剣豪幼女と十三の呪い

きー子

二十/真贋照覧

「……この私が作り上げた人形か、いまのおチビさんなあなた――どちらが勝つか、試してみたかったのですわ?」
「たわけたことを――」

 カイネは吐き捨て、直後にせものは音もなく斜線を描くように斬りかかった。
 疾い――――

「カイネ殿ッ――」
「おさえて」

 白銀の椅子から身を乗り出そうとするセルヴァ、彼をすばやく制するクラリーネ。
 瞬間、二振りのやいばが激突する。刃鳴りが響き、火花を散らし、光の線を引きながら相互あいたがいに飛び退る。
 石床の上をかすかにすべり、カイネはにせものを見据えた。

「ふふふっ。さすがカイネ殿、一閃を退けてみせた剣士はあなたが初めてでしてよ?」
「……左様か」

 二百年も前に歴史の表舞台から消えた己をどうやって再現したかは定かでないが、どうやらその力量は決して偽りばかりではないらしい。
 純粋な筋力、剣腕では間違いなく相手が上。
 こちらは筋力がないだけ体幹の力を無駄なく伝達できるにしても、歩幅や腕の尺差は拭い難くあった。

「カイネさん――カイネさんには、根源マナがついてるから」
「うむ。……セルヴァ殿をたのむ」

 カイネはにせものとの間合いを測りながらうなずき、端的に告げる。
 クラリーネの言葉が意味するところは解していた。カイネが幽体アストラルを斬り落とすことを可能とするのは、彼女が言うところの根源――大気中に偏在する魔力を利用する呪術的な力が働いているという。

 純然たる剣術によるものではないという事実はカイネにいささか複雑な思いをさせたが、〝斬る〟という目的のためなら手段に頓着しないのが武芸者というものの本質だ。
 いまのカイネがにせものに上回る点を見出すならば、勝機はそこにあろうが――

「――ふッ」

 にせものが地を滑るような歩法で距離を詰める。カイネの間合いの外側から剣先がするりと伸びる。
 カイネはその刃を〝黒月〟の刀身にすべらせて鍔で受け止め、

「あらあら、そっちにかかりきりになっていていいのかしらぁ?」
「――――ッ!」

 その時セルヴァの直線上にいる人形兵が、筒の引き金を引いた。
 空を切って投射される幽体弾。
 カイネはにせものの剣身を横合いに打ちすえてさばき、虚空に刃を走らせた。

 びょう

 剣閃がするりと滑り落ち、不可視の凶弾が風に溶ける。
 すると間もなく凶刃が迫り、カイネはまた鋭い刃鳴りを引き連れて剣閃を受け止める。

「カイネさんっこっちはいい! 集中して――」
「早う逃げてもらわにゃならんのでな――それまではおれに凌がせるがよいッ……」
「……思ったより余裕あるのねぇ。これはお荷物を背負ってもらって正解だったかしら」

 ソニアはドレスの裾からするりと幽体投射筒を取り出す。
 否――それは旧来のものとよく似ているが、微妙に違う。おそらくは独自の改造が施されているのだろう。彼女は筒先を思わせぶりにさまよわせつつも引き金は引かない。人質を殺してしまったら人質としての効果が無くなってしまうからか。

「……きたない」
「なんとでもいいなさいな、お嬢さん――あなたみたいな子がいるのは想定外だったけれど……しかも……へぇ、あなたも呪術師なのねぇ?」

 ふたりの言葉が流れる最中に甲高い刃の音色が抜けていく。カイネはにせものの剣の一手先を読み切り、人形兵の横槍にも完璧に対応してみせる。
 見切れるのも当然といえば当然。
 なにせかつての自分と似通った太刀筋なのだ。
 極めて奇妙で、不気味ですらあるが――目の前のにせものの振るう剣は、まさに本物かと見紛おうかというほどによくできたにせものであった。

「……おれならば仕える相手くらいは選んでみせよ、たわけめが」

 カイネはにせものの剣に刃を打ち合わせながら吐き捨てる。
 人形はものも言わずにカイネを見下ろした。語る言葉を持たないかのようだった。
 なめらかな足運びから鍔迫り合いバインドに持ち込まれる。その時人形兵が筒先をセルヴァに向けて引き金を絞る。

 ひゅんと風の音が哭いた。
 カイネはにせものの刃先をかち上げ、身を躍らせて幽体弾の射線を遮る。頭の先まで跳ね上がった刃がするりと切り下ろされ、不可視の凶弾をまたも両断する。
 瞬間、視界の端に銀色の剣光がかすめ、カイネはわずかに一歩退いた。

 ――――バッ、と暗闇に花咲く鮮血の色。

「カイネさッ――」
「浅手だ」

 カイネが鋭く告げるより早くクラリーネは口をつぐむ。
 にせものの剣閃はカイネの頬の薄皮を裂いていた。つぅと流れる血雫が唇を濡らし、カイネはそっと舌を伸ばして受け止める。

「あぁら、思ったより早く届きましたわね? さすがにこの包囲の前では手のうちようもないかしら?」

 声と同時、にせもののカイネは緩やかに剣先をかかげてカイネとの距離を詰める。ソニアの改造型幽体投射筒もまたカイネに矛先を定める。
 カイネは親指で頬の傷をそっとぬぐい、妖刀・黒月を握り直した。
 相対する。

「さえずってくれおる」
「さっきから防戦一方なんですもの。そんなに自分の足を止めるのが恐ろしいかしら、ねぇ?」

 目の前のにせものとの一対一に持ち込まれれば、人形兵の筒先は容赦なくセルヴァを狙う。ただの一太刀で斬り捨てるならばまだしも、それ以上の隙を与える訳にはいかない。
 カイネはソニアの前に戦列を組んだ人形兵らを一瞥し、床を滑るように一歩を踏み出す。

「……あらぁ、攻めに出るつもり? どうやってその男を守り抜くつもりなのかしら。それとも――」

 ソニアが言い切るのを待たずにカイネは打ちかかった。にせものの左肩から右斜に切り下げる一閃。相手は難なく刀身で受け、軸足を外側にずらしながらも剣先を常にカイネへと向け――

 がしゃんがしゃんがしゃんがしゃん。
 戦列を組んでいた人形兵がことごとく前のめりに倒れ、地下室内に甲高い金属音が反響する。
 セルヴァを狙っていた筒は全てがくんと下がり、人形兵の手からこぼれ落ちた。

「えっ――――」
「行け! 振り返るでないぞ!」

 ソニアはぽかんと口を開け、カイネは刃を重ねたままさけぶ。
 カイネとにせものが鎬を削るすぐ横を、セルヴァを載せた金属椅子とクラリーネが通り過ぎていった。

「な……あ、このッ!」

 ソニアは慌てて筒先をセルヴァに向け、連続で引き金を引く。不可視の凶弾がいくつも放たれるが、金属椅子はその蜘蛛のような脚を小器用に駆動させて騎手を生き長らえさせた。

「カイネ殿、ご武運を!」
「まってる」

 クラリーネは一言だけ残して階段を駆け上がる。セルヴァがそのすぐ後を追う。
 果たして何が起こったのか――カイネはすべてを認めていた。

 クラリーネの意のままに形を変える、流体金属とでも呼ぶべき性質を持つ白銀〝魔働甲冑・妖精式〟。セルヴァを載せた金属椅子を形成しているそれは、目に見えないほど極細の金属糸をひそかに伸ばしていたのだ。
 薄暗い地下室内において、よほど注意を凝らさない限りは気付けない。クラリーネの力を知らないとあってはなおさらだ。
 白銀の極細糸はいつしか地下室内の人形兵全てを絡め取っていた。人形兵たちが一斉に転んだのは、鋭利な金属の糸に足首を切断されたからだった。

「おまえさんも気づけなんだか――どうやら〝おれ〟は結構間が抜けておったようだのう?」

 彼を狙いに含めていれば察知したかもしれないが、クラリーネはそうなることを警戒して対象から外したのだろう。
 にせもののカイネは答えない。状況の変化に脇目も振らず、カイネと刃を競り合わせる。

「この……あんたは足止めしてなさいッ! いいわねッ!!」

 ソニアは走り出しながら命じ、階段を駆け上っていく。
 窮地は脱した。しかし依然としてセルヴァの安全が保証されたわけではない。

「……退いてもらうぞ、つくりものよ」
「……ギッ」

 ギシリ、とまがいものの内側でなにかが軋むような音がした。
 振るわれる剛腕の一太刀。
 カイネは刀身で受けるとともに刃をすべらせて受け流し、彼我の間合いを三歩取る。

 手勢を含めて五分五分なれば、一騎打ちにてはいかほどか。
 カイネは刀の峰の付け根を華奢な肩口に押し付けるように構えた。

「ぎ、ぎ、ギ――――」
「ゆくぞ」

 にせものは真っすぐと剣を突き出したまま足を止める。守りには最適の構え。
 刹那カイネは地を蹴立てた。

 渺。
 と、剣風が吹き抜けた時すでに刃は振り切られたあと。
 白き光の線が人形の剣身を過ぎり、半ばから剣先にかけてがからんと呆気なく転がり落ちる。

 斬れぬものはこの世になく、この世にあるものは必ず斬れる――ゆえに何を願うこともなし。ただ一刀を振り下ろせば、万象ことごとく断ち切られるが道理。

「ア――――ア、ア」

 にせものは鋭く細められた目を大きく見開き、手の中にあった柄を危うく取り落としかける。
 だがすでに勝敗は決した。大上段よりのただ一閃は、カイネを模した人形を綺麗に無力化せしめた。

「おれではないものが、おれの顔をしてくれるな」

 カイネは踏み込みとともに手首を返し、刀の柄でにせものの腹を打ち据える。人形は衝撃の勢いとともにもんどり打って膝をつく。

「さらば」

 カイネはにせものの背中を踏みしだき、首筋に剣を振り下ろした。
 人形は抵抗しなかった。
 己の顔をした首がころりと床に転がった。

「……やはりこやつはおれではないな」

 念には念を入れて人形を完全に破壊。黒月の刃を懐紙でそっと梳いてからカイネは足元の残骸を一瞥する。

「おれがこうもいさぎよく死ねるかよ」

 いま亡霊のように人の世をさまよう身であればこそ、とても言わずにはいられなかった。
 カイネはもはや振り返らずに駆け出す。
 ソニア・アースワーズの後を追う。

 ***

「クラリーネ君よ! きみもこちらに乗るというわけにはいかんのかね!」
「大きさには限度がある。耐えて」
「ぐううっ……なんと歯がゆい……!」

 クラリーネはセルヴァを連れ、一目散に城館の出口へと向かう。
 地下での騒ぎを聞き付けてか、逃走経路にはすでに城館内の人形兵が集まりつつあった。

 セルヴァを載せた金属椅子の移動速度は徒歩よりは速い程度。疲労困憊のセルヴァが自分の足で歩くよりはずっと良いが、とても迅速な撤退とはいかない。
 クラリーネは少数の白銀のかけら――〝妖精〟を操って立ちはだかる人形兵を仕留めていく。

「クラリーネ君、それを貸してくれるかね」
「……筒?」
「そうだ」

 セルヴァは椅子の上から人形兵が手にしていた幽体投射筒を指差す。
 あてになるかは別にして、戦力に数えられるならそのほうがずっといい。
 クラリーネが筒を投げ渡すと、セルヴァは慣れた手付きで立ちはだかる人形兵を照準した。

 引き金を引く。不可視の凶弾が空を駆る――人形の頭蓋にでっかい穴が開く。

「お見事」
「手伝わせてもらおう……やれる限りではあるがね」

 白銀の蜘蛛の上に固定されたまま〝筒〟を構えるセルヴァは投射騎兵に近い役割を果たした。城館内の奥まった狭所では人形兵を個々に相手取れたため、ふたりは順調に通路を進んだ。

 だが――――

「来たわよぉ! 総員斉射ッ!」

 開けた空間に出た途端、吹き抜けになっている二階のバルコニーから意気揚々たる声がした。
 先回りされていたのか――
 セルヴァを載せた金属椅子が鋭く旋回する。分厚い椅子の背が通路をふさぐ盾になり、雨あられと放たれた幽体弾を全て遮断する。衝突の衝撃が金属椅子全体をかすかに揺らす。

「……こ、これは少々、ぞっとしない状態だね……」
「問題ない。耐久力は〝筒〟の幽体アストラル弾を基準にしてる。……ただ、数が多い」

 広間の向かい側で数列の横隊を形成する人形兵、その数ざっと50は下らないか。時間が経つほど援軍が駆けつけるため確実ではないが。
 クラリーネは金属椅子を形成したまま使役できる〝妖精〟の総数78を総動員する。妖精は次々に目映い光条を打ち返すが、人形兵を確実に無力化するにはいかんせん威力が不足していた。

「く――――」

 しかも悪いことに、上空からはソニアの改造型幽体投射筒が牙を剥いていた。雨あられと連射される幽体弾が妖精を瞬く間に射落としていく。
 妖精はある程度の自己修復機能を有しているが、これでは攻撃に傾ける暇がない。

「ずいぶん頑丈な壁……いつまで耐えていられるかしら? その力、ぜひ私も学ばせてもらいたいものねぇ?」

 嘲笑うような声。そして広間から聞こえる足音。援軍のそれではなく、広間から遠ざかっていく音だ。
 セルヴァは言った。

「クラリーネ君、逃げたまえ。ここにいては回り込まれるだけだ」
「……一緒に退く。カイネさんと合流――」
「楽観は控えた方がいい、もう後ろは詰まっているはずだ……挟み撃ちになるぞ。彼女が間に合ったとしても……」
「賭けとしては、悪くない」
「やめたまえ。若い命まで賭けて、見返りが私の命だけでは釣り合わん……」

 クラリーネは逡巡するが、独力でこの場を打破する手立てなど全く無い。あれば今すぐそうしている。
 だが彼を――いや。
 そんなのはうそっぱちだ。実のところ彼はどうなってもいいと思ってる。私はひどい女だ。
 でも――――彼を失って悲しむシャロンの顔だけは絶対に見たくなかった。

 なのに。

「……きみは、シャロンと親しくしてくれているのだろう?」
「……ッ」
「でなければ、一生徒がこのような場所まで乗り込みはすまい。……これから先あの子が必要とするのは、私のような老いぼれではない。きみのような、友だ。きみは生きるべきだ。私もろとも亡くなるようなことは断じてあってはならない……」
「…………ッッ!!」

 なのに、どうして――簡単に諦めさせるような言葉を口にするのか。
 クラリーネは目を伏せ、血が滲むほどに唇を噛む。

「……どうか、あの子が元気でいられるように……よろしく頼めるだろうか……?」

 セルヴァ・グロワーズは無精ひげに包まれた顔で、困ったような微笑を浮かべる。
 遠くからの足音。
 決断の時。

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