剣豪幼女と十三の呪い

きー子

十七/殲滅戦

 爆撃術式〝災嵐〟が射出された瞬間。
 カイネは座席の前面を蹴破ってジョッシュの隣に躍り出た。

「お、おい!? カイネちゃん、何やってッ」
「黙っておれ。舌を噛んでも知らんぞ」

 カイネは有無を言わさずジョッシュの腰を抱き、馬車から引きずり下ろすように飛び降りた。
 受け身を取り、うつ伏せに屈み込んで衝撃の時を待つ。
 直後。

 ――――ズドォンッッ!! と、ふたりの後方で爆発の連鎖が巻き起こる。
 カイネはジョッシュの頭を押さえつけながら姿勢を低くして爆風を凌ぐ。

「……馬は……あぁ、一頭やられてしもうたか。これは申し訳のないことをした」
「ッ……ま、待てよ、おい。どういうことだ。何が……何が起きてる?」
「うろたえるな。男前が台無しになっておるぞ」
「説明してくれ! 何が起こってる!?」
「事が済んだ後で説明する。……残骸の影に隠れておれ。だが、あまり近づくでないぞ?」

 一頭の馬が盾になったおかげでもう一頭は助かったようだ。足が潰れなかったのはありがたい。
 カイネはジョッシュを安全な場所に放り出して疾駆する。術式が射出された方角へと一直線に迫る。
 後ろでは二度目の爆音が轟いていた。

(よほどおれを殺したいらしい)

 カイネは滑るような足取りで茂みの中へ入り込む。
 少女の足運びは柔らかく、足音はほとんど無きに等しい。

(おった。ひとり……いや、あの爆撃規模でひとりとは考えにくい。風切り音も複数聞こえた)

 この辺りはちょうど一角馬が逃げ込んだ場所のはずだった。
 カイネは木陰から木陰へ飛び渡るように歩み、雄々しい一角馬の姿を発見する。

 そして、茂みのそばで屈み込んでいる黒衣の人影も。

(……口が動いておるな。独り言……ではなかろう。仲間との連絡中か)

 唇の動きを見ておおよその見当を付ける。
 相手は目元と口元以外に一切の露出が存在していなかった。

(……何人おるとも知れんのが厄介だが。であればこそ、揺さぶりをかけるか)

 男は一角馬を一瞥して何かを喋っている。
 カイネはぐるりと回り込み、背後から彼の首の端を剣先で貫いた。

「――――ッ、う、ぎゃああああああああああッッ!!!」

 痛みを感じる一瞬の間を与え、刃を横に滑らせる。
 男は凄絶な絶叫をほとばしらせ、瞬く間に絶命した。

(……まずひとり)

 カイネは一角馬の背に飛び乗り、続けて近くの樹上に飛び移った。
 高所からの視界を確保することに成功する。暗中では効果半減だが、無いよりはよほど良い。

(ひ、ふ、み、よ……六人か? これで全員かはわからんが……)

 とん、と奥の木の枝に渡りながら地上を見下ろす。
 ひとりを欠いたにも関わらず彼らはまだ動いていない。

(……鍛えられておるな。どう動くか……)

 カイネは六人全員を見渡せる場所まで移動する。
 葉擦れの音にまぎれて聞こえるかすかな声。連絡を取り合っていることは間違いない。

(あやつか)

 了解、というくぐもったちいさな声が聞こえる。
 カイネは彼のほぼ真上から飛び降り、両腕を首筋に絡めた。

「グギャッッ」

 着地の衝撃と腰のひねりを合わせ、首の骨をへし折る。
 即死である。
 カイネは死体を引きずって木陰に放り捨てる。

(得物は〝筒〟に似ておるな。新型か、改造品の類か……)

 小型化された火砲、と考えればわかりやすい。
 カイネは証拠品代わりにそれを腰に差す。さらに男の首を落とし、ひょいと片手に抱え込んだ。
 これで残りは五人。残りのものの位置はすでに把握している。
 程なくしてかすかに聞こえる連絡の声。
 三つ数えたあと、土を踏み鳴らす足音がいくつも響き渡った。

(……道に出る気だな)

 カイネは黒衣の男のひとりを視認。その進行方向へと男の首を投げ込んだ。

「なッ、これ――」

 彼は味方の首を蹴飛ばし、次の瞬間、その正体に気づく。
 カイネは動揺した隙を突くように駆け、すかさず刀身を抜き払った。

「――ひぎゃッ!!」

 男の肩から腰にかけて一閃の傷が刻まれる。
 剣先はやすやすと彼の臓腑に食い込んでいた。

(……次)

 残るは四人。
 そろそろこちらの所在地を勘付かれる頃合いだろう。小細工はなしである。
 カイネは刃を佩くように構え林の狭間を駆け抜ける。

「畜生、今度は誰がやられたッ!?」
「なんだってんだよッ!!」
「どこにいやがるッ!?」

 男たちが恐慌する様子を感じ取る。
 カイネは新手の背中を見つけ、肩の上まで刀身をそっと掲げた。

「みつけたぞ」
「なッ――――」

 男が反射的に向き直る。覆面に包まれた表情はうかがえない。
 カイネは一瞬も脚を緩めず、すれ違いざまに剣先を走らせた。

「あ……がッ、ぎゃあああああッ!!!!!」

 男は杖を突き出した格好のまま倒れ込む。
 断ち割られた腹部から臓物が溢れる。

(……あと、三人)

 カイネは軽く血払いして懐紙を刃に滑らせる。
 もうすぐ茂みを抜け出るところであったが――

「いたぞッ!!」
「こ、ここで仕留めるんだッッ!!」

 カイネの矢面に立つはふたりの男。
 彼らは同時にカイネへと魔杖を向けた。
 が。

「よう出てきてくれた」

 ひゅん、ひゅん。
 カイネがふたりの懐に飛び込むと同時、剣風が二度吹き抜けた。
 銀の剣光が二度閃き、魔杖の先端が〝ぼとり〟と落ちる。

「――――ッッ!?」
「ひとりくらいは、生かしておくべきだろうが」

 カイネはすかさず踏み込み、刃を横薙ぎに払う。
 首筋を切られた男は声もなく絶命する。

「……おまえさんと、もうひとり……いや、まだおるのか?」
「だ、黙れ化け物がッ!!」
「聞く耳も持たんか。……む」

 カイネはもうひとりの男に向き直り、ふと見当違いの方を見た。
 対峙するふたりはその様子を困惑げに注視する。

「……な、なにを企んで」
「おまえさん、そこにおったら死ぬぞ」
「……は?」

 カイネは咄嗟に後方へ飛び退る。
 瞬間、街道側から風の唸る音が飛来した。
 それは茂みに着弾するやいなや、同心円状の爆風を巻き起こし、男たちを一瞬にして融解した。

(……仲間ごと吹き飛ばしおったか。いや、元より仲間などですらないのか)

 あと、ひとり。
 爆撃が収まった後、カイネは茂みから脱して街道側に躍り出た。

「……今の攻撃を、しのいだか」
「どこの誰だ、おまえさんは」
「貴様に名乗る名はない」

 そこにいたのは、やはり全身を黒衣に包んだ男だった。
 カイネは歩くような自然さで距離を詰めていく。

「ならば、多少強引にでも聞かせてもらうぞ」
「残念だが、ファビュラスにやったような真似は俺には通用しない」
「……ほう?」

 男の口元がかすかに笑みを描く。 
 彼は魔杖を自らのこめかみに向けた。

「さらばだ、カイネ・ベルンハルト。冥府での再会を――――」
「させぬ」

 その時、カイネは手にしていた妖刀・黒月を投擲した。
 刀の柄が男の手に当たり、魔杖を地面にはたき落とす。

「ッ!? しまッ――――」
「しばし、寝ていろ」

 カイネは動搖を見逃さずに接敵。腰に差した鞘を抜き、男の喉を強打した。
 男はその場でもんどり打って倒れる。痛みのあまり喉を押さえ、地面の上で悶絶する。

「――あッ!? がッ、うぐッ!? ぎ、あが、あッ……!!」
「気管は生かしておるよ。窒息死には期待せんほうがいい」

 ベルンハルト礼刀法〝絶息ぜっそく〟。
 敵を生かしたまま無力化する技法である。
 貴族の子息などは身代金をふんだくる材料になるため、この技がしばしば重宝された。

 カイネは彼の首元をぎゅっと押さえ、呼吸を絞って意識を落とす。
 周りに新手がいる危険はあったが、まずは情報源を確保するべきであろう。
 カイネは刀を鞘に収め、黒衣の男を引きずりながらジョッシュのところへ戻っていく。

 ***

「すまぬ、ジョッシュ殿。荷物が増えた」
「……他にもうちょっと言うことがあるだろう!?」
「他に……」

 カイネは気絶したままの男を放り出し、少し考えて神妙そうな顔をする。

「あぁ、そうだ。そうであったな」
「……わかってくれたかい?」
「大切な馬を一頭亡くしたところだろう。おれにも責任が無いとは言えん。……お悔やみ申し上げる」
「……いや、構わないさ。任務なんだ、こんなこともある――――って、そうじゃねえッ!!」
「馬乗りにそれ以上大事なことなどなかろうが」
「確かにそうだがッ! 何があったのか説明をしてくれ!」
「……といっても、おれも確実なことは言えんが」

 カイネは掻い摘んでジョッシュに説明する。
 何者かの襲撃を受けた、おそらくはカイネが狙いである、目的や所属を聞き出すためにひとりを生け捕りにした。
 と、こんなところである。

「殺ったのか?」
「他の連中は」
「……そうか」

 ジョッシュは深いため息を吐き、残った一頭の一角馬を呼び寄せた。

「取りあえず、今日はあと少し歩いてくれるかい。宿場まではもうすぐだ。そこで代わりの荷台を借りりゃいい」
「相分かった。……では、今はこやつに任せるとしようか」

 カイネは一角馬の横っ腹をそっと撫で、背中に黒衣の男を積載する。
 そして、犠牲になった一角馬の亡骸に視線を向けた。

「野ざらしというのも忍びなかろう。明日、一度ここに戻ってこよう」
「そうしてくれるならありがたいが。……わかんねえな、あんた」
「なにがだ」

 ジョッシュはカイネのすぐそばに歩み寄り、じっと見下ろす。

「人を殺した、ってのにまるで平然としてやがる。なのに、馬が死んだことには心を痛める。……あんた、騎兵隊か何かかい?」
「経験が全く無いではないな。騎兵を率いたことはとんと無いが」
「……さっきの術式はおそらく〝災嵐シュトゥルム〟だ。Bランク相当の魔術師でもなきゃ自分がぶっ飛ぶような代物だよ。それが五人も六人も……あんた、何をした? 何を敵に回した? ……あんたは、なんなんだ?」

 ジョッシュの眼にもはや侮りはない。
 驚きと、そして隠しきれない畏怖が垣間見える。

「おれはカイネ・ベルンハルトだ。それ以外の何者でもなかろうよ」

 カイネは華奢な肩をすくめて言う。
 ジョッシュはその言葉を呑み込みかねるように頭を振った。

「……それで、カイネちゃん。明日は王都行きで良いのかい?」

 呼び方を改めるつもりはないらしい。これはこれで根性が据わっている。

「襲撃の件を連絡せねばならんからな。それに、ここからなら王都のほうが近いのだろう?」

 連絡を行わなければ学院内での燻り出し作戦も始まらない。王都へ辿り着くのが先決だった。

「わかった、なら予定通りに行こう。それと…………」
「それと、なんだ」
「あぁ、いや……助けてくれてありがとう。危うく死ぬところだった」
「かまわん。……おまえさんはおれに巻き込まれたようなもんだからな」
「……もしかして、国王陛下はそういったご事情を承知でおられる?」
「であろうよ。国王陛下がおまえさんをあえて選んだのかは知らぬが」
「……もしかして俺、捨て駒だったとか? え、そんなことあるか……? マジ……?」
「おれは知らん」

 カイネはジョッシュ、そして一角馬とともに歩き出す。
 宿場の灯りはもうすぐ近くであった。


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