ひとりよがりの勇者

Haseyan

第六話 冒険者としての始まり

 もしかしたら敵に抗うことを諦めたのは、これが初めてかもしれない。常に戦場に身を置き多くの魔族を殺してきたエリアスはそれと同じだけの恨みを買っており、負けを認めた時点で命を奪われるのは明白だったからだ。
 今も負けを認めることは大事な物を奪われることと同義。しかし、もう抵抗することには疲れてしまった。目の前で目をぎらつかせ、大量の布切れを抱える二人の悪魔には。

「むふふ、さすが王都だにゃ。実用性優先の冒険者装備でも、中々良いデザインが揃ってるね」

「どれも捨てがたいですね。これなんてどうですか?」

 何故こうなってしまったのか。どこで選択を間違えたのか。死んだ魚のような眼を少女と女性に向けながらエリアスは考える。
 答えは遠くとても見つかりそうになかった。しかし、それ以外に現実から目を背ける手段は持ち合わせていない。故にエリアスは考え続ける。
 思い返すのは彼らと行動を共にすると決めた貧民街。半日前のその時から原因を突き止めるべく、記憶を掘り返していった。




 ☆ ☆ ☆ ☆




 レオンたち冒険者と行動を共にすると決めると、すぐに彼らに案内されて、エリアスは冒険者の宿を訪れていた。冒険者の宿、とは言ってもその外見だけでは、通りでいくつか見かけた普通の宿と違いは伺えない。
 そのことを疑問に思い、隣を歩いていたソラに尋ねてみたところ、

「元は他の宿と違いは無いからにゃ。正確には冒険者ギルドに質を保障されて、支援を受けている宿だね。冒険者カードを見せれば色々と優遇してくれるんにゃよ」

 ということらしい。宿のランクによっては、一定以上の成績を持っていないと割引が適用されないなど他にも色々とあるらしいが、難しいことは理解を放棄した。
 何はともあれ、しばらくはここで寝泊まりすることになるのだろう。まともな寝床での睡眠など、一体何か月ぶりだか覚えていない。そのぐらいには軍用テントや森での野宿に慣れてしまっていたが、安眠ができて歓迎こそすれ、拒否する理由は無かった。

 そのことを特に何も考えずに移動中に話したのだが、それからレオンたちに憐れむような視線を向けられている。特に気にするようなことではないと、エリアスは思うのだが。

「ここかー、じゃあさっさと入ろうぜ」

「ちょっと待ってください」

 目の前に鎮座する中規模の宿を見渡してから中に足を踏み入れようとして、それはセレナに腕を掴まれることで阻まれる。その行動に眉を潜めると、セレナは呆れたような表情を浮かべた。

「いつまでその格好でいるつもりですか? 先に服と装備を買い揃えに行きますよ」

 その言葉を聞いてはっとしたように自分の体を見下ろす。すっかり縮んでしまった少女の体──そのことは一度置いておき、それを包むのは服と呼ぶのもおこがましいボロボロの布切れだ。
 今まで特に気にしていなかったが、さすがにこの状態は色々と問題だろう。セレナの言い分にも納得を示して頷いた。

「確かにそうだな……じゃあエリアスはセレナとソラに任せていいか? 借りてる部屋を変えてもらわないといけないだろうし、手続きとかはやっておく」

「ああ、力仕事なら任せてくれ」

「それじゃあ、お願いしましょうか」

 男性陣の提案をセレナも即座に了承する。それを聞いていたソラも特に反論は無いようであり、満場一致でこれからの予定は決定だ。

「裏道とかに行かなければ大丈夫だと思うけど、気を付けて」

「分かってるにゃ。相変わらず心配性だね」

 ソラの突っ込みにレオンは苦笑しながら宿の中へ消えていく。軽く手を上げて会釈したブライアンもそれに続いていき、女性陣三人がそれを見届けた。
 エリアスが女性に入るかどうかはかなり議論の余地がありそうだが、見た目だけはまごうことなき少女である。

「で、まずはどこから行くんだ? とりあえず適当な剣があると嬉しいんだけど」

「少なくとも今日は仕事に行きませんし、武器は後回しですよ。最優先は服装ですから」

「いや、剣を持ってねえと落ち着かないんだよ」

 先ほどごろつきたちに負けたのは筋力の不足が問題だった。だが、剣があれば技量である程度までは補える。
 以前のようにまとめて凪ぎ払うことはできなくとも、最低限の力で急所を狙えばよいのだ。逆を言えば武器がないとまともに戦えないことであり、それではどうにも落ち着かない。

「町中で戦うことなんて、変な場所に行かなければありませんから。我慢してください」

「ま、ここはセレナに従ってよ」

「そこを何とか……」

 二人がかりで反対され、それでも引かないエリアス。その頑固な姿勢にセレナはエリアスの肩に手を乗せるとにこりと微笑を浮かべて、

「──後回しにしますよ。誰の財布から出すと思っているのですか?」

「お、おう。そうだよな、悪かった」

 その妙な迫力のある笑みに思わず、主張を取り下げて頷いてしまった。剣士のエリアスと魔法使いのセレナが一対一で戦えば、まず勝てるはずなのだが、何故かその場面を想像できない。

「にゃははは! 強気なエリィでもセレナには勝てなそうだね」

「うるせえな! というか、その女みたいな呼び方やめろ」

「みたい、じゃなくて女の子でしょ?」

「だから、今はそうなだけで……!」

 うまく説明できず、頭を抱えて叫ぶ。どうやらエリアスが元々は男だということは、全く信じてもらえていないようだった。
 男らしい少女の冗談と捉えられているのはまだましな方か。頭のおかしい子供などと判断されるのはたまったものじゃない。

「ほら、もう昼を回っていますし、早く行きますよ」

「にゃーい」

「クソっ……色々と納得いかねえ」

 素直に声をあげてセレナの背中を追うソラと、不貞腐れたようにぶつぶつ呟き続けるエリアス。その様子をセレナに微笑ましそうに見られているのにも気づかず、一行は町を歩いていく。

 見た目だけなら浮浪児にしか見えないエリアスへ向けられる奇異な視線を、二人が体で遮るように動いていたのもまた、エリアスは気づかぬままに。

「そういや、お前らってエルフと獣人だよな。この辺りだと全然見かけねえけど、珍しいのか?」

 二人の耳を見てふと疑問が生じ、そのまま口に出す。セレナは尖った長細い耳であり、ソラは頭の側面ではなく上についている猫耳だ。
 考えてみればヒューマン以外の種族を見る機会は、戦場での魔族を除けばほとんどない。それはここ、王都でも変わらないようだった。

「まあ、基本的に他種族同士は友好的じゃないから。ヒューマンと魔族は戦争中だし、あたしたち獣人とセレナみたいなエルフ、後はドワーフも国家ぐるみで敵対してないだけで不干渉に近いしね」

「……なるほどな」

「まあ、あくまでそれは国家間の話ですね。別にエルフや獣人が王国で差別を受けたり、そういったことは全くありませんから」

 声のトーン落として俯いたエリアスをどう捉えたのか、セレナが苦笑しながら補足する。だが、その言葉はエリアスには届いていない。
 俯いたのはとある疑問が湧いたからだ。エリアスを襲った集団は複数の種族が入れ混じっていた。あれほどの集団が仲のよろしくない種族同士で何故まとまっていられたのか、という疑問だ。

 セレナたち程度の小規模の冒険者パーティーならともかく、あの集団はそこそこ大規模だった。ましてや、ヒューマンとは戦争中である魔族まで混じっていたのだから、違和感ばかりが膨れ上がる。

「一体あいつらは何者で……」

「おーい! 店についたにゃー!!」

「うお!? 耳元で大声出すなっ!」

 様々な憶測が飛び交う思考の中へ、少女の叫び声が前触れなく飛び込んできた。思わず肩を跳ねさせて、こちらの顔を覗き込むソラの顔面を鷲掴み。

「にゃ!?」

「ようやく捕まえたぞ、猫女。誰かにちょっかいかけ続けないとてめえは死ぬのか?」

「ちょ、ま、さっきまでのは反応が面白いからだったけど、今のは違うにゃ! 到着して声かけても返事が無かったから!」

 慌てた様子で弁明するソラだが、エリアスの方も聞く耳を持たない。そのまま、顔面を陥没させるぐらいの心意気で力を込め続けて、

「あぁ?」

「む? 落ち着いてみるとそこまで痛くにゃい……」

 思いの外、手応えが無く二人して疑問の声をあげる。だが、それも当たり前、今のエリアスはさほど筋力が高いわけでもないし、何より手が小さくなってしまっていた。
 小顔なソラでもしっかり掴むことは出来ておらず、これでは力の入れようがない。

「ちくしょう、ホントに情けねえ体だな!」

 これでは意味がないと、ソラを解放し自分の手に向かって怒鳴り付ける。側から見れば非常にシュールな絵だが、本人は至って真面目である。
 元の体に戻れるのが何時になるのか。その予想がつかない以上、体を鍛えることは急務だろう。

「……入りましょうか」

 大騒ぎする二人に大きくため息を吐いたセレナが店の中へと消えていく。その姿を目で追い自然と店の外観も視認して、

「なあ、俺の服を買いに来たんだよな?」

「そうにゃよ」

「さすがにこの店の服は俺に合わねえぞ」

 見事なまでに女性向けと主張を続ける建物と看板を指差して、呆れ気味に尋ねる。別に服などにあまり興味はないが、だからと言って女物を抵抗なく着られるわけでは無い。

「いやいやー、エリィは可愛い顔してるし、せっかくだからちゃんとしたもの買わないとね。ここぐらいなんだよ? 女性冒険者用のまともなデザインの装備が売ってる店にゃんて」

「実用性だけ見ればいいんだよ!」

「実用性も申し分ニャいよ?」

 話によればデザインと性能を兼ね揃えたような店は、この商会の系列店しかないらしい。かつての女性冒険者は実用性とデザインの二択を迫られ、命には代えられないと嫌々地味な服を身に着けていた。その時登場したのがこの商会だそうだ。値段は張るものの様々なデザインに性能までついてくる商品は、女性たちにとって救いの手だった。
 以来、大量の女性冒険者の顧客を独占する勢いで成長を続けていき、今では各都市に必ず支店が一つはあるのだとか。

「さあ、エリィもここでお洒落を……」

「どうでもいい、そんなことは! 絶対に女物なんて着られるか」

 鼻息荒く早口に語られてげんなりする。見た目を華やかにしたところで敵は殺せないではないか。エリアスにはとてもソラの感情が理解できず、絶対拒否の姿勢を示した。だが、そんな姿が逆にソラの何かに触れたのか、彼女は決意に満ち溢れた表情で、

「エリィみたいな可愛い子がお洒落を知らないとは勿体ない! ここで一つ、女の子に目覚めさせにゃくては!!」

「余計なお世話だあー!」

 手をワキワキさせながら迫ってくる猫耳少女に生理的嫌悪感を覚えて、一歩後ずさる。

「いいのかにゃー……? お金を出すのはあたしたちだよ。わがまま言ってると一生その格好のままだね」

「確かにこの格好は嫌だけどよ……」

「──隙ありにゃっ!」

 ほんの一瞬だけソラから注意が逸れた。本当に一瞬だけ。だが、彼女は冒険者である。一瞬の攻防が命運を分ける戦場に立つ冒険者の一員である。
 その一瞬さえも見逃さなかった彼女は高速でステップを踏み、エリアスの背後へ回り込む。その動きにエリアスは全く反応できず、

「捕まえた! さあ、レッツゴー!」

「お、おい、ふざけるな!? クソッ、力が強すぎるんだよ!」

 両腕を背中側で押さつけられ、抵抗を奪われた。必死に暴れるが空しく、ソラの腕力はエリアスを超越している。ごろつきなど可愛いレベルの力で拘束され、強引に引きずられていけば最早抵抗の余地など無い。
 そのままズルズルと、大声で喚き散らすエリアスは店の中へと連れ込まれていった。

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