ひとりよがりの勇者

Haseyan

第十二話 初仕事の前準備

 冒険者ギルドに備え付けられている休憩所で、微妙な空気の中エリアスは口を湿らせていた。冷たい水は運動後の体に気持ちよく染み込んでいくのだが、それを堪能する気にもなれない。
 レオンでもソラでも、何ならブライアンでも良い。何か話題を振ってくれたらこの状況も少しは改善するだろうに。原因を作ったエリアスが言えたことではなかったが。

 心の中で自虐的に呟き、先ほどの出来事を回想する。自覚はあるのだが、戦いになると妙な気分になってしまうのは悪い癖だ。特に忌々しい魔族と対面したときには激しい興奮状態で、目の前の相手を打ち砕くことしか頭に無い。

 それが今回ばかりは、どうしてかレオンに対して向けてしまった。彼の眼がオスカルのものに、力を奪われる直前に対面していたオスカルのものと似たように感じられてしまったのが理由だろうか。
 しかし、友好的なヒューマンに向かって本気の殺意を向けるなど完全にどうにかしている。それぐらいはさすがにエリアスだって自覚していた。

「どう、ちょっとは落ち着いた?」

「……ああ、頭は十分に冷えたよ」

 確認するように訪ねてくるソラへ素っ気なく答える。それを聞いて、苦笑しつつも安心したような笑みを浮かべたソラは指を一本立てて、

「それにゃら、レオンに謝ってね」

「……は?」

 会話の前後に繋がりを見いだせず、内心そのままに聞き返す。何も理解していない姿へ向かって、ソラは怒ったように腕を振り回して抗議だ。

「最後の一撃は危険なやつだったにゃ! それをレオンに遠慮無く放つなんて、ダメでしょ」

「結果的に当たらなかったわけだし、俺は別に気にしてな……」

「レオンは黙ってて!」

 片方の当事者を黙らせ、もう一方のレオンに長い人差し指を突きつける。小柄な少女がただ騒いでいるだけとも取れるのに、そこからは不思議な迫力を漂わせていた。

「ひ、一言だけ悪いとは言ったぜ……」

「心が籠っていないから」

 絞り出した言い訳もバッサリと切り捨てられる。確かにエリアスに非があるのは理解しているし、申し訳ないという気持ちも無いわけではない。
 しかし、既に済んだことで一々掘り直す必要は無いと、そう思いたい。あくまで思いたい。

「言って」

「いや、でもな」

「──言って」

 レオンは当事者であるため除外。セレナも諸事情で席を外している。消去法でブライアンに助けを求めてみるが、彼もソラ側のようで目を合わせようとしなかった。
 退路は存在せず、言い訳も不可能。逃げ場を失ったエリアスは覚悟を決めてレオンへと向き直り、

「さ、さっきのは俺が悪かったよ。ご、ご……ごめんなさい」

 たどたどしい口調で、視線もあらぬ方向に飛んでいたが一応は言い切った。

「さっきも言った通り、結果的には無事なんだから別に構わないさ」

 恐る恐るソラへ視線を寄越し、頷く彼女の表情を見て何とか妥協点は貰ったと判断。訓練所よりも重たく感じる疲労感でテーブルに顔面から突っ伏した。
 そのだらしない格好のまま首だけを上げて口に水を含ませる。そして再び倒れ込もうとして、

「しっかりと謝罪できたようで良かったです。息の詰まる会議は嫌ですからね」

 頭上より女性の柔らかい声が降ってくる。振り返ってみればセレナが戻ってきていた。そのまま空いている席に腰を下ろすと、一枚の紙をテーブルの中央に置く。
 セレナが身を引くとすぐさまその場にいた全員がその内容を覗き込んだ。

「王都南の森でゴーレム種の討伐……。まあ、エリアスとの連携の確認もしたいし妥当かな」

「ええ、いきなり高難度の依頼は危険ですので」

「ゴーレムか……こいつも最近増えてるっていう無生魔物ってやつなのか?」

 先日の会話の記憶から掘り出しながら疑問を口にする。近頃はその魔物たちが大量発生していると言っていたはずだ。
 故に、高確率でそれらの討伐かと思ったのだが、

「ゴーレムは魔物じゃなくて魔獣に属する生き物だにゃ。そこら辺はややこしいんだけど、魔獣と無生魔物、それから有生魔物は全部別物だよ」

 尋ねたのはエリアスの方なのだが、一気に難しそうな単語を並べられ脳の容量を軽くオーバーしそうである。

「えっとですね……一言で分けてしまえば魔物は先天的な魔力を持っている生命体で、魔獣は後天的に魔力を得た存在です」

「……つまりどういう意味だ?」

「例えば今回の依頼の対象であるゴーレムは、岩や木や土などと言った自然界の物質が大量の魔力を吸収することで動き出した魔獣です。このように元々魔力を持たない物質や動植物が魔力によって汚染されたものが魔獣ですね。周囲の生物を見境なく襲う危険な生き物ですから、被害が拡大する前に討伐するのが今回の仕事という訳でしょう」

 熱を発しそうな頭を何とか働かせ、どうにか知識として飲み込んだ。

 要は魔力によって汚染され、疑似的な命を得た物質や、狂暴化した生き物が魔獣、のはず。いまいち自身は無いが恐らく間違ってはいないだろう。

「まあ、あれだ。真正面から何も考えずに突っ込んでくるのが魔獣! 逃げたり群れたりする頭があるのが魔物だ!」

「おお、なるほどな」

「ずいぶんと噛み砕いた言い方だけど……意外と的を射てるんだよなぁ」

 小難しいセレナの講義よりも、ブライアンの表現の方がエリアスには性に合っていた。レオンだって控えめに肯定しているし、この認識でも正しいことに変わりはないのだろう。
 揃って笑うエリアスとブライアンバカを冷たい視線で流しつつ、セレナは説明へと戻る。

「日帰りで十分に行ける場所ですから、明日の早朝に出発にしましょう」

「異論は無い。ただ、そんな近くってことは……」

「ええ。人口が多い王都で近場の仕事が残っているということは、よっぽど大量発生しているという訳です」

 セレナ曰く、都市から近場の仕事はそれだけで人気があるということだ。近くに中継地点となる村も無く、野営が必要となればそれだけで出費も危険も増えていく。
 それに冒険者は基本的に合理主義。そんな依頼を好き好んで受けていくものは決して多くは無い。しかもここは冒険者人口も随一の王都である。近場の依頼など真っ先に消費されていくはずだ。

 それなのに依頼が残っているということは、供給が需要を上回っているということ。討伐対象が大量発生していることに他ならない。

「増えてるのはその、無生魔物ってやつだけじゃなかったのか?」

「魔力に汚染された存在が魔獣。魔力が凝縮して生まれる生き物が無生魔物。どちらも自然界の魔力濃度が異常に上昇して発生することに違いはありませんから」

 内容の半分ほどしか飲み込めなかったが、これから倒す相手の生まれ方などどうでもいいことだと諦めた。それにゴーレムとならエリアスだって戦闘経験は持っている。
 王国軍の本陣に戻るのを面倒に思い、森で野営していたところ襲われた経験だ。当時は『勇者』として、赤子の手をひねるように寝ぼけながら全て粉砕していたが、特徴程度なら問題無く記憶している。

「森でゴーレムの討伐とにゃると……あたしは大した出番は無しかー」

「ソラの“刀”は斬ることに特化してるからな。岩とか大木には効果があまり出ないのは仕方ないさ。その分、今回はブライアンに働いてもらおう」

「おうっ! 俺様に全部任せておけ!」

 しょぼくれる猫耳と、無駄に雄たけびを上げて見せる髭面。確かにブライアンの大鎚ならば岩だって粉砕することは可能だろう。
 ゴーレムを止める方法は二つ。一つはブライアンなどが力技で肉体を破壊することにより、生命活動を担っていた魔力を吐き出させること。だが、もう一つの方法ならばエリアスと、それからセレナにだって実行できる。

「俺も剣じゃ面倒になりそうだけど、魔法で核を打ち抜けばいいんだろ?」

 全ての魔力を持つ生物には“魔核”と呼ばれる魔力の供給源がある。人間で言えば心臓がその役割を兼任していた。
 ゴーレムの場合、その核が他の生物と比べても非常に脆い。最も岩の奥深くに守られている核を物理的に破壊するのは困難だし、その前に肉体の破損で活動を停止する。

 だが、魔法によって伝導させた魔力で直接破壊することは可能なのだ。

「そういえば『身体強化』ならさっき使ってたけど……他の魔法も使える感じにゃの?」

「『身体強化』と雷系統の魔法は得意だぜ。それ以外はさっぱりだけどな」

「へぇー……意外だ」

 半信半疑と言った視線をそこら中から向けられ、居心地が悪い。レオンたちは一体エリアスを何だと思っているのだろうか。断じて、目の前で鼻を書いている髭面のような脳みそまで筋肉で埋まっているような阿呆ではない。

「俺だって少しは考えてから行動してるぜ」

「あんな路地裏に女の子一人で入るエリィが?」

「ごろつき程度、一人でどうにかなると思ってたんだよ……! 大体、殺してもいいなら俺の圧勝だった!」

 非常に物騒は言い方だとは思うが、事実でもあった。エリアスが本当に容赦無く相手していたのなら、電撃の不意打ちで全て焼き尽くしてしまえば良い。ごろつきたちは何が起こったのか、理解する暇も与えられずに事切れていただろう。

「それをしなかったのはエリアスの良心だ。悪いことじゃない」

「……良心なんか、俺にはねえよ。ヒューマンをわざわざ殺す理由が無いだけだ」

 突然、エリアスの声のトーンが落ちたことにレオンが眉を潜める。それは他の者たちも同様だ。何やら地雷を踏んだと判断して、それ以上の追及は避けていた。
 普段なら若者の意地っ張りだと軽く笑って済ます発言でも、エリアスの一瞬放った雰囲気は彼らが茶化せないほどに冷たかった。

「では、早く行動に移しましょうか。“情報屋”への依頼料とここまでの旅で財布に少なくない被害が入っていますからね。手早く収入を得ませんと」

「それなのに俺の着せ替えに金使ったのかよ……?」

「あれはあたしとセレナの個人資産だから問題にゃいよー」

 話題を入れ替えるように、手を合わせてセレナが心地よい音を響かせる。それを合図にレオンたちが立ち上がり、エリアスも慌てて真似していった。

「んじゃ、準備を始めようか。保存食はどれくらい余ってたっけ?」

「王都に向かう時のが丸々残ってるよ。多めに買ってたからね」

「日帰りなら十分すぎるな。それとこの近辺の地図もまだ買ってないか……」

 騒がしくあれこれ言い合うレオンたち。現在の時刻は午後三時、これから買い物するのなら急がなければならない。
 慌てた様子で動き出す彼らだが、どこか楽しげにもエリアスの瞳には映っていた。

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