一人で出来る、コトにさえ。

ノベルバユーザー161766

断節:ただひとことだけ。

 そんな日々があったのだから、手の届かない日々を生きていたのだから、私達は何か大切なものを得たのだと錯覚していた。大切なものなんてどこにでも転がってるのだから、拾い上げたそれも、きっと皆が認めるだいじなものだと思ったんだ。
 昨晩のこと。彼が二人分のパスタを茹でていた。市販されている安いパスタソースを温めていた。その後ろ姿を、読書する振りをして見つめている自分がいた。楽しいかどうかで言えば、まるで楽しくない。本を読む方が何倍も楽しい。得られる時間に対しての幸福量は多いはずだ。
 なのに、私はどうしてこんなに幸せなのだろうか。この幸福を終えたくないと、どうして思っているのだろうか。こんな感情、機械人形に似つかわしくないというのに。
 それを失うと知った時、私はもっと心を大切にするべきだと悟った。これはだいじなものじゃない。皆が言うところの特別ではあるけど、大切にするべきものだけど、誰もに認められるものではない。しかし、私だけのものだから。
 私が彼に抱く感情。いずれ捨てなければならないこの高鳴り。初めての昂り。私の友達は、この感情ゆえに私をライバル視した。敵であると。負けないから、と。
 ―――あの日に言っておけばよかったんだ。私は諦めなければならない。私の最期は決まっている。だから、
 「二人で幸せになってください。私は―――」
 目を開いた。敵は人間。数は15。武装は軽火器。当方の武装は素手。防護アーマー類の装着すらしていない。
 私は機械人形だ。個体差はあるものの、人間と同じことしか出来ない。私は81号と92号の統合機だから、それぞれの長所を併せ持つ。それでもせいぜい人間一人分がいいところ。向けられた銃器に対してできることなど、せいぜいが避けようと試みることだけだろう。
 つまり私は、衣波を名乗った私は、精一杯の抵抗をした後で壊される。今度は結合による修復もできない。ただ死ぬだけ。
 ああ―――視界がどんどん欠けていく。どうやら撃たれたようだ。
 最後に思い浮かべたのがただの日常だなんて、どうやら私はとんでもない幸せ者だったらしい―――。

コメント

コメントを書く

「現代ドラマ」の人気作品

書籍化作品