ひとりよがりの勇者

Haseyan

第九話 買い物日和の午前

 どこか遠くから鳥のさえずりが聞こえてきそうな和やかな朝の空気。場所は中流冒険者の宿──エリアスたちが泊まっている宿一階の食堂だ。
 荒くれ者と呼ばれる冒険者のたまり場がそんな平和な空間である訳が無いと、一般人は口にするかもしれないが、それは前提からして間違いである。

 冒険者が荒くれ者と認識されるのは、この冒険者ギルド自体が何の審査も必要とせずに登録可能な職業安定所としても機能しているからだ。そのためどうしてもスラム街出身の人間が冒険者には多い。しかし、それはあくまで新人層の話である。
 中級以上の冒険者には常識人が意外と多く、それにはギルドが行っているいくつかの方針が影響していた。

 例えば、新人向けの依頼掲示板には一部に“ハズレ”の仕事が混ざっている。
 しっかりと読み込めば、まず違和感が先立つような胡散臭い仕事なのだが、あちこちを追い出されてきた荒くれ者などは案外引っかかってしまうのだ。そして、その内容は身の丈に合わないような危険な魔獣や魔物の討伐。
 その程度の虚偽も判断できない新人は間違いなく死亡する。ごくまれに依頼を達成してきてしまう者も出てくるようだが、将来有望な冒険者として向かい入れればよい。
 これによって無能な人間を正当な理由で処理でき、比較的まともな人材のみを残すことができると、ギルド側には基本的にはメリットしか存在しないのだ。


「──まあ、言葉を飾らずに言っちゃうと“間引き”ってことかな。冒険者の半分は職を失った人たちに慣れの果てでもあるから、そうでもしないと人口が増えすぎるんだ」

「妥当じゃねえのか? 分かるようにしてあるのに、それでも騙される方が悪いだろ」

 頬杖を突きながらパンを水で流し込んだエリアスは、レオンの話に辛口な言葉を返す。コップをテーブルに叩き付ける音──それに加えて高らかにゲップを響かせたエリアスの様子にレオンは苦笑して、

「こら、女の子が何やってるにゃ?」

「出るもんは仕方ねえだろ! いてっ……やめろ猫女!」

 隣に座っていたソラがエリアスの頬を容赦なくつねった。咄嗟に抗議して、さらに力が込められてエリアスが悲鳴を上げる。エリアスの気持ちはさて置き、傍から見れば青髪の少女と猫耳の少女がじゃれ合っているようにしか見えない。
 朝食の席を共にしていたレオンとセレナ、ブライアンが笑みを浮かべ、周囲のテーブルの冒険者たちも微笑ましそうに二人を眺めていた。

「んで、今日はどうするんだ?」

 非常に不本意な周囲からの解釈に、話題を変えることで誤魔化しに入る。

「まず、エリアスさんの武器の調達が主ですね。それから次の仕事も見繕っておきましょう」

「食い終わったらすぐに出発だな!」

「そうだねー。時間かかるかもしれにゃいし」

 特に誰かが反対することも無く、素早く予定が決定。エリアスとしても武器を買ってもらえるというのなら歓迎するところだ。食器に残っている最後のパンを口に詰め込み、今のやり取りに妙な違和感を受けて首を捻った。

「おっさんも付いてくるのか?」

「まだまだ俺様は若い部類だぞ!」

「じゃあ“ヒゲ”だ。ヒゲも着いてくるのか?」

「ああ、もちろんだ! レオンも来るよな?」

 ブライアンの大声にレオンは顔をしかめながらも頷く。どうやら全員が同行する気のようだった。別に人が武器を購入するところを見ても何も楽しくないと思うのだが。そのように疑問を感じていると、

「やっぱり冒険者として、どんな武器を使うのか気になるしな」

「まあ、俺は金を貰うんだから構わねえけど……」

 冒険者の仕事に必要なものとはいえ、全額負担をしてもらっているのがエリアスの現状である。さすがに大きな顔はできず、了承するしかないだろう。ソラが付いてくるのは騒々しくて正直勘弁願いたいが、それも飲み込むしかない。

「というか……金髪もエルフも、猫耳も。妙に綺麗に食べるな。ヒゲはやっぱり汚ねえけどよ」

 朝食を取るテーブルの面々を見渡してみると、三人とも何やら格式ばった方法で食事を取っているのが分かる。どこかの令嬢のような雰囲気さえ漂わすセレナは印象通りなのだが、レオンと特にソラは意外だった。しかし、食事の内容が家庭料理のようなもののため、その仕草は些か違和感を受けた。
 ちなみに、ブライアンは手づかみで豪快に山盛りの朝食を平らげていた。髭に食べかすが付着していて汚い。

「い、いやまあにゃ。ちょっと機会があったときに軽く教えてもらっただけで……」

「私は一時期そう言った場にお世話になっていましたからね。その時からの癖みたいなものですよ」

「俺もそんな感じかな」

 何故か慌てた様子のソラに怪訝な視線を送りつつも、セレナの返答に一定の納得を示した。元々そこまで固執していた疑問でもないので、エリアスもそれだけで引き下がる。

 それからは取り留めの無い雑談──主にエリアスへの質問と逆にエリアスからの質問に答え合いながら朝食を済ました。そんな当たり前のような時間も、エリアスにとっては新鮮だった。

「よし、みんな食べ終わったし、早速行こうか」

 食事の跡も宿の女将に片付けてもらい、レオンが立ち上がると皆もそれに続く。そのまま一行は、朝方の冒険者向け商店街へと足を運んで行った。




 ☆ ☆ ☆ ☆




 昨日にエリアスの服を購入した店を通り過ぎ、一行は商店街を歩いていた。商店街と言っても冒険者向けの区画であり、並ぶのはどれも武器屋や魔法薬屋ポーション、洞窟探検用の小道具などを取り扱っている店ばかりだ。
 早い時間のためそもそも人通りが少ないが、その少ない数もほぼ全てが冒険者である。そして、エリアスたち一行のように若い人間ばかりの集団はさらに少ない。

「まともな新人はどこかの連盟クランに加入するのが基本だからにゃ。それでベテランのパーティーに新人教育で一人だけ若い人が混ざってることはよくあるけど、全員がヒューマン計算で二十前後のあたしたちは結構珍しいよ」

「お前らはその連盟とやらには入ってないのか?」

「私たちは各地を転々としていますし、加入するメリットはありませんからね」

 エリアスにとっては何から何まで知らないことばかりで、そうしてキョロキョロしているとソラたちが解説してくれる。それを聞き、意識して探してみても確かに若い人間だけで構成されているパーティーはここぐらいだ。
 他の冒険者らしき一行は三十代以上の人間が最低でも二人は混ざっている。例外としては冒険者かどうかさえも怪しいごろつきの集まりである。

「……何かあいつらこっち見てねえか?」

「放っておくよ。大丈夫、ブライアンがいれば大抵はみんな逃げていくからね」

 妙にエリアスたち──正確には女性陣に視線を向けてくるごろつきたちだが、ブライアンが一瞥するとあからさまに視線を外していく。背中に巨大な戦鎚を背負い、髭に覆われた顔のブライアンは初見の人物からすると、十分に恐怖を感じるだろう。
 最も、実際は頭が少々弱いだけの気の良いドワーフなのだが。それを知らないごろつきたちからすれば関係なかった。

「宿の人曰く、ここなら安心できるって話だよ」

 手元のメモを見ながら先頭を歩いていたレオンが、看板を確認すると立ち止まった。ソラと言葉を交わしていたエリアスは慌てて立ち止まり、目の前にあるのは剣や槍からモーニングスターなどという一風変わったものまでが展示されている店だ。

「おお、ここか」

「女の子なのに、服よりも剣を見た時の方が反応がいいのはどうかと思うにゃ」

 ソラの突っ込みを無視し、さっそく店の中へと突撃していく。店内の様子はずいぶんと殺風景だった。様々な武器や防具を種類ごとに棚に並べているだけで、これといった装飾は見当たらない。
 そんな店のカウンターで新聞を読んでいた店主らしき筋肉質の男性は、エリアスに気が付くと僅かに顔を覗かせて、

「迷子じゃなさそうだが……まあいい。気に入ったのがあったらこっちに持ってこい」

 無愛想にそう言ってのけると、再び手元の記事へ視線を落とす。エリアスに続いてドアを潜ったレオンたちがその姿に苦笑し、その間にさっそくエリアスは剣を並べてある棚へ向かった。
 剣と一括りにしてもその種類は膨大だ。それは刃渡りの長さと言った形状から使われている素材まで、様々な違いが存在する。その中でもエリアスは重厚な大剣を迷わず握った。

『勇者』として戦っていたときに愛用していたものと似たようなものだ。いつもの感覚でそれを持ち上げようと、腕に力を込めて、

「ぐおぉぉ……っ!!」

「……さすがにそれは無理じゃないか?」

 巨大な鉄の塊は全くその場から動こうとしなかった。それでも顔を赤くして粘り続ける姿に、レオンが控えめに諦めるよう促す。だが、それは逆効果だ。ここで無理だと認めてはエリアス自身が惨めに思えてしまい、最終手段を使うことにする。

「おりゃッ!!」

「おお! その腕で凄い力だな!」

 突如、エリアスの腕に限界を超えた力を宿り、大剣があっさりと地面を離れた。驚いたようにブライアンが声を上げて、レオンとソラも目を見開く。しかし、セレナだけは納得した様子でエリアスの腕に探るような目線を向けつつ、

「『身体強化』を使いましたか……ですがそれだと」

「分かってる。これは爆発力を作るための術式だ。戦闘中にずっと使ってたら魔力も集中力も持たねえよ」

 魔法に精通しているという彼女の眼には、今もエリアスの腕に魔力の流れが集中しているのが映っているだろう。体内の魔力の循環を弄り、一時的に身体能力を向上させる技術である。
 最もこれは一瞬だけ発動し、一撃必殺を放つための魔法。常に使用していてはとても魔力が持たないし、命のやり取りをしている中で別のことに意識を向けるのは並大抵のことではない。

「俺の好みじゃねえんだけどな」

 大剣を元の場所に戻し、『身体強化』を解除すると今度は若干短めの長剣を手にする。長年使用してきた大剣と比べれば扱いにくさを受けるものの、素の状態ではこの程度が限界だ。

「さっきのはさすがに無理だとして……それを振るだけでも十分すごいよね」

 試し振りとばかりに軽く素振りをし、それを見たソラが呆れたような表情で呟く。短めと言っても長剣の中での話であり、短剣と比べれば刀身はかなり長い部類だ。現在のエリアスの体格は大きいどころか、小柄な少女のそれであり、剣を振り回す姿は違和感だらけだろう。

「そう言うお前も、もっと長い剣使ってるだろ」

「あたしのは特殊な造りだし、普通のよりも軽いからね」

 ソラの背中に背負われている長剣を指差す。彼女の身長ほどもあるそれこそ、まともに扱えるとは到底思えない。それにしても、とエリアスは改めてその剣をまじまじと見つめた。
 片刃なのは特段珍しくもないが、僅かに反りがある刃は初めてだ。数々の戦場で暴れまわってきたエリアスにも見覚えの無い形状であり、本音を言ってしまえば興味をそそられる。

 正直に見せてくれと頼むのは、どうにも小恥ずかしいため我慢するが。

「お、こいつは良さそうだな」

 手元の長剣を手放し、三つ目に眼を付けたのは同じような形状の長剣だった。装飾などは一切なく、ひたすらに機能性ばかりを求めたそれは、ある種の芸術的な雰囲気さえまとっている。
 それを手に取ると軽く素振り、それだけに留まらずその場で振り回してみた。目の前に敵がいることを想像し、斬る。

 斬り下ろし、横薙ぎ、突き、切り上げ──。

 一通りの動きを試してから、満足げにレオンたちへと振り返り、

「こいつで頼むぜ。一番しっくりきた」

「いいんですか? 金額は気にしなくてもいいですし、向こうの魔法金属製なども見た方が……」

「ミスリルとかは軽すぎて俺には合わねえんだよ。このぐらい重たい方がちょうどいい」

 一緒に展示されていた鞘に一度収め、抜刀の動きを確認しつつ、エリアスはセレナの好意を断る。高い武器を使ったところで、それを使いこなせなければ意味がないのだ。

「それが一番気に入ったならそれでいいんだ! そら、あっちの店長のところで買ってこい!」

 皆の了承も得て、剣を携えながらカウンターの店主の元へ足を運ぶ。先ほどのように顔を上げた店主の目の前に剣を乱雑に置き──直後に別の木剣がそこに追加された。
 反射的に後ろを振り返ると、そこには財布を取り出すセレナと好戦的に笑うレオンがいて、

「さっきの素振りを見てたら少し興奮してさ……後で模擬戦でもしてみないか?」

 その言葉にエリアスもにやりと笑みを返す。ちょうどいい機会だ。エリアスとしても、今の体でどこまで動けるのか知っておきたい。

「面白そうだな! 俺様も混ざるぞ!」

「にゃはは、楽しそうだね。あたしも参加させてもらうかな」

 ブライアンとソラもそれに便乗し、今日の予定が一つ追加される。血の気が盛んな三人の戦士の前に、彼らを見守るセレナが大きなため息を付いた。

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