ひとりよがりの勇者

Haseyan

第五話 歪みの発生源

 魔獣の襲撃からおよそ半刻と言ったところか。交戦地点からそれなりに距離を取ったところで、エリアスたちは一度息を落ち着けていた。周囲の魔力の反応が無いか意識を傾けつつも、荷馬車へもたれかかる。

「とりあえず後続はなし、か。あんなでっかい虫なんか二度と見たくねえ」

「同感だ。“変異種”以外であそこまで気持ち悪い見た目の魔獣も珍しい」

 エリアスの言葉にレオンも大きく頷いて同意する。逆に“変異種”の中にはあれ以上が居るのかと疑問に思うが、下手に聞かないことにした。知らない方が幸せなことがある。隣のソラが何かを想起して顔を青くしているのを見る限り相当なのだろう。

「あの……エルフのお姉さん、何かあるのかい? さっきから難しい顔をしているけれど」

 商人が首を傾げ、一斉にセレナに視線を向ける。彼女は長い銀髪を指で弄りながら、どこか遠くを見つめていた。その表情はいつも通りの──いっそ冷淡にさえ見える落ち着いたもの──だが、ほんのわずかに憂いを抱いているのが見て取れる。
 皆の視線が集まったことにも一呼吸遅れて気が付いた様子だった。ハッと顔を上げたセレナはレオンへ顔を向けて。

「この辺りで魔獣の大量発生の報告はありましたか?」

「いや無いはずだ。あったら先に伝えてるさ」

「そう、ですよね……。だったらこれは……」

 レオンが不思議そうに答えを返し、それを受け取ると再び黙り込んでしまう。一人で思考を巡らせ続ける姿に、誰も投げかける言葉が見つからず。

「おい、説明してくれないとこっちはさっぱり分からねえぞ」

 しかし、その姿に苛立ちを覚えたエリアスだけは違った。乱暴な少女の物言いに少しだけ目を白黒させていたセレナだが、すぐに復活すると小さく頭を下げた。

「すみません。まだ確信の無いことなので……」

「それでも言えよ。ただ待ってるだけじゃ暇で仕方ねえ」

「……本当に、確信の無いことなんですが」

 僅かに迷うように瞳を揺らした後。エリアスたちの顔を見渡して。セレナはゆっくりと口を開く。

「本当に微弱なものですが、大気中の魔力に歪みを感じるんです。本当に小さくて先ほどまで気づけなかったほどの」

「俺は……分からん。まあ感知は苦手だしな。で、方向は?」

「ちょ、ちょっと。魔法を使えないあたしたちは意味がさっぱりだよ。どういうことなの?」

 “魔力の歪み”と言う単語は魔法を扱わない人間からしてみれば親しみが無いのだろう。エリアスも体で覚えているような技術なので、詳しく説明できるかと言われれば頷けないのだが。
 しかし、元研究者でもあるセレナなら問題無い。指を一本立ててソラたちへ向き直る。

「魔力の歪みというのは、簡単に言うと魔力の流れですね。風と一緒です。大気圧の高い方から低い方に流れるように。魔力も均一になるために濃度の濃い方から薄い方へ流れる性質があるんです。ただ、今はそれ以外の要因で魔力が流動している。それが魔力の歪みです」

 例えば大規模な魔法の行使。『勇者』の身であった頃のエリアスの一撃や、軍隊が数十人規模で行う儀式魔法など。そう言った魔法は膨大な魔力を操作するために、大気中の魔力までもが引っ張られてしまうのだ。
 そうやって生まれる異常な魔力の流れを、魔法使いたちは歪みと呼ぶ。

「俺様には全く分からんな」

「ブライアンは難しい話では黙ってて。とりあえずあたしは理解したよ。それで、その歪みがどうかしたの?」

「ここからでは微弱な歪みですが……私の感覚が正しければ発生源があまりに遠いんです。しかもこの方角だと……」

 セレナの視線に釣られて先ほど彼女が見つめていた方角へ、エリアスたちも意識を向ける。商人を送り届ける都市から少しだけ西にずれた方角。その方向にあるもの。それを思い起こして、気が付いた。

「“情報屋”の地図の目的地か!」

「ええ。恐らくは。先ほどの芋虫型の魔獣も恐らく歪みの影響ですね。通常であれば魔獣化の負荷に耐え切れずに死んでしまう筈ですから、局地的に濃い魔力を受けて急速に変異したのでしょう。それが一匹だけならともかく、二匹とさらに羽虫魔獣まで加わっては偶然では済みません」

 納得したように声を上げるレオン。だが、セレナの予想が正しいとしたら、“情報屋”の地図が古代帝国の遺跡を示す説は濃厚になってくる。それは目的を考えれば悪いことではない。無いのだが、

「歪みが出てくる何かがあるってことだろ?」

「しかもそんな話は聞いたことありません。となると、最近何かが稼働し始めたということですね」

 その結論に、元から怪しかった今回の旅の目的がさらに分厚い霧に覆われるのを感じた。突然、これまで発見されなかった遺跡の地図を渡され。それが最近になって再び稼働しているかもしれない。
 これほどキナ臭い話は無いだろう。怪しさしかない。この場にいる冒険者全員がその事実に顔をこわばらせて。

「あの……そろそろ出発できない?」

 商人の困り顔を見て、仕事中だったと我に返るのだった。




 ☆ ☆ ☆ ☆




 それから時は三日ほど進む。途中に点在する宿場村を経由しながら、エリアスたちは無事に王都北西の都市へと到着していた。数回魔獣に襲われることはあったが、結局最初の襲撃が一番数が多かったこともあり、特に危なげない旅に終わった。
 依頼人の商人に怪我は一つ無し。荷物も一切の破損は無い。結果だけ見れば最上の成果だと言えるだろう。

「本当に、色々と申し訳ない……」

「いやいや、たまにはこういった旅も楽しかったからね。若いってのはいいよ」

 あくまで結果だけを見れば。こうしてレオンが頭を下げているのも、ソラとエリアスのおふざけがあったり、途中で仕事のことをすっかり忘れて話し込んでしまったからだ。冒険者として信用が大事な職だというのに、これでは悪癖を付けられても文句は言えない。
 今回ばかりは依頼人の商人が気の良い人物で助かった。必死なレオンを眺め、そういったセレナの解説をエリアスは聞き流す。正直言って、何も被害は無いだから問題ないでは、とエリアスは思っているのだが。

「最近の若い冒険者にしては律儀だね……。何だか冒険者というより騎士様とか、国に従えている人みたいだよ」

「……っ。確かに冒険者らしくない性格なのは自覚がありますが、騎士だなんて高潔な存在に、俺はなれません」

 僅かに顔を暗くしたレオンに商人は怪訝そうに目を細める。しかし、すぐに顔を上げたレオンにそれ以上追及することは無かった。黙って手を差しだし、レオンもそれに応じると固く握手を交わす。

「それじゃあまた縁があったら。よろしく頼むよ」

 満足げに手を離して、そしてエリアスたちに笑みを浮かべてから商人は立ち去っていく。商売人にしては珍しいほどに気の良い人物だった。同時にそんな性格では苦労するのだろうなと、余計な言葉が脳裏を掠める。
 それを口にすればまたソラやセレナに叱られるのは目に見えているため黙っているが。

 商人が立ち去り、残ったのは身内だけだ。これでようやく、本来の目的に付いて話すことができる。早速レオンが切り出した。

「それで、ギルドから何か情報はあったのか?」

「ありましたよ。やはり先週から魔獣の被害が増加しているようです。間違いなく、この地域も魔獣の大量発生に巻き込まれているでしょう」

「その原因が例の地図の場所、か……。本当に遺跡が地下にあるのか、それとも別の何かは分からないけど。行って確かめるしかないな」

 確かに何があるか分からない以上、危険はある。それでもここまで来てしまったからには手ぶらで帰るつもりもない。今のところは魔獣しか敵がいないのであれば、下手を打たない限りは逃げることだって十分に可能だろう。

「それじゃあ、今夜は一旦休む感じ?」

「そうだな。今から急いだところで宿場村にはたどり着けないだろうし」

 その意見に反対する者はいない。そのまま自然な流れでレオンを先頭に宿を探そうと歩き始めて、

「あの、その前に必要な装備を購入しておきませんか?」

 最後尾のセレナの言葉に立ち止まる。一通りの道具は準備してきている。消耗品などは確かに補充が必要になるだろうが、それなら宿を確保した後でも良い。一体何を、と全身の視線が疑問に塗られた。

「さっき少しだけこの辺りの詳しい地図を見ていたんですよ。そうしたらどうやら、目的地の周辺に洞穴などは無いみたいで」

「つまりどういうことだ?」

「遺跡があるにしてもそこに侵入する道があるはずなんですよ。それが小型の転送装置か、崩れた地下道かはわかりませんが。でも、洞窟は見当たらない。まさか地上に遺跡の一部がむき出しになっているわけも無く……可能性として残ったものは」

 そこでセレナは一旦言葉を切る。何故かエリアスを心配げに見つめて、迷うように。

「騒いだり、それと怒らないでくださいよ」

「内容次第としか」

「まあ、そうですよね……」

 エリアスの短い返答にセレナは疲れたように大きくため息を付いた。滅多に見ないセレナの仕草に、エリアスの警戒は深まっていくばかりだ。そんなエリアスの様子を見て、ますます困ったような表情で口籠る。
 もう、エリアスが嫌がることは彼女の中では確信していることなのだろう。一体何を買うのか知らないが、新しい服だとか言われても諦めは付いている。ある程度なら許容して見せよう。

 ゆっくりと紡がれるセレナの言葉を待って、

「海岸沿いなら、海の中は必要ないということで調査していないらしく……水中用の装備、つまり水着の用意をしておくべきだと思うんで……」

「無理だ!」

 瞬間、エリアスは走り出した。セレナの言葉など頭の外に追い出して、風のように走った。衰えてしまったはずの身体能力を全力で活用し、小さな体で人混みに飛び出す。
 青髪をたなびかせ、ただひらすらに走り続けて、

「はい、捕まえた」

「よくやったソラ。そのまま離さないでくれよ」

 ちょっと体の動かし方は上手いだけの少女が。本業の剣士に敵う筈も無く。手足をばたつかせながら、青髪の少女は猫耳の少女に抱きかかえられた。どれだけ暴れても、今のエリアスは魔法使い。逃げられるわけがない。

「ほらほら落ち着いて。落ち着いたら、行こうね」

「嫌だあぁぁぁぁぁ!」

 周囲の人々が何事かと意識を向けてくる。そんな奇異の視線も気にせずに、エリアスは限界まで駄々をこね続けていた。

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