ひとりよがりの勇者
第十話 冒険者の中心地
ここまでは出会ってから始めて。そう思えるほど、エリアスは上機嫌にレオンの隣を歩いていた。普段は男のような口調と態度で、男を自称するのがエリアスだ。しかし、姿だけを見れば整った顔立ちをした少女であることに間違いはなく、そんな彼女が鼻歌交じりに足を進める姿は微笑ましい。
「聞いたことない曲だが、びっくりするぐらい音が外れ──」
「ブライアン。黙っておこうか」
その音律が一般的なものだったらどれほど良かっただろう。残念ながらエリアスの歌唱センスは壊滅的なものだった。そんな不協和音にさえ聞こえる歌に、ブライアンを除く三人は何も突っ込みを入れない。
「なんか言ったか?」
「いや、何でもない」
果たしてそれが優しさだったのか、それとも憐れみだったのか。この場の誰にも分からないことだったが、不思議そうに首を傾げる青髪の少女の顔を見ていると、罪悪感が際限なく湧いてくるのをレオンは感じた。
──原因はそれだけではないか。
自嘲気味に心の中で呟き、エリアスの横顔を眺める。レオンとしては、このおかしな少女が悪い人間ではないと信じたかった。
しかし、レオンのその考えは一切の根拠を持たないものだ。一応とはいえこのパーティーのリーダーとなっている以上、仲間の危機管理を行う責任がレオンにはある。
事実、エリアスからは妙な雰囲気を感じることがあった。表面上はそれなりに仲良くしているのに、どこか壁を築いているかのような。本人も取り除きたかっているようにさえ思えるのに、その壁は堅牢で容易には崩れそうにない。
それをレオンが感じ取れるのは、かつて同じ気配をまとっていたからだろう。周りの人間を信用しきれず、独り善がりに生きていた時間がレオンにもあった。
そんな暗闇を知っているからこそ、エリアスにも光を知ってもらいたいと思う。出会ってたった二日の少女を信用したがっているのも、そんな同情が影響しているのかもしれない。
「もうすぐ冒険者ギルドだ!!」
「よっしゃ! ボコボコにしてやるから見ておけよ、猫女!」
「後で泣いても知らにゃいよ?」
「私は依頼を選別しておきますので。皆さんで体を動かしてきてください」
道の奥の方に巨大な建物が見えてくる。そこが冒険者ギルドであり、今回はその施設に含まれる訓練場で簡単に手合わせとエリアスの登録が目的だ。
こうして少しずつでも良い。いつか本当の意味で彼女も仲間と呼べるようになれることを、レオンは心の内で祈っていた。
☆ ☆ ☆ ☆
冒険者ギルド本部──王都の一角に堂々とそびえ立つその建物は見上げるほどに巨大だった。昼前だというのに多くの人々、冒険者だけでなく商人や依頼主側の一般人までもが出入りしている。
もちろん、これだけの規模の施設を冒険者と依頼主の仲介だけに留めてはおらず、さまざまな機能を有していた。例えば独自の情報網で集められた資料館や、簡単な武器の扱いを手解きしてもらえる講習会が開かれていたりだ。
今回のエリアスたちの目的の一つも、訓練所でお互いに手合わせをすることだった。純粋にエリアスの実力を皆が知りたかった好奇心も大きいが、これから同じ戦場に立つ仲間として大事なことでもある。
「てか、その資料館で俺の知りたいことも分かるんじゃねえか?」
「残念ですが、ギルドで収集される対象は主に魔獣の目撃情報などですよ。エリアスさんの求めるものは無いでしょうね」
希望がばっさり切り捨てられ、思わず肩を落とす。その姿を見たソラは小さく笑うと、
「まあ、あたしたちがそのことなら知ってるからにゃー。しばらく様子を見てから教えてあげるよ。……エリィの為なんだからね。あれに一人で挑むのは無謀すぎるから」
「それが本当どうか、俺には分からないけどな」
とは言っても他に男の手がかりは全く無いため、彼女らに付いていくしかない。それでも途方に暮れるよりは良いと、無理やり納得はしているのだが。それにさすがのエリアスも本気で申し訳なさそうにしているソラの姿を見れば、あまり強くは言えなかった。
「中に入ったら、まずエリアスの冒険者登録をしようか」
「面倒くせえな。後回しじゃダメなのか?」
「ギルドのカウンターは早朝と昼過ぎが一番混んでるからな。今のうちに済ましておくのが吉なんだ」
レオン曰く、早朝に日帰りの簡単な依頼を受けてすぐに出発する冒険者と、依頼掲示板の更新が行われる昼から依頼を物色する冒険者が、混雑の原因となっているらしい。後者はさらに目的の魔獣や魔物の情報収集などするため、資料館も昼過ぎが一番ピークとなるそうだ。
逆に言えば正午にはまだ余裕があるものの、早朝とは言えない今の時間こそが最もスムーズに受付が可能ということだった。
「それなら今やっておくべきか」
「そういうことさ。さっさと済ませて、たっぷり体でも動かそう」
渋っていたエリアスも納得し、一行は正面玄関を抜けて冒険者ギルド本部へ足を踏み入れる。
最初に目に飛び込んできたのは、三階まで吹き抜けになっている巨大な中央ホールだった。一階の奥には少なくとも両手の指では足りないほどの受付口が並び、それぞれに手慣れた様子で対応する職員が座っている。その一つ一つに人々が行列を作り上げており、この部屋だけで三桁は容易に超える人数が集まっているだろう。
それほどの人数を内包していても、巨大な空間は狭苦しさを感じさせないほどだった。
「でけえ。冒険者ギルドってこんなに大規模な施設だったのか!」
「い、いや、支部はもっと小さいって……。本部とはいえこんなに大きいとは思わなかったなぁ」
それなりに長い期間、冒険者を続けているはずのレオンたちでさえ驚いているのだから、他の支部とは比べ物にならないのだろう。確かにこれほどの施設を都市一つ一つに保有していたら、どれだけの財力を持つ組織なのか分かったものではない。
「こりゃあ凄いな! 他の都市の冒険者ギルドのピークと変わらない程度には人もいるんじゃないか!?」
「下手をしたらそれ以上ですね。今の時間でこの状態ですから、混雑する前に受付を済ませてしまいましょう」
ブライアンとセレナの言葉通り、この調子ではピーク時にどうなるか想像したくもない。全員がそれを考え、迷いなく適当な列に並んだ。
ただ待っているだけでは手持ち無沙汰になってしまい、少し行列の横から顔を出すと、受付を覗いてみる。割と頻繁にもめ事が発生しているようで、怒鳴り声なども聞こえてきたが、その度に各受付の間に立っている冒険者が対応していた。
「あいつらも冒険者か。なんでこっちじゃなくてギルド側にいるんだ?」
「ギルドお抱えの冒険者ってやつだにゃ。仕事の自由は無くなっちゃうけど、高い賃金は約束されるから目指す人も多いんだよ。本部なんて一生安泰じゃないかな」
その冒険者の姿を改めて観察し──確かにその振る舞いに隙は少ない。可能な限り短い時間で終わらせたはずなのだが、エリアスの視線にも気が付いている様子だった。多くの戦場を見てきたエリアスからしても、その実力は上位に位置するものと判定する。
『勇者』として本来の状態なら数人がかりでも相手にならないが、今の体では一人相手でも恐らく負ける。悔しいという気持ちは大きいが、彼らの戦力はそれほどだった。
「お待たせして申し訳ございません。本日のご用件は何でしょうか」
そんなことをしているうちにエリアスたちの順番が訪れ、受付嬢の女性が丁寧に頭を下げる。こういった場面での対応に慣れていないエリアスが返す言葉の選択に困り、代わりにレオンが前に出て、
「この子の冒険者登録をお願いしたい」
「新規登録の方ですね。では証明証の作成を行いますので、各種プロフィールと魔力の提示をお願いします。代筆は必要ですか?」
「文字なら書けるから問題ねえ」
肩に手を置かれる完全な子ども扱いに、軽くレオンを睨み付けながら差し出されたペンで手早く記入していく。とは言っても内容は非常に少ない。名前と性別、それから年齢程度だ。
「お名前はエリアス様ですね。……二十三歳男性? あの、記入に誤りがあるようですが」
「ん? 何も間違えてないだろ」
受付嬢とエリアス。お互いに疑問符を浮かべた。どう見ても少女であるエリアスの顔をまじまじと見つめてから、受付嬢は困ったようにレオンへと視線を寄越す。それを受けたレオンは困ったように苦笑してから、
「十八歳女性に訂正しておいてくれ。ちょっと、事情があってな」
「は!? 勝手なこと言ってるんじゃねえ!」
「えっと、ご本人様の了承も必要なのですが……」
「正直、冒険者の身分証明なんて魔力での識別で内容なんて読まないし、諦めてくれにゃい?」
「ああ、分かったよ! それでいいっ!」
このままでは話が進まないとエリアスの方が折れた。それを聞いた受付嬢が何事も無かったかのように作業を再開したのはさすがと言えよう。
「では、こちらの水晶に手をかざしてください。ここで魔力を証明証と同期することで本人確認を可能にいたします」
「へえ、こうか」
物珍しさを感じながら、カウンターに設置されている水晶に小さな手を乗せる。直後、僅かに魔力を吸い取られる不快感が指へと襲い掛かり、それもすぐに終わりを迎えた。水晶が黄色に発光しそれを確認し終えた受付嬢が、手元の道具を再び操作すると何やらプレート上のカードが道具から吐き出される。
カードを手に取り、不備が無いか軽く目を通した受付嬢は、両手でそのカードをエリアスへと差し出した。
「発行が完了いたしました。この証明証にはエリアス様のお名前に年齢と性別、それから冒険者ポイントの記録とご本人確認用の魔力が保存されています。決して無くさないようにお気を付けください」
「冒険者ポイント?」
受付嬢の説明に聞き慣れない言葉が混じり、首を傾げる。
「依頼の達成などで加算され、その方の冒険者としての経験を簡単に表したものとなります。依頼主様の希望や、依頼の危険度によっては一定以上の実力を確認しないといけませんので、その際の指針に用いられるのがこのシステムです」
「昔はFからSまでのランクで分けられていたそうなんだけど、冒険者が増えてきたことで一々昇級とかを管理できなくなったらしくてな。単純に数値化したデータがこれらしい」
受付嬢と、それを補足するレオンの言葉で意味を把握──することはできず、適当に理解した振りだけしておく。要は持ち主の実力を数字にしているということでいいのだろう。正直、戦いの実力を単純な数値にできるとはとても思えなかったが。
ともかく、用事は済ませたため次の冒険者に場所を譲り、エリアスたちは受付から離れる。一度落ち着こうと再び入り口付近のスペースへと向かいながら、エリアスは手元のカードを興味津々に弄り回していた。
「にしても変なカードだな。よく分からねえ素材でできてるし、この文字もどうやって書いてるんだ?」
金属ほどではないとはいえ、そう簡単には壊れそうにない堅さを持ち、尚且つ持っていて気にならないほどに軽い。カードに書き込まれている名前なども、妙にカクカクとしていて人の手で書き込まれた字とは到底思えなかった。
「古代魔法帝国の技術を流用しているのですよ。その文字も特殊な機械でのみ書いたり消したりできるもので、当たり前ですが勝手に冒険者ポイントを書き換えたり不正はできないようになっています」
「古代魔法帝国……変な道具はだいたいそれが大本だよな」
現代でもとても再現しきれないオーバーテクノロジーを有し、かつて大陸の覇権を得たと言われる巨大な国家。それが魔法帝国と呼ばれる古代の帝国だ。何が原因で滅びたのか未だ不明だが、内戦や大陸規模の大災害などが一般的に知られている有力な説である。
ずっと戦場に居続けたエリアスですら知っているのだから、その知名度は凄まじい。時々発掘される過去の遺物からその技術を復活させようとする試みはどの国でも盛んであり、エリアスの手の中にあるカードもその技術によって作成されているという訳だ。
「ま、こんなカードどうでもいい。さっさと訓練所とやらに行こうぜ」
冒険者としては大事なことでも、望んで登録をしたわけでは無いエリアスにとっては正直どうでもよい。それよりも剣を振ることの方が大切だ。体が変化してしまった分を早く矯正しなくてはならない。
腰に刺した剣を辛抱たまらないとばかりに撫でまわす姿にレオンたちが小さく笑う。それから少し離れた位置で案内図を確認したセレナがこちらへ振り返り、
「向こうの通路から外に出られるようですね。そこが訓練所みたいです」
「それじゃあ、レッツゴー!」
いつでも元気いっぱいのソラの駆け足に、体を動かしたくてうずうずしているエリアスが続いていく。その背中を、レオンたちも苦笑に混じりに追いかけていった。
「聞いたことない曲だが、びっくりするぐらい音が外れ──」
「ブライアン。黙っておこうか」
その音律が一般的なものだったらどれほど良かっただろう。残念ながらエリアスの歌唱センスは壊滅的なものだった。そんな不協和音にさえ聞こえる歌に、ブライアンを除く三人は何も突っ込みを入れない。
「なんか言ったか?」
「いや、何でもない」
果たしてそれが優しさだったのか、それとも憐れみだったのか。この場の誰にも分からないことだったが、不思議そうに首を傾げる青髪の少女の顔を見ていると、罪悪感が際限なく湧いてくるのをレオンは感じた。
──原因はそれだけではないか。
自嘲気味に心の中で呟き、エリアスの横顔を眺める。レオンとしては、このおかしな少女が悪い人間ではないと信じたかった。
しかし、レオンのその考えは一切の根拠を持たないものだ。一応とはいえこのパーティーのリーダーとなっている以上、仲間の危機管理を行う責任がレオンにはある。
事実、エリアスからは妙な雰囲気を感じることがあった。表面上はそれなりに仲良くしているのに、どこか壁を築いているかのような。本人も取り除きたかっているようにさえ思えるのに、その壁は堅牢で容易には崩れそうにない。
それをレオンが感じ取れるのは、かつて同じ気配をまとっていたからだろう。周りの人間を信用しきれず、独り善がりに生きていた時間がレオンにもあった。
そんな暗闇を知っているからこそ、エリアスにも光を知ってもらいたいと思う。出会ってたった二日の少女を信用したがっているのも、そんな同情が影響しているのかもしれない。
「もうすぐ冒険者ギルドだ!!」
「よっしゃ! ボコボコにしてやるから見ておけよ、猫女!」
「後で泣いても知らにゃいよ?」
「私は依頼を選別しておきますので。皆さんで体を動かしてきてください」
道の奥の方に巨大な建物が見えてくる。そこが冒険者ギルドであり、今回はその施設に含まれる訓練場で簡単に手合わせとエリアスの登録が目的だ。
こうして少しずつでも良い。いつか本当の意味で彼女も仲間と呼べるようになれることを、レオンは心の内で祈っていた。
☆ ☆ ☆ ☆
冒険者ギルド本部──王都の一角に堂々とそびえ立つその建物は見上げるほどに巨大だった。昼前だというのに多くの人々、冒険者だけでなく商人や依頼主側の一般人までもが出入りしている。
もちろん、これだけの規模の施設を冒険者と依頼主の仲介だけに留めてはおらず、さまざまな機能を有していた。例えば独自の情報網で集められた資料館や、簡単な武器の扱いを手解きしてもらえる講習会が開かれていたりだ。
今回のエリアスたちの目的の一つも、訓練所でお互いに手合わせをすることだった。純粋にエリアスの実力を皆が知りたかった好奇心も大きいが、これから同じ戦場に立つ仲間として大事なことでもある。
「てか、その資料館で俺の知りたいことも分かるんじゃねえか?」
「残念ですが、ギルドで収集される対象は主に魔獣の目撃情報などですよ。エリアスさんの求めるものは無いでしょうね」
希望がばっさり切り捨てられ、思わず肩を落とす。その姿を見たソラは小さく笑うと、
「まあ、あたしたちがそのことなら知ってるからにゃー。しばらく様子を見てから教えてあげるよ。……エリィの為なんだからね。あれに一人で挑むのは無謀すぎるから」
「それが本当どうか、俺には分からないけどな」
とは言っても他に男の手がかりは全く無いため、彼女らに付いていくしかない。それでも途方に暮れるよりは良いと、無理やり納得はしているのだが。それにさすがのエリアスも本気で申し訳なさそうにしているソラの姿を見れば、あまり強くは言えなかった。
「中に入ったら、まずエリアスの冒険者登録をしようか」
「面倒くせえな。後回しじゃダメなのか?」
「ギルドのカウンターは早朝と昼過ぎが一番混んでるからな。今のうちに済ましておくのが吉なんだ」
レオン曰く、早朝に日帰りの簡単な依頼を受けてすぐに出発する冒険者と、依頼掲示板の更新が行われる昼から依頼を物色する冒険者が、混雑の原因となっているらしい。後者はさらに目的の魔獣や魔物の情報収集などするため、資料館も昼過ぎが一番ピークとなるそうだ。
逆に言えば正午にはまだ余裕があるものの、早朝とは言えない今の時間こそが最もスムーズに受付が可能ということだった。
「それなら今やっておくべきか」
「そういうことさ。さっさと済ませて、たっぷり体でも動かそう」
渋っていたエリアスも納得し、一行は正面玄関を抜けて冒険者ギルド本部へ足を踏み入れる。
最初に目に飛び込んできたのは、三階まで吹き抜けになっている巨大な中央ホールだった。一階の奥には少なくとも両手の指では足りないほどの受付口が並び、それぞれに手慣れた様子で対応する職員が座っている。その一つ一つに人々が行列を作り上げており、この部屋だけで三桁は容易に超える人数が集まっているだろう。
それほどの人数を内包していても、巨大な空間は狭苦しさを感じさせないほどだった。
「でけえ。冒険者ギルドってこんなに大規模な施設だったのか!」
「い、いや、支部はもっと小さいって……。本部とはいえこんなに大きいとは思わなかったなぁ」
それなりに長い期間、冒険者を続けているはずのレオンたちでさえ驚いているのだから、他の支部とは比べ物にならないのだろう。確かにこれほどの施設を都市一つ一つに保有していたら、どれだけの財力を持つ組織なのか分かったものではない。
「こりゃあ凄いな! 他の都市の冒険者ギルドのピークと変わらない程度には人もいるんじゃないか!?」
「下手をしたらそれ以上ですね。今の時間でこの状態ですから、混雑する前に受付を済ませてしまいましょう」
ブライアンとセレナの言葉通り、この調子ではピーク時にどうなるか想像したくもない。全員がそれを考え、迷いなく適当な列に並んだ。
ただ待っているだけでは手持ち無沙汰になってしまい、少し行列の横から顔を出すと、受付を覗いてみる。割と頻繁にもめ事が発生しているようで、怒鳴り声なども聞こえてきたが、その度に各受付の間に立っている冒険者が対応していた。
「あいつらも冒険者か。なんでこっちじゃなくてギルド側にいるんだ?」
「ギルドお抱えの冒険者ってやつだにゃ。仕事の自由は無くなっちゃうけど、高い賃金は約束されるから目指す人も多いんだよ。本部なんて一生安泰じゃないかな」
その冒険者の姿を改めて観察し──確かにその振る舞いに隙は少ない。可能な限り短い時間で終わらせたはずなのだが、エリアスの視線にも気が付いている様子だった。多くの戦場を見てきたエリアスからしても、その実力は上位に位置するものと判定する。
『勇者』として本来の状態なら数人がかりでも相手にならないが、今の体では一人相手でも恐らく負ける。悔しいという気持ちは大きいが、彼らの戦力はそれほどだった。
「お待たせして申し訳ございません。本日のご用件は何でしょうか」
そんなことをしているうちにエリアスたちの順番が訪れ、受付嬢の女性が丁寧に頭を下げる。こういった場面での対応に慣れていないエリアスが返す言葉の選択に困り、代わりにレオンが前に出て、
「この子の冒険者登録をお願いしたい」
「新規登録の方ですね。では証明証の作成を行いますので、各種プロフィールと魔力の提示をお願いします。代筆は必要ですか?」
「文字なら書けるから問題ねえ」
肩に手を置かれる完全な子ども扱いに、軽くレオンを睨み付けながら差し出されたペンで手早く記入していく。とは言っても内容は非常に少ない。名前と性別、それから年齢程度だ。
「お名前はエリアス様ですね。……二十三歳男性? あの、記入に誤りがあるようですが」
「ん? 何も間違えてないだろ」
受付嬢とエリアス。お互いに疑問符を浮かべた。どう見ても少女であるエリアスの顔をまじまじと見つめてから、受付嬢は困ったようにレオンへと視線を寄越す。それを受けたレオンは困ったように苦笑してから、
「十八歳女性に訂正しておいてくれ。ちょっと、事情があってな」
「は!? 勝手なこと言ってるんじゃねえ!」
「えっと、ご本人様の了承も必要なのですが……」
「正直、冒険者の身分証明なんて魔力での識別で内容なんて読まないし、諦めてくれにゃい?」
「ああ、分かったよ! それでいいっ!」
このままでは話が進まないとエリアスの方が折れた。それを聞いた受付嬢が何事も無かったかのように作業を再開したのはさすがと言えよう。
「では、こちらの水晶に手をかざしてください。ここで魔力を証明証と同期することで本人確認を可能にいたします」
「へえ、こうか」
物珍しさを感じながら、カウンターに設置されている水晶に小さな手を乗せる。直後、僅かに魔力を吸い取られる不快感が指へと襲い掛かり、それもすぐに終わりを迎えた。水晶が黄色に発光しそれを確認し終えた受付嬢が、手元の道具を再び操作すると何やらプレート上のカードが道具から吐き出される。
カードを手に取り、不備が無いか軽く目を通した受付嬢は、両手でそのカードをエリアスへと差し出した。
「発行が完了いたしました。この証明証にはエリアス様のお名前に年齢と性別、それから冒険者ポイントの記録とご本人確認用の魔力が保存されています。決して無くさないようにお気を付けください」
「冒険者ポイント?」
受付嬢の説明に聞き慣れない言葉が混じり、首を傾げる。
「依頼の達成などで加算され、その方の冒険者としての経験を簡単に表したものとなります。依頼主様の希望や、依頼の危険度によっては一定以上の実力を確認しないといけませんので、その際の指針に用いられるのがこのシステムです」
「昔はFからSまでのランクで分けられていたそうなんだけど、冒険者が増えてきたことで一々昇級とかを管理できなくなったらしくてな。単純に数値化したデータがこれらしい」
受付嬢と、それを補足するレオンの言葉で意味を把握──することはできず、適当に理解した振りだけしておく。要は持ち主の実力を数字にしているということでいいのだろう。正直、戦いの実力を単純な数値にできるとはとても思えなかったが。
ともかく、用事は済ませたため次の冒険者に場所を譲り、エリアスたちは受付から離れる。一度落ち着こうと再び入り口付近のスペースへと向かいながら、エリアスは手元のカードを興味津々に弄り回していた。
「にしても変なカードだな。よく分からねえ素材でできてるし、この文字もどうやって書いてるんだ?」
金属ほどではないとはいえ、そう簡単には壊れそうにない堅さを持ち、尚且つ持っていて気にならないほどに軽い。カードに書き込まれている名前なども、妙にカクカクとしていて人の手で書き込まれた字とは到底思えなかった。
「古代魔法帝国の技術を流用しているのですよ。その文字も特殊な機械でのみ書いたり消したりできるもので、当たり前ですが勝手に冒険者ポイントを書き換えたり不正はできないようになっています」
「古代魔法帝国……変な道具はだいたいそれが大本だよな」
現代でもとても再現しきれないオーバーテクノロジーを有し、かつて大陸の覇権を得たと言われる巨大な国家。それが魔法帝国と呼ばれる古代の帝国だ。何が原因で滅びたのか未だ不明だが、内戦や大陸規模の大災害などが一般的に知られている有力な説である。
ずっと戦場に居続けたエリアスですら知っているのだから、その知名度は凄まじい。時々発掘される過去の遺物からその技術を復活させようとする試みはどの国でも盛んであり、エリアスの手の中にあるカードもその技術によって作成されているという訳だ。
「ま、こんなカードどうでもいい。さっさと訓練所とやらに行こうぜ」
冒険者としては大事なことでも、望んで登録をしたわけでは無いエリアスにとっては正直どうでもよい。それよりも剣を振ることの方が大切だ。体が変化してしまった分を早く矯正しなくてはならない。
腰に刺した剣を辛抱たまらないとばかりに撫でまわす姿にレオンたちが小さく笑う。それから少し離れた位置で案内図を確認したセレナがこちらへ振り返り、
「向こうの通路から外に出られるようですね。そこが訓練所みたいです」
「それじゃあ、レッツゴー!」
いつでも元気いっぱいのソラの駆け足に、体を動かしたくてうずうずしているエリアスが続いていく。その背中を、レオンたちも苦笑に混じりに追いかけていった。
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