竜神姫 ~白髪赤眼のモノノフ~
第十八章 脇道
周囲にまったく敵意を感じない。というか、あの大樹海ではない、どこかの家の中で寝かされているらしい。
自身の身体に掛かる僅かな重みや暖かな温もりを全身で感じ取り、危険が一切無いと判断した千火は、周囲の様子を見るべく目を開いた。
「…………あっ!」
真っ先に目に映ったのは、あの時助けた少女の顔だった。まるで重病を抱えた母親を心配しているかのような表情だったが、千火の意識が戻ったと気がつくや否やパッと明るくなった。花が咲いたかのような、という表現が真っ先に浮かび上がる程の変わり様に、千火としても思わず苦笑してしまう。
そんな彼女の後ろにある木の天井には、透明な提灯のような物がぶら下がっており、中で燃え上がる炎が太陽の役割を果たしていた。
「アーサー!アーサー!!起きたよ、千火が目を覚ましたよ!!」
もう日が落ちたらしいなと推測する千火をよそに、まるで死んだと思っていた大切な人が目を覚ましたかのような、そんな喜びに満ちた声で、一旦千火から目を離してとある方向に向かってそう声を掛ける。
その僅かな時間で、木の板で作られた天井を確認し、室内である事を確信する。
その上で声をかけた方向へ視線を向けると、茶色い丸太を組み合わせて作られた部屋と思わしき部屋で椅子に座っている、一人の少年の姿が目に入った。
年は少女より二つか三つ上、といったところだろうか。全身を千火が見たことのない、いかにも南蛮の国特有の物だと分かる青い服に身を包み、その上に外套を羽織っている。
あどけなさが色濃く残るものの、黄金の太陽を思わせる双眸には力強さがあり、人の上に立つ者だけが併せ持つ、独特の気迫のような物も感じられる。
未だ見たことが無いが、金色の麦の海を連想させる金髪と、千火に勝るとも劣らぬ白色の肌を併せ持っているのだが、青という白をよく目だたせる色の服を身に纏っている所為か、少女よりも健康的な物ではないかと感じてしまう。
「良かった。目が覚めたんだね」
眼を閉じて聞けば、青空の下に広がる大草原の風景が即座に浮かび上がるような、そんな爽やかな声が千火の鼓膜を打った。
椅子から立ち上がってこちらに向かってくる少年に合わせて、千火も身体を起こそうとする。が、
「つっ!!」
右腕に力を入れた途端、鋭い痛みが電流の如く走った。自身の身体に張り巡らされた管、その中に煮えたぎった湯を流し込まれたかのような、熱さを伴った痛みだ。
だが、千火にとっても確かに痛いとは感じるものの、さりとて動けない訳ではない。痛みを無視して起き上がろうとするが、
「あっ、まだ動いちゃ駄目だよ」
すぐ側に座って居た少女が、慌てて千火の身体を押して布団に寝かしつけてくる。
「爆撃音を頼りにグィネヴィアーー今君のすぐ側にいる女の子の居場所を探していたんだ。そしたら、君とグィネヴィアが一緒に気絶しているのを見つけてね。あれだけ派手にグィネヴィアが戦っていたのに、こうして二人して気絶しているのはおかしいと思って一緒に連れてきたんだ。安心して良いよ、ここは僕達の家みたいなものだから」
ここがどこなのか。そう問い掛けようとした千火の心を見透かしたかのように、布団に向かって歩み寄ってくる少年が答えた。
今更ではあるが、少年の腰辺りしか見えない。どうやら千火の世界であった布団とは相当異なるらしい。
「…………と言う事は」
「うん、君より先に目を覚ましたグィネヴィアから全部聞いたよ。…………大軍に囲まれていた彼女を身を挺して庇い、それどころか魔素切れを起こして死にかけた彼女に自然魔素を流し込んでくれて、本当にありがとう。感謝しても仕切れないよ」
そう言って、少年は深々と頭を下げた。頭を下げると言っても、完全に下がりきるまでの過程一つ一つが鮮麗されており、服装も相まって動く絵のようにさえ思えてしまう。
「感謝などしなくていい。私は、私がしたい事をした。ただそれだけの事だ」
しかしそれ以外に特に抱く感情もなく、千火はそう返した。
事実、リヴァイアの反対を押し切ってまで少女を助けようと思ったのは、ただ単に子供が好きだからだ。仮にもし、この長い名前を持つ少女が大人であった場合、子供と違って策略を巡らせてくる可能性が高いと判断してあの場を去っただろう。加えて、万に一つ嫌竜派であったとしても、竜族の良さやこうなってしまった原因をきっちり説明すれば考えを改めてくれる柔軟性がまだある。だからこそ千火は少女を助けたのだ。……本当は衝動的に助けたようなものなのだが。
恐らく今嫌竜派の少女と、その親族ないしは同郷の友か、恋人に当たるであろう少年に千火の正体をバラさないようにする為に黙っているのだろうが、この二人から離れた瞬間に説教が来るのは目に見えている。
「だが、感謝するなら一つ問いたい事がある」
「うん。君は彼女の命を助けてくれた恩人だ。一つと言わないで沢山聞いて良いよ。答えられる範囲はあるけどね」
頭を上げながら、それとなく答えられないものもある事を言ってくる。見た目に違わず随分としたたかな物だな、と舌を巻きつつ千火は問い掛ける。
「君達……いや、お前達はどちら側だ?」
決してリヴァイアの言葉を疑っている訳ではない。だが、リヴァイアがそう断じた判断材料が分からない上に、千火に自然魔素を取り込ませないように咄嗟に吐いた嘘である可能性が否めない。ならば、相手の眼の動きや目に込められた感情などから嘘かどうか確かめる必要がある。
せっかくリヴァイアが喋らないでいた事で立場を分からせなくさせていたというのに、そのリヴァイアの気遣いを不意にするような真似をするのは心に痛い。が、それでも千火が嘘でないと言っているにも関わらず疑ってきたのだ。これぐらいの仕返しは問題ないだろう。
「……!!」
千火の発した問いの意味を即座に察した少女は大きく目を開く。
途端にその場の空気が緊迫と殺気によって凍り付いた。
「………グィネヴィア。念の為魔術の準備をした上で、その人から離れて。君の気持ちも分からない訳じゃないけど、僕達の敵なら……殺し合わなきゃならない」
この場で最も剣呑な空気を放つ少年は、命の恩人だった事になるだろう人間の側にいる少女に声をかける。一方で、短く「来い、我が愛槍 ロンゴミアント」と短く詠唱する。すると、黄金色に輝く魔法陣が少年の右足の近くに展開され、その中心から一振りの槍が姿を現した。
煌びやかな輝きを放つ黄金色に染まりきった柄に、一際目立つ血のごとき朱色の穂先をしている。神々しさすら感じられるそれは、少年の身長より一回り大きい程度だが、その穂先はあの漆黒の鎧武者が持っていた両刃の剣に似た形状をしており、千火から言わせれば薙刀というより大身槍に近い印象を受ける。
「ふっ、君は随分としっかりしているな」
少年がその槍を手に取り、中段に構える姿を認めると、千火は布団から身体を起こしながら殺し合う事になるかもしれない少年に賞賛の声を上げる。
万が一千火が敵であった場合、真っ先に少女を人質に取って行動を制限してくるか、遠距離砲台としての危険性を重視して殺しにかかると見たのだろう。
とは言え、千火としても流石にそこまで小物じみた行動を取ろうとは思わない。確かに戦う事になった場合、先の行動は相手にとって非常に不利になる。
槍の構え方から見ても、技術力は千火に到底及ばないのは目に見えているし、正直この少女の援護を受けなければ瞬殺出来る自信がある。何より相手は人間だ。千火が扱える武術の一つ、体術が十二分に通用する。魔術を発動してくる可能性も否めなくもないが、それもやられる前にやれの精神で先手を打ってしまえばそれまでだ。
加えて、この狭い場所では大柄な武器である槍にとっては非常に戦いづらい状況下だ。刺突を繰り出す事が出来るのは間違いないが、懐に潜り込まれれば打つ手が無くなる。攻め込まれてもどうにか出来るだけの技術力を誇る化け物もいない訳ではないが、この少年がそれに値する槍使いかと問われれば断じて否と言い切れる。
正直に言えば、少女さえ殺してしまえば絶対に負けない自信がある。それでも、
「別にそんな事をしなくとも、私は人質を取ったりするつもりなど毛頭無いぞ。それに、あの樹海から連れてきたというのであれば、近くに樹海があるのだろう?もし敵であったならば、近くに魔物や魔族がいないか確認した上で死合えば良い。お前はともかくとして、そこの少女では思い通りの全力を出せないであろう?」
ここはこの少年と少女の拠点だ。多対一の戦闘に慣れていると言えども、魔術からの遠距離攻撃を避け続けられる自信は無い。そんな状況下で、千火に劣ると言えどもそれなりの技量を持っているであろう少年や他の者達が連携を取って来ようものなら、千火としても不覚をとりかねない。
ゆえに、地の利は譲るにしてもそう言った多大一での戦いになったとしても戦術を練られる、樹海で死合おうと言葉を発したのだ。
もっとも、少年達が嫌竜派てあった場合には、半殺しにした上で説得するつもりでいるのだが。
「……本当に、君とは出来る事なら戦いたくないね。グィネヴィアの恩人っていうのもあるけれど、敵に正々堂々の戦いを求める。そんな立派な心意気を持つ人は、出来る事なら殺したくないかな」
千火が腹の奥底で何を考えているのかを理解していないのか、純粋に千火の戦いに対する態度を褒め称える。しかし、その瞳には言葉通りの賞賛に加えて警戒と緊張の色が微かに混じっているのを、千火は見逃さなかった。
見抜いた上で、気付かれていないように振る舞った。純粋な本心を伝える為でもあるだろうが、そこに思考を回せるだけの知力を持つ相手にどうやって立ち向かうか思考するための時間を確保する為に褒め称えているのだろうか。
いずれにしても、この少年は見た目に違わずかなり表情を隠すのが上手い。瞳にすら微かに浮かび上がらせなかった所は、千火としても賞賛するしかない。
「武人として生を受けたからには、そうしたなんの策略もない己の技量だけで戦いたいと望むのは必定であろう?まあ、絶対の勝利を手にするべく策略を巡らせるのは、ある意味当然ではあるがな。それに、何も殺すだけでなく、私を戦えなくさせた上で説き伏せる事も出来るぞ」
ただ、殺し殺される、そんな固定概念に囚われているのが欠点だな。暗にそう指摘しつつ、賞賛の声に対して言葉を返す。
「僕はそんなによく回る舌は持ってないよ。もし持ってたら、もっと沢山の敵と対話して僕達側に引き込めていたし、今この時点で、君がどちら側であろうとも引き込もうって頑張ってる筈だよ」
「それもそうか」
賞賛の声に対する謙遜の声にそう答えつつ、少年の考えが纏まるまでの間どう話題を繋げるか考えていた千火であったが、
「…………そろそろ、教えてくれないかな?君が、どちら側なのか」
意外にも早くその時間は終了する。
「(やはり、頭の回転が早いな。この少年、どちらかと言えば軍師に向いているかもしれぬな)無駄話を振ってきた割には、随分な物言いだな。まあ、付き合った私が言えたものではないがな」
「その事については後で謝るよ。戦うことになったとしても、戦わずに済んだとしても」
「別に謝る必要は無い。あの樹海はお前にとって庭のような物だろうし、魔物や魔族が乱入してくる可能性も否めなくはないが、策を纏め上げるのは容易いだろう?」
「…………僕が策を練っているのを分かった上で付き合ってくれたの?これでもポーカーフェイスは得意なんだけど、よく気がついたね」
「ポーなんとかとやらは分からないが、目は口もよりも遥かに饒舌だ。注意深く相手の目を見据えてやれば、何を考えどう思っているのか容易に察っする事が出来るぞ」
「目から感情や思考を読み取るって、相当な技術だと僕は思うんだけど……。うん、勉強になったよ。それで、なんで付き合ってくれたの?僕と同じように樹海での策を練るため?それとも、僕の思考を読み取って対抗策を練るため?」
「そうしたいところではあったが、あいにくあの樹海の地の利は持ち合わせていないからな。それに、お前が思考や感情を押し殺すのが上手い所為で、僅かな感情の変化を見切るのが精々だ。ならば、お前が建てた策に対して出たとこ勝負をするしかない訳だが……私にとってはそちらの方が得意でな。策を立てて貰った方がこちらとしても戦いやすい、だから策を立てる時間を与えた。ただそれだけの事だ」
「……凄いね。策に嵌められても僕達に勝てる見込みがあるんだ」
「策によっては完全に勝てなくなるが、だとしても個々の僅かな隙をつけば良いだけの話だ。生き物である以上、戦う以上、策が思い通りに行くことなど稀であるからな。……さて、そろそろ本題に入ろうか」
そう言うと同時に、この空間を包む空気が一気に凍り付いた。
構え直したのだろう、少年の握る槍が僅かにカチャリと音を立てる。それが妙にうるさく聞こえる辺り、千火も僅かながら緊張しているらしい。
相手にあれだけの大人数を相手に魔術合戦を演じた強敵がいるからか、と柄にもなく緊張している理由を考えながら、守られる形で少年の背後に立つ強者に視線を向ける。まんまるな水色の中に獰猛な白銀色の輝きが混じっているところから見ると、どうやら策を練らせている間に命の恩人と戦う覚悟を決めたようだ。
「私は……」
厄介な事になったな、と思いながら口を開いた。直後、緊張が限界にまで達しているのか、少年と少女、その双方が生唾を呑む音がハッキリと千火の耳に届いた。
千火にとっても緊張の一瞬ではあるが、さりとてリヴァイアの言葉が正しければ二人とも嫌竜派である。高確率で戦闘になる覚悟をした上で助けたのだ、何も知らない二人よりも幾分かマシであった。……ちゃんと殺さずに戦いに勝利し、この二人に水竜族の王の望みを話した上で、説得出来るか否かの方が心配であったが。
だからこそ、ゆっくりと、焦らすように、緊張感を更に高めさせるように、出来る限りの間をおいて、
「……親竜派だ」
答えた。
「…………はぁ~」
そう息を吐いて床に座り込んだのは、少女だった。ストンと音を立てて勢いよく落ちるその様は、どちらかというと腰を抜かしたかのようにさえ見える。
「…………君って結構、イイ性格しているね。日の本の国から転生してきた人の殆どは、そんな風に焦らしたりしないのに……」
次いで、ホッと一息を吐きながら「戻れ」と指示を出す。その言葉を受けた黄金色の槍は、瞬く間にその姿を光子へ変えて消えていった。
「…………ふっ、すまないな。どうにもお前達ーーいや、君達のような子供を見ると、どうにもいじりたくなってしまってな」
その様子を見て、千火も内心ホッと胸をなで下ろした。
「しかし、起きて早々にこんな事を聞いてしまってすまなかったな。なにせ、私が契約した相手が、そこの少女が嫌竜派だと抜かしおってな。鵜呑みにするのはマズいと思って、念のために確認した次第だ。…………それにしても、随分とこの世界は世知辛い物だな」
召喚魔術が出来るようになったら、絶対にシメる。
と内心決意しながら、問い掛けた理由を言うと、少年は苦笑した。
「世知辛いのは僕も同感だけど、あまり責めないであげて。せっかく君の力になりたいって思って契約したのに、その君から罵倒されたら君が思っている以上に凹んじゃうから。それに、グィネヴィアと出会った状況から考えれば、君の契約相手がそう言う思考になるのも頷けるからね」
「凹む云々はともかくとして……嫌竜派と勘違いするのが頷けるとはどういう意味だ?」
リヴァイアを庇うように言う少年に対し、勘違いせざるを得ないと判断した理由を問う。
「一応聞くけど、君はグィネヴィアを助ける時に間違いなくゼルギウスーーあの漆黒の鎧に身を包んだ大剣使いの男と対峙したんだよね?」
「あぁ、あの男か。となると、リーーではなく、私の契約相手がアイツを判断基準においたと言うわけか」
「ん?ルシファムルグ意外に誰かと契約しているの?僕はてっきり、竜族と親しい間柄にあるルシファムルグの言葉を聞いて親竜派になったと思ってたんだけど……」
危うくリヴァイアの名を出そうとしたところで慌てて言い直すと、少年はそんな事を言ってきた。
というか、今とんでもなく聞き捨てならない単語を口にしたような気がしたのだが。
「…………喋れるのか?というか、そもそもルシファムルグに竜族と友好的な奴もいるのか?」
「……そうか。君はまだこの世界に来て日が浅いんだね。それじゃあ、ルシファムルグと竜族の関係について説明しようか。……あ、そう言えば自己紹介がまだだったね。さっきグィネヴィアが言ってたけど、覚えてるかな?」
「あぁ……すまない、君みの言うとおり私はまだこの世界に来て日が浅い。その所為か、名前を一回で覚える事がまだ出来なくてな」
その言葉をきっかけに、三人は改めて自己紹介を始めた。勿論、自己紹介と言っても名や性を名乗っただけで、素性については誰も口にしてはいない。
親竜派であった事が分かったとしても、まだ互いが心の奥底から信頼しあっている訳でもない。味方同士という関係であったとしても、人間誰しも言いたくない事柄や過去はあるのだ。本当に言いたくなった時に耳を傾けてやればいい。
ましてやこの二人、特にグィネヴィア・アルデミハイルという少女の過去はかなり辛い物だっただろう事を、千火は初めて会った時から雰囲気だけで感じ取っていた。そのグィネヴィア程ではないにしても、アーサー・クロムウェルと言う少年の過去にも影が差しているのも、瞳を見て感じ取れた。
ようやく敵対関係を解消出来たのだ、いたずらに刺激してやぶ蛇にしては問題だ。無論、変に崇められたりしても困る千火としても、竜神姫である事は隠しておきたい。
「…………それじゃあ、一通り自己紹介も済んだ事だし、早速説明しようか」
千火が名前を覚えるまでに時間が掛かったものの、それ以外は特に何事もなく自己紹介を終えた所で、アーサーは切り出した。
「君は、竜族がかつて魔族と同様だったというのは知ってるかな?」
「あぁ。ついでに言えば、神龍王バハムートから罰として力を得、魔族と竜族が完全に敵対した所を、とある人間が龍王達の力の代行者となって魔族を追い払った事で、一時的に竜族と人が友好的になった事も知っているぞ」
流石に初代竜神姫の名を出すわけにも行かないため、名前は伏せた。
「…………本当に物知りなんだね、君の契約相手は。バハムート様の話は聞いていたけど、そう言う形で関わってたんだ。もしかして、かなり上位の、名前を持つ竜族だったりするの?」
「…………明言は出来ない上に、まだ名を名乗って貰っている訳ではないが……竜族というのは間違い無い。しかし、何故そう思ったのだ?」
龍王が契約相手だと言ってしまえば、一発で正体がバレてしまう。上位の竜族と聞いて思わずドキッとしたが、とりあえず言葉を慎重に選び、推測に行き着いた理由を問うという形で話題から逸らそうと試みたのだが。
「君と会話が成立していて、しかも竜族の歴史についてそれだけ詳しく知っているんだ。竜族が長生きなのは知っているけど、親竜派の僕ですら聞いたことのない裏側も知っているなんて、かなり上位の竜族の筈だよ?僕も実体験した訳じゃないけど、君と契約を交わした竜は間違い無くあの龍王の腹心か、そうでなくとも龍王候補にすらなりうる強大な力を持っているよ。もしかしたら、君に名前を名乗っていないのは、契約はしたもののまだ君の事を心の奥底から信用しきってないからじゃないかな」
と、アーサーは頭の中で龍王ないしは龍王の腹心とまで推測して見せた。
この世界の親竜派がどれだけ知識を持っているのか把握出来ていなかったのが痛いな、と思いつつ、
「…………そうかもしれぬな。と、ところで、竜族とルシファムルグがどうして友好的な関係だったのだ?」
少し焦りが滲み出てしまったが、なんとか平静を取り繕うーー端か見ても千火が焦っているのは分かったのだがーーと、早く本題に入ってくれとばかりに質問をとばす。
(…………あぁ、なるほど。確かにこれは分かりやすいね。千火さん、間違いなくリヴァイアサン様かヒュドラ様ーーいや、リって言ってたからリヴァイアサン様と契約してるみたいだね。そうだとすれば、千火さんが竜神姫に選ばれたのは間違いない。立場を隠してるとなると、まだ僕たちは警戒されているようだね。…………後々の事を考えても、ここはちゃんと信頼関係を築いて、千火さんとは良好な関係にならないとね)
先に言われたあの言葉を思い起こしながら、面白い程に赤い瞳に動揺の色を見せる千火の様子に内心苦笑しつつ、敢えてそこには触れずに質問に答える事にする。
「昔、そう、丁度君も知っている混沌時代に突入する百年前の話だよ。僕も文献で読んだことがあるくらいだから、事実かどうかは怪しいところだけど……魔族の中に竜族が誕生して、たちまち魔族の頂点に立ったんだ。それによって、竜族の力を恐れて少しでも生き延びようと媚びる魔族と、その圧倒的な力を手に入れようと躍起になって戦う魔族の二つの派閥に分かれたんだ」
「ルシファムルグはどっちの派閥だったのだ?」
「後者だよ。当時の状況を事細かに描いた文献頼みだから明言は出来ないけど、当時の魔族の中で言えばルシファムルグは魔族獣魔種最強の実力を持っていたんだ。事実、ルシファムルグって言う名前の由縁は、当時人魔種最強だった魔族、ルシファーと単独で対等に戦えるだけの実力を持っていたからなんだ」
「待て、ルシファムルグは魔族なのか?魔物ではないのか?」
仮にルシファムルグが魔族だとすれば、リヴァイアが黙っていない。すぐに殺すよう指示を出した筈だ。
だが、リヴァイアはルシファムルグを鳥型魔物と説明した。だとすれば、またリヴァイアに嘘を吐かれた事になる。
(リヴァイアァ……お前はどこまで私に嘘を吐けば気が済むんだ!!)
(……これ、完全に怒り浸透してるよね?マズい、早く付け加えないと最悪強制解約されかねないね)
「あ、あのぉ~千火さーーじゃなくて、千火ちゃん?ちょっと落ち着いて?竜族の方の言葉に誤りはないから。アーサーの言い方が悪かったのもあるけど、ルシファムルグって結構複雑な種族なのよ」
迦桜羅炎を背負う明王の如き威圧感を漂わせる千火に、グィネヴィアは水を掛けて落ち着くよう促す。……ちなみに名で呼んで良いのは千火から既に承諾済みだ。
「複雑だと?」
「(本当に沸点低いけど、冷めるのも早い人だな~)うん、グィネヴィアの言った通りなんだ。だからどうか、後で謝って欲しい。僕に非があるからね。……話を戻すけど、ルシファムルグは確かに竜族が魔族の一種として数えられていた時代は、魔族に数えられていたんだ。でも、当時からそうだったらしいんだけど、君も知っての通りルシファムルグはとても鮮やかな色の羽を持っていたんだ。負の感情を帯びた魔素から誕生した魔族の大半が黒や赤の体色なのに、あれだけ色鮮やかなのはおかしいって考えていてね。当時の人々は本当に魔族として数えて良いのか悩んでいたんだ。その最大の理由が、状況や条件さえ合えば、竜族だろうと魔族だろうと関係なく共闘し、あまつさえそれを機に契約まで持ちかけて来たからなんだ」
「契約を持ちかけた?ルシファムルグ自身の意志でか?」
「うん。まあ、単刀直入に言っちゃうと、そんな事があったから、ルシファムルグは魔族から外れて魔物として数えられるようになったんだ。……あぁ~、ごめん。大部遠回りな説明してしまったね」
なんの事で謝っているのか一瞬分からなかった千火であったが、すぐにルシファムルグと竜族の関係について聞いていた事を思い出す。
「いや、こちらこそすまん。話の腰を折ってしまったな。続けて貰えないか?」
好奇心を抑えねば、と心の中で決意しつつアーサーに話を促す。
「分かった。じゃあ話を戻すね。……君も既に知っているかもしれないけど、ルシファムルグもまたかなり好戦的な性格をしていてね。自分より強い相手を求めて常に上空を飛び回っていたんだ。だから竜族と鉢合わせして戦う機会が多かったらしくて、戦う度に災厄をもたらすものだから、魔族の一種として数えられるようになったんだ。ただ、当時一強状態だった竜族に初めて土を付けた魔族でもあったものだから、時が経つにつれて互いが互いを認め合って、同胞を殺した怨敵との殺し合いから腕試しに相応しい好敵手として見るようになったんだ。だから地龍王ヨルムンガンド様が心火に狂った時や、その後の竜族が他の魔族との全面戦争に直面した時に援軍要請に待っ先に応じ、かつ上位の竜族と引けを取らない馬鹿力で竜族をサポート……つまり徹底的に支援してくれたんだ」
「他の魔族と違って、竜族を倒す側ではなく守る側についたのか……」
「そうなんだ。何故他の魔族が竜族に全面戦争を仕掛けたのかは、当時の人々でも分からなかったみたいだけど、それでもルシファムルグがもし竜族を滅ぼす側に回っていたら、間違い無くエリザベス様が竜族と共闘関係になる前に滅んでいたと思うよ」
「………………」
そこでふと、千火は思い出す。
ルシファムルグと最初に出会った際に、リヴァイアはルシファムルグを討てと言わんばかりの言葉を発した。それだけ親しい間柄だというのに、何故討てと口にしたのだろうか。
(…………もしかすると、私を試していたのかもしれないな)
これに関しては千火も怒りを抱かずに前向きにそう推測する。
この世界を管理する役目を担う、竜神姫。その役割を全うするとなると、この世界においてどのような個体をどの程度滅ぼすかも視野に入れねばならない。そうなれば、必然的にどの魔物や魔族が世界に対して、巨悪であるかを判断する眼の力がどれほどの物か確認する必要がある。その能力を確認するのに最も適していたのが、竜族にとって最も仲が良く、絶大な力を誇るルシファムルグだったと言われれば、納得する物がある。
「以来、竜族はルシファムルグとは常に友好関係にあってね。僕達には強い敵対心を持つ飛竜族ですら、ルシファムルグとの敵対行動を取ってないのが、何よりの証拠さ」
「ほう、飛竜族も戦っていないのか。よほだ強い友好関係にあるのだな。……それで、ゼなんとかという剣士が、私の竜族が君達を嫌竜派だという判断材料になったのだ?」
その問いに、アーサーは思わず頭をかいた。
「…………ごめん。最初その話題だったのに、随分横道にそらしてしまったね」
心底ばつの悪そうな顔つきで、アーサーはそう詫びた。
「それ関しては問題ないぞ。私もルシファムルグについてよく学ぶことが出来たのだからな」
「分かった。それじゃあ本題に戻るね」
そうして、リヴァイアがアーサー達を嫌竜派と誤って認識させた原因、ゼルギウスについて語り出した。
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