ひとりよがりの勇者

Haseyan

第七話 忍び寄る影

「地図だとこの辺り、か……」

「俺でも分かるぞ。気持ち悪いぐらいに魔力がうごめいてやがる。ここに何かあるのは間違いない」

 “情報屋”の地図と都市で購入した地図。その二つを見比べながら、先頭を歩くレオンは立ち止まった。場所は王都北部の城塞都市からさらに西に進んだ位置に存在する平原だ。言い方を変えるならば、大陸の西の彼方と言うべきだろう。
 少し遠くへ視線を飛ばしてみれば、青い大海原が広がっているのが見える程度には大陸の端である。そのため、その城塞都市は王国随一の漁業都市として知られている──閑話休題。

 そんな穏やかな潮風が吹いている以外には何の変哲もない平原だ。あくまで表面上は。しかし、魔法を僅かでも齧った人間ならば少し意識を向けるだけで気づけるほどの暴力的な魔力の奔流がここには流れていた。

「地図の示す場所は確かにここです。そしてこの歪みの発生源は明らかに地下から……これは当たりですね」

「で、入口はどこにあるんだ!? 洞窟らしきものは何も見当たらないぞ!」

「それは今から調べてみるので警戒をお願いします。──魔は垂れる。黒き波紋よ、虚空の霧を払い真なる姿をここに示せ『探査』」

 セレナが地面に右の手の平を押し付けて、静かな詠唱と共に銀色の髪が浮かび上がる。魔力の影響で周囲が淡く発光するセレナの姿は、彼女の美貌も合わさり幻想的な絵を描いていた。

「……見つけ、ました」

 思わず見惚れるエリアスをよそに、魔法の行使を終わらせたセレナが立ち上がった。その表情は僅かながらも達成感に満たされていて、期待する一同の視線も集中する。それらを一身に受けつつ、セレナはレオンから地図を受け取るとこちらに見えるよう広げて見せた。

「明らかに人工物らしき空洞、それとそこの一部が水中に沈んでいるのも確認できました」

「水中に沈んでいるとなると……」

「ええ、やはり海の中に入口はあります」

 当初の予想通りと言う訳だ。長い年月で海の中へ沈んでしまったのか、或いは秘匿とするために敢えて水中に入口を設けたのか。それは分からないが侵入口が判明した以上、理由はどうでもいいだろう。
 大事なことは水中での活動が必要になった。その一点のみである。そう、それだけであって、

「……やっぱりこの格好のままで」

「無理に決まってるでしょ? 水を吸っちゃってまともに動けないよ」

 それはつまり、先日購入させられた水着の着用を強制されるという訳だ。ただ試着室の中で着るだけでも顔から火が出るような気分であったのに、それを屋外で着るのは少々、否、かなり抵抗がある。
 だが、ここまで来た以上、今更拒絶するわけにもいかないのだって理解している。だからこそ、エリアスは苛立ちを隠しきれなかった。最も隠す気など最初から無いのだが。

「分かってる! 分かってるっての……着りゃいいんだろ着れば! ああ、只の仕事用の装備なんだからな……!」

 ほとんどやけくそになった少女の雄たけびが平原に響き渡った。




 ☆ ☆ ☆ ☆




 それから半刻ほどが過ぎた。海岸の岩場を男女交代で見張りつつ、“水中用装備”に着替え終えたエリアスたちはセレナの魔法による詳細な探査を行っている。それに意識を集中し無謀なセレナを守るため、他の四人は警戒に当たるのが定石だ。
 そう、定石である。あくまでそれが最適解の行動であって、現実は違った。

「なあ、エリアス。いつまでもそうしてないで……」

「──あぁ? 文句あるか?」

 可能な限りドスを利かせた声を返答とし、苦笑いと共に引き下がるレオンを一瞥する。高らかと豪快に笑うブライアン。ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべるソラ。そして困った様子のレオン。
 そんな三人の視線の中心でエリアスは水着姿で所謂、体育座りの姿勢を取っていた。少しでも体を隠すための苦肉の策である。これでも変わり切ってしまった体のラインが丸見えなのが忌々しい。

 そもそもこんなビキニ姿で、大事な所しか覆っていない装備で本当に攻撃を受け止められるのか。自動で防御する術式が組み込まれているそうだが、肌の大部分が大気に触れている以上、不安は拭い切れなかった。

「大体な、魔法で防御が整ってるとはいえ、追加で物理的な守りも用意するべきなんじゃねえか?」

「それよりも機動性を重視するべしって開発志向だからね……それと女性冒険者から見栄えの要望が多く上がって……」

「裸同然の格好に見栄えもクソもあるかぁ!」

 同じくビキニ姿──ただしエリアスとセレナとで微妙に形状が違う──ソラの再び怒鳴り散らす。それが裸同然という今の姿を余計に意識させてしまい、顔に熱が帯びていくのを止められない。完全に自滅だった。

 思わず膝に顔と体を押し付けて、柔らかい二つの感触が伝わっていくのもまた忌々しい。女になってしまってから少しでも鍛えようとしているのだが、男の時のように筋肉が付かないのだ。
 多少は増えているのだろうが、依然として柔らかな体つきに大きな変化は見られない。やはり本気で元に戻る方法を探すべきか。そんなことを考えていると、ふと毛色の違う視線を感じて顔を上げた。

「何だよチラチラ見やがって。元男がこんな格好してて気持ち悪いか?」

「いやいや、別にそう言う訳じゃない!」

 慌てて両手を振って否定するレオンを睨み付ける。どうせ気を使っているだけで内心は気味が悪いとでも思っていたのだろう。当たり前だ、今のエリアスは男の癖に女物の水着を身に着けた変態と言っても間違いでは無いのだから。

「じゃなくて……似合ってるぞって、な」

 そう予想していたからこそ、続くレオンの言葉に一瞬思考が停止しかけた。もう一度膝に埋めようとしていた顔を上げ、レオンを窺うが特に嘘を付いている様子も無い。つまり本気で口にしたことを思っているわけで、

「そういうのは真っ当な女に言っておけ……っ!」

 視線を逸らしながらポツリと返す。褒められたのが嬉しいと言う訳でもないが、不快に思われるよりかはよっぽど良かった。別に嬉しいわけではない。無いはずだ。それを認めてしまったら色々と失いそうで、絶対に受け入れる気は無い。

「……いくつか海中に穴がありますね。候補は数個、装備も十全ですし順番に回りましょう」

 複雑な感情に手を余らせている間に、気が付くと立ち上がっていたセレナ。ちなみに彼女の水着は所謂パレオが付属していた。
 それはともかくとして、彼女の言葉に一同が荷物を持ち始めたことで、エリアスもいい加減に諦めると立ち上がる。

「じろじろ見たらぶっ殺すからな」

「あ、ああ」

「分かってる分かってる!」

 若干一名、聞き流しているものがいるが下手に突っ込んでもうるさいだけなので放置する。右の太ももに専用のホルスターに収納した短杖があることを再確認し、移動を始めたレオンたちに続いていった。
 荷物は特殊な魔法的素材で防水は完備、特に心配はいらず一行は海へと足を踏み入れていく。ひんやりとした海水が肌を刺激した。

「まだ浅いけど……予想以上に動きづらいな。襲われたらちょっと困らないか?」

 海に入るとはいえ、陸沿いを進むためしばらくは腰の辺りの水位がせいぜいだ。それでも水の重さで体の動きは大きく制限されてしまう。ここで魔獣や魔物の襲撃に合ったらかなり危険だろう。

「ええ、なので私とエリアスさんの魔法での迎撃が主になりますが……雷は打たないでくださいよ?」

「へ? なんでだ?」

「海水は電気を通すのに持ってこいですから。仲間の攻撃に巻き込まれて全滅、なんて笑い話にもなりませんよ」

 よく分からないが電気が水を通じてこちらにも牙を剥くということか。エリアスとしてもそんな結末は願い下げなので心に深く刻み込んでおく。

「そういえばさ。セレナの使ってた『探査』って魔法、別に特別な技術じゃないよね?」

「ええ、そうですが。何か気になることでも?」

「うんちょっとね。地下に埋まっているとはいえ、どうしてこれまで誰にも見つからなかったのかなって」

 その疑問には皆が同意だったのだろう。レオンもブライアンも興味深げにセレナへ視線を向けた。ブライアンはただ周りに便乗しただけとしか思えないが。
 ソラとエリアスの視線も集めながら、セレナは少し考え込んでから口を開け、

「『探査』の魔法は通常通りに使うと、かなり範囲が限られてしまうんですよ。せいぜい周囲数メートルの球場が限界でして」

「じゃあ、どうしてセレナは地下深くの遺跡を見つけられたんだ?」

 レオンの最も疑問にセレナも頷いた。周囲への警戒を続けながらもセレナは解説を続ける。

「私の場合は直下に何かがあると知っていたので、範囲を針状に伸ばしたんです。一度発見してしまえば、内部を探ることは難しくありませんから」

「結局、手がかりがゼロじゃその魔法も意味が無いってことか」

 まさか一歩ずつ直下に調査していくわけにもいかない。そうなればこれまで遺跡が発見されずに、放置されていたことにも納得がいった。最も何かしらが稼働を再開した今では、他の人間に発見されるのも時間の問題だろう。

「それまでに中身を漁っちまえばいいけどな」

「早いもん勝ちだ! 分かりやすくて嫌いじゃないぞ!!」

「ありていに言ってしまえばそうですが……っと最初の穴はこの辺りですね」

 セレナの言葉に先頭を行くレオンが立ち止まった。水面上からでは上手く視認できないが、確かに急激に深くなっている場所がある。全員がその大きな穴を確認し終えると、腰につけたポーチから小さなネックレスを取り出した。
 続いてペンダント状になっている窪みへ、緑色の水晶を取り付ければ準備は完了である。

「魔水晶一つで十分ぐらいしか持たないからな。各自管理はしっかりと頼む」

 それを合図に、エリアスたちは一斉に穴へと飛び込んでいった。すぐに顔まで水中に浸かってしまい──予想していた水の感覚が無いことに気が付くと目を開く。それが先ほど身に着けたネックレスの効果だった。
 風属性の魔水晶を消費して、装備者の頭を覆うように空気を供給し続ける。魔水晶の消費量がたまに傷、とはセレナの弁だが多少の出費は仕方が無かった。むしろ魔道具様々だ。

「────」

 呼吸の確保ができたことに安心しつつ、暗くなり始めた視界をセレナの魔法が照らす。それでも底は見えず、まるで地底の底にまで誘われるような錯覚を受けた。本能的な恐怖に体が震えるのを必死に抑える。
 命のやり取りを繰り返してきて、恐怖には慣れている。だが、感じないわけではない。それどころか、最悪死んでも構わないと開き直っていた以前から変わり生きたいと、幸せになりたいと願えるようになって。余計に恐怖に弱くなってしまった。
 それが悪くことだとは、とても思いたくない。だが、僅かでも体が震えてしまうのは止めようがない。

「……ちっ」

 ふと右手に何かが絡んでくることに気が付く。その先を見てみればエリアスの右手を掴むソラの左手が。そして安心させるように、まるで妹か何かへ向けるように笑みを浮かべるソラの姿があった。
 余計・・な気遣いに思わず舌打ちをしつつも、それを振り切るようなことはできなくて。そのまま弱く小さな手を繋ぎながら、海底へと沈んでいった。




 ☆ ☆ ☆ ☆




「これは一発目から正解か。幸先が良い!」

 地下に広がる巨大な空洞。その場所の一角にある水中へとつながる穴。そこから静かに顔を出したレオンは、辺りを見渡すと小さく歓声を上げた。
 続いてエリアス、ソラ、セレナも水面上に飛び出して、水の中から抜け出すと肩の力を抜いていく。周囲に敵影は無し。エリアスの感覚にも魔力を持つ生命体の反応は無し。ひとまずは安全な空間に出たという訳だ。

「魔力の歪みもこの先から感じる……本当にここかも、な?」

 背後から激しい音が鼓膜を揺らし、四人は慌てて飛び退く。大量の気泡を発生させながら、何かが勢い良く水面から飛び出して、

「ごおはぁっ!? ごほッ……!」

「ブライアン!? 遅れてるとは思ったけど大丈夫か?」

 地上に這い上がったブライアンは苦しげに酸素を求めていた。慌てて駆け寄ったレオンが背中をさすってやる。驚いた様子で尋ねるレオンへ、ブライアンは呼吸を荒くしながらもどうにか言葉を吐き出した。

「も、もう水面だと思って魔水晶をケチったんだがな……! 俺様の想像以上に距離があった……おえぇぇぇ」

「息が持たなかったんだな……」

 要約すれば自業自得と言う訳だ。心配しても骨折り損でしかなかった。無様な姿を見せつけるドワーフを無視して、ソラから受け取ったタオルで体を拭く。暖かな生地が冷えた体を癒す──その時、妙な気配を敏感に感じ取って、

「……っ! セレナ!」

「分かってます! 全員構えてください、何かいます!」

 タオルを投げ捨てると短杖を引き抜き、臨戦態勢へと移った。突然の動きに驚きつつも、レオンたちも急いで荷物から得物を取り出そうとする。そのままでは錆びてしまうため、荷物と一緒に運んでいたのだ。

 ──それが致命的な隙だった。

「お前ら下がれ!」

 荷物に殺到したレオンたちの背後に魔力が収束する。明らかに何者かの意思が介入したそれが一か所に集まり、何かを構成していく。すぐさま詠唱を始めるエリアスとセレナ。無慈悲にも言霊が完成するよりも早く、正体不明の魔力は形を作り終えてしまって、

「なんだ……!?」

 青白く発光し、向こう側が透けて見える半透明の体。恐らくは白衣に身を包んだ若い男性。髪、眼や肌の色は淡く放たれる光ではっきりとせず人種は不明。時に人を化かし、時に呪いをかけ、時に様々な伝承に名を刻む。
 この魔法文明でさえ、空想とされる死後の存在。この世に未練を残していった死者がなると言われる存在が今、目の前で、

「はーい! ひっさしぶりのお客さんは歓迎だよっ! コーヒーでも飲みながら、外の話を聞かせてくれるかい!?」

 妙にハイテンションで満面の笑みを弾けさせていた。思わず短杖を降ろしてしまったエリアスを不思議そうに見つめ、“幽霊”は首を傾げる。

「何だい。返事が無いなんてつれないなー。もしかして言葉が通じてないとか?」

 唖然とするエリアスたちの前で、“幽霊”は制止されるまで口を閉ざすことは無く。その場にいる“幽霊”以外の全員が、この度の遺跡探索がろくなものにならない予感を感じていた。

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