀を振るう。関節を見事に貫いた刀が、鉄の腕を得物ごと叩き落とした。

 僅かに生まれた余白に、二人の少女は体を逃れさえ、そしてレオンとブライアンと合流する。自然と四人で背中を向け合い、一ヶ所に固まった。

「エリアスが前に出てきてるのはまあ、後でたっぷり話をするからな」

「あのまま後ろにいてもセレナ以外に防御は回せなくて暇だったし、仕方ないだろ」

「そのままあたしたちは放っておいて、セレナと一緒に引き籠ってればよかったのに……接近戦じゃあんまり強くないんだから」

「はあ!? そんなに弱くねえよ!」

 想定以上の粘り強さを見せる侵入者たちを警戒しているのか、包囲網を築いたまま機械兵たちは動かない。それを良いことに四人は昼下がりの街中のように笑い合っていた。
 その余裕は誰もがここで朽ち果てる気がないからだ。そして、朽ち果てるわけがないと考えているからだ。

 それは決して慢心ではない。この顔ぶれなら大丈夫だと言う確信だ。

「エリアスの嬢ちゃん。お前さんはどのくらい動ける?」

「『身体強化』を使っていいならいくらでも……」

「だーめっ! 負担が大きすぎるから無理しないの」

 これこそ使わざるを得ない緊急事態だと思うのだが、ソラからの使用許可は降りないようだ。先ほど少しだけ使ったのは黙っておくことにする。

「なら俺様の近くにいろ! ある程度なら受け止めてやる!!」

「そうでなくても、みんな離れすぎるなよ!」

 その叫びが合図だったのかはわからない。だが、機械兵たちが再び駆け出したのはほぼ同時だった。

「ほんと、どこにこんな数が居たのかな!?」

 斬っても、潰しても、壊しても、焼き切っても。何体倒そうといくらでも増援は沸いてくる。弾丸を避け、刺突から逃れ、得物を振るう。
 足元が鉄の破片だらけになろうと、敵の勢いが途絶えることはない。

「ぐぉっ!」

「ブライアン!? なっ、うぁ──!」

 すぐ隣に居たブライアンが短く悲鳴を上げた。反射的に見てみれば、右肩から血を流しだらりと腕は下がっている。それではもう戦槌を振り回すのは難しい。
 逆にエリアスが彼を助けるべきだと判断を下し、その直後、横合いから肉薄する機械兵に気づけなかったエリアスもまた、一撃を貰い吹き飛ばされた。

「いったぁ……! やば──」

 得物は落としていたのか、ただ鉄の拳で殴られただけなのが幸いした。衝撃を殺すように咄嗟に飛んだことで、重症には至っていない。
 だが、幸運を喜ぶ暇もなく、倒れたままに体を転がす。

「────」

 直前までエリアスが居た場所を、複数の矛先が貫いていた。悲鳴をあげることさえ忘れ、どうにか立ち上がろうとする。だが、たった一撃で足腰には力が入らず、起き上がることさえままならない。

 顔をあげる。今度こそ止めを刺すべく、人を模した鉄仮面がエリアスを見下ろす。吹き飛ばされたせいで、ソラたちの助けは間に合わない。
 だが、体も動かない。槍が振り上げられた。何か打開策は無いのか。体は未だ言うことを聞かない。矛先が迫る。死が目前に迫って、

「ひぃ……」

 固く瞼を閉ざし、頭のすぐ近くで何かが床と衝突する音が小さく響いた。しかし、それだけだ。来るはずだった一撃は振り下ろされない。恐る恐る目を開けると、得物を構えたまま不思議そうに辺りを見渡すレオンたち。
 そして、嘘のように制止してしまった機械兵たちの姿あって。

「防衛システムを停止を確認……皆さん無事ですか!?」

 セレナが慌てて駆け寄ってくる。レオン、ブライアン、ソラ。倒れていたことに気づかなかったのか、最期にエリアスを見つけると、セレナは胸に手を当て深い深い息を吐き出した。

「間に合ってよかった。ええ、本当に。ところでエリアスさん……?」

 一斉に視線がエリアスへ集まる。涙目になって頭を押さえ、ついでに言えば妙に情けない悲鳴をあげてしまったエリアスへ。視線が突き刺さる。

「まあ、ちょっとは女の子らしい悲鳴になった?」

「うるせぇ、なんで聞こえてるんだよ!」

 とぼけたソラの言葉に、エリアスは顔を赤くしながら吠える。その声は遺跡の中をうるさいほどに響き渡っていった。

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